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優しい蛮族  作者: zan
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「私は反対です。ヤズマさまがそのような危険なことをされる必要はありません」

「リット、お前心配しすぎ」


 作戦を聞いた御曹司がまじめな顔で制止するのを、ヤズマは少しだけ笑ってきいていた。

 もちろん誰に何を言われても止める気はない。ロズ、ユマといった一族の若者たちは慣れているのか別段反対しようという気もないらしい。

 正気か!


「誰かがあなたに剣を貸すことさえできれば、先ほどのように戦えるのではないですか」

「あの剣はわたしの一番の武器。他はない。あいつはかなり強いから、武器を離させないとだめ」


 というのだが、遠巻きに矢を射掛けつづければ何とかなりそうではないか。しかしこれも、味方が疲労しているので矢をかわせないとはねのけられた。


「オンゾーシ、あなた、少しヤズマを信用するといい」


 それでもと渋るリットに、ユマがそう告げる。

 信用するしないという問題ではない気がするが、しかしヤズマ以外の一族に話しかけられるとは思わなかった。リットはひるんでしまう。


「しかし危険です」

「オンゾーシはヤズマと好き合っているのでしょう。信じてあげてください」


 信じていないわけではない。リスクを回避してほしいだけだ。

 リットはそう言いたかったが、どうも理解してくれそうにない。彼にできることはないようだ。

 いくら反対意見を並べても、おそらく彼らは強行するだろう。ならば、無駄なことはしないほうがいい。それより、少しでも危険を減らすための提案をするべきだと思えた。

 にしても、クルミー族の娘までもがヤズマと恋仲とかいう噂を信じているとは。言い出したのは誰なのか非常に気になるが、ここはそれを利用するべきかもしれない。


「でしたら、私が彼女のことを心配する気持ちもわかるでしょう。どうか、ヤズマの危険を減らしてください」

「オンゾーシ」


 話を聞いてユマは非常に困った顔をした。

 さりげなく出した「好き合っている」という表現を否定もしないとは。このオンゾーシという若者は今、ヤズマの心配などをしている場合ではない。

 ここにいる一族の男性のほとんどから怨嗟の目線を向けられているということに、気づいてほしいものだ。このあと全員からヤズマの貞操を奪った(ことになっている)罪で一撃ずつ殴られても不思議でないのだが、そんなことも知らず、彼はただヤズマの心配ばかりをしている。

 いや、察しているが、それよりもヤズマのことのほうが大事だというのかもしれない。オンゾーシは結構えらい立場にある人間だというから、鈍い人間ではないだろう。

 だとすると、これがなんというか、恋愛というものなのか。


「私たちにとっても、ヤズマは大切な仲間で、姫だから。怪我をさせたりはしない。大丈夫」

「それは」


 ユマの言葉に、リットはハッとした。確かに、クルミー族にとってヤズマは族長の娘であって、姫扱い。みだりに危険にさらすようなことは、そもそもリットが頼むまでもなくしないだろう。

 もう本当に、かける言葉はなかった。いえることは、これだけだ。


「ヤズマさま、ご武運を」

「おう、わたし強い。心配いらない」


 楽観的な、ひどく陽気な声でヤズマがこたえた。


「見ていろ、リット。私の活躍を」

「え、ええ」


 まさか本当に?

 御曹司のリットはヤズマの提案した作戦を、無茶苦茶だと思う。実現は無理だろうと考えている。

 仮にクルミー族のありあまる身体能力で何とかできるとしても、それをする意味がないように思えた。バリュクとて、ただの人間だ。囲んで攻撃すれば倒せるのではないかと。


 バリュクはジュヤ、エワフゥ、シュグの三人と戦っているが、彼らの攻撃を受けてもほとんどひるんでいない。致命傷を避け、戦いを続けている。一族の三人もかなり疲労しており、形勢は悪い。

 ロズ、ダズマ、スヤウの疲労も蓄積しているが、バリュクと戦うジュヤたちほどではない。ロズやダズマはもともと体力に自信があり、二日三日ほどなら寝ないで獲物を追い回せるほどの地力があった。スヤウはそれに一歩劣るものの、槍の腕ではヤズマに匹敵するほどの腕前だ。女性なのだが、一族の例にもれず立派な戦士である。


