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TNタクシー

この会社に入社してから、10年くらい経つ。10年前は電話応対もロクに出来ないダメ社員だったが今ではおかげ様で、あるプロジェクトのリーダーを勤めるまでになった。そしてそのプロジェクトも今日のお昼に行われた最終プレゼンで一旦終了。連日残業や早出をして進めてきた我々のプロジェクトは見事大成功をおさめ、プロジェクトの指揮をしてきたリーダーの私を始め、今日まで本当によく頑張ってくれた部下数名は喜びのあまり溢れる涙を寸前のところで我慢していた。

今までは労働なんて金を稼ぐだけのモンだ、と考えてたがこのプロジェクトを任され、そして成功をおさめ、嬉しさのあまり涙が…という経験をして考えが少し変わった。どういう風に変わったか詳しくは自分でもわからないが…労働に対して前向き…違うなぁ…目には見えない報酬…なんかクサいなぁ…まぁ、とにかく変わったのだ。


さてその最終プレゼンを終えた日の夜。一応プロジェクトは一旦終了したが、まだまだやることが残っていたので遅くまで残業していた。

「ゴールはまだ先だからなぁ」と浮かれる自分に気合いを入れ、同時にプレゼン成功の勢いに乗じて時間が忘れるほど仕事に打ち込んでいた。

「お疲れさまです。そろそろ…」と警備のおっちゃんが来たのは22時ちょい過ぎ。私は「もうこんな時間!」と「こんな時間になるまで気づかず仕事したんだ!」という2つの驚きを気持ちよく味わった。

書類をまとめて部屋を出てエレベータに乗る。

「プレゼン成功のお祝いかぁ」と昼間、部下が言っていたことを思い出した。その部下は本当に気が利くやつで今回のプロジェクトも彼の力なくてはここまで順調に行かなかっただろうと思っている。そんな彼がプレゼンを終え休憩をしているときに「プレゼン成功のお祝いやりましょうよ!ちなみに何が食べたいですか?今、みんなに希望を聞いて回ってるんですけど」とメモ帳とペンを持ってやってきた。私が「肉よりは魚がいいなぁ。」と独り言でつぶやくと「魚ですか。刺身が美味い店とかですか?」とメモ帳に色々書き始めたので「でも全然肉系でもいいよ。とりあえずみんなの意見を聞いてから決めようかなぁ」と私が言うと「そうですか。じゃあちょっとみんなに聞いてきますね。」と彼はニコッと笑って小走りで休憩室から出た。そうして19時くらいに資料整理をしていた私のもとへ「まだ帰らないのですか?」と彼がやってきたので「これをまとめてから帰るよ。もうすぐ終わるから先帰っちゃっていいよ。」と言うと「じゃあこれ、見ておいてもらっていいですか?みんなに食べたいものを聞いてそれをまとめたやつです。じゃあお先に失礼します」とこれまた爽やかに帰っていった(ちなみに彼はさわやかイケメンって感じの顔だ)。


エレベーターの中でそれを思い出して彼から貰った資料を見た。細かくは見てないが、彼らしい、非常に気の利いた資料だ。

「食べたいもの・嫌い、またはアレルギーで食べれないもの・お酒の耐性etc…」たかが食べたいものの集計なのにここまでしっかりやるとは…私は彼が可愛らしく思えた。

エレベーターから降りて私はふと現実的なことを考えた。会社から家までの道のりのことである。

会社から15分くらい歩いて駅へ。そして電車に乗って5分。そして電車を降りて家まで15分。

「疲れる…」そう思った。いつもこうして帰っているのに今日に限ってそれがしんどく思えた。きっとプレゼンを終え、肩の荷が降りて、ちょっと気が抜けてしまったんだろう。そして私はあることを考えた。

「今日くらいタクシーで帰ろうかなぁ」

そんなことを考えながら会社を出ると、なんとなんと!目の前にタクシーが1台停まってるではないか!

「今日はお祝いだ!タクシーで帰るぞぉ!」と心の中で舞い上がった。きっと神様もそうしろと仰ってるんだろう、と都合良く解釈し、私は特に何も注意せずタクシーのドアを軽くノックした。


反応が無い…。エンジンはかかっているし…後部座席の窓から運転席を覗いた。確かに運転手はいた。女性の運転手なのだろうか?髪はそんなに長くないが後ろ髪を縛っている。そしてその運転手はヘッドフォンをつけている。何かを聴いているようだった。もちろんこちらの存在には気づいていない。私は前のほうへ回り運転席を正面から見た。運転手はやはり女性だった。しかも若い。25とか26辺りか?もちろん運転手は私を見るや「あっ!」と驚いた顔を見せ、そして何故かわからないが、急にヘッドライトを点けた。物凄く眩しかった。びっくりです。目がくらんだまま後部座席のドアのほうへ。

私はもちろん自動で開くと思い待っていたのだが、いくら経っても開かないし中を見ると彼女も背筋をピンと伸ばし客が乗ってくるのを待っている感じだ。前方を見つめ私の方を見もしてない。

