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優しい蛮族  作者: zan
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「ロズ、あと5匹だ!」

「オウ!」


 空高くに舞い上がった仲間に声をかけながら、ユマは邪魔なところに立っている冒険者を押しのけていた。

 彼らは巨大な相手との戦闘に慣れていないのか、のんきに狙いを定めたりぼんやりしていたりする。ユマがこうして押し、引き、動かしてやらなければ危なくて仕方がなかった。

 命を落とす者がでた戦いの後味はよくない。ユマは一族だけでなく、冒険者たちの面倒もみようとしていた。


「そこは危ないぞ!」


 言いながらまた一人を突き飛ばす。デモニック・オーガの攻撃が直後にその場を穿った。

 彼女のおかげでかなりの数の冒険者が命を救われている。だが彼らは空高くに飛んではオーガの戦闘力を奪っていくロズに注目を集めてしまい、ユマの活躍はかすんでいる。

 とはいえそのあたりのことはなんとも思っていない。残念ながらユマの弓ではデモニック・オーガの皮膚に傷をつけることもできないのだ。今、彼女にできるのは冒険者たちを守ることくらいしかない。

 彼らも含めて、私たちは今や一つの矢になったのだ。自分たちの手足を守らなくてどうするか。

 しかしながら、ユマの言葉は冒険者たちに伝わらない。彼女の下界言葉はどうにか通じるという程度でしかない。ヤズマのそれよりもずっとよくないのだ。

 彼女が叫ぶほどに、冒険者たちは恐怖する。

 何しろ、冒険者たちからすれば、命令されるいわれはないと言っているような連中だ。恐ろしい、ただ目的が同じだからくっついてきているだけの蛮族。

 そんなのに突き飛ばされて、平静でいられるような者があったろうか。たとえそれが、百戦錬磨の冒険者であるにしても。

 もしやこいつらは後々に備えて冒険者たちを亡き者にしようとしているのでは。

 誤解が生まれて、そして消えていかない。

 見えないところで軋轢が生まれていくなか、戦いは続く。


 サフィーがなんとかヤズマを救出しようとその場を離れたため、場を指揮できるような人間は限られてしまった。

 クルミー族の若者たちは、ユマよりも経験のある者もあるが、冒険者たちとの連携をとるためにユマが指揮を執っていた。

 冒険者たちは、演説してからの流れでレイが指示を飛ばし続けている。

 しかしその必要もなくなってきている。また、指示を聞いている人間も減っていた。ロズの活躍が、完全にその場の人間たちを高揚させている。

 明確な目標が決まって、障害があらわれている。そして、障害が打ち倒されつつある。盛り上がらない方がおかしいのだ。

 レイは危機感を抱く。これは、まずいのではないか。

 嫌な予感がした!

 今まさに、次々とデモニック・オーガが殺されているのに。明確に勝利が決まりつつあるのに。

 ユマも油断しなかった。だが高揚感と危機感が同時に訪れ、どこかに違和感をおぼえていた。何かがずれている。

 こんなときには何かよくないことがおきるものだ。それをユマは知っていた。


「ロズ、トウマ! みんなきいて。

 油断しないで、注意して! この感じ、よくない!」


 そう叫んだのち、今度は拙い下界言葉で注意喚起する。


「ゆるむな!」


 お前たちたるんでいるぞ、と言わんばかりの怒声に冒険者たちは背筋をふるわせる。

 蛮族一人ばかりが活躍してしまい、冒険者があまりにも情けないので堪忍袋の緒が切れそうなのかもしれない。


「ひっ!」


 奮い立っていたはずの勇気もくじけて、冒険者の一人が悲鳴に近い声をあげた。

 とたん、彼が吹き飛んだ。予想外の方向から一撃を受けたからだ。

 彼は左腕を曲がらぬ方向に捻じ曲げたまま地面にひっくり返った。

 死んだか? いや、致命傷というわけでもあるまい。何人かが彼を心配してそのように分析する。だがそうしていたものはむしろ少数派だ。

 大多数の冒険者たちは傷ついた仲間の心配をするよりも先に、敵の姿を確認しようと振り返っていた。予想外の方向から飛んできた一撃に、新手の出現を警戒したからだ。

 しかしそこに現れていたのは、魔物ではなかった。ヒトだ。

 それも、冒険者たちの大半が見たことのある顔であり、同業者であった。


「ロウライク!」


 名前を叫ばれ、乱入者は剣を構え直して不敵に笑う。


「ぐひひ」


 ヤズマに痛めつけられたはずの彼は、片足をずるずると引きずりながらも立って歩き、体中に開けられた風穴の痛みすらもないようだった。そうして次々と冒険者たちに迫り、切りかかり、蹴りつけた。

