かぼちゃ!
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どうしてだろう。私の胸に、違和感が残っている。それから、その違和感の正体を見つけて私は溜息をついた。
辺りが、真っ暗なのだ。
通常、登山は明るくなり始める頃に登って暗くなる前には山から下りて来る。それなのに、今日は真っ暗な中を下山しているのだ。
私は高校の山岳部に所属していて、今はその活動の最中。なかなか険しい山で、途中何度も挫折しそうになったが、頂上からの景色を見るとそんなこと全てがどうでもよくなってしまったのを覚えている。
それがつい先程の出来事のように感じているのだが、いつの間にやら、辺りは見通しの聞かないほどの暗闇に覆われている。途中、休憩のときにおしゃべりの花が咲き過ぎたせいだろうか。夜の山は危険だから明るいうちに降りるぞ、なんていつも言っていた先生でさえ、今は無言でただただ足を運んでいる。慎重な先生がついていながら、なぜこんなに遅くなってしまったのだろう。やはり疑問が拭えない。
(どの位下って来たんだろう……)
私のそんな不安をよそに、皆はずんずんと歩いて行く。しかし、だんだんと道なき道を藪こぎをしながら進むようになってきた。一体どこに行く気なのだろうか。暗さや道行きの不安から私が足を止めようかと思った、その時だった。
「お前たち、何者じゃ! ここをどこと心得ておる?」
「え……?」
一瞬、空耳かと思った。先程から皆は押し黙って歩いていたのに、誰かが沈黙と暗闇に耐え切れなくなって発狂してしまったのだろうか。しかし……。
「おい、聞こえておるのか?」
そのやけに甲高くハスキーな声が聞こえるのは、足元から……。そっと視線を下げる。
「……!」
そこにいたのは……かぼちゃだった。
身長五十センチほどで、頭と体が三等身。そんな小さな体で、どうやってその重そうな頭を支えているのだろう? そんな疑問がわいてくる。そんなかぼちゃが、わらわらと沢山いるのだ。そして……。
「おしゃれだなぁ……」
思わず、呟いてしまった。かぼちゃたちは、みんな色とりどりのきらびやかな衣装に身を包んでいる。とりわけ、みんなの中心にいる二体のかぼちゃの衣装は、洗練されているのに豪奢だった。
「おい! 貴様! ここを知ってしまった以上、ただでは帰さんぞ! ここは、地上に残された我々の最後の楽園なのじゃ!」
かわいいなぁ、かぼちゃ。なんて思っている間に、事態はどんどんよくない方向に向かって進んでいるようだ。足元のかぼちゃたちが、不穏な動きを見せ始める。武器を持ち出すものたち、女性(いや、女かぼちゃ?……着ているドレスで判断)を後ろに下がらせ、あからさまにこちらを威嚇するものたち……。そして、先程から威勢よくしゃべているみんなの中心にいるかぼちゃ(王族か何か?)が、勢い良くその腕を振り上げた。……とにかくミニマムなので、そんな動き全てがコミカルでかわいらしい。
……かわいらしいのだが、発言の内容はとんでもないものだった。
「者ども、であえ! こやつらを生かして人間界に帰してはならぬ!」
うわあああああ!
そんな、小さな体から出ているとは思えぬほど大きな雄叫びがあがり、武器を持ったかぼちゃたちが一斉に私たちに襲いかかって来る!
「ひ、ひえぇ!」
三十六計逃げるにしかず。私たち登山のパーティーメンバーは、一目散に逃げ出した。それぞれが思い思いに逃げるので、みんなと離れ離れになってしまう。それでも、今はお互いの無事を信じて、走るしかない!
「待て、待てえい!」
ちょっ、待てえいって、いつの時代の人! こんな状況でなければ、きっとお腹を抱えて笑い転げていただろう。なぜか、あの王族かぼちゃ(センターにいたし、偉そうだし、服も豪華だし、きっとそうだ!)は、私を追って来ている。どうしてだろう? 私が一番悪そうに見えたのかな? ちょっと、先生の方が私より余程悪役面だよ!
どこからわいてきたのか、訳のわからない怒りに突き動かされて、私はひたすら、走る、走る!
……走る、走る。……走る?
「……眩しい」
目を開けると、見慣れた天井。あれ、そうか、もしかして、もしかしなくても……。
「夢、か」
そう思うと、笑いがこみあげて来る。かぼちゃの国って、しかも、地上に残された最後の楽園? そして、そして何より……待てえい、って何。待てえいって! ダメだ、お腹の皮がよじれる! 死んじゃう! 朝から笑い過ぎで死んじゃう!
そもそも、私は今大学生だ。高校の時の部活の夢なんて、どうしてみたんだろう。皆元気かな?
