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優しい蛮族  作者: zan
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5

「何かな」


 超然とした態度でフエルストがこちらを向く。なめ切った態度だ。ヤズマがこうすることを予想して、あのように挑発をしかけてきたのかもしれない。

 彼にとってこれは驚くに値しないようだ。誰でもあのようなことを言われればフエルストを呼び止める。


「お前、自分の考えを言った。わたし、それに対しての反論、ある」

「ほお?」


 面白そうにフエルストは笑った。


「ぼくは君に忠告してやっただけだ。それを聞かないのも、聞くのも君の自由。

 いいかい、君はサイクロプスを見つけて調子に乗っているのかもしれないが、そんな幸運は続かない。過剰な栄誉を手にしたら、すぐにまた同じ結果を求められるんだ。それでつらい思いをするのは君自身だぞ。

 だから、おとなしくそんなデマを振りまくのはやめたほうがいい。そう言っているだけだ」

「お前、誰にでもそんなことを言うのか。すこし、自分よりすぐれたものあれば、ねたんで悪口をたたく。

 自分ならもっとうまくできた、あいつはだめだ、そんなことを言い捨てて、すねているのか」

「だから、忠告だと言っているじゃないか。

 ヤズマさんとやら、身の程を知ったほうがいい。今日ギルドに登録するような人がどうしてサイクロプスなんて倒せるんだ」

「お前、もしかしてわたしがよわいと、思っている?」


 ヤズマはその可能性に思い当たり、それを口に出してしまった。

 言われてしまったフエルストはニヤリと笑う。


「そう聞こえなかったかな?」

「ちょっと待ってくれ、フエルスト・ファスナ!」


 険悪な雰囲気を感じ取ったのか、リットが話に割り込む。


「この人の強さは私が保証する。だから、こんなところで争うのはやめてくれ」

「いいや、御曹司。君の言うことは聞けないな。私もサイクロプス退治のために呼ばれてきた身だ。

 こんなギルド員でもないような輩に討伐されたとあっては、空手で帰るわけにもいかないだろう。真相を確かめておかなければならないし、手柄を横取りされて黙っているようなお人よしでもないんだ、ぼくはね。

 この女だって、御曹司の推薦というだけでやっていけはしないのだし。さっそくオフィリア嬢の代わりをみつけてきた、などと噂をされたくはないだろう」


 フエルストはリットの割り込みをはねのける。さらには挑発的な一言を加えた。彼はどうやら、リットとオフィリアのことも知っているらしい。腕利きの冒険者は情報収集を怠らないということだろうか。

 そのやりとりを見ていたヤズマは、もちろんオフィリアのことはしらない。だが何かリットの名誉を傷つけるような発言だったのだろうとは思える。彼女は、フエルストの目を見た。


「お前、私と腕試しするか?」

「ハハハ、君が望むのならね」


 どうせこれが目当てだったんだろう、とあたりをつけたのである。

 もったいぶってはいるが、フエルストも戦士であったということか。ヤズマは納得し、剣で打ち合って強さを見せるしかないという結論に達した。そうすればフエルストもヤズマが戦士であると認めるだろうし、うまくいけば友情も築けるかもしれない。

 そうした目論見で、ヤズマはマントの下で剣に手をかける。


「ちょっと! ギルドの中で私闘をする気ですか。フエルストさんも、今日登録をするような人に何を仕掛けているのですか」


 ギルド職員の一人があやしい空気を読んだのか、制止しようとする。

 フエルストはこれに軽く首を振った。


「何、殺し合いをしようっていうんじゃない。ちょっとした腕試しさ。ヤズマさんもそう言っていただろう。

 試合場と木剣をいくつかお借りしたいが、いいかね。

 ヤズマさんも、ぼくを殺したいとは思っていないだろう? 練習用の剣と場所があるから、こっちへきてくれないか。

 まあ、逃げない勇気があるならの話だが」


 フエルストはサイクロプス討伐のために来たと言っていたが、このギルドについても何やら詳しいらしい。

 もちろんそんなことには興味がない。ヤズマとしてはフエルストの言う通り、彼を殺す気はないが腕試しには付き合うつもりだ。言われるまま、試合場らしい場所へと向かう。

 アーシャは無言でヤズマについてくる。リットも青い顔をしているが、ちゃんとついてきてくれるようだ。

 ギルド内にいた何人かが見物に来るようだが、それらは別にどうでもいいだろう。


 試合場はギルドの建物の中にあった。

 ヤズマが両手を伸ばしても、50人は並べそうなほどに広い。存分に暴れられるだろう。


「さて、君の得物は小剣と弓だったかな。弓は練習用でも危険だし、君もそんなに張力の弱いものは扱えまい。

 お互いに剣だけで戦う、ということでいいかな」


 先に試合場に着いていたフエルストは、ヤズマに木の棒を投げてきた。それを受け取って確認すると、剣らしい形に削り出された木の棒で間違いない。

 かなり硬い。樫の木だろうか。あまりの硬さに剣の形がいびつだ。苦労して削り出したに違いなかった。もちろん、刃はついていない。

 軽く振ってみたが、特に問題ない。十分に使える武器だ。


「わかった」


 ヤズマは腰から剣と弓を外して、アーシャに預けた。弓は弦を外しておいたし、剣は鞘におさめてあるので危険はない。

 さらにマントを脱いで、身軽な恰好になる。

 それで、試合場にいた者たちは息をのむ。明らかに、蛮族! ヤズマは間違いなく、蛮族だったのだ。さらには鍛え抜かれたその肉体はどうだ。その筋肉は。その衣装は!