 なんてことだ、町議会は牢からこんなやつを解放してまでこちらを邪魔したいのか。

 レイは歯を食いしばってうめいたが、どうすることもできない。冒険者たちの大半は彼より戦闘力に劣る。レイもだ。

 ならば大勢で一息にかかればと思ったが、ロウライクは怪我をしていながらも以前よりも反応がよくなっている。しかも、体に傷を負ってもまるで痛みにひるまない。


「ひゃはぁ!」


 振り回した大きな剣によって、冒険者たちが吹き飛ばされていく。手足の骨が折れてしまった者もいる。

 明らかにおかしい。ロウライクはどうやらもう、まともな状態でもないのだろう。

 デモニック・オーガはまだ4体残っている。空を舞う蛮族によって続けざまに3体倒れたが、さすがにそれで学習したらしく、同じ手段を食わなくなっていた。

 勢いが止まってしまった。

 冒険者たちの勇気がなえていく。興奮と殺戮の時間が終わりを告げようとしていた。

 ここからは、愕然とした恐怖と血も凍る惨劇の時間である。

 何も打つ手がなければそうなる、とレイは予感した。


「いや、まだ。ヤズマさまが来られれば」


 希望の光はそこだ。サフィーがうまく英雄を救出して戻ってきてくれたなら、すべては逆転だ。

 大逆転になるはずだ。

 自分の仕事はそれまで、なんとかしてこの場を持ちこたえることだ。


「クソッタレ」


 と、レイは似合わない悪態を吐いて自分を奮い立たせようとする。



 あまりにも大きな音がしすぎた。

 明らかに誰かが戦っている。それで、否応なくヤズマの意識は浮上した。


「だれか、いるのか」


 目を開けてみると、見たことのない部屋の中にいる。鉄格子のかかった、狭い部屋だ。寝台くらいしか置いていない、安っぽい部屋だ。


「ヤズマさま。ああ、よかった」

「アーシャ」


 自分を見てくれていたのか、アーシャが近くにいた。彼女は瞳を潤ませ、こちらを見上げている。

 彼女に大丈夫だというところを見せるためにも、ヤズマは上体を起こしてにっこり笑って見せた。


「もう平気。わたし、すっかり元気」

「な、何よりです。本当に」


 嬉しそうにアーシャも笑ったので、ヤズマは満足だ。

 が、今の状況がどうなっているのか彼女にはわからない。どうして自分がこのような部屋にいるのか。武器はどこにいったのか。わからないことがありすぎる。


 意識を失う直前のことを思い出せば、巨大な魔物との戦いになる。あの敵を確かに倒したはずだ。

 そうだ、倒して……。

 誰かがここに運んでくれたのだろうか。あれからどのくらい経ったのかは、わからないけれども。


 そこまで考えて、今の状況を見れば。割としっかりとした寝台に寝かされて、アーシャもいる。武器はとりあげられている。

 ということは、どうやら。

 ここは怪我人の治療を行うべき場所なのだろう。そのようにヤズマは結論した。

 彼女としてはそれで完全に納得がいっている。のそりと起き上がってみれば、頑丈な鉄格子にカギまでかかっていることが確認できたが、これは怪我人に対する処置として普通のことだ。

 倒れて頭を打った者は、まれに正気をなくして暴れるものだ。こうした処置は必要なのである。

 クルミー族の常識に当てはめて考えたヤズマは全く気を害していない。


(私を守るためにこうして安全なところに寝かせてくれたのだ。カタロニアの人々が私を受け入れてくれていることの証明になろう)


 などと、感謝すらしているくらいだった。

 しかしアーシャは、起き上がってカギを確かめているヤズマを見て胸を痛める。


(ヤズマさまはこの町をお救いくださったのに、このような牢に押し込んでしまって。こんな振る舞いをして、同じカタロニアの者として恥ずかしい)


 もう声をかけられなかった。ヤズマは冷静に見えるし、カタロニアの常識に疎いだけで決して鈍い人ではない。もう、自分がなにをされてしまったのかということに気づいているはずだ。

