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優しい蛮族  作者: zan
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 ヤズマはさらに一歩踏み出し、バリュクの持っている武器を蹴りつける。

 そのあまりの強さに手から大剣はもぎとられ、飛んだ先にいたエワフゥが回収してしまった。これで、彼は完全に無手だ。


(なんという攻撃。こいつらは野蛮だ)


 バリュクはふらふらになりながらも、倒れることだけは避けた。足を踏ん張って、その場にとどまる。蹴られたところはひどく痛むが、こらえた。


「お前、あばらが折れたはず。動かないほうがいい、死ぬぞ」


 声が聞こえる。あの蛮族の姫だ。

 動かないほうがいいとは何事だろうか。黙って捕縛されろ、死ね、とそう言っているのか。

 ちくしょう、そうはいかん。

 バリュクは痛みを噛み殺しながら、ポケットをまさぐる。そこに秘薬はあった。使えるはずだ。

 苦痛に耐えるふりをして下を向き、さっと口の中にそれを入れる。舌の上で自然に薬は溶け、彼の体に吸収されていく。


「なんて一撃……天から人が降ってきてそのまま蹴り飛ばすなんて。それを受けてなんでこいつは生きているんだ?」


 今の戦いを見ていたのか、フェルディナンの声が聞こえた。


(大層驚いているようだが、所詮はその程度。俺は、お前とは違うんだ。だからこのくらいでは死なないし、あきらめもしないのだ)


 バリュクは首を振った。

 そして、驚愕の表情でこちらを見るフェルディナンの姿を視界の端にとらえる。


(ふん。下手な偽名など使っても、すぐにばれただろうが。それにしても情けない男。せっかくカタロニアから逃げ出したというのに、よそでは仕事にありつけずに結局戻ってくるとは)


 彼を見下しつつ、薬の効きを感じた。痛覚が薄れてきたのだ。

 もう戦える。むしろ、戦いたい。

 握力も十分。武器は手放したが、無手でも問題なかった。もうすでに、粗方の実力者は片付けていたのだ。

 相手をしていた三人の蛮族も、武器を握る手が痺れているらしく、疲労もあってフラフラだ。倒せるだろう。また、あの一撃を放った蛮族の姫も、疲れていないわけではあるまい。あんな大技を決めて、平然としていられるものか。こちらは薬のおかげで損害ゼロである。いける。


「……ヤズマ、…………!」


 そこへ蛮族の一人が突っ込んできた。意味不明な言葉を吐きながら飛びかかってきている。ギルドマスターたるこのバリュクをひっとらえて、叩きのめそうというのか。

 なるほど、そうだ。姫様が拉致されて、収監されていたのだ。その首謀者らしい人物を殴っておきたいと思うのは当然だろう。

 実際にヤズマを捕らえる命令を出したのはバリュクでないが、そんなことは彼らにはわからない。

 ダズマは勢いよく踏み込み、鋭いパンチをもってバリュクの頬をとらえようとする。

 遅い!