「あぁ手動かぁ」

数秒待ったのちに理解した。

ドアには「TNタクシー」と書かれていた、



ドアを開け車内へ。運転手はようやく私の方を見て「いらっしゃい!」と居酒屋の親父みたいな出迎え方をしてくれた。車内は至って普通だった。ぱっと見た感じ普通だった。しかしよく見ると…まぁ追々書こう。

爽やかな石けんの香りが車内を彩り、なんだか心地良い気分になった。たまに前の乗客か運転手自身かわからないが「うっ…」と来る臭いのタクシーがある。まぁしょうがない…前の乗客の臭いだし、運転手の臭いだったとしても、彼らだって頑張って働いていて汗かいているのだから…と、しかしテンションはガタ落ちである。

このTNタクシーはそういうところにも気を配っているのだろうか。良い会社だなぁ、と私は好印象を抱いていた。

「どちらまで?」となんとも可愛らしい運転手さんが聞いてきたので私は自分の家の近所にあるコンビニまでお願いした。

若い女性の運転手という物珍しさもあってか、なんとなく魅力的な女性に感じた。顔は、有名なあの歌手、魅力的で個性的なハスキーボイスとセクシーなスタイル、ちょっとキケンな香りで聴く者を魅了する「椎間イチゴ」に似ている。しかし厳密に言えば、椎間イチゴから色気と大人っぽさを全部取り除いた顔だ。全部取り除いてしまっているのでなんだか幸薄な顔だ……さっき「魅力的な女性に感じた」と書いたがやはり訂正する。正しくは「愛らしい女性」だ。


私は助手席後方のシートに深く腰掛けリラックスしていた。

「そういえばこの時間は道が大変混雑して時間が少しかかるかもしれませんが大丈夫ですか?」運転手がこちらを振り向きそう言ったので私は「構いませんよ」と笑顔でそう言った。今日の私は機嫌が良いのだ。

運転手は助手席に置いてあったバインダーを持ち半である紙に何かを書いている。何を書いているのだろう。機嫌は良いがなるべく早く帰りたいので、さっさとして欲しいものだ。そんな私の苛立ちを察したのか運転手は「いやぁ後で書こうと思うといつも忘れちゃうんですよ。先に書いとかないと。これはお客様を何時にどこからどこまで送ったかっていう紙なんですよ。面倒くさいですよー本当」と笑いながら無邪気にそう言ったので私は苛立ちを忘れて「大変ですねぇ」と答えた。運転手はそれを書き終えると「よいしょー!」と叫ぶとそのバインダーを助手席の足下のところへぶん投げた。多分車外にも聞こえるくらいの声だったと思う。

「この人、気がおかしくなったのか?」私は少し怖くなった。

「さぁ出発しますよー!」運転手はそう宣言し車内に設置されているトランシーバーを手に取った。


「えーえーこちらぁ~タニタ号。これより~乗客1名様を~○○町まで~お届けします~。どうぞぉ~」

「……えー、こちら本部ですぅ~。了解しましたぁ~。安全運転でお願いします~。あと帰りにプリンを買ってきて~くださ~い。どうぞ~」

「了解しましたぁ~。プリンは普通のやつでよろしかったですかぁ~どうぞぉ~」

「焼きプリンがいいですぅ~。どうぞぉ~。あっ、無かったら普通のでいいですよぉ~。どうぞ~」

「了解で~す。ちなみに今日の夜ごはんはなんですかぁ~どうぞぉ~」

「今日は酢豚でございます~。どうぞ~」

「了解しましたぁ~。このお客さんを届けたらすぐ帰ります~どうぞ~」

「ラジャぁ!」


運転手と本部のやりとりを聞いていた私はますます不安になった。

プリン?夜ごはん?酢豚?いったいどういうことなんだ?数々の謎も生まれた。

そして、ああ、これは出来れば皆さんに直接聞かせてあげたかったが彼らの「どうぞー」の言い方がすごいのだ。すごく気合いが入った言い方なのだ。どうぞーの「ど」には特に気合いが入っていて、「と」に濁点13個つけたような言い方なのだ。そして「ぞ」を結構伸ばす。「どうずぉおーあぁ」って感じだ。

そして本部の女性が最後に言った「ラジャー」。何故が発音が物凄く良かった。

「ラジュァア」って感じだ。

なんだか物凄いタクシーに乗ってしまったようだ。

「タニタ号」かぁ。名前からしてちょっと…。


運転手はトランシーバーを置いてハンドルを握った。

「発車しまぁ~す」


ああ!これも皆さんに聞かせたい!この「発車しまーす」が何故か電車の車掌さんみたいな言い方なのだ。これは気のせいじゃなくて、完全に車掌さんなのだ。誰が聞いてもそう思うに違いない。何故だ!何故タクシーで車掌さん?!心の中でまるで芸人のツッコミ担当みたいにツッコんだ。言いたい!出来ることなら直接言いたい!しかし出来ない…そして私は俯いて笑いを堪えていた。