しばらくして笑いが落ち着いた私が居間に顔を出すと、アルバイトから帰って来た妹が不信そうにこちらを見ていた。……ああ、笑い声、居間にも聞こえてたんだ。ちょっと恥ずかしい……。
「見て見て! 新しいケーキ屋さんが出来たんだって! 今日、ここに行ってみない?」
母が起きぬけの私の目の前に極彩色のチラシを差し出して来た。いや、そんなに顔と近かったらチラシの内容が見えません……。受け取って、チラシを眺める。なるほど、少し遠いが、おいしいケーキにありつくためであれば、甘党の私は苦労も厭わない! かなり意気込んで、出掛ける仕度を始めた。
ケーキ屋さんまでは、車で十五分ほど。新しいお店の開店とあって、さぞかし混み合っているだろう。そんなことを考えていたわたしは、お店の前に車が一台も止まっていないことに違和感を覚えた。
「え? 日にち間違えた?」
チラシの日付を確認するが、やはりお店のオープンは今日の日付で間違いない。
「あら、ラッキーじゃない!」
母が上機嫌でお店の駐車場に車を止める。うーん、まあ、ラッキーと言えばラッキーか。お店の中をじっくり見れると思えば、それもそれで悪くない。
焦げ茶の木の扉を開けると、カランコロン、とかわいい鈴の音がする。いいなあ、これ。癒されるー。お店の中は、そんなに広いという訳ではない。色とりどりのケーキが並んだショーケースに、小さな焼き菓子が並べられた棚。左手奥に、カフェスペースだろうか、テーブルが二つ。それぞれのテーブルに二つずつセットされたクリーム色のチェアーが、温かさを醸し出している。おしゃれでいいな、なんて思いながら、私はショーケースに視線を戻した。さて、ここからが本番だ。
どのケーキにしよう。目下、私の悩みはその一言に尽きる。お店の味を確かめる意味で、ショートケーキは無難かもしれない。だけど、色とりどりのフルーツたっぷりのタルト、やっぱり捨てられないよね! はっ、ナッツとキャラメル! なんて素敵な組み合わせなんだろう! ザッハトルテのデコレーションの金箔が私を呼んでいるぅー!
頭の中でしばらく一人芝居をやっていたが(母はそんな私を呆れた目で見ていた。どうやら隠しきれずに百面相をしていたらしい)、やがて私の欲望まみれの目があるものを見つける。それは……。
「……かぼちゃ、プリン?」
こんな夏真っ盛りの時期に、珍しい。そう思うのと同時に、今朝までの珍妙な夢を思い出していた。こんなタイムリーなもの、食べない方が失礼だ!
「お母さん、私、かぼちゃプリンにする! すいませーん!」
先の決意の言葉を母に、後の呼びかけをカウンターの奥で何やらごそごそしていた店員のお姉さんに向ける。なにやら誰かと話しているみたいだし、お姉さん、忙しいのかな。……いや、そんなはずはない。だって、お客さんは私たちしかいないんだから。しばらく、ショーケースの中からうるうるとした瞳で(実際にそんなものはないけれど)見つめて来るフルーツタルトの誘惑に耐え、棚の上から語りかけて来るクッキーの囁き声での誘惑にも耐え(実際にそんなものが聞こえていたらまずい)、視線を辺りに彷徨わせながら、待ちに待った。
「お待たせいたしました」
ふと足元に落ちていた視線に、店員のお姉さんの足先がうつる。それを合図に、私はお姉さんと目線を合わせようと、ゆっくりと目を上げた。制服なのだろうか、ピンクのふりふりのエプロンが、とてもかわいらしい。そして……。
「……」
しばらく、何の言葉も出て来ない。
「……え」
やっと私の口が紡ぎ出したのは、何の意味もなさないたった一音。それでも、そこに込められた感情は、聞き手の全てに伝わるだろう。そこに込められていたのは、純粋な驚き。どうして、という言葉だけが、ひたすらに頭の中を巡る。どうしてだろう。どうして、どうして……。
どうして、店員のお姉さんが、昨日のかぼちゃなんだろう。
昨日より遥かに背が伸び、私たちと同じ位の身長になっているが、間違いない。このお姉さんは、昨日の夢に出て来たかぼちゃだ! いや、実在するということは、夢じゃなかったのか……?
私はすっかり、混乱してしまっていた。店員のお姉さんの頭は、ハロウィンかぼちゃをすっぽりと被ったような状態。しかし、その奥に人としての顔が見える訳ではなく、純粋に、かぼちゃがその顔なのだ……。
「えっと、チーズケーキと、かぼちゃプリンと、それから……」
母は、そんなお姉さんの様子に気付いているのかいないのか、そのまま注文を始める。いや、お母さん、あきらかにおかしいからね! 鷹揚なのにも程がある!
その時、ハッと私の頭を巡った考えがあった。
間違いない、あのかぼちゃたちは、昨日私を取り逃がしたから、今度はこのケーキで私を毒殺するつもりなんだ! かぼちゃの国の秘密を知ってしまった私を亡き者にするために、こんな周到な計画を練ったのだ! きっとこのケーキには、トリカブトが入っている!
