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優しい蛮族  作者: zan
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6

「早速ですが、実は新しいクエストが配布されます」


 長机の向こうにいる女性が、いくつかの書類を出しながらそんなことを言う。

 ヤズマはアーシャを見たが、彼女も首を振る。さすがに冒険者ギルドのことまでは詳しくないらしい。

 クエストとは何なのか、ヤズマにはわからない。


「つまり、皆に要請される目標みたいなものです。しなくてもいいが、してくれたら報酬が出る。

 そういった依頼なのです、ヤズマ様」


 察したのか、リットが解説してくれる。ヤズマはなるほどと頷いた。

 その後ろでは試合場からフエルストが運び出されてきている。担架に乗せられた彼はぐったりしているが、死んではいないだろう。しっかり手加減はしてある。

 フエルストは奥の部屋に運び込まれ、治療されるようだ。

 彼を傷つけたのはヤズマだが、途中から剣を抜いたのはフエルストである。ヤズマの行いは正当防衛とされ、特にお咎めをうけることはないようだ。


「さて、クエストというのはデモニック・オーガの討伐です。すでに町の外に出没が確認されており、被害が出ております」

「デモニック・オーガだって?」


 リットはクエスト内容にくいついた。


「なんだって?」


 ギルドにいた他の冒険者も、聞こえてきた内容に驚いている。初耳であるらしい。


「はいはい、あんたたちにも説明するから。聞きなさい!」


 冒険者たちに対しては、他の職員が説明をするようだ。気の強そうな目をした職員が出てきて、声を張り上げている。

 ヤズマたちには目の前の女性が詳細に説明をしてくれるようなので、そちらを聞くべきだろう。


「そうですね。デモニック・オーガは非常に強力な魔物です。カタロニア周辺では十年ぶりくらいの発見例です。前回の討伐では、町で持っている軍隊の半数近くがやられてしまいました。

 もちろん、それほどの敵なのですからこのクエストの達成を目指すかどうかの判断は慎重にお願いします。もしも討伐にかかるなら、単独ではなく誰かとパーティを組んでください。そして命を大事にして、敵がどこにいるのか、どのくらいの強さなのか、そういった情報を持ち帰ることを大事にしてください」

「わかった」


 サイクロプスよりも強い魔物が出たということらしい。

 軍隊の半分を倒すほどの怪物であるなら、クエストの配布も無理からぬことといえた。


「では、本題ですね。サイクロプス討伐のクエストを達成されているとのこと。先ほどの騒ぎの間に、サイクロプスの死体はこちらで確認しました。達成報酬として5金貨が支払われます。こちらをどうぞ」


 女性は持ってきていた布袋を取り出し、その中の金貨をその場に積み上げていく。5枚になったところで再び袋に入れ、それをヤズマに手渡した。

 かなりの額だといえたが、ヤズマは無造作に受け取って背負い袋の中に入れてしまう。

 これからカタロニアで暮らしていくにあたって、通貨は必要だった。断る意味もない。


「よろしければ、サイクロプスの死体はこちらで引き取りましょう。素材となる部位が多数ありますので。

 その場合は解体料をいただきますので、素材の買い取り額との差額をお渡しいたします」

「では、引き取ってもらう。わたし、あのかいぶつには、くわしくない」

「かしこまりました。こちらが解体料と買い取り額の明細です。問題なければサインを」

「アーシャ」


 字の読めないヤズマは、書類をアーシャに見せる。特に問題なさそうなので、ペンをもってサインをする。

 一族の文字で書いたのでカタロニアの人々には読めないかもしれないが、それでも問題ないらしい。ヤズマはさらに銀貨をいくらか入手する。


「ギルドから伝えることはおしまいです。ヤズマさんから質問などがなければ、もう活動を始めてもらって構いません」

「わかった。あとは、アーシャとリットにきく」

「それでは、おきをつけて」


 一礼し、ヤズマたちは女性の前から離れる。

 デモニック・オーガのことは気になるが、あまり他の冒険者の仕事を奪ってもまずいだろう。ヤズマはそう考えて、今日のところは一度家に戻ろうと考えている。アーシャがこれから同居するのだから、環境を整えてやらなければ。

 だが、ウェスタンドアを開けようとしたところで、ギルドの中に雄叫びがあがった。それも一人や二人ではなく、大勢の声だ。

 何があったのだろうかと振り返ると、男たちがウオオと声を張り上げながら諸手を突き上げている。何か重大なことが決定したようだ。

 