 これは見える。敵の攻撃はもはや、以前よりもゆったりとしたものにしか見えない。バリュクは笑ったままこれを軽くかわす。


「おぐっ」


 反吐を吐いたのは蛮族のほうだ。バリュクの反応速度は増し、先ほどよりもずっと強くなっている。軽く敵の攻撃をいなし、反撃にみぞおちをたたいたのだ。


「……!」


 彼を治療しようというのか、もう一人小柄な蛮族が駆け寄る。しかしそうするよりも早く、元来た方向へと吹っ飛んだ。バリュクが殴ったのだ。

 薬をつかったバリュクは、今や蛮族の若者たちよりも反応速度に優れる。

 十分強い。彼らを圧倒できる。

 大声をあげて、高らかに笑いたくなったほどだ。


「バリュク、あなたは今。薬を!」


 少し離れたところに立っていたリットが、こちらを指さしている。

 どうやら、秘薬を口に入れたところを見ていたらしい。となると、もはや否定のしようもない。

 御曹司のリット・ガディはこちらをじっと見つめていた。奴は戦いに向かない。多少はかじっているようだが、自警団に比べたらマシという程度に過ぎないのだ。

 ならば奴が攻撃材料とするものは言論以外にない。言葉で周囲の感情をかきたてて、間接的に俺を攻撃するつもりなのだろうな。

 すでに彼は薬のことを見抜いていて、自分の目で確認までしている。おそらく確信をもって弁舌を始めるだろう。これは言い訳がきかないので、まずい。

 機先を制し、場を染めておこう。それしかない。


「私が薬を! 先ほどのことをまだ引きずっているのか、御曹司!」


 この言葉に、御曹司のリットは色めく。

 ギルドマスターであるバリュクの一喝は、そこらの若造が耐えられるようなものではない。気迫がある。

 ここでさらに追撃を見舞うのだ。


「君は疑り深い、しかも頑固だ。自分のことにばかり固執して、間違いを認められないのだ。

 私の家の家からくだんの薬を発見したとして、大いに得意がっていたな。しかし私にはそんなものを目にした覚えがない。

 そこで今や君は、私自らも薬を使っているということに仕立て上げ、決めつけたいのだ。そこでそんなことを言うのだろう?

 そんな幼稚な論が通るはずもなく、またその証拠もここにない。

 御曹司、今ここで言いたくはなかったが、君は婚約していたオフィリアにも逃げられてしまっているな。それはおそらく、君のそうした頑固で子供じみた性格に問題があったのではないかと思うのだが、どうか?」


 諭すように言い放った。

 バリュクは自分が悪いということなど全く感じさせない、いきがった子供をたしなめるような態度だ。リットはその雰囲気に押されて、うまく反駁できない。


「オフィリアのことは今関係ない!」


 急所を突かれた彼は、そのように大声を上げることくらいしかできなかった。冷静さを失っている。

 これほど動揺してくれるとは思わなかった。バリュクはにんまり笑いかかって、それをこらえる。


「オフィリア嬢が君から離れたのは、彼女の心変わりだけが理由ではないのだ。

 君は知らなかっただろうが、君のようにカタロニアにおいて有力な貴族がオフィリア嬢とくっつくことは、よく思われないことだった。ただでさえ、町議会の議長を務めているガディ家が、さらに婚姻によって力をつけてしまえば、他の貴族が太刀打ちできなくなるではないか。

 そうしたことを考えてはいなかったか?」

「何を言っている、バリュク。オフィリアのことは関係ないだろう!」


 明らかな苛立ちを含んだ声で、リットは叫ぶ。


「だが関係あるんだ、御曹司。オフィリアが君から離れたのは、君の無能力ゆえだからな!

 このカタロニアを掌握しようとする有力貴族が、金持ちが、君とオフィリアの結婚に反対し、さまざまな手をとっていたことを君は知るまい!」

「何?」


 びくりとリット・ガディの体が震えた。


「オフィリア嬢が離れたのは、君のせいだ」


 きっぱり言うと、とどめを刺されたように御曹司の足がぐらりとよろめく。彼はそのまま地面にへたりこんでしまった。


(これで、よし。もうこいつは邪魔できまい。

 他にさしたる脅威はなし、私は勝った。すべてに勝てる。カタロニアは、私のものだ)


 ギルドマスターのバリュクはそう確信している。

 痛みも消え失せて、気分も高揚し、今すぐにも戦いたい。戦って相手に勝利し、思う存分蹂躙してやりたいという気持ちが強く心に膨らむ。

 今なら何でもできるという全能感が彼を立たせているのだ。

 しかし、その興奮に冷や水を浴びせるものがあった。


「ばかめ! お前は言ってはならんことを言ったな!」


 かすれてはいるが、大きな声でそう叫んだ。冒険者のレイだ。

 バリュクは振り返って彼女を見たが、ギロリとこちらを睨むその表情は極悪だった。すさまじい目つきだ。

 言ってはならんこと、とは何だ。

 全く分からなかった。御曹司のリットと話していたはずなのに、無関係な冒険者が激怒していることも理解し難い。


「貴様は、終わりだ」


 レイは呟くように言って、左方向に目をやった。

 そこに立っているのは、ヤズマ。

 英雄としてここに立っている。


「おまえ、今、くすり使ったな」


 わずかなにおいから、彼女はそれを感じ取ったようだ。だがもう、遅いのだ。薬はもう効果を発揮している。


 すでにバリュクは襲い掛かってきた蛮族の若者たちを撃退している。それも、今までにないほどの速度でだ。


 無敵だ!

 強い!

 化け物だ!


 冒険者たちはそれを理解していた。

 ギルドマスターのバリュクが冒険者だったころは、たいへん優秀であったという話が、事実だとまた思い知っている。


「おまえ、バリュク。わたし、怒らせた」


 しかしその恐ろしいバリュクの前に、ヤズマは立った。

 威圧するためか、腕を組んでいる。レイのそれよりもずっと大きな怒りをたたえた表情。確かに彼女は怒っているらしい。

 愚かな!