「あたしがあっちにいったほうがいいんじゃないか」


 スヤウは苦戦しているジュヤたちを見て、そんなことを言う。が、ロズがこれを止めた。


「やめといたほうがいいよ。あいつらも必死に頑張ってる。怒られるかもよ」

「けどあのままじゃ、もたない」

「それはだめ」


 ヤズマが強引に話に割って入った。


「スヤウでないと、決まらない。敵は強い」

「わかった。じゃあやろう」


 言い争っているヒマはない。スヤウは即座に自分の意見を引っ込めて、準備に入った。作戦が遅れればそれだけ、ジュヤたちは危険になる。

 リットはそれを見ているしかない。

 彼は蛮族の言葉がわからないので、スヤウの名もわからなければ、何を話していたのかもわからない。

 少し前の彼なら、この後のカタロニアの支配体制や、権力分配について話しているのではないかと邪推していたことだろう。だが今の彼にそのような迷いはなかった。ただ、ヤズマを信じている。


「敵は飛んできた矢を見てから避けるほど素早い。察しもいい。だから、見えない位置から攻撃する」

「矢を撃ったら?」

「たぶん、見てから避けられる。もしそうなったら二度と食わないと思う」


 だからこの作戦しかない、というのだ。


「ロズのほうが手馴れているんじゃないか?」

「ロズだと威力が足りない」

「そうかい」


 それ以上はスヤウの文句も出ない。リットを避難させるような体裁をとって、その場を離れる。建物をはさんで、完全にバリュクから死角となる。

 リット・ガディは作戦の進行をただ黙って見守るしかないが、そっと物陰から敵の様子をうかがってみる。バリュクは三人のクルミー族が相手をしていた。リットはその三人の名もわからなかったが、彼らも優秀な戦士であるということははっきりわかる。


「三人がかりでも倒せないのか!」


 驚嘆する。


「なるほど、あれは強い」


 その様子を見てか、ユマが小さく納得している。

 振り返ってこれを見たリットは、「確かこの子は私たちの言葉を話せたか」と思い出し、質問をぶつけてみる。


「あの立ち向かってくれている三名も、決して弱くはないのだろう?」


 ふいに話しかけられ、ユマは多少戸惑った。が、すぐに頷いて答えを返してくれた。


「もちろんだ。いま左側にいるジュヤとエワフゥはすごく足が速い。シュグはそれほどでないが、丸一日走り続けても平気でいるくらいに体力がある」


 ジュヤは大柄な男で、エワフゥはヤズマより年下に見える女、シュグはジュヤよりも背が高くその代わりにやや細めの体格の男だった。ユマは誇らしげに彼らの強さを語ってくれたが、今は彼ら三人とも疲弊している。それでもいまだに立ち上がることができない一族もいることから、一族の中でも体力のある者たちなのだろうとうかがえた。

 なかでもシュグはユマの解説の通り、かなりの体力を誇っている。チマチマと手を出しては相手の反撃を誘っているが、その動きがまるで落ちない。

 ジュヤとエワフゥは苛立ったバリュクの攻撃を足の速さを生かして巧みに避け、傷の一つも受けていない。すさまじいまでの手練れだった。

 おそらく、ロウライクくらいの相手ならばこの戦法で疲労困憊させ、生け捕りにすることすらたやすいだろう。クルミー族の名に恥じない、歴戦の戦士たちだ。

 しかし彼らもまだ、バリュクを追い詰めることができないでいる。

 ギルドマスターのバリュクは、ヤズマと少し打ち合ったくらいでほとんど動いていないからだ。準備運動が終わった程度、というのが正しいだろう。それに引き換え三人組はすでに疲労している。肩で息をしているような有様、どころかひっくりかえって吐しゃ物をまき散らす寸前である。

 牽制と挑発を兼ねた攻撃を続けるシュグも、敵の剣を避けるジュヤ、エワフゥも。汗だくだった。

 そういった事情を踏まえて、尚もわかることがある。


「バリュクは異様な強さだ」


 ありえないほどに強い、ということは確実だ。疲れているとはいえ、ジュヤとエワフゥ、シュグのコンビネーションで全く傷ついていない。しかも、彼らを少しずつ追い込み、3人を相手にしても優勢にすら見えるのだ。

 本当に、まずい。もたない。

 早く、早くしなければ!