ようやくタクシーは発進した。




走り始めて3分。私の不安を裏切るような、見事な安全運転であった。急発進、急ブレーキなんかはもちろん無い。曲がる時もスーッと自然に、多分水の入ったコップを車内に置いてもこぼれてないだろう。それくらい丁寧なのだ。

すると運転手は急にラジオの上に設置されているタクシーメーターをいじりはじめた。もちろんメーターに注意が行っているので速度は減速。後ろの車が1台、2台とタクシーを追い抜いた。

「どうしたんですか?」私は不安になったのでそう聞いた。何かトラブルでもあったのだろうか?もしそうなら例えプロの運転手とはいえまだ若い女性だ。私がいろいろ手助けしなければ、と思い、運転手の返答を待った。

「料金をプラスしてたんでーございまーす」

料金をプラス?どういうことだ?そして何故車掌さんみたいな話し方なのだ?

「メーターに見えるでしょう?これ実は電卓なんです。手動で料金を計算してるんです」

あっ、なるほどねー。と思った2秒後に「メーターが無い?手動で料金プラス?」といろいろ数々の疑問が生じた。

「まず初乗りが900円ですねー」

車掌さんの言い方でそう言って電卓に900と打ち込んだ。「んでウチは5分ごとに料金プラスされるんでー」と900に100を足し「んで今は1000円でございますね」と電卓に表示されている1000を指差し、普通の運転に戻った。

おいおいおい、初乗り900円?高い!そして5分で100円?まぁここから家までなら…20分もかからないからいいが、それでも他のタクシーよりは高い。

しかし車内をよく見てみると運転席の座席の後ろに「TNタクシー(個人)初乗り900円」と手書きの張り紙がちゃんとされていた。私の確認不足ということだ。まぁ少し高いが「若い女性の運転手だから…」と自分を納得させその張り紙をゆっくりと眺めた。その張り紙もどうやら手作りらしく、蛍光ペンをふんだんに使ったとてもカラフルな張り紙であった。なんだか女子の勉強ノートのようだ。「初乗り900円」というところは赤と緑の蛍光ペンで二重に囲ってあるし、「5分ごとに100円ですよー」というところには青い蛍光ペンで下線が引かれている。空いたスペースには色ペンでクマやらアヒルやらが書かれていて、私はほっこりとした気分になったが、何故かその可愛らしい動物に混じって「サブマシンガン」「ミサイル」「手榴弾」など物騒な武器の絵が黒々と書かれていたので私は混乱した。

普段タクシーを利用するとき車内で運転手と会話なんてしないが今日は気分が良いのと若い女性の運転手ということで多少テンションが上がっていたのでこの張り紙について色々聞いてみた。

「この張り紙運転手さんが書いたのですか?」

「ええ、手書きでございまぁす」

やはり車掌さん口調だ。

「なんで武器の絵が書いてあるんですか?」

「小学生の頃褒められたんですよ。「タニタさんは武器を書くのが上手だね」って。どうです?なかなか上手く書けてるでしょ?」

チラっとこちらを振り返った運転手の顔は得意げそうだった。私はもう一度その武器の絵を鑑賞してみた。まぁ確かに…上手だが…たぶんもっと上手く書ける人はごまんといるだろう。確かに「黒光り感」はよく出来ているが、本当にそれだけであって細部まで細かくは書かれていない。しかし、運転手にはそんなこと言えず「あぁ上手ですねー」と笑みを作って返した。その時ちょうど信号待ちになったので運転手は体ごとこちらに向けて「ありがとーございまぁす」と車掌さん口調で、そして本当に嬉しそうな顔でそう答えた。そして急にシートベルトを外して後部座席のほうへ上半身を乗り出した。そして「このサブマシンガンは傑作ですよ!」と張り紙に書かれたサブマシンガンを人差し指とチョンチョンと指した。あまりにも急の出来事で私はあたふたした。「あっ!ちょっと危ないですよー」と私がすっとんきょうな声で言うと彼女は「ただ今信号待ちでございまぁす」と車掌さん口調でそう言って私の顔を見てニコッと笑った。

「この手榴弾はですねーここのアミアミの模様が…」と話を続ける運転手。彼女の後頭部を眺めながら私は「エラいタクシーに乗ってしまった…」と深く思った。しかしそれは後悔ではない。かと言ってワクワクでもない。自分でもよくわからないが、運転席から身を乗り出す彼女から香る石けんの香りに私はドキドキしていた。たまにこちらを振り向き「お客さん!このハンドがンのテカり具合を見てくださいよー」と無邪気に笑う彼女の顔はやはり可愛らしく、なんだか自分の娘みたいな、あるいは年下の親戚の子の可愛らしさを覚えた。