 前日、やってきたヤズマの姿を見たものもあらためて彼女の身体を見て、驚いていた。

 ヤズマは戦いの準備、その最後の仕上げとばかり、手のひらから塗料のようなものを指にとっている。血のような色をしたその塗料は、彼女の頬に三つほどの筋を描いた。筋は太く、顔の半分近くを塗ったことになる。

 これは一族の戦化粧である。

 フエルストはかなりの自信があるようなので、ヤズマも気合を入れているのだ。戦化粧にはいくらかの意味合いがあるが、これは命を奪わない戦いでの化粧だ。そのあたりは彼女もわきまえている。


 だがその意味を知らないカタロニアの者たちには、ヤズマの戦化粧はその凶悪さをさらに増すものとしか見られない。


 アーシャだけが、特に心配していない。少し前まではヤズマがやられてしまうのではないかと心配していたが、剣と弓を預かるときに笑って「心配ない」と言ってくれたので、それを信じていた。

 彼女は早く終わらないかな、と思っている。ヤズマの役に立ちたいという気持ちもあるが、やさしそうなヤズマと一緒に遊べたらどんなに楽しいだろうかとも考えていた。

 アーシャにとってはヤズマは気のいい、頼れるお姉さんなのだった。たとえ蛮族とされる一族だろうと、文化が違っていようと、あの笑顔はアーシャにとっては母のように安らげるものである。


 それ以外の面々は、ヤズマに対して恐怖しか感じていない。

 フエルストも例外でない。

 マントがとられて、ヤズマの衣装と肉体があらわになれば、嫌でも彼女の実力は推し量れる。その上に戦化粧だ。


「蛮人め」


 つぶやき、彼は恐怖を押し殺した。木剣を握りしめ、腕試しという名目を心から消し去る。


 もっとも青ざめているのは、リットである。

 もはや一分も経たないうちに、フエルストは惨殺されるだろうと彼は考えている。

 少しでも手綱を取りやすくせんと、アーシャをつけたというのに。あの蛮族はさっそく手にかけようとしていた。やはりあれをどうにか制御するというのは、夢物語なのかとあきらめかかってさえいる。

 つまり、リットの目にはヤズマがアーシャの頭を撫でようとしているところでさえ、幼子を惨殺しようとしているようにしか見えなかったのである。いかに蛮族といえども無力な幼子を殺すわけがないので、一緒に暮らさせればそのうち情が移るだろうと考えたのである。しかしヤズマはさっそくその指をアーシャの目に突き刺そうとしていたのであって、この作戦は失敗だったかと思わざるを得ない。

 もう駄目だ!

 彼はそう叫びだしたくなっていた。


「わたし、自信ある。いつでも、きてよい」


 ヤズマが片手で剣を握った。木剣ではあるが、脳天に振り下ろされれば即死するだろう。

 相対するフエルストは両手で剣を握って構え、すり足でいくらかヤズマに近づく。もう勝負は始まっているようだ。

 間合いを詰めて、一気に片付けるつもりだった。

 どうせ蛮人の剣は、力任せに振り回すだけだ。それを技でかわし、脇腹を打ちすえてやる。

 作戦を立て、じり、とまた一歩間合いを詰めた。ヤズマはじっと黙っている。


「くっ」


 自信があったはずのフエルストは緊張で手に汗がにじむのをおさえられない。

 試合場の中は静まり返り、誰もがこの対決の行方がどうなるのかと目を凝らしている。蛮人のヤズマと、一流の冒険者であるフエルストの対決なのだ。

 カタロニアの住人ならフエルストを応援したいところだが、ヤズマの迫力がただごとではない。

 蛮人が勝ってしまったら、どうなるというのか。

 いや、わかりきっている。よくて奴隷、悪ければ首が飛ぶ。そのくらいだろう。

 フエルストは努力で頭の中から嫌な想像を振り払った。勝つイメージでなんとか気合を取り戻そうとし、ついに彼は床を蹴りつけた。

 一足飛びに迫り、ヤズマに迫った。彼女は剣を防御にまわす。

 予想は外れたが、対応できない動きではなかった!

 気を良くしたフエルストは、直線的な切り込みを軌道修正し、手首を返してヤズマの足を狙った。腹部を狙っていた攻撃が、突然足を裂く攻撃に変化したのである。そこらの剣士では対応できない、素早い変化技だった。

 だが響くような打撃音とともに、フエルストの剣は弾かれた。


 ヤズマはしっかりと、変化した剣技に対応してきたのだった。しかも、フエルストの予想通りの圧倒的な膂力をもって!

