42
レイをはじめ、冒険者たちは奮闘していた。
おかしくなってしまったロウライクは確かに強敵であったが、守りに優れる者たちが積極的にその攻撃を受けに行く。また、援護に優れる者たちがその攻撃を少しでも減らさんと矢や石つぶてを放つ。
そうしてなんとか持ちこたえている。
もちろんレイも指示を飛ばしているが、仮面で顔を隠した冒険者の一人も十二分に活躍している。彼は正面からロウライクの攻撃を受け、いなし、ほとんど敵を一人でひきつけている。さぞかし名のある冒険者だろうと思われた。
「フェルディナン、まだいけるのか」
心配した冒険者が彼を気遣うが、まだ大丈夫だとばかりに首を振る。
このフェルディナンという名はありふれた名前であって、変名ということは容易に知れた。だがいったい誰なのかはわからない。
そこへ戻ってきたのはヤズマ。
ロウライクと戦うフェルディナンを見て、彼女は一言こう叫んだ。
「おまえ、フエルスト! 疲れている。わたしと代われ!」
その場にいた全員がぎょっとした。
(フエルストだって?)
馬鹿な。その名前は!
フエルスト・ファスナといえば名の知られた冒険者だ。サイクロプス討伐依頼のためにこのカタロニアへとやってきて、そして蛮族によって命を奪われたはずの人物である。彼が生きていたというのか。
もちろん、実際にはフエルストは死んでいない。サイクロプスを討伐したと吹聴するヤズマが気に入らなかったので挑発して、勝負を持ちかけておきながら始まった途端にあっさりと負けてしまい、逆上して真剣を抜いたものの、ほんのわずかな間に気絶させられただけだ。死んだわけではないが彼はこの一件を恥じて冒険者としての名を変更、さらにはカタロニアから去ったという経緯がある。よって、ギルド職員以外は彼の生存を知らなかったのだ。
「フェルディナン、お前がフエルストだったのか?」
「いや、そんな詮索はあとにしろ! 先にこいつを何とかするんだ」
ロウライクはいまだ元気である。彼を排除しなければ、落ち着いて話をすることなどかなわなかった。
みんなが必死になって戦い、ようやく抑え込んでいるくらいなのだ。彼は確かに恐ろしい実力を要する冒険者である。フェルディナンを相手にしても、大して疲労していないようにすらみえる。
「ロウライク!」
しかしヤズマが割って入った。接近戦においては弓は使えないため、背中へ回す。代わりに小剣を抜いて、ロウライクの大剣に備えた。
「ふひひひ、ひゃははは!」
薬によってか、奇怪な笑い声をあげながらロウライクがヤズマに暴れかかった。大きな剣をこともなげに片手で振り下ろす。
その武器自体の重量だけでも、ヤズマの頭は粉砕されるものと思われた。
小剣を振り上げるが、それがどの程度の防御になるものか。
まずい、と察したフェルディナンがなんとかしようと考えるが、彼が行動を起こさんとしたときにはもう剣はぶつかりあっていた。
ばきん!
牢獄の中まで響くようなすさまじい金属音が鳴り響き、武器は折れた。
「つっ」
ヤズマの足元がわずかに揺らぎ、彼女は一歩下がる。
腕が痺れたからだ。
ロウライクの持っていた大剣は業物ではあったが、彼が投獄されて以降誰にも触られず、手入れが中途半端な状態にあった。一方ヤズマの小剣は専属が丹念に鍛えた超一級品だ。加えて状態は最高に保たれている。
結果としてヤズマの小剣は刃こぼれこそしたものの、ロウライクの大剣をふたつに折ってのけたのだ。
「ひゃは!」
ロウライクは腕のしびれを気にするヤズマに対して、即座に襲い掛かる。剣のかけらを捨てて、無手のままとびかかったのだ。
素晴らしい判断だ。
わずかなスキをも見逃さない、闘争本能に従ったゆえの、素早い攻撃だった。
相手がヤズマでなければ通用しただろう。実際、フェルディナンはこの攻撃に全く気付かず、折れた剣の先が宙に舞うのを目で追っていた。フェルディナンだけでなく、ほとんど冒険者がそうだった。
だが、ロウライクの前に立っていたのは残念ながらヤズマである。両腕が痺れたくらいで、対処をなくすようなことはない。
するりと前に一歩出て、額を突き出す。
それですべてが終わった。とびかかってきたロウライクはものの見事にヤズマの頭へとぶつかったのだ。絶妙なタイミングで頭突きを決められた、と言い換えることもできる。