彼女の話はまだ続いていた。私は信号を見た。思いっきり青だった。

幸い後ろに車がいなかったのでよかったが、私は「あっ!運転手さん!青ですよ!」と運転手の肩を数回叩きながら言った。

「なにっ?!」と彼女は慌てて上半身を運転席へ戻した。そして発進するかと思えば電卓に「100」と打ち込み、そしてようやく発進した。現在1100円也。


大通りに入った。運転手の言った通り、道は渋滞していた。こりゃ…すぐには帰れなさそうだ。その間も5分おきに運転手は電卓に100と打ち込み料金を加算していく…かと思ったが渋滞であまり進んでいないので100円ではなく78円加算された。「あまり進んでないのに100円取っちゃ悪いですからねぇ」と特に渋滞だからといってイライラせずに相変わらずの車掌さん口調でそう言った。しかしなぜ78円なのか?私は気になったのでそれを聞くと「なんとなくでございまぁす」とバックミラー越しに私の顔を見てニコッと笑った。なんとなくか…若干不安ではあるがまぁ100円加算されるよりはマシなので追求はしなかった。

車はほとんど動かない。何故こんなに混雑しているのか。私は少し苛立っていた。しかしバックミラーに映る彼女は私にこうやって見られているとは気づかず、舌をベーッと出したりぐるっと回したり、巷で流行りの小顔体操をしていた。その顔があまりにもおかしく私は苛立ちを忘れて俯いて笑いを堪えていた。

助手席の座席の後ろに運転手の簡単なプロフィールが書かれた紙が貼ってあったのでそれを見てみた。そこには彼女が満面の笑みで映っている写真が貼られていた。そこで彼女の名前が「タニタ」であると知った。そして趣味が「音楽鑑賞」であること、好物が「おにぎり」だということが判明した。私は今までの出来事を振り返っていた。このTNタクシーのTNはタニタのタニを取ったものなのだろう、そして最初ヘッドフォンを着けていたのも音楽を聴いていたのだろう、と小さなな謎をどんどんと解明していったので私はなんとなく清々しい気持ちだ。しかし、好物がおにぎり…これはちょっと謎だ。私はやることもなかったので色々彼女に質問してみた。

「タニタって名前なんですねー」

すると彼女はすごいスピードでこっちを振り向きこう言った。

「そうです。私タニタって名前なんです。上から読んでも下から読んでもタニタなんです」

彼女は興奮気味にそう言った。

「上下左右前後斜め、どこから読んでもタニタなんです。四方八方敵無しです!」

ああ、なんと力強い自己紹介だろう。この力強さを目の当たりにすると本当に彼女は敵無しなような気さえする。圧倒された私は「すごいですねー」としか答えられなかった。彼女は「どうも!」と言って姿勢を戻した。

「でもタニタさんはどうしてタクシー運転手になろうと思ったんですか?」と私は質問した。このタクシーに乗車してからずっと頭の片隅にあった疑問である。

「うーん、なんででしょうね?忘れちゃいました」と頭をポロポリと書いてそう答えた。

「そうですかぁー忘れちゃいましたかー」私は愛想笑いも交えてそう答えた。すると彼女はバックミラー越しに私を見て「でも…」と言い「理由は忘れちゃったんですけど、とにかくなりたかったんですよ、タクシー運転手さんに」と真っすぐな目で私を見ながらそう言った。

「なりたいから、なった」かぁ…そうだよなぁ…と私は返事も忘れて考えていた。結局はそうなんだ。やりたいことをやるのに理由なんてどうだっていい。よく面接で志望理由なんて聞かれるが…そしてそれにちゃんと答えないと落ちてしまう、なんて考えるが…結局はやりたいからやるのだ。そこに嘘はない。本当にただやりたいだけなのだ。それこそ本当の、純粋な、情熱というものなんだろうなぁ…なんてことを頭の中で色々考えていた。そんな頭の中に「28円加算しまぁす」という彼女の声が入ってきた。ああ、渋滞、さっきから全然進んでない!いつになったら帰れるんだ!


相変わらず渋滞から抜け出せずノロノロと進んでいた。現在、料金は1206円。すごく半端な金額だが、まぁいいだろう。私は暇だったので彼女に色々質問してみた。

「今日も忙しかったですか?」

「お客さんが今日初めての乗客ですよー」

「1日働いて1人だとあんまり儲からないでしょう?」

「いやいや、仕事開始が20時くらいからだったんで。そして今日はお客さんを送り終わったら店じまいです。2時間で1人捕まえられたんでまぁいいでしょう!って感じですよ」

「個人タクシーって結構ゆったりとやってるんですね~」

「いやいや私たちのとこだけですよ。他のところはきっと朝から晩までしっかり働いてますよ。ほんとウチだけです。ウチの母も父もそういう人間なんですよ」

母?父?もしかして家族でやっているのか?そうすると最初トランシーバーで話していた本部の人間、あれは身内なのか?

