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優しい蛮族  作者: zan
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3

 一族の大事な役目を負ってやってきたヤズマは、カタロニアの入り口で戸惑っていた。

 確かに自分の下界言葉は拙かったかもしれないが、なぜ逃げ出されてしまったのかはわからなかったのである。

 ヤズマにとって、下界の者たちの格好は見慣れたものだ。旅人や冒険者の格好を見てきたから。

 しかし下界の人々にとって、一族の姿かたちは非常に奇異に見える。ややもすれば、威圧的だ。そうしたことを、ヤズマは知らないのである。

 一族の感性からすれば、今のヤズマの姿も悪いものではない。ヤズマの格好を、一族の者が見たとしても「勇ましい」とは思うかもしれないが「野蛮である」とは思わないだろう。

 これは育ちの問題であるため、ヤズマばかりが悪いとはいえない部分である。


 一方、カタロニアの自警団は要請に応じてすぐさま出動した。腕に覚えのある男が7名。

 本日詰めていた全ての団員をうごかし、すぐさまカタロニアの入り口に出向く。これを訴え出た青年もまた同道した。

 蛮人ヤズマを追い返すまで、まるで安心できないと感じたからである。実際にこの目でその場を見なければなるまい。


 威勢よく出撃した自警団ではあったが、両手剣と皮鎧を装備した男にすぎない。これが訓練を積んだ兵士であるとか、騎士だとかいうのならその勇気もすぼまなかったかもしれない。

 だが彼らはその日担当であっただけの、カタロニアの住人である。

 蛮族など見たことがなかったし、戦闘技術も稚拙だった。

 しかしそこまでは青年も気が回らない。とりあえずは7人の自警団に囲まれれば、さしものの蛮族とて捕囚の身となるだろうと考えている。


 すぐに、自警団はカタロニアの入り口までやってきた。彼らはその場にとどまるヤズマを発見し、さっそく接触をはかった。

 ヤズマは逃げ出すこともしない。やはり、その場にとどまった。

 武器に手をかけることすらしない。

 多数でやってきた男たちに対し「これはもしや歓迎されているのか」などと考えていたからである。

 全く見当違いであったが、それを彼女に教えられるものはここにいない。残念なことに。


 自警団がヤズマに対して叫ぶ。


「答えろ、蛮人! 貴様、我らのカタロニアに何をしに来た。

 返答次第では、剣にものをいわせるぞ」


 最も年長の男が剣を抜いてヤズマに問いかける。これは身元の定かでない訪問者に対してはよくしている恫喝と質問である。

 いささか慣れすぎた行動と言ってもよい。特に法的な問題があるわけもない。


 一方のヤズマはといえば、困惑していた。剣を向けられてはさすがに歓迎されているとは考えられない。

 どうもこれは何か、自分に求めているのではないか?

 そう考える。だが、またしても残念なことにヤズマの下界言葉はそれほど堪能ではない。つまり、あまりにも慣れすぎた自警団の質問の意味を、はっきりととらえられなかったのだ。

 自警団の男の言葉は慣れすぎて訛っており、しかも早口であった。このため、彼女は自警団の質問を聞き取れていない。


 ……我らのカタロニア……剣にものをいわせる……。

 なんとか聞き取れた単語をもとに、途切れ途切れの情報をヤズマはつなぎ合わせる。

 こういうときは恥を忍んで相手に聞き直せばいいのだが、カタロニアの町との初接触である。なるべく良い印象をあたえたかったヤズマはそうしなかった。将来的に一族がここに移住するためには、あまりなめられてもいけない。そのように考えたのかもしれない。

 考えた末にどうにか彼女が導いた結論は、自分も剣を抜くことだった。


「承知したなり、剣をもってこたえる」


 武骨な剣を引き抜き、蛮族のヤズマが構えをとった。

 それは本物の戦士の構えであり、殺しの構えだった。決して戯れにそうしたわけではない、と自警団は感じ取った。感じ取ってしまったのだった。


「なっ」


 ヤズマのとった構えは、相手を確実に斬殺する剣術の構えだった。実戦的であり、実用的であり、殺人的である。

 自警団の男たちは、泡を食った。

 ヤズマの放つ殺気が、全員に感じ取られた。

 動けばとられる!