かぼちゃによる暗殺計画に気付いた私は、あまりの事態に慄いていた。何食わぬ顔で母が注文を済ませ、会計が終わってしまった。ケーキを詰めた箱にリボンをかけるのに、かぼちゃのお姉さんが私たちから目を反らした。そうだ! 今がチャンスだ!
「お母さん、逃げよう!」
私は母の手を引いて走り出した。カランコロン、とかわいらしい鈴の音がする。だが今は、それも私の恐怖と焦りを煽るだけ……。
「急いでお母さん! 車、早く出して!」
「何なの? まだケーキ受け取ってないでしょう!」
思い切り不機嫌な母(それはそうだろう、会計だけして、品物を受け取っていないのに、突然店の外に連れ出されたのだから)に、私は必死になって言い募る。わかって欲しい、死にたくない。ただそれだけが、頭の中を支配する……。
「ダメなの! あのケーキにはトリカブトが入ってる! みんなあのかぼちゃに殺されちゃう!」
娘のあまりの剣幕に驚いたのか、母が何も言わずに車を発進させてくれた。(残念ながら私は車の免許をまだ取り終えていないので、運転ができない……)
そして。
「ケーキ! ケーキ忘れてますよー!」
店から、かぼちゃのお姉さんが飛び出して来た。リボンをかけた、トリカブト入りケーキの箱を片手に、私たちの車を追いかけて来る。
「ほら、お姉さんだって……」
「いいから! いいから早く! 追いつかれたら殺される!」
車を止めようとする母を、とにかく急かす! せっかく助かった命だ、ここであのかぼちゃに追いつかれてケーキを食べさせられたらお終いだ……。
「ケーキ! ケーキいらないんですかーっ! ケーキ! 食べてくださいー!」
そして、走っている車を、かぼちゃのお姉さんはしつこく、しつこく追いかけて来る! (こっちは車なのに!)逃げなくちゃ、とにかく、かぼちゃのお姉さんの追いついて来ないところまで!
私と母を乗せて、車は、走る、走る。かぼちゃのお姉さんも、その後をついてひたすらに、走る、走る。
……走る、走る。……走る?
「……眩しい」
目を開けると、見慣れた天井。あれ、そうか、もしかして、もしかしなくても……。
「夢、か」
そう思うと、笑いがこみあげて来る。お店のお姉さんがかぼちゃの頭だなんて、ツッコミどころ満載すぎる! しかも、それに気付かないなんて、お母さん、鷹揚なのにも程がある! そして何より……。
「トリカブトって、無味無臭じゃん。ケーキに入ってても気付くはずないよね」
どうして気付いたんだ、自分! 野生の勘か? なんて考えて、ベッドの上でひたすら笑い転げる。ああ、ダメだ、おかしい! お腹の皮がよじれる! 死んじゃう! 朝から笑い過ぎで死んじゃう!
ひいひい、ぜいぜいと息が苦しくなっている所へ、階下の母から声がかけられる。
「ちょっとお姉ちゃん! いつまで寝てるの! 今日から、おばあちゃんの家に一緒に手伝いに行くって言ったでしょう!」
「はあい、今着替えるー」
軽い溜息を一つついてから、思い出す。
1か月前から、大学は夏休み。車の免許を取りに教習所にびっちり通っていたが、あとは本試験を残すのみ。どうせ暇なんでしょう、と母に言われ、昨年祖父が亡くなって以来、一人で農業を営んでいる父方の祖母の手伝いに行くことになっていた。高校時代の学校指定のジャージに着替えて、居間に顔を出す。アルバイトから帰って来た妹が不信そうにこちらを見ていた。……ああ、笑い声、居間にも聞こえてたんだ。ちょっと恥ずかしい……。
「ほら、おばあちゃん、待ってるんだから」
「はあい」
歯磨きを済ませ、母が車で食べられるようにと握っておいてくれた朝御飯のおにぎりを手に取る。
「いってきます」
学校があるので祖母の手伝いには行かない妹に見送られ、家を出る。
この時の私は、思いもしなかった。まさか、千五百個を超えるかぼちゃが、私に磨かれるのを待っているだなんて、そんなこと……。
こんにちは、霜月璃音です。
部屋を片付けていて、昔見た夢を書き留めていた日記のようなものを見つけました。その中に、この夢があって……ついつい文章にしたくなりました(部屋の片付けが終わっていません……笑)。
色々と都合よく展開しておりますが……夢の中の出来事、ということで見逃していただけますと幸いです。
実際この時、祖母の手伝いで、出荷前のかぼちゃについている泥をたわしで落とすという作業をすることになりました。
こんな調子で妄想激しく日々生活しております。他のお話もおそらく私の妄想が滲み出ているかと思われますが……そういう奴なんだな、位に思っていただけますととても助かります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。