 バリュクは唇の端を釣り上げた。

 自ら両腕を封印してくれるとはな! 絶好の隙!

 いくら怒っていようとも、関係がなかった。


「許さないとどうなるんだ、え?」


 叫びながら踏み込み、拳を打ち込む。ヤズマは軽くかわそうとしたが、その体にわずかながらバリュクの拳がかする。

 今までなら、完全にかわしていたはずの一撃が、かすめているのだ。バリュクは確かに、強くなっている。彼は気をよくした。


(よし、追い込めるぞ!)


 バリュクはいい気になって次々と拳を繰り出した。ラッシュをかけている。

 以前よりも鋭く、素早い。ヤズマは防御しながら後ろに下がるばかりだった。致命の一撃は避けているが、その体にはわずかな傷が増えていく。


(いけるぞ、次で顔面をとらえられる!)


 左を振っておいて、注意をそらして。それから本命の右拳をを思い切りたたきつける。

 力の限りに振った拳は、相手の顎を砕いて奥歯を折りとるだろう。そのくらいのパワーだ。

 まさに勝負が決まった。

 バリュクの視界が一瞬途切れて、白い星が目の前に飛び散る。


「ぶふぉっ!」


 口の中に何か鉄の味があふれた。熱いものが喉を焼き、それを吐き出すヒマすらなかった。 

 痛みはないが、体の動きが止まる。背骨がきしみ、身体を立たせていられなくなる。左のわき腹が熱い。


 どういうわけか、ヤズマの反撃によって。


 蛮族の姫はバリュクの渾身の一撃を軽くかわし、同時に一撃を叩き返してきたらしい。

 着込んだ鎧は脱いでいないが、それすらも役に立たないで。視界がばらばらに乱れた。

 みしり、と体の奥から何やら響く。


 打たれたあばらが砕けて、それまでヒビですんでいたところも完全に折れたのだ。


「うがぁぁ!」


 折れた骨が内臓に刺さらんばかりになるが、まだ膝をつかない。痛みなどない。

 目の前の小娘を叩き潰しさえすれば、あとは雑魚ばかりなのだ。自分の勝ちなのだ。

 そう信じて、最後の気力でヤズマに襲い掛かる。死力を尽くした必殺、最後の一撃をもって。


「じねぇ!」


 なりふり構わない突撃。勝てるはずだ。それで終わりだ。

 蛮族の姫君はその攻撃を食らう直前、さっとバリュクの視界から消えてしまった。


「ごっ」


 同時に衝撃。腰から下の骨が粉々になったような。

 動きが止まった。もう走れない。


 もう何もわからないバリュクに、打ち上げるようなパンチが見舞われた。


「げっ!」


 それで終わった。バリュクは顎を打ち据えられて、立っていられない。ゆらゆらとあしをよろめかせて、そのままどうと地面に倒れこんだ。

 完全にのびている。

 いくら薬で覚醒しようと、あるいは鎮痛しようと、もう同じだ。命令を出す頭がだめになっている。立てはしない。

 起き上がることはかなわなかった。

 血の混じった泡を吐いて倒れこんでいるのだ。誰がどう見ても、もう戦える状態ではない。


「勝った」


 ヤズマは小さな声で勝利宣言したが、それを聞いていたのはユマとリットくらいだ。

 他の者たちは、絶望的なダメージを負って倒れたバリュクの姿に衝撃を受けている。鎧の上からパンチを数発食らっただけで、この有様なのだ。

 あんなに強かったギルドマスターが、こんな無様をさらしてのびているとは。それに、血を吐いているようではもはや助かるまい。


「さすがは我らの英雄。サタニック・サイクロプスを倒しただけのことはあった」


 と、その強さに感動している者もあったが、


「いくら研鑽を積んだとて、人間がこんな動きをできるものなのか。本当にヤズマさまは味方でいいのか」


 などとあまりの強さに恐れをなしている者まである。

 リット・ガディはそれを察知した。


(いまだ! おそらく今こそが運命の分かれ目なんだ。

 ヤズマさまの評価はここで、ここで決まってしまう!)


「やりました、ヤズマさま!」


 落ち込んでいる場合などではない! オフィリアのことを頭から振り払い、彼は立ち上がってヤズマのもとへ駆け寄っていった。

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