 それは間違いない、と思われた。全員の背中を、いやに冷たい汗が滑り落ちる。

 さらにその構えそのものよりも驚くべきことは、7人もの武装した男に囲まれ、来訪の理由を訊いただけでこのありさまだということだ。なんという血気盛んな女だろうか。

 もはや理由などどうでもよく、剣を抜ける機会をうかがっていたに過ぎなかったのではなかろうか?


「わたし、剣に自信あるなり。

 誰からなりとかかってこい」


 そうはいうが、蛮族の体つきは本物だ。戦いの中で鍛えられた筋肉が盛り上がり、その膂力を物語っている。誰が好き好んでその剣を味わおうというのか。

 自警団は動けない。一人残らずだ。

 青年に至っては、ヤズマの間合いからかなり離れているにもかかわらず、逃亡という選択肢すら忘れ去っている始末だ。


「むっ」


 剣を突き付けた男も、腰が引ける。

 さらにいえば、嫌でもサイクロプスの死体が目につく。あれをいとも簡単に殺すような蛮人を相手に、自警団がどれほどできるのか。せいぜい、ほんのかすかな時間を稼げればいいほうだろう。

 正直期待できるのは、斬られる際に血と脂で彼女の刃の切れ味をわずかに落とすことくらいしかない。


「こないのか!」


 ヤズマが叫んで、切っ先を上げた。どうしたのか、と問いかけているのだ。

 驚くべきことに彼女は、自警団のことをあまり重要と考えていない。

 来客に対して、腕比べをしようぜと持ち掛けるヤンチャな若者がいたんだな、くらいにしかとらえていなかったのである。

 カタロニアの住人と親交を深めておくことは必要だと考えたので、彼女も剣を抜いている。


 腕比べに付き合ってやれば、お互いのことがわかるだろう。それに、下界の者たちとの手合わせが楽しみでないと言えば嘘になる。

 そうした考えで、ヤズマは剣を抜いたのだ。ところがいつまでも自警団が仕掛けてこないため、催促をしたにすぎない。


 だというのに、すっかり委縮してしまっている自警団はもう剣を動かせない。

 もちろん後ろで見ている6人にしても同じことだ。全く期待はできない。

 しばらくすると、ヤズマが剣を下した。さらに、サイクロプスの死体を指さし、こうも言い添える。


「わたし、ヤズマ。このかいぶつ、たおした。

 おまえたち、このかいぶつ……迷惑にしていた。ちがうか?」


 戦わないのであれば、別のところから切り出そうと考えたヤズマである。

 サイクロプスは町のすぐ近くにいた。この魔物は少なからずカタロニアにとって迷惑をかけていたはずである。それを倒したのだから、少しは町に貢献する意思があると認めてくれていいのではないか?