ちょうどその時トランシーバーが鳴った。なんと良いタイミングだ。

彼女はそれを手に取って応対し始めた。

「はいはい、こちらタニタ号です。どうぞぉ~」

「こちら本部です。どうですか?道混んでますか?どうぞー」

「激混みでございます。もうすごいです。見せてあげたいくらいです。どうぞぉ~」

「お客さんは怒ってないですかぁ~?どうぞー」

相変わらず「どうぞ」の一言への気合いの入れ方が凄まじくて私はまた俯いてわらいを堪えていた。

「お客さん!お客さん!」彼女が振り返って手に持ったトランシーバーを私に向けた。「ウチの母です。一言いいですか?」

まさかの展開であった。一体何を言えばいいのだろうか。一言?えーっと感想?乗り心地?私はものすごく混乱した。だいたい何故客の私が運転手の母と会話しなくてはいけないのか。別に用なんかないのに。「お宅の娘さんは頑張ってますよー、本当に、ええ」なんて言えばいいのか。私の混乱をよそに彼女はトランシーバーをこちらに向けたまま、ニコニコしている。私は、このまま色々考えても何を浮かんでこなさそうなのでトランシーバーに向かって「あっ、どーも、客です。渋滞してますけど全然大丈夫ですよ。運転手さんも可愛らしくていい子です、はい。」と勢いで言った。顔が焼ける程熱かった。恥ずかしかった。何が「どーも、客です」だ。なんかすごくバカらしい言い方だ。そして恥ずかしさの最大の原因は「運転手さんは可愛らしくていい子です」という箇所だろう。上手く言い表せないが…女性に対して「可愛らしい」と言うことは「あなたを愛しています」と言うことと同じなような気がしたのだろうか。私は異性との交流があまりない。少しあってもそれは会社の部下、同僚、である。彼女はいままで一度だけ学生時代に出来たが、それっきりなのである。経験豊富な人ならきっと「可愛いね」とか「綺麗だね」と女性に何気なく言うことが出来るのだろうが、私にはそれが出来ない。その一言にすごく重みを感じてしまうのだ。私はうぶなのだ。私は後悔した。勢いで喋るからこんなことになるんだ、と。勢いで喋るから「本音」が出てしまったのだ。私は彼女を本当に「可愛らしい」と思っていたのだ。恋愛感情とは少し違うが、ああでも、後悔である、

さて、顔を紅潮させ、窓の外を見る。車は全く進まない。外気を浴びたい…。

私は運転手に窓を開けても良いか聞こうと運転手のほうを見ると、なんとまだ手にトランシーバーを持って、それをこっちに向けたままなのである。そういえば私が一言言った後、向こうからなんの返事も無かった。…いや、もしかして…。

「どうぞ!って言ってください!」小声で彼女は言った。

「やっぱりかぁ!チキショー!言いたくないなぁ!」私は心でそう絶叫した。そしてトランシーバーに向かって控えめに「どうぞ…」と言った。顔がさらに熱くなった。彼女がスイッチから手を離すと向こうの音がし始めた。

「本当にごめんなさいねぇ~。うちの子迷惑かけてないかしら?何かあったら遠慮無く言っちゃってねぇ~。本当ね、うちの子はすぐ調子に乗るもんだからねぇ~。じゃあどうぞよろしくお願いしますー。あとプリンを忘れないようにって伝えておいてくださいねー。」

そう言って無線は切れた。母親の話す声の奥からテレビの音が聞こえてきたのが気になった。お笑い番組だろうか?観客の笑いが聞こえていた。スナック菓子をバリバリ食べてる音もしてたし、水道を使っている音も聞こえた。猫の鳴き声も聞こえた。まさかとは思ったが…本部って…。

「明るいお母さんですね。猫の鳴き声が聞こえたんですけ…」

「猫飼ってますよ!マリちゃんっていうんです!」

私がまだ喋り終えてないのに彼女は急にそう返してきた。そうか、やはり本部って「自宅」だったのかぁ。

「かっわいいんですよ~!マリちゃん!写真見ます?」

私が見るとも見ないとも言う前に彼女はダッシュボードを開け始めた。見せる気満々だ。しかしその時、前の車が進み始めた。彼女は「おっかしいなぁ…」とつぶやきながらダッシュボードの中を漁っていて気づいていない。

「運転手さん、前、前」

「あっ!」

彼女は電卓に手を伸ばした。いや、そっちじゃなくて…前…。

彼女は電卓に手を伸ばしたがなかなか打ち込まない。「どれくらいかなぁ」と考え込んでいる。私はヒヤヒヤしていた。こりゃあクラクション鳴らされるぞ…。

案の定「プーーーーッ!」と長めのをかまされた。予感はしていたがびっくりして体がびくっとした。彼女も同じだった。体がビクッと反応し、「あーーーー」と小さい叫びをして電卓に「8」と打ち込んだ。8円加算された。8円…。そして急に窓を開け、顔を出して後ろの車に「ごめんなぁさあああああい!」と叫んだ。私は彼女の声量のデカさにまたビクッとした。この子…こんなデカイ声が出せるのかぁ。

すると後ろの車の人であろうおっさんの「おう!頑張れよ!」という声が聞こえてきた。あーよかった。怒られなくて…。おっさんがいい人だったのか、彼女の健気な姿に怒りを忘れたのか、デカイ声を出されて萎縮してしまったのか…。

