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翌日、ヤズマはアーシャを連れてカタロニアの町を歩いていた。
これから自分が住み、一族の移住をも考えている町である。少しでも知っておこうと、アーシャに様々な場所を案内してもらっているのだった。
片田舎の町といえるカタロニアの、おもな産業は畜産と農業である。貴族であるガディ家の運営する大農園で働くものもかなり多い。また、そうした人々を魔物や野生動物から守るための依頼が絶えないため、冒険者も多く滞在している。
そこまで大きく貧富の差は開いておらず、スラムのようなものもない。
理想的とまではいかないが、一族の移住先としては十分に見込むことのできる町だった。族長はよい判断をしていたといえる。
「このあたりから山の辺りまでは、動物がたくさん飼われています。ここの動物たちは、畑を耕すときにも使われるんですよ」
畜産に使われている区画まできて、アーシャは軽く説明をしていた。
「そうか。わたしもヤギは飼ってたことがある。あの大きな動物はどういう?」
ヤズマもそれにいちいち頷きながら、疑問を返している。見るものすべてが珍しく、彼女は牛や豚といった家畜を物珍しく眺める。旅人が連れているのはたいてい乗用の馬か荷物持ちのロバだったし、一族で飼うような動物もヤギやイヌなど一部の動物に限られていた。
彼女にとっては、飼いならされた牛、豚の類は珍しいものなのだった。
「あれは牛という動物です、ヤズマ様。あれはお乳がたくさんでる種類で、とってもおいしいのですよ」
「あっちのも牛か?」
「はい、あれも牛です。あちらの牛が農業の役に立つ子たちですね。お肉にすることもあるそうです」
ヤズマが目を見開く。そうか、食べることもあるのか、と。
ひょっとすると昨日食べたものの中にあれらの肉が含まれていたかも、とも考えられた。
「私もここに来てよく小さい牛さんを見ていたのですが、情がうつるとつらいからやめたほうがいいってよく言われました」
少し困った表情で、アーシャが続ける。子供に見えて、しっかりしているようだ。
「あっちはどうですか、ヤズマ様。ひよこがいますよ」
どうやらカタロニアでは養鶏も行われているようだ。ヤズマもニワトリになら馴染みがある。集落に持ち込まれたことが何度かあり、飼われていたからだ。毎朝生み出される卵の評判はよく、繁殖も試みられた。とはいえその手法もわからない集落ではうまくいかず、結局一代限りで終わってしまったのだが。
アーシャは柵の中で放し飼い同然になっているひよこたちを見て楽しそうだ。
そんなアーシャの様子を見て、ヤズマの頬も緩んでしまう。
「おう、アーシャちゃんか。どうしたんだ」
しばらくその場でなごんでいると、汚れた服をきた男が近づいてきた。敵意は全くなく、アーシャに対してかなりの好意をむけているようにみえる。
「あ、こんにちはドレロさん。
ヤズマ様、こちらはこのあたりの持ち主のドレロさんです」
アーシャは、その男と軽く挨拶するとすぐにヤズマに対して彼を紹介してくる。
「わたし、ヤズマ。言葉はうまくないので失礼があってもゆるしてほしい」
ヤズマは自己紹介をして、これほど多くの家畜をもつ男と友好を深めようとした。その意志はどうやらうまく伝わったらしく、ドレロも頷いて応じてくれる。
「ああ、アーシャのいうとおり俺はドレロ。どうだい、俺のところの動物たちは。ちょっとしたもんだろ」
ドレロが自慢をするが、それだけのことはあった。かなりの規模の畜産農家だ。雇っている人数もそれなりにあるはずだが、それを食わせるだけの稼ぎはあるだろうと思われた。
「おまえ、すごい。わたし、こんなにたくさんの動物を飼うおとこ、はじめてみた」
「そうだろう。なかなかわかってるじゃないか。
これからの時代はやはり動物を飼って育てて、殖やすのが大事になってくると思う。いつまでも森で殺して肉を剥ぐだけじゃ、いつか殺しつくしちまうと思わないか。それに今だって怖い魔物がいる。だったら町の中で動物を殖やせばいい。道理じゃないか」
「おお! おまえのいうこと、そのとおり!」