 そういう意味でサイクロプスを指さしたのだが、もちろんこれも正しく伝わらなかった。


 自警団はすでに腰が引けている。その恐怖に縛られた頭には、今の言葉が全く違って聞こえている。

 「お前たちがてこずっていたサイクロプスを倒した私に、お前ら程度が何いってやがる」というように。

 おのれ。自分のが強いから言いたい放題に。

 そう考えたのは、自警団を呼びに走った青年だった。彼はその激昂によって恐怖を抜け、ヤズマに口答えをすることに成功した。


「貴様のようなものが人間の町に何の用があってきたのか。そこを問いかけているのだ。」


 田舎貴族とはいえ、地位ある立場である彼はヤズマに対して下手にでるわけにはいかなかった。

 矜持にかけても威圧的な口調で、蛮族を相手取る。だがヤズマは微動だにしない。


「おまえ、戦わないのか」


 再びヤズマが剣を持ち上げる。

 ヤズマの目から見れば、青年の身体はそれなりに鍛えられているように見えた。自警団よりもむしろ強く思える。

 これは当たっていた。田舎貴族は体を動かすことも多いため、彼は鍛錬を積んでいる。自警団よりは剣技に秀でていた。

 しかし滑舌は悪かった。おまけに緊張でがちがちになった状態で絞り出した言葉など、ヤズマに正しく伝わるわけもない。

 いきなり出てきて何やら言い出した青年に対して、ヤズマは腕比べの続きを促しただけである。彼女も若い。自分の腕を試してみたいと思っていたのだった。 


 これに対して貴族の矜持から退けないのが青年だ。しかし、相手は凍り付いた瞳をもつ血も涙も温情もない、蛮族。

 恐怖はあったが、青年は歯を食いしばる。やがて憤怒が恐怖と緊張を上回り、彼は自警団から剣をひったくった。

 度重なる挑発に、彼はもはや我慢がならない。


 青年がするりと剣を構えると、ヤズマはニヤリと笑った。


 もちろんそれは腕試しを歓迎されていると思ったからであるが、自警団たちは血を好む蛮人の恐ろしい舌なめずりとしか考えない。

 これ以上の惨劇に、彼らは耐えきれない。

 おそらく、ほんの一瞬もたたないうちに青年は臓腑を吐き出して地べたに伏すだろう。あるいは四肢を切断された上で血の儀式の生贄にされるかもしれない。

 いずれにしても、今からここで青年が無残に殺されるのは間違いないと思われた。


「うああっ!」


 斬られたわけでもないのに、自警団の一人が逃げ出す。


「ひぃっ!」


 つられてもう一人、脱兎のごとく駆け出す。それに続いてまた一人、また一人と続いた。

 たちどころにして、カタロニアの入り口にはヤズマと青年の二人だけが残ることとなった。


 しかしこの青年は意外にも豪胆であった。剣を構えた以上、逃げ出せない。そう考えて、この場に残ったのである。

 舌打ちをしながら、蛮族を追い返さんと剣をふるった。


 青年からすれば魂のこもった攻撃であったものの、戦士であるヤズマからすればそれは児戯にも等しい剣技であった。

 腕試しならこんなものかと、笑みを崩さぬままにその一撃を払う。

 数合の斬りあいで、青年の手から剣が落ちる。ヤズマのあまりの腕力に、受ける腕が痺れたのだ。


 青年は死を覚悟したが、腕試しだと思っているヤズマはとどめをささない。

 当たり前のことである。

 だというのに、青年は両手をついてしまった。


「情けをかけるのか。斬れよ」

「……わたし。ここに住みたい。お前、誰だ」


 ヤズマは青年の言うことが理解できなかった。腕試しに負けたら死なねばならないのだろうか。変わった風習だな、とのんきに考えている。

 しかしやってきて早々、住人を殺すわけにもいかない。

 迷惑になっていたであろうサイクロプスを殺して好感度をあげようと考えたのに、これもうまくいっていないようだ。この上さらに嫌われようとは思えなかった。

 そこでとりあえず青年の要請は無視して、誰何することにした。

 

「お、俺はガディ家の御曹司、リット。

 ヤズマとやら。ここは俺たちの町で、蛮族の住処じゃない。サイクロプスを倒したくらいでお調子に乗っているようだが、そのくらいのことでカタロニアででかい面をできると思っているなら間違いだ」


 これをきいたヤズマは剣を腰に戻して、その場に屈んだ。

 疲れて座り込んだというのではない。単に、このリットという青年と目を合わせるためにそうしたのである。


 目を合わされたリットはまたしても、驚いていた。

 蛮人にはプライドというものがないのだろうか、と。かなり煽ったつもりだった。

 そうしてヤズマが剣を振り上げれば、その隙を狙おうとしていたのだ。なのに、


「お前、おんぞうし。えらいのか」


 と、ヤズマ。

 確かにリットは御曹司と自分で言った。彼には様々な事情があり、御曹司と自称したことも自嘲じみた思いがあってのことである。が、そこに食いついてくるとは予想外であった。

 蛮族ではあっても、身分の差には慎重なのだろうか?