タクシーが動き始めた。運転しながら彼女はダッシュボードのほうをちらちら見ている。よほど猫の写真を見せたいのだろう。しかしそのチラ見の頻度がかなり多く、結果、交差点で赤信号で止まっている前の車に危うく追突するところだった。

このままだと命が危ない、と思ったので「もう猫の写真はいいですよ」と断ろうとした。まぁだいたい私は「見たい」なんて一言も言ってないんだが。だがなんとなく言いづらい。なんか彼女を傷つけるような気がしてなかなか言い出せない。私の葛藤を知らず彼女は赤信号で止まったのをいいことにダッシュボードの中身を全部助手席に出してひとつひとつ戻しながら写真を探していた。ちなみにダッシュボードにはCDや漫画、せんべい、風邪薬、胃薬、目薬、などが入っていた。せんべいがかなり入っていたのには少し笑ってしまった。

信号が青になってしまった。彼女はそれに気づいて「うそ~」とひとりで焦っていた。まだ助手席には大量のせんべいや荷物やらが残っている。私は覚悟を決めた。言おう。言っちゃおう。

「もう…」と私が言いかけたと同時に彼女がこちらを向いて「すいません!一旦避難します!」と言って急に左折した。私は後悔した。もっと早く言えばよかった。そしたら…そしたら…目的地にすんなり着いたかもしれないのに。あのまま真っすぐ進めば…。後悔先に立たず…。

タクシーは交差点を左折後、しばらく進んで右折、そして左折、とにかくうねうねと進みまくった。いったいどこに向かってるんだろう…私には全くわからなかったが明らかに家からは遠のいている。しかし、ここでも彼女に関する新たな発見をした。例えばウィンカーを出すのが早い、右折する時に「よいしょ」や「そぉーい」と小声で言う、基本黄色で止まるなど…。まぁだからなんだと言われたら何も返せないが、まぁ…そういうことである。そして料金は現在1322円。


タクシーの避難先はとあるコンビニの駐車場。タクシーを止めると彼女は助手席の荷物をまたひとつひとつダッシュボードに戻しながら猫の写真を探し始めた。

「よかったらどうぞ!無料ですよ!」とせんべいを2枚くれた。せんべいなんていらないから早くしてくれ…。

結局猫の写真は見つからなかった。私はもう色々諦めてせんべいをボリボリ食べていた。

「あっ!さては!」

彼女は何か思い出したようだ。そうしてズボンのポケットから財布を取り出した。金色の財布だった。金運UPでも願っているのか…。

そして財布から1枚の写真を取り出した。やっと見つけた…猫の写真である。

「ほら!マリちゃんでーございまぁす」

お久しぶりの車掌さん口調である。写真には可愛らしい猫とそれを抱える彼女が映っていた。

「あー可愛いですねー。なんだかおとなしそうですねー」なんて言ったが内心は早く帰りたいの一心だった。

「マリちゃんはすごく生意気なんですよー。私がトイレから戻ってくるとさっきまで私が座ってた座布団を占拠してるんですよー。んで私が「どいてどいて」って言ってもどかないんです。無理矢理抱っこすると引っ掻かれちゃうからもう諦めるしかないんですよ。でも、可愛いから許しちゃうんですよー」

彼女はマリちゃんのことをニコニコしながら話していた。すごく楽しそうに話すのだ。その顔を見ると心を穏やかになる。「早く帰りたい」という一心もすーっと消えてしまった。ちなみに写真に映る彼女はタイミングが悪かったのか、半目だった。

「すいません、母のプリンを買ってくるんで少々お持ちください」と彼女はタクシーから降り小走りでコンビニへ行ってしまった。私が返事をする前に行ってしまった。まぁいいか…うん、もういいや。


さてタクシーは再び目的地へ向かった。私は部下がくれた「みんなが食べたいものリスト」を眺めていた。魚派は私しかいなかった。他の数名は焼き肉(豚メイン)、イタリアン(エスカルゴが美味しい店)、鍋(鍋奉行で名を轟かせました)、フランス料理フルコース(お箸を用意してる店)、とみんなバラバラでしかも細かい注文がしてあった。ちなみにこれを作った彼は焼き鳥(つくねで攻めるのでつくねの美味い店)を希望していた。私は悩んだ。どうしようかなぁ。私は別に魚でなくてもいいのだが、こうもみんなバラバラだと…そういえば以前、他の部署の同僚から「お前のチームって個性派揃いだな」と言われたが…なるほど、私はその同僚の一言を初めて実感した。特にカッコ内の注文を見るとそれを強く実感する。とりあえず「酒の耐性」の欄に全員が「酒豪ですから!」「むしろ酒だけでいいくらい」「なんなら酒になりたい」等のことが書かれてあるので安心した。やはりみんなでワイワイ飲んだ方が楽しいものだ。