 驚きながらもどうにか持ちこたえ、フエルストはさらに攻撃を重ねた。鍛え上げた彼の技は、連続攻撃にも対応している。敵のわずかなスキをついて、致命傷を負わせることもできるのだ。

 この攻撃について、ヤズマはあっさりとついてきた。彼女はフエルストの剣を軽々と防ぎ、弾き、あしらっている。


「おお!」


 歓声があがった。試合場にいた冒険者たちが、その剣戟のあまりの凄まじさにあげたのである。

 ちっともうれしくないのは、フエルストだ。あれほどの自信を見せておいて、攻めきれずにいる。しかしヤズマの反撃がないのもまた事実。一方的に攻めているとみられても不思議はない。

 彼は舌打ちをして、どうにかもう一歩届かないかと気合を入れ、突き上げの一撃を見舞おうとした。

 その瞬間、足をかけられてバランスを崩す。フエルストはそのまま床に倒れこんでしまう。致命的なスキだ。

 あわてて剣を防御にまわすが、振り下ろされた一撃は尋常でないほど重かった。衝撃で剣を取り落とす。


「おまえ、フエルスト」


 ヤズマは剣を突き付けたまま、何か言おうとしている。だが、フエルストはそんなものを聞いてはいなかった。

 蛮族を挑発してしまった彼はもう、ヤズマを倒さなければ殺されるとばかり思い込んでいた。彼にとってこれは腕試しでもなんでもなく、殺し合いであったのだ。


「負けを認め」


 話の途中で、彼は腰から自分の剣を抜き放った。フエルストは真剣をつかって、ヤズマに襲い掛かったのである。倒れた状態からの一撃でさえ、ヤズマの木剣をたやすく切断した。

 彼は追い込まれ、ヤズマを殺すしかないと考えてしまっていたのだ。

 事態についていけずに呆然とするヤズマ。それを横目に素早く起き上がり、剣を振りぬいた。

 が、一瞬早くヤズマが後ろに下がっていた。ギリギリでフエルストの剣は回避される。すぐにヤズマは木剣のかけらを捨てた。


「きぃ!」


 奇声をあげながら、フエルストは剣を振る。その動きは研ぎ澄まされていて、さすがに一流の冒険者だと思わせるものがあった。

 彼はほとんど我を失っていたが、懸命に剣をあやつっていたのは間違いない。ヤズマを殺すために。

 この状況をまずいと最初に思ったのは、アーシャだ。彼女は声を張り上げる。


「ヤズマ様!」


 そして預かっていた剣と弓を掲げる。これをとって、戦うべきだというのである。

 しかしヤズマはひょいひょいとフエルストの剣をかわして下がり、アーシャに軽く手を振って見せる。笑ってさえいた。

 心配いらない、と言われた気がした。

 たったそれだけで、アーシャの心から焦りが消える。心配などしなくていいのだ、と思えた。


 ヤズマは両の拳を握り固め、少し足を開いて立った。

 そこにフエルストが剣を握って襲い掛かる。彼の持っている剣も、ヤズマの剣に見劣りしない逸品なのだ。素手では防御できないはずである。

 しかし、ヤズマは素手のまま、これを打ち返した。


「あっ」


 と誰かが驚嘆の声を上げたときにはもう、フエルストはもんどりうって倒れこんでいた。剣はその手から離れて床に落ちている。

 ほんの一瞬で、ヤズマは剣をかわしてその手を打ち、次いで腕全体でもってフエルストの身体を強かに打ったのだった。あまりの強さに彼の身体は足元から一回転し、つま先が虚空を蹴ると同時に、頭頂部から着地することとなってしまった。

 その倒れ方はあまりにも無力で切なく、彼がこと切れたであろうと物語っていた。


「一撃かよ……」


 唾をのむ音にまじって、そんな呟きがヤズマの耳に届く。

 彼女はフエルストが立ち上がってこないことを確認すると、アーシャの元に戻った。

 蛮族に冒険者が倒れてしまったため、やはり試合場は恐ろしいほど張り詰めた空気である。が、ヤズマは気にする様子もない。


「わたし、言った通り。心配いらなかった」


 そんなことを言いながらアーシャに預けた武器を受け取っている。この時点で、もう他の冒険者もヤズマに文句をつける気にはなれない。素手でさえフエルストを圧倒する戦士が、自分の武器まで受け取ってしまったのだ。

 もう完全にどうしようもない。

 彼らはただ、呆然と試合場をあとにするヤズマたちを見送るしかなかった。


「終わりだ。カタロニアは、もう終わりだ」


 誰かがそうつぶやいた。そこいる冒険者たちは蛮族のヤズマに支配される未来しかもう想像できなくなっている。それほどに衝撃的なフエルストの負けっぷり、ヤズマの凶悪な強さが際立っていたのだ。

 終わりだという言葉も、間違いではない。絶望に彩られた未来が始まってしまったのだ。

 逆らったものはああなる。

 フエルストがぶざまに試合場の床をなめているのを見やって、皆がわが身を抱いた。

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