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「お前、話すのうまくない! わたし、お前の言うことわからない。
わたしだけじゃない、レイもわかってない。みんなたぶん、わかってない。ちょうしにのるな」
ヤズマは意味不明な言葉で演説する男に、一言注意してやったつもりだった。
一族の中にもこうした者は皆無でなかったから、多少はわかる。こういう手合いはついつい、注目を集めて演説している自分に酔いしれて、ぺらぺらと早口で、しかも難しい言葉を使いたがるものだ。そこから繰り出されるのは独りよがりなものであり、利き手に配慮したものではなく、わかりづらい。
だから、下界言葉の拙いヤズマばかりでなく、レイまでも理解できないような演説になってしまったのだ。調子に乗らず、落ち着いてしっかりした言葉を話さなければならない。
もちろんヤズマとて下界言葉に堪能とはいえない自分が、このようなことを言うのはおかしいと知っている。だが、皆がもう疲れて地面に転がっているようなありさまなので、ここは言わねばならないと考えたのだ。
「ほう、調子に乗るなときたか」
だが、バリュクはこのヤズマの注意に対して軽く肩をすくめた。
彼からすれば、自分の言うことに対しての反論を当然ながら予見している。特に血気盛んそうな蛮族の噛みつかんばかりの反論はあると考えていたが、意外にもヤズマは落ち着いて言葉を返してきた。だから、その点だけは彼女を見直していた。
(評価を改めねばな。とはいえ、今更何ができるものか)
彼はヤズマを侮っていた。所詮はただの蛮族であり、多少の腕がたったとしてもそれだけだと断じている。
現実として、それだけの権力が彼にはあった。蛮族の一人とギルドマスターとを比べるのならば。
畳みかけて一挙に化けの皮を剥いでやろうか。英雄英雄といいながら、所詮はただの蛮族一人よ!
バリュクはそのように考えて、まず彼女を論破して見せようとする。
「調子に乗っているのはそちらではないか! いつまでも我らを欺けると思うなよ、蛮族の君。
お前がやってきてからカタロニアは災難続きで、今やこうして襲撃を重ねられる始末だ。
わけても、サタニック・サイクロプスと今回のデモニック・オーガは君のいないところを襲い掛かってきた。
英雄と呼ばれ、カタロニアで最も戦力になるはずの君がいないところをだ。まるで、狙ったようではないかね。
自分以外の誰かを疲弊させ、消耗させんとする狙いがあったとみられても仕方がなかろう!
それにだ、君はなぜ弓使いのユマなどという名を名乗った?
最初から本名を晒し、蛮族の汚名をそそげばよかったではないか。どうしてそうしなかった?
服も変え、髪も変え、別人のようになりすまして活動するということは、何か後ろ暗いことをしていたからではないのか!」
考え通り、一気にまくしたてていった。バリュクは語勢をかなり強めて、雰囲気を丸ごともっていくつもりなのだ。
これを聞いているレイはカッとなった。欺瞞に満ちた言葉など、耳に入れるだけで不快になる。しかも、その内容が知人を責め立てるものならば余計に。
詭弁にもほどがあろう!
そう言ってやりたかったが、まだ声がでない。
「えぅっ」
つぶれた喉はあえぐような吐息しか発してくれない。射殺さんばかりにバリュクをにらみつけるが、彼は平然としている。
勝算があるのだ。
冒険者たちは所詮肉体派であり、武人だ。細かい計算のできる者も多くはない。単純に、勢いと雰囲気にのまれやすく、ある程度の話術さえあれば丸め込めるのだ。簡単にできるのだ。
レイがついさっき、したことだ。勢いで釣り込んで、丸め込む。結果がこの大軍隊で、クルミー族の助力があるとはいえデモニック・オーガ7体を倒した。
それをやりかえされているのである。
しかも、レイと違ってバリュクはギルドマスターだ。その地位にあるだけで信じられるというほど、高い地位をもつ。冒険者たちが揺らいだ。気配が飲まれつつある。
(もしや、こいつは英雄ではなくただの侵略者なのでは?)
猜疑の目がそこに立つ蛮族に向けられる。
ヤズマは動じていない。ただそこに立っているだけだ。平然としている。
もちろんだ。彼女は何も悪いことをしていない。また、目の前の男が嘘を吐きまくって自らの面の皮の厚さを主張していることを知っている。何を慌てる必要があろうか、真実は我にあり。正義は我にあり。
(などと思っているのだろうが、だめだ。ヤズマが思っているほどこいつらは賢くない)
レイは心底焦っていた。このままでは折角味方につけた冒険者が寝返ってしまう。全てではないだろうが、ここは満場一致で完全な一枚岩になっていなければならないところなのだ。仲間割れなどしてたまるものか。
(誰かが反論しなければ。なんでもいいからこいつの演説に冷や水をぶっかけてくれ!)
悲痛な願いを込め、痛む喉を無視して血を吐くレイ。
瞬間。
「黙らんかー!」
その声は、大声を出しなれない人物が発していた。細くはあったが必死の響きがある。
ゆえに、レイの耳にも届いた。待ち望んでいた、反論の叫びだ!
一体誰が叫んだのか。声の主を知ろうと見回して、驚く。
そこにいたのは、息を切らして駆け付けたらしい、御曹司だったのだ。リット・ガディだ!