 謝るべきだろうか。カタロニアは彼女に対して許しを請わねばならないが。


(しかし私などが頭を下げたくらいでどうなるのだろうか。かえってご不快に思われるかもしれない)


 そのあたりの判断は、幼いアーシャにはつきかねた。背筋を伸ばして立ち、主人の言葉を待とうとする。

 しかし思いがけない言葉が主人から飛び出す。


「アーシャ、外で誰かが戦っている。わたし、いかないといけない」 

「ヤズマさま!」


 ああ、こんな状況になっているというのにヤズマさまはまだ、戦いに行かれるのだ。

 なんでもないように収監を受け入れてかつ、戦いの音を聞いては駆けつけて誰かを助けようと。このカタロニアのために身を削ろうと。

 偉大なる献身、揺るがぬ愛。

 そうしたものをアーシャは感じ取り、目頭が熱くなるのを抑えられない。幼い彼女の心は高揚し、感情を激しく揺らした。


「このとびら、壊しても怒られないか」

「そっ」


 ヤズマが鉄格子を指さしてそんなことを言うのを聞き、アーシャは自分の耳を一瞬疑う。そしてすぐに頷いた。


「そんなものは! 壊していいんです、ヤズマさまは、ヤズマさまの思った通りにしてください!」

「わかった」


 ヤズマとしては突然泣き出さんばかりの声で肯定するアーシャのことが気にはなったが、外の様子はどうやらかなり緊迫したものであるようだ。急がなければならない。

 鉄格子を見たところ、つくりはだいぶと古いようだ。金属の硬さはヤズマも知っているが、ところどころに錆の浮いたものは案外ともろい。壊せないこともないだろう。

 内開きの戸らしい部分に手をかけ、ぐいと引っ張る。ガシリと鉄格子が鳴るが、それだけだ。ヤズマの足が床をずるずるとすべる。当たり前だった。そう簡単に金属はちぎれたりしないのである。

 カギの仕掛け自体は簡単である。開かないようにしっかりとカンヌキがかかり、それが抜けないように南京錠で固定されている。

 そこで右足も鉄格子にひっかけて強引に引っ張る。


「むっ、ぐぐぅ……」


 ぎりぎりという不快な音とともに、金属がわずかに変形していく。

 ヤズマは渾身の力をこめて扉を引く。このまま引き開けてしまうのか。強引に金属を引きちぎろうというのか。

 これを見るアーシャの目は驚愕に見開かれる。

 まさか、そんなことはオーガでもできるかどうか。それがカタロニアに住む者の常識だ。金属の牢を人間の手でどうにかしようなんて無茶だと。

 だがそれをしようとしているのは、ただのひとつも嘘を吐かない清冽の英雄ヤズマ。その力強さとたくましさと、献身はこの町全てが知っている。

 だから、まさか。まさか、とアーシャは思う。

 金属のこすれあう、耳を突くような嫌な音がひと際高くなっていく。その音は確かに途切れず、響き続けている。これは鉄格子が変形し続けているということだ。

 たった今、常識は目の前で覆されていく。

 咄嗟にアーシャが耳をふさいだその瞬間、鉄のカンヌキが限界をむかえた。まるで爆発したような衝撃とともに、扉は弾けるように開き、役に立たなくなった金属片が飛んで落ちる。

 ヤズマは落ち着き払って、軽く息を吐いただけだった。鉄格子は壊れ、彼女はここから出ていける。その前に小さなアーシャへと顔を向けた。

 呆然として、目の前のことをが信じられないという顔をしている。

 泣いたり驚いたり色々忙しそうだなと思いつつも、ヤズマは優しく問いかけた。


「アーシャ、わたしはいく。おまえ、ここにいるか」

「わ、私もいきます。この中では何かがあったときに逃げられません」


 それもそうだ、と思える。だが外もまさに戦いの真っ最中らしい喧騒がある。


「……ヤズマっ!」


 どうしたものかと考えるヤズマたちの前に、誰かが飛び込んできた。

 両手を血に染めて、息も絶え絶えになった女だ。それも、よく知っている女だった。


「だいじょうぶか、サフィー」

「サフィーさん! どうしたんですか、それは!」


 口元をおさえて驚くアーシャと、比較的冷静そうなヤズマを見て、ギルド職員のサフィーは力なく笑った。


「なんだ、自分で出てしまったのか。こんなカギはあなたの前では役に立たないらしいな」

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