「ほぅっ」
意味不明な言葉を吐きながら、薬漬けの剣士はよろめき、その場に倒れる。
「いまだ!」
フェルディナンが片手を上げて合図し、冒険者たちが一斉にとびかかる。憎きロウライクはあっという間に縛り上げられ、指一本たりとも動かせない有様となってしまった。
ようやく、この集団を襲った恐ろしい敵の襲撃に、終止符が打たれたのだ。
もう、もうさすがに襲ってくるような輩はいまい。
さらに目的であったヤズマの救出も終わった。すべて、無事にだ。
怪我をした冒険者や兵士たちは多いものの、幸運なことに致命傷を負ったものはない。
終わったのだ。
「やったか!」
「おう、終わった……」
冒険者たちはその場に座り込み、息を整え始める。立っているのは、ヤズマだけだ。
レイやフェルディナンですら、あまりの疲労に膝が立たないでいる。武器を握る力ももうなかった。利き腕が震えるほどの疲れを残したものがほとんどだった。
実際そう考えても仕方がない。
何しろデモニック・オーガ7体を討伐し、冒険者のロウライクを捕縛した。一年分は働いたといってもいいだろう。疲れるなというのは無理だ。
また、ここはすでにカタロニアの町の中だ。これ以上の襲撃がないと分かれば、完全に緊張をきって体力の回復に務めたくなるのも当然である。ゆっくり休んで、酒でもという気分になる。
サタニック・オーガの襲撃から続いて強烈な魔物の殴り込みが続いているため、冷静に考えれば警戒を続けるべきだった。本来ならば誰かがそう気づいて軍隊を動かし、町の警備につとめていただろう。
だがいまや軍隊の兵士たちも疲れ切っている。
誰もが非常な困難をはねのけ切った達成感とともに、腰を下ろしていたかった。大の字になっている者もある。
「さて、君たちの活躍は終わったかな?」
そんな折を狙ったのか、それとも準備に時間がかかったのか。
姿を見せたのは、ギルドマスターのバリュクだった。やはり大きな剣を肩にかけ、柔和な笑みを見せている。
「あ、ギルドマスター?」
誰かがぽつりとつぶやいた。彼の登場に気づいた者ですらまれだった。それほど全員が疲労している。
「お前!」
すぐにヤズマが反応した。彼女の中でギルドマスターはサフィーを傷つけた敵となっている。
だが彼はわずかに笑みを強めてこう切り返した。
「おお、蛮族の君。企みはうまくいったのかな」
「なんのことだ?」
「そうとも、とぼけるがいい。君はこの状況を望んでいただろう。
このカタロニアにおける全戦力は疲弊しきった。加えて、君の一族の主力もそこで座り込んでいる。
いまここで唯一疲れていない君の力をもってすれば、これらを殲滅しきることも不可能ではない」
得意げに説明するバリュク。
なるほど、状況は確かにその通りだ。だがそれがどうしたというのか? ヤズマにはそのようなつもりは全くない。彼女はただ、一族をカタロニアへ移住させるためにここまで頑張ってきただけだ。
一体こいつは何を言っているのか?
疑問を抱いたヤズマは口を閉ざし、彼の言葉を聞こうとした。
「どうした、何も言い返さないのか。
蛮族の君、ヤズマよ。お前はこの町の信用を得た。こうしてこれだけの人間がお前のために命を張った。
そうして一つ所に集まって、戦ったのだ。
お前が集めた魔物と! お前が引き付けたロウライクと!」
でまかせだ、とこれを聞いたレイは叫びかかった。が、必死になって指示を飛ばし、叱咤激励し続けた彼女の喉は限界を超えている。何か言おうにもかすれたような息がわずかにもれるばかりだ。戦い続けていれば別だったろうが、一度切れた緊張の糸はたやすく張り直すことはできないのである。既に彼女は一度休息をとりかけている。もう、立てない。
それでも必死になってなんとか反論をぶつけようとするが、それをバリュクはすぐに見つけてしまう。
「先ほどの見事な演説をしたのはレイくんかな? 見事なものだった。
それが本心から出ているのだとは思えない、組み立て方、扇動の仕方といい、実に素晴らしい演説だ。
一体誰にそんな演説を吹き込まれたのだろうかね。
どうしてしまったんだ。君ほどの冒険者が、虚実の区別もつかないとは!」
何が言いたいんだ、こいつは!