ヤズマはドレロの言葉に興奮した。彼女の一族は狩猟をして食料を得ることが非常に多い。常にそうしている。それを狩りつくしたらどうするのかと言い、その解決策として畜産を提唱したのである。実行できるかどうかはともかくとして、一考に値するだけのものだった。少なくともヤズマには考えつかないことだ。
それをこのドレロという男は実行しているのである。これほどの数の動物を飼い、実際に繁殖させているらしいのだ。素晴らしいことだった。
「へへ、ヤズマさんとやら。そんなに褒めるなよ。うれしいねえ、俺のやろうとしていることを分かってくれる人がいてよ。
このカタロニアの連中と来たら頭が固くていけねえぜ。俺がこんなに苦労しているってのに外で狩ってくりゃすむとか、行商団から買い入れるとかいってんだからよ。
俺はこの町のために思ってやってるってのによ。まあ自分の儲けってのもちょっとはあるが」
畜産農家のドレロはすっかり気をよくしていた。
カタロニアの議会は畜産の有効性をいまいち理解していないらしい。そこへきたヤズマが口だけとはいえ全肯定してくれたのである。うれしくならないはずがなかった。
「ヤギもいたんだが、こないだサイクロプスのやつが出てだいぶとられちまったからなあ。おう、あんた馬には乗れるか」
「馬?」
「そっちにいるだろ、ちょっとちいさいけどよ」
「お前、こんなにたくさんの動物もっててだいじょうぶか?」
たいへんな手間とお金がかかっているだろう。種類も多くなればそれだけ様々ことが猥雑になるのではないか。
ヤズマの心配は当たっているが、ドレロ自身は特に気にした様子もない。笑ってその疑問をかわす。
「ハハ、別に大したことないぞ。人を雇っているからな。お前さんも金に困ってるなら雇ってやる。
仕事は何しろたくさんあるからな」
「おまえ、いいやつ。お、これがうまか!」
馬は三頭いて、柵の中でぶらぶらしている。がっしりとしており、力強い印象をうけるが高さはさほどでもない。乗馬用としては小柄だった。
「おう、かわいいだろ。何しろいいのが来ると軍の奴らが召し上げちまうからな。鎧ごと乗って使いつぶす癖によ。
まあそんなこんなで今はこういうかわいらしいのしか残ってないんだが、それでもいい子たちなんだぜ。平地なら軍馬にも劣らねえ」
「乗れるのか?」
「乗れるぜ。まあ鎧をつけちゃあ無理だが、女ならいけるだろ。乗ってみるか?」
「今日、いそがしい。また来るから、そのときに教えてほしい」
ヤズマは馬には興味があったものの、町の中の案内が終わっていないことを思い出して、後日にする。
一族では馬に乗ったことのあるものはおそらくいないだろう。自分が習熟しておけば、教えることもできる。
「そうか。ところであんたは冒険者か?」
「きのう、そうなった」
「へえ、じゃあデモニック・オーガが出たってのは聞いたかい。うちはこんなだからな、さっきも言ったがサイクロプスのときもえらい目にあったんだぜ。警備のやつらなんか役に立ちゃしねえで、うちのヤギがだいぶ連れ去られてな。おかげで大打撃よ」
「サイクロプス。わたし、たおした」
「あんたが?」
ドレロは驚いた目でヤズマを見る。彼女はマントを着こんでいるので、蛮族らしい特徴は見えなくなっている。
彼はヤズマのことをなんだと思っていたのか。
「そうか、そいつはありがたい。ついでにデモニック・オーガもちょいちょいと倒してくれればありがたいんだが」
「冒険者たち、はりきっていた」
「だろうな。クエストがでたんだって? もしあんたが討伐したら酒の一つもおごってやるよ」
そんな会話をして、ヤズマたちはドレロの農場を出た。
アーシャはちいさなひよこを一羽もらって、両手に抱えた。ドレロがいうにはサイクロプスを討伐してくれたお礼である。
どうやらドレロという男からは信頼を得ることができたようだ。ヤズマは大いに満足だった。やはり、サイクロプスの討伐は決して無駄ではなかったのだと。
「ヤズマさま、かわいいです」
ひよこを手のひらにのせて、アーシャはご満悦だ。
「おう、はやく玉子がほしい」
「気が早いですよ」
大事そうにひよこをかかえるアーシャはくすくす笑って、一度家に戻ることを提案した。ちょうど昼になっていたので、いい具合だった。