 彼はそう考えた。


「お前、えらいのに弱い。わたし、お前に勝った」

「なに?」

「ヤズマはお前に、命令する。わたしはお前を殺さない。勝手に死ぬことはゆるさない」


 リットは衝撃を受けた。

 死ぬことすら許さないというのだ、この蛮族は!

 身分があると知って、この自分を利用するつもりでいるのだ。御曹司などとは言わなければよかったか、と考える。

 だがそうしなければ利用価値無しと判断され、惨殺されていたに違いない。


「何が目的だ、ヤズマとやら」


 ヤズマの目的がつかめず、リットは問い返した。

 自分を利用しようとしているのは確かなようだが、それでもって何をしでかすつもりなのだろうか。このカタロニアを血に染めるというのならとっくにそうしているだろう。

 そうでなく、リットの力を必要とするような目的がヤズマにあるとは思えなかったのである。


「言ったはず。わたしはこの町に住みたい。

 お前、えらいやつなら何が必要になるか知っているか? カタロニアに住むのに、なにかいるものはあるのか」


 そうか、支配する気か!

 返答をきいて、リットは衝撃を受ける。この蛮人は、ただ殺戮するだけで終わる気がないのだ。この町を支配し、恐怖と血と臓腑で染め上げ、長きにわたって呪いを振りまくつもりに違いない。

 考えてみればカタロニアはかの一族の居住区からほど近いではないか。残念ながら、この片田舎の町は蛮族の支配の、その最初の一歩となってしまうらしい。

 そうして下手に身分の高かった自分はヤズマの手先となって働くことを強要されようとしているのだ。

 何かいるものはあるか、などとはいうが、実際には「さっさと自分の済む住居を用意しろ」という脅しに他ならない。

 蛮族になど屈してなるものか!

 リットはそのように心中で激昂した。彼は女性不信でもあり、目の前の蛮族を全く信用していない。

 だが現実的に考えて、ここで断ることなどできるだろうか。自分の命は既にヤズマに握られているというのに。何事も命があってこそ考えられるのである。


「わ、わかりました。私の方でヤズマ……さまの住居をご用意いたします」


 リットはプライドをかなぐり捨て、蛮族のヤズマに屈した。ここで殺されないためである。

 先ほど、恐怖を跳ね飛ばした憤怒などは押し殺さざるを得ない。


「そうか。お前、気前はいいなり」


 ヤズマが笑う。彼女は陽気で、楽天的だった。何か裏があるのでは、などとは考えもしない。

 もらえるものはもらっておこうと思ったのだ。


 だがリットはそのように考えはしない。彼がみたヤズマの笑みは、凶悪で冷酷な殺戮者の笑みに他ならない。

 ヤズマの短い返事も、彼には違って聞こえる。

 役に立ちそうだから、もらえるものがある間は生かしておいてやろうか。

 そんな具合のせせら笑い。

 この時点ではただの田舎貴族の御曹司が勘違いしたにすぎないのだが、リットの思い込みは激しかった。彼の見た蛮族の姿は、それほどまでに負のイメージをもって染みついてしまったのである。


「すぐに迎えの者を用意いたしますので、お待ちください」

「ほう」


 歓迎されているなあ、とヤズマはにんまりした。この調子なら、一族の受け入れ態勢を整えるのもそう遠い未来のことではないかもしれない。

 彼女はのんきにそう考えていた。


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