レイはもちろん、バリュクの言うことこそが全て虚言だと知っている。馴染みのあるサフィーならともかく、ギルドマスターのバリュクはほとんどギルドに顔を出すようなこともなく、奥でふんぞり返っているだけの存在だ。たまに笑いながら酒場で酒を飲んでいたり、町を歩いていたりするので顔は知っているし、かつては高名な冒険者であったということも知っているが、尊敬の念などは別になかった。加えて信用も特にない。サフィーと比べては、その四半分も。
そして今の演説によって信用は完全にないものとなった。
この嘘つき。手が動きさえすればその舌を刺し貫いてやるのに。
憤りと裏腹に、レイの身体は動いてくれなかった。
だというのに冒険者たちの中に、バリュクを信用し始める者ができつつある。
「確かに、レイの演説で盛り上がってここまで来て戦ったが、結局蛮族が何も企んでいないという証拠はなかったな?」
「そういわれれば……」
わずかなささやきが流れた。
これを好機と見たか、バリュクは一気に言葉を重ねていく。
「諸君、この蛮族のたくらみはカタロニアを滅ぼすことではない! 支配することなのだ。
冒険者と、軍隊と、全ての戦力を町から奪い取り、思いのままに蚕食することだ!
そのために魔物たちを自ら誘き寄せて、カタロニアを襲わせたのだ。考えてもみよ! こやつが来る以前には、カタロニアはさほど魔物の襲撃などなかったではないか!
ところがどうだ、いまやわずかな間も置かずに強力な魔物の襲撃を何度も許す始末!
こやつはそれを自分で狩って、威張り散らしていたに過ぎない。諸君らの心をつかまんと、とんだ自作自演の活躍をしていた!」
ヤズマは何も言わないでいる。
何か考え事をしているかのように見えるが、実のところはそうでない。バリュクの言っていることがよくわからなかっただけである。高らかに叫んではいたが、彼は難しい言葉を使いすぎた。ヤズマはついていけていない。
仕方がないので通訳してはくれないかという思いを込めてレイを見やる。
しかしレイは首を振るばかりだ。
(こんな妄言を相手にしないで、さっさとこいつを倒してくれていい)
という意味でレイは首を振っているのだが、
(そうか、レイにも理解できないくらい難しい言葉なのか)
などとヤズマは解釈し、結局なんだかよくわからない言葉で威張っているだけなのかと結論した。
そのやりとりをみた周囲が、
(やはりヤズマとレイは何か連携して、カタロニアへ害をなそうとしていたのか?)
などと邪推する。
とはいえ、レイの演説からうけた熱をも忘れず、ヤズマこそ英雄であるとかたくなに信じる冒険者も一定数あった。むろん、どちらが正しいのかわからずに揺れているだけの者もある。
この状況において、バリュクは。
(半数行けばいい方か。どちらにせよ最後には薬に溺れるか、あるいは死んでもらわねばならんが、動揺している人数が多い方がやりやすいには違いない)
そのように考え、サフィーを最初につぶしたことが正解だったと確信していた。
多数の冒険者から慕われるサフィーがこの場にいたなら、かなり情勢は違っただろう。
バリュクはカタロニアなどという田舎町にわずかな地位を得て隠居同然の生活を送っていることが嫌なのだった。中央へ出て、潤沢な財をもって優雅に平穏に暮らしたいと望んでいる。
だが野望の実現にはとてつもないほどの財産が必要だ。だから、彼は薬物の密造と販売を行った。すべては秘密裏に、ギルドと議会への隠ぺい工作も完璧である。何しろギルドマスターの地位にあるのだから、巡回と調査の手口は筒抜けだ。ギルド職員の大半、特にサフィーが不正を許さぬ性格であるため、公然とすることはできなかったが、問題ないくらいである。
議員のアスクナッドを仲間に引き入れ、商人をつかい、魔物を故意に狂わせ、襲撃させ、じわじわとカタロニアを追い込んだ。魔物の襲撃でカタロニアが破壊されれば、それを修復するのに金がかかる。軍隊に任せてやらせておいて、中央へは修繕費を要求するという手口をつかえるからだ。
最終的には上層部全てを自分の傀儡としたい。そうすれば公然と薬物を販売して潤沢な資金を稼げる。
だからカタロニアを追い込むのだ。ギルドの冒険者も、自分の息がかからない者は不要だ。軍隊も全員クビにして、議会の力を失わせる。思い通りにことがすすめば、バリュクが全ての権力を掌握する町ができる。
つまり、彼こそが黒幕なのだ。
そんなことをヤズマが知りえるはずもないが、彼女はついと前に一歩踏み出した。
土を踏む足音が、ことのほか大きくその場に響く。
バリュクも、他の冒険者も、一瞬言葉を途切れさせた。この場で立っているのはヤズマとバリュクだけ。
彼女は注目を集めた。
その上で口を開く。