タクシーはまた渋滞にハマってしまったようだ。まだ帰れない。私は暇だったので彼女に相談してみた。

「実は今度会社の飲み会がありましてね。みんなの食べたいものを聞いて回ったらみんなバラバラで困ってるんですよ」

彼女はバックミラー越しに私を見て「大変ですねー。皆さんは何を食べたいんですか?」

「焼き肉とかイタリアンとか鍋とかフランス料理とか焼き鳥とか…」

「バラッバラですねー」彼女は笑っていた。そして急に何かひらめいたのか「あっ!」と叫んだ。

「いい店知ってますよ!」

「本当ですか?!」

「ええ、今言った全部あります!鍋とかフランスとか」

あまり期待はしてないが一応色々聞いてみた。

「へー、どんなお店なんですか?」

「行ってみます?」

その瞬間、前方の車が動き出した。そしてタクシーは、なんとまた帰り道と違う方向に走り出した。私は心の中で後悔した。また帰るのが遅くなる。

そしてそういう場合も料金はしっかり加算されるからもう救いが無い。現在1516円。もう私は彼女を止めることもせず流れに身を任せるように、ただタクシーの乗っていた。

「そこの店はすごくいいんですよー」彼女はニコニコしながらそう言った。きっと彼女に悪意なんかない。むしろお客様の為にこうやって行動してくれているのだ。私はそう考えると彼女が前にも増して愛しく思う。もう一度言っておくが恋愛感情ではない。自分の子供に抱く愛情に似ているものだ。

大通りを走行中、彼女がある場所を指差して言った。「あの店です!」

それは全国展開している有名なファミリーレストランだった。私は期待はしていなかったが…やはり愕然とした。

「ここってファミレスですよね?」

「ええ!でもお酒もありますし焼き肉も鍋もありますよ!」

「イタリアンは?」

「パスタもたくさんありますし、リゾットも、なんかよくわからないのもありますよ」

「フランス料理は…」

「今「フランス料理フェア」ってのをやってるんですよ!一昨日も友達とここ来た時にアレを食べましたよ…えーっと…何かのムニエル…を食べましたよ、あっカタツムリもありますよ!アレ私嫌いなんですよねー!」

確かに一通りはあるようだが…せめてエスカルゴと言って欲しいもんだ。カタツムリと聞くとなんだか気色が悪い。

「焼き肉も焼き鳥も確かありましたねー。友達とよくここで飲み会するんですよ。私この前ここで怒られたんですよ」

「店員にですか?」

「ええ、焼き鳥を両手で持って「私の子がこんな姿に!」ってやってたら店員が「やめてください!」って。私落ち込みましたよー」

ああ…謎がまたひとつ増えた。彼女は一体なんのつもりでそんなことをやっていたのだろうか。

「友達は大笑いしてましたよ!笑いすぎて食べてたイカの刺身が喉にひっかかって死にかけてましたよー」

なるほど、イカの刺身かぁ。悪くないなぁ…と少しずつ「この店を提案してみようかぁ」と思い始めていた。しかし、ファミレスで…飲み会…。


「ここはおすすめですよ!じゃ帰りますか!」

タクシーは再び目的地へ走り出した。


さて渋滞ゾーンも過ぎ、あとはひたすら走るだけである。このまま順調に行けばあと5分くらいで到着だ。

しかし…事件は起こった。

彼女が運転しながら電卓に100と打ち込もうとした瞬間、不覚にも私がくしゃみをしたのだ。別に狙ってしたわけではない。私は景色を見ながらぼーっとしてたので彼女が電卓に打ち込んでいる最中とは知らなかったのだ。

私がくしゃみをしたせいでどうなったか?

彼女は突然のくしゃみでびっくりして手元が狂い、クリアキーを押してしまったのだ。今までの料金が消えてしまったのだ。

その瞬間「あーーーーーーっ!」という物凄い叫び声を上げ、何も知らない私は飛び上がるくらいびっくりした。

「ど、どうしたんですか!」

「料金がーぁ!料金がーぁ!…一旦避難しまぁす!」

「えっ!」

私が発した「えっ!」は料金リセットよりも「一旦避難」という言葉に対しての

「えっ!」である。あと少しなのに…。タクシーはまたルートを外れてコンビニを探していたがなかなか見つからず、通行量の少ない道の路肩に停止した。

「いくらか覚えてます?私完全に覚えてないですけど…」

先程までの元気が完全に失せてしまったようで覇気の無い声でそう言った。猫の写真の頃の彼女とは天と地の差だ。しかし、ルームランプの淡い色に照らされた彼女の不安で一杯の顔は今までとは少し違う魅力があったのを今でもよく覚えている。目が涙で潤んでいたのも覚えている。

ここで生粋の悪人なら「1100円でしたよ」と明らかな嘘を言って料金を安く済まそうとするだろう。実際今の彼女はそれを嘘と見抜けるほど平静ではないので、簡単に悪巧みは成功するはずだ。