 ヤズマさまの作戦は、どうなったのか。

 焦りからリットが振り返る。ちょうどその瞬間、ヤズマは地面を蹴りつけて飛び上がっていた。同時にユマも飛び上がり、二人はならんで空を舞った。

 その着地する先に。足の裏を空に向けて寝転がるダズマとスヤウがいる。

 ヤズマとユマは、ダズマとスヤウの足の裏へ乗っかった格好だ。ぐっと両者の膝が折れて、ヤズマたちの体は深く沈み込む。その背後からロズが寄って、わずかに二人の背中に手を添える。

 そして次の一瞬で、膝が一気に伸びあがった。勢いづいたところで踏み切って、ヤズマたちは飛んだ。

 二人分の力をもって、一人を飛ばす。ヤズマとユマは、簡単に民家の屋根の高さに達し、それを軽々と超えるほどの跳躍を見せる。


「うぉ……」


 あまりにも高い位置に飛び上がったヤズマを見て、リットは目を見開いた。

 作戦を聞いているのと、実際に見るのではかなり違った。異常だ。人間があの高さまで飛び上がっていることが、信じられない。

 ダズマとスヤウを踏み台にして、民家を飛び越え、バリュクに飛び蹴りをお見舞いする。

 聞いていた通りの作戦であり、単純明快なものだ。

 しかし一方ダズマとスヤウが力任せに二人を飛ばすとき、空からの攻撃を得意とするロズがわずかな軌道修正を行い、より命中率を高めている。ただの力攻めではない。

 これはいけるか。

 リットは飛んでいく二人を見た。

 バリュクからしてみれば、死角から飛び出してきた上、空から攻撃されるのだ。普通なら完全に奇襲として決まるところである。

 しかも、彼は今やジュヤたちを相手取っていて忙しい。飛んでくるヤズマたちに気づくこともできないはずだ。簡単にトドメを刺せるだろう。


「勝った」


 御曹司が呟いた瞬間、バリュクが振り返ってヤズマたちをその視界にとらえた。

 彼の顔は笑んでいる。


(やはりきたか!)


 ギルドマスターのバリュクは、姿を消したヤズマたちに対して当然のように警戒している。奇襲が来ると予想もしていたので、このくらい察知することは余裕だった。

 このとき、ヤズマとユマは空中を飛んでいる。バリュクは地上にいる。


(バカめ、空中では軌道を変えられまい。自爆するがいい!)


 笑みを強めて、バリュクは地面をけりつけた。軽く後ろにさがり、それだけでヤズマたちの攻撃を回避するつもりだ。たったそれだけで十分なのだ。

 無理な方法で空中に飛んだヤズマたちは、着地後に体勢を整えるが難しいはずだった。それに手間取っているうちに、大剣で切り裂ける。

 いける。勝った!

 ジュヤたちの攻撃をもしのぎきれるバリュクなのだ。このくらいはたやすいことだった。


 彼が勝利を確信したとき、ユマが動いた。空中にいながら、彼女はヤズマの体を蹴りつけたのだ。


 蹴られたヤズマはその軌道を変えて、バリュクのいるところへ向かう。より加速した彼女の体は、そこに秘めた重量と速度すべてをもって、右足の蹴りを目標に繰り出す。

 バリュクは何が起こったのか、理解できていない。

 先んじてかわしたはずのヤズマが、空中で突然方向転換して目の前に迫っているのだ。対処しようと考える前に、彼の思考は予想外の出来事に停止してしまった。

 その状態のままで、彼は胴体にすさまじい攻撃を受ける。胴体を貫通して突き破りかねない、強烈な蹴りだった。


「おおっ!」


 誰かの感嘆する声が聞こえた。バリュクは吹っ飛び、すぐには起き上がれない。簡素な鎧を着こんできたとはいえ、腹部に食らった蹴りの威力が尋常ではなかったからだ。

 地面に腕を突っ張ったとき、胃の中のものが吐き戻されそうになったが、どうにか飲み込む。


(なんだあのバカげた攻撃はぁ!)


 常識外れの一撃だ。あんなのは、おかしい。どう考えてもありえない攻撃。

 とにかく立ち上がらなくては、袋叩きにされてしまう。

 バリュクは気合でダメージをこらえて、その場に膝を立てた。

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