 その中で一人、ギルド職員だけが宥めるように手のひらを彼らに向けている。


「ちょっと、あんたら。盛り上がるのはいいけど、勝手に死ぬんじゃないよ。

 デモニック・オーガがどれだけ強いかは私らよりあんたらのほうが知ってんでしょうが」

「大丈夫だ! 俺たちも冒険者なんだぜ。報酬の金を手にするまでは死ねるかってんだ!」

「そんなこと言ってる奴が死んでいくのを私らは見てきたってのに」


 ギルド職員の制止はあまり有効でなかったようだ。彼らは盛り上がり叫んでは酒を酌み交わしている。

 看板にも盃の絵柄が描いてあったが、実際にこのギルド内部は酒場のようになっている。酒や軽食を注文することも可能だった。

 つまりはギルドで稼いで、その場で酒を飲むということが可能なつくりになっているのだ。しかしながら今の彼らは稼ぐ前から浴びるように飲んでいる。何があったのか、ヤズマは気になった。


「さっきのデモニック・オーガ討伐のクエスト報酬が破格だからでしょう。討伐報酬は金貨2000枚とのことです。

 もしも達成されたのであれば、一生働かなくても生きていけるほどの額が手に入るのですから、彼らが狂喜するのも無理はありません」


 リットが解説してくれたが、ヤズマは首をかしげてしまう。

 それほどの報酬が支払われるのは、パーティを組んで討伐することが前提だからだろう。それに、敵はひどく強いという話でもある。簡単に夢を見て、酒を飲める心理が彼女にはわからない。

 もちろん、これはヤズマが金銭に関して実感がないからだともいえた。通常はサイクロプス討伐でさえ困難な依頼であり、それで得られる報酬が5金貨である。その200倍の報酬ともなれば、巨額だ。一生かけてもこれほどの金を稼げるかどうかはわからない。それが手に入る可能性があるというだけで、狂喜乱舞するのも無理からぬことである。

 全くそうしたことに思い当たらず、考えもしないヤズマはその場を立ち去り、アーシャの衣服や生活用品を買いそろえるためにカタロニアの通りを歩いた。


 また、彼女たちは町の中でも有名な店で昼食をとることができた。

 勝手のわからないヤズマのためにリットが適当な料理をみつくろって注文をする。アーシャは食事がすむまで外で待つといったが、ヤズマが強引に同席させた。小さい子供を一人にさせるのは論外だと思ったからである。

 このためアーシャも食事を注文することが許された。彼女は小さめの玉ねぎ炒めと、黒パンを注文する。遠慮しているようだ。


「アーシャ、わたしさっきお金たくさんもらってる。えんりょしないでいい」

「そうですが、私などのために」


 利発なアーシャは主人のお金で食事をとることにかなり抵抗があるらしい。

 しばらく待つと、注文した料理がやってきた。リットはかなり多めに注文したらしく、次々とやってきた料理がテーブルの上を埋めていく。肉類や穀物を使った料理が多かった。野菜などの葉物は多くない。

 全員の料理がきたところで、さっそく食べ始める。が、問題が発生した。

 ヤズマにとってはカトラリをつかった食事も初めてのことである。一族では匙くらいしかそれらしいものがなかったので、ナイフなどの使い方がわからない。

 彼女はアーシャを見た。


「わたし、ナイフとフォークで食べること、なかった。アーシャ、これを食べてみせてほしい」

「え、あ。わかりました、ヤズマ様」


 目の前に出された料理を、アーシャはナイフで切り分けてフォークで口に運ぶ。上品な食べ方だ。


「なるほど、そのようにするか。わたし、アーシャのまねをする」

「ええっ」


 アーシャは見られることに慣れていないのか、食べにくそうにする。が、自分が食べないとヤズマも食べられないと思いなおし、ナイフとフォークをとって食べ続ける。

 いくつかの料理を食べ終わるころには、ヤズマもカトラリをうまくつかえるようになっていた。


「アーシャ、ありがとう。わたし、もうだいじょうぶ」

「い、いいえ。お役に立ててよかったです」


 照れているのか、アーシャは赤い顔を隠すように横を向いてしまった。

 もちろん彼女はうまいことたくさん食べさせられてしまった、ということをわかっていない。ヤズマとしては、カトラリのことがわからないというのも本音ではあったが、まずアーシャにたくさん食べさせるというのが目的であった。

 これが達成されたので、ヤズマもアーシャの照れ顔を見て笑う。

 リットはその様子を見て、肥え太らせてから食う気なのではといらぬ心配をしている。


「どれも、うまいなり。わたし、気に入った」


 用意された食事のほとんどを食べて、ヤズマは感想を述べた。


「それはよかった。食後にワインでも?」


 ヤズマの機嫌をとれて、少し安心したらしいリットがそんな提案をする。ワインというのは酒らしいと聞いたヤズマは丁重に断り、店を出た。

 ワインの味にもこだわりのある店であったので、リットとしてはここでもう少しヤズマを懐柔しておきたかった。カタロニアの町が気に入ってくれれば、それだけ血と恐怖の支配が遠くなる可能性があるからだ。うまくいけば、見逃してもらえる可能性すらある。自分が頑張らなければならない、と彼は本気で思っていた。

 接待役が失敗したら、町は終わりなのである。


 しかしヤズマはそんな彼の心をまるで知らない。

 この日も食事代を出そうとしたリットをさえぎって金を払ったのである。

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