「貴様、ギルドマスターのバリュク! さっきから黙っておれば我らの英雄ヤズマさまにむかって勝手な口を叩きおって!
いったい貴様がこれまでの魔物退治にどれほど貢献したかいうてみい!
いつもいつも襲撃から遠いところで茶をすすりおってからに、貴様こそ怪しいわ。
なんという恥知らずよ、なんという下種よ!
貴様は、醜悪だ! 弓使いのユマを名乗ったのは、自らの名を売らぬ、喧伝せぬという奥ゆかしい心だというのに。
それを何も言われぬからといい気になっていいように解釈しおって。
そもそも、ヤズマさまがカタロニアを奪うおつもりならとっくにそれは為されておるわ!
この中の誰か一人でも、彼女に打ち合いで勝てると思っているのか!」
朗々と、聞きやすい声で言い放った。
これにより、冒険者たちの揺れは静まりかかる。
当たり前だ。虚偽の演説よりも、真実が勝るのだ。説得力が違いすぎる。
が、バリュクはこれにも反駁した。
「なんと、御曹司殿か。レイの演説ではおぬし、蛮族の君と恋仲だそうだな。
情にほだされ、色に惑わされ、冷静さを失ってはいまいか?
状況を的確に判断すれば、彼女がカタロニアを害そうとしているのは明白であるぞ」
これに一番驚いていたのは、無論御曹司だ。
いつの間にそんなことになってるんだ? 自分とヤズマが恋仲だと!
いや、そういう噂を立てられるのは別に不自然でもない。何しろ大体一緒にいることが多かったのだ。仕方のない部分もあろう。
だが、どうして敵の口からも味方の口からも真実味のある情報として語られているのか?
否定するべきだろうか。ヤズマに恋愛感情などない、とはっきり言うべきか。何しろ自分はオフィリアのこともまだ忘れられていないのだ。色恋に夢中になるなどありえなかった。
「貴様何を言ってるんだ!」
野太い声が通る。
よく見れば、リットの隣にも誰かがいる。冒険者ではない。兵士でもなかった。
農民だ。鍬を抱えた農民、畜産農家、ドレロだ。
そうだ、彼がリットを救い出したのである。デモニック・オーガの襲撃にいち早く気付いた彼は、多数の牛を農場から放して逃がそうとしたのだ。が、途中で怪しい気配に気づいた彼は大胆にもギルドマスターの家を覗き見、御曹司が気絶させられているのを目撃してしまった。
その後ギルドマスターがどこかへ出かけてしまったのを見て、彼は決断し、牛たちをギルドマスターの家へと飛び込ませるのだった。多少の混乱の中、見事にリットは救出されてここに来ることができたのだ。
当たり前だが、デモニック・オーガの襲撃がかかったのでこのギルドマスターの家半壊事件はとるにたらない小事件と化していた。
ドレロはヤズマと一緒にいることの多い御曹司にも恩を感じており、大胆な行動を起こしたのである。
その彼が、ヤズマを悪者にされてまたも激昂した。
興奮し、怒りのままに吐き出す。
「あんないい人のことを言いたい放題にいいやがって!
てめえのほうこそどうなんだってんだ、仕事もしねえで毎日プラプラしくさりやがって!
サフィーちゃんを見ろ、毎日遅くまで汗だくになって働いてよ、文句の一つも言わねえでよ。
引き換えてめえはなんだ、敵が攻めてきても自分で弓の一つも握りはしねえで、おさまってからやってきて偉そうに何を言い出すかと思ったらこれだ!
誰がてめえなんぞのいうこときくか! 俺は死んだっておまえのために働かん!」
そうだ! そのとおりだ!
御曹司のリットは、このドレロの言葉に何かが揺さぶられた。
ギルドマスターのためになんか働けない。それは、まさしく間違いない。では、誰のために。何のために動くのだ?
(カタロニアのためか。自分のためか。いや、何かもっと、大事なものがあるのではないか?
プライドか、心か、正義か。それとも……)
彼は、ぐっと息をのんだ。
ちらりとヤズマに目をやる。しっかりと両足を踏んで大地に立つその蛮族は、わずかも揺らがずにバリュクと向かい合っていた。刃のような緊張感を放ち、引き込まれるような目で。
「どうやら蛮族の君は、様々な男をたぶらかしたらしい。
御曹司にせよ、そこの男にせよ、少しは自分の下半身を律した方がよろしい。
利用されていただけだぞ、御曹司よ」
得意げに語るバリュクを見て、彼はもう我慢ならなかった。
「黙れ!」
御曹司リットは、ズカズカと前に進み、人差し指でギルドマスターを指さし、叫んだ!
「貴様のような下郎は、ヤズマさまに近寄るなっ。
このお方に指一本でも触るようなものは、このリット・ガディが許さん!
私はこのお方を心から尊敬し、敬愛しているのだ。他人を利用することしか考えぬ貴様にはわかるまいが!」
「そうだ、わたしだってそうだ!」
リットの隣に、誰かが進み出る。
彼は知らなかったが、クルミー族の中でも下界言葉に秀でる、弓の専属ユマだ。
「我らの姫を、愚弄しおって。
お前は、千回死んでも償えぬ罪を犯した!」
披露した体にむち打ち、無理やりにも膝を立ててここまで歩いたのだ。怒りのために!