しかし私はそんなことはしなかった。嘘をつこうという考えがよぎることもなかった。

「確か…コンビニに行く途中の段階で1322円。そこからは料金を見てなかったので…」

「じゃあとりあえず…」とつぶやきながら電卓に1322と打ち込んだ。

「えーっと…そこから……えーーっ…と……」

電卓を持ったまま彼女は上を見上げ何かブツブツ言っている。そのまま5分が経過した。そして大きな溜息をひとつして「とりあえず発車します」

彼女の声に元気はなかった。私も軽く返事をして外を眺めた。タクシーは発進した。ここはどこだろう。家までどれくらいのところだろう。私は何をしてたのだろう。彼女は…。


タクシーはその後順調に進み、目的地まで残り数分のところまで来た。

その間、彼女は一言も発しなかった。右折するときは相変わらずかけ声みたいなのがあったがそれにもあまり元気が無い。そして料金、これも全く加算されなかった。あの時打ち込んだ「1322」のままである。「料金のこと忘れてるのかなぁ」と私もそれに気づいて注意しようかと思ったが彼女は別に忘れている風でもなかった。チラチラと電卓のほうを見てた。何故加算しないのだろう。


そして目的地のコンビニへ到着。

ようやく帰れる…と晴れ晴れ出来なかった。彼女が気になるのだ。全くはじめのほうと様子が変わってしまっているからだ。

「タニタさん…」

私は何も考えず彼女にそう言った。彼女はバックミラー越しに私を見てニコッと笑った。しかし今まで見てきた彼女の笑顔よりも一層弱々しく、無理に笑っているようにも見えた。

「到着です。お疲れさまでした。料金は…」

彼女は電卓のほうを見て「1322円です」と言ってすぐに電卓のクリアキーを押した。車内の空気は少し重たかった。

「もっと取っていいんじゃないんですかぁ?」

重たい空気を少しでも和らげようと少しおどけて言ってみたが、あまり意味が無かった。

「いえいえ…こんなもんですよ…」


「じゃあ…」

私は財布から1322円を取り、彼女に渡した。

「あと…」

私はもう千円渡した。

「これはマリちゃんの見せてくれたお礼といいお店を紹介してくれたお礼。まぁ元気出しなよ」

「…いいんですか?」

「こんな面白い運転手さん初めてだったよ。ありがとう」

「いえ!こちらこそありがとうございました!」

彼女の元気が戻ったようだ。振り向いたその顔はあの無邪気なニコニコ顔に戻っていた。

そしてドアが開いた。…うん?このタクシーは手動じゃないのか?入ってくるときは確か…私は彼女に聞いた。

「このタクシーのドアは自動だったんだね」

「ええ!もちろん!タクシーですから!」

「それじゃあメーターもちゃんと買わないとね」

「そうですね!母に相談してみます!」

「それじゃあありがとう」

「次回のご利用お待ちしておりまぁす!」


タクシーから降りた。ドアが閉まりタクシーはコンビニを出た。

私は手を振った。「頑張れよ」と心の中で応援しながら。



私は家までの道のりを歩きながら、彼女について考えていた。

「今後悪い客に出会わないだろうか…あの子は愛想がいいからつけ込まれそうだ。しかもちょっと元気よ過ぎる時もあるし…事故なんかしないだろうか…電卓打ち込む時が心配だなぁ」なんてことを、まるで親が自分の子を心配するような、そんなことを考えながら歩いた。そしてマリちゃんと一緒に写った半目の彼女を思い出して1人笑った。



数日後、私と部下の2人はとあるお店へ向かっていた。

「リーダー、今日自分飲みますよ!」

「ほどほどにしとけよー」

「でも、あれですね!ファミレスで飲み会って斬新ですよね!」

「まぁ…冗談半分で言ったつもりだったんだけどねー」

「でも確かにあの店ならみんなの食べたいものもあるしそれ以外にもメニューは豊富。お酒も色々揃ってるし」

「そうだね。お店の雰囲気的にもいいしね」

「ファミレスってカテゴリーだから案外忘れちゃうんですよね、この店。よく気づきましたね」

「いやいや、この前タクシーでね」

「ああ、例の女の子の」

私はTNタクシーのことを何人かに話したのだ。もちろんこの部下にも。

「面白そうですねー、一度乗ってみたいなぁ」

「覚悟して乗ったほうがいいぞ」


その時、クラクションの音がした。音のするほうを見ると、信号待ちしているタクシーのようだ。

「リーダー、知り合いですか?」

「ああ、TNタクシーだ」

運転席の窓が開かれる。

「飲み会楽しんでくださぁい!」

あの愛くるしい笑顔で彼女は手を振りながら大声でそう言った。。

私も手を振った。「頑張れ…頑張れ!」と心の中で応援しながら。

そして信号が青になった。彼女は前を見て

「しゅっぱぁつ!しんこーぉう!」と車掌さん口調で言いながら行ってしまった。


「…すごい人だなぁ」

「…だろ?」

「あの子、椎間イチゴに似てましたね」

「そうだなぁー」

「さて、店入りますか。みんな待ってますよ」

「おう、よーし!飲むぞ!」


彼女の教えてくれたファミレスは深夜3時まで営業。明日は休み。

とことん飲むつもりだ。




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