リットからもらった邸宅に戻ったヤズマたちはひよこのために庭の一部を柵で囲むことにした。そこがひよこを放して置く区画となるわけだ。ヤズマがその仕事をしている間にアーシャは昼食をつくる。
二人はその昼食を一緒にとって、午後からは再び町の中を歩くことにした。
使用人の娘であるアーシャは、幼いながらもしっかりしていた。家事は大体一通りできるし、主人を立てることもでき、礼儀なども問題ない。また、ヤズマが問題のある事をしそうな場合は先回りしてそれとなく教えてくれる。育ちがいいのは間違いなさそうだ。
話を聞いてみると、リットのところで長いこと働いているメイドの娘で、将来的には母と同じことをしたいそうだ。今回は客人の接待を練習してみないかと持ち掛けられて、ヤズマのところへ来たのだという。
給金はといえば、リットから支払われることになっている。なので、ヤズマはアーシャに対しては特に何もしなくていいということになる。
「アーシャの給料、やすくないのか?」
「もらっているだけでありがたいのですよ、ヤズマ様。私のような子供は雇ってくれるところを探すだけでも大変なのですから」
「ドレロのところがある」
「あの方は数少ない例外なのですよ」
他愛ない話をしつつも、カタロニアの散策は進む。
大農園や小規模な畜産農場を見回ったのち、商業地区に入った。そこは昨日お世話になったギルドの近辺であり、様々な店が並んでいた。
ギルドに近いところでは鍛冶屋や、薬屋などがある。薬屋もただ薬を売るだけではなく、傷を手当てする施療院としての役割を兼ねているようだ。
ヤズマはまず鍛冶屋に入ってみた。数は多くないが、多種類の武器がある。多いのは剣だ。実用的なつくりで、一本一本しっかり打ってあるようだ。次に槍があり、メイスが続いた。
防具らしいはものはほとんどない。壁に掛けられているわずかなものは革製のものばかりである。
「このあたりでは金属の鎧をつけているのは兵隊さんだけなのですよ」
アーシャが解説してくれる。冒険者たちは身軽な動きが必要になるため、重厚な金属鎧は好まないという。
そういうものなのかと納得し、武器を見るが今の小剣以上になじみそうなものはない。使い慣れた武器が一番ということになるだろう。二人は鍛冶屋を後にした。
次に薬屋に入ってみる。多種多様な薬と、包帯などの医療キットが売られていた。
ヤズマも一族伝統の秘薬などを持っているが、どうもカタロニアの薬とは根本的に違うもののようだ。傷薬なども見せてもらったが、一つとして一族の薬と同じものがない。
「不思議ですね。同じ傷薬なのに全然違うなんて」
ヤズマの薬と、売り物の薬を見比べたアーシャは不思議そうにそんな感想を口にする。ヤズマとしては両方の効果を試してみたかったが、わざと怪我をするわけにもいかない。いくつかの薬と包帯を購入するにとどめた。
それで用事は終わったので、薬屋を出ようとした。が、そこに誰かが走りこんできた。
「おい、ジョフィ! みてくれ、急患だ」
入り込んできたのは、昨日騒いでいた冒険者のうちの一人だ。同じ冒険者らしい男を抱えていて、彼はぐったりしている。
その体にはあちこちに切り傷ができていて、打ち身と思われる痣も多い。左足は大腿の辺りで骨折しているようだった。
「どうしたんだ」
薬屋の店主が奥からやってきて、ぐったりした男の容態をみた。
「これはひどい。そこの上に寝かせてくれ、服も脱がせてくれないか」
「わかった」
冒険者たちは怪我人の衣服を剥ぎ取った。それから彼を診察台の上へと運ぶ。
ヤズマの見る限り、重傷だった。
「恐ろしく強い魔物にあたっちまった。あれがたぶん、デモニック・オーガなんだろうな」
運んできた方の冒険者はうなだれてしまった。が、薬屋の店主が彼に厳しい言葉を浴びせる。
「落ち込んでいないで、さっさとその情報をギルドに伝えてきてほしいな。
でないとこういうことになる輩が増えて、私の仕事が増えてしまうじゃないか」
「そ、そうだったな。ジョフィ、後は頼んだ」
彼はハッとなって、あわててギルドに駆け込んでいった。デモニック・オーガの情報をギルドに対して詳細に伝えるために。
ヤズマは彼を見送ったのち、アーシャとともに家に戻って休んだ。
この日もたらされた情報をもとに、ギルドは大規模討伐依頼を配布することとなる。