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サフィーの話はおおよそ理解した。
ユマは少し考えて、一族の者たちに彼女の話を伝える。
「どうやらヤズマはこの町の者たちから、かなりの信頼を勝ち取っているとみていい。しかし一部の人間がクルミー族を信用してはならないと考えて、ヤズマを捕えたようだ。
ここに集まっている人たちはこれからヤズマを奪還するために行動するところらしい。
このサフィーという女性は彼らをまとめることができ、私たちにもできれば行動を共にしてほしいと要請している」
大きく間違ってはいない。状況の把握は正確に行われていた。あとは、この状況にいかなる答えをだすか、というところだ。
しかし話し合うまでもなかった。この場にいる一族のすべては、ヤズマを慕っている。
そのヤズマを助け出すためということならば、カタロニアの者たちと協力することを反対するはずもない。こちらからお願いしたいくらいだ。
「おう、何も問題ないぞユマ。全面的に協力していいと私は思う」
「俺もそう思う」
「ことヤズマに関していうなら、すでに彼らと私たちは一本の矢だ。何も反対することはない」
「俺も、俺もだ」
こうした次第で、クルミー族はあっけなくカタロニアの者たちに協力することが決まった。もちろん、ユマも反対する気はない。
クルミー族ではこうして完全な一枚岩になった状態を、「一本の矢になった」という具合に表現している。彼らのいう通り、確かにすでにこの広場に集まった者たちは完全に矢となっている。
完全に。
この集まりを解散させるために集ったはずの軍隊もまた、ヤズマの活躍の恩恵を受けてきている。だから、レイの演説によって感化されてしまっていた。
そこへさらにレイによる演説と説得が加わり、彼らはヤズマを捕縛したことを恥じるまでになってしまう。
ユマとサフィーが話し合いをしている間に、その説得は完了している。何しろ周囲の空気がヤズマ=英雄であり、町議会=悪である。その雰囲気に耐えられるものなどなかった。
真に、彼らもヤズマの解放を望んでいる。そのために自らの命をも投げ出すことを厭わない。
軍隊が陥落し、仲間に加わったところで聴衆はユマをはじめとするクルミー族の話し合いに注目している。
彼らがこの場で仲間に加わるかどうかは重要だ。
何しろこの町の英雄であるヤズマがクルミー族である。たった一人の蛮族がきただけで、一体どれほどの脅威が退治されたのか。それが、12人もいるのだ!
彼ら一人一人がヤズマと同じだけの力を持っているとは限らないが、少なくとも冒険者たちに匹敵するほどの力はあるだろう。つまり、クルミー族の若者たちは強大な戦力だった。彼らがどうするのかを気にするのは当然である。
「話は終わったろうか? 私たちの指示に従って、一緒に戦ってくれるのか?」
頃合いを見ていたサフィーが、ユマに問いかける。
もちろん意見の一致をみたユマは、頷いて、しっかりと答えた。
「わたしたちは、やだ!」
これをきいた聴衆は、全員が「嫌だ」の意味だと受け取った。
「私たちの意見は既に一致している。今後覆ることはない。
命令や指示が、今更なんで必要だろうか。私たちは、そうしたものを必要としない」
ユマは堂々と言い放ち、クルミー族の若者たちもうんうんと頷いている。
もちろん、彼女は「私たちは既に一本の矢となっているのだから、命令などされなくともお前たちと共に戦う」と言いたいのだ。
しかしながら先ほどの言葉を聞いてしまったサフィーたちは、とてもそのような解釈をすることができない。「嫌だ」「命令など不要」などと言われてしまえば、当然のことである。
どう聞いても、「自分たちはお前たちの指揮下になんぞ入らない。好き勝手にやらせてもらう」という意味だった。
だが賢明なサフィーはあきらめず、確認の言葉をかけた。
「そうか。それは残念だが、そちらの一族であるヤズマを救出すべきという点でお互いの利害は一致している。私たちと一緒についてきてはくれるのだろう?」
「無論だ、私たちのヤズマは最優先で救出する」
残念ながら、などという後ろ向きな言葉が混ざったことにユマは疑問を抱いたが、何かの聞き間違いだろうと考えてすぐにそれを忘れてしまう。若干、サフィーの態度が硬くなったのも戦いを前にして緊張しているからだと思われた。
多少の行き違いはあるものの、とにかくクルミー族とカタロニアの冒険者たちはこうして一丸となり、ヤズマ奪還に向けて動き出すこととなる。もちろんこれは町議会にとっては非常な脅威だ。
いや、町議会にとってというよりも。町議会議員の何名かにとっては、という方が正しいかもしれない。
その証拠に町議会の議長であるラトフ・ガディは非常に落ち着き払ってこれに対応した。
彼は自らの屋敷に集団で押し掛けた冒険者たちに対しても逃げ回るような見苦しいことをせずに正面からしっかりと話し合うことができたのである。
サフィーとしては、いきなり町議会の牢獄を襲撃するよりも、まずものわかりのよさそうな議長に話を通しておくべきと考えたのだ。彼とはギルドマスターの代理として何度も話し合ったこともある。通じないものでもないだろうと思えた。
ラトフ・ガディは彼女の期待に応えた。
堂々たる振る舞いは、さすがに議長であると思わせた。彼女のみならず、冒険者一同、そしてクルミー族の若者たちをもうならせる。さすがに田舎とはいえ貴族。そして、町の政治の中心である町議会議長だと。
しかし実際の彼は小心者であり、臆病ゆえに決断が早い。
このときも彼もまた内心では非常に臆していたが、すでに逃げ場もないと考えられており、保身のためには堂々とふるまうしかなかったのである。
「さて、このような時間に大人数で来られたところを見るに、火急の要件とみえる。いかなる御用があってこられたのかな」
彼は代表の者数名を屋敷に招き入れ、応接した。
サフィーとレイ、ユマが彼の前に座っている。護衛のためさらに冒険者一名とクルミー族から男性の剣士一名が壁際にひかえているようだ。
過剰戦力ではないか、とラトフは見る。議長の背後にも三名の警備兵がいるが、彼らはそこまでの腕ではない。サフィー一人で相手ができてしまうだろう。そこに女性の冒険者としては最上級の腕前のレイがいて、とどめにクルミー族が二人もいる。この場でもしも戦闘になってしまった場合、ラトフは自分の命がないだろうと考えた。
相手を刺激せず、しかも自分の威厳を保つ。
彼には難題だったが、それがなされなければ死ぬか、失職してしまうことになる。
問われたサフィーが代表してこの場に来た理由を述べた。まずは蛮族のヤズマがいかにこのカタロニアへ貢献し、有益な存在であるかを語った。それから本題を切り出す。
「ご存じとは思いますが、アスクナッド議員がその『弓使いのユマ』の名で知られる冒険者ヤズマを捕縛しました。
最大の脅威であるサタニック・サイクロプスを打倒したのは彼女だというのに、蛮族だからとそのような行為をなされることにギルドは強い非難をします。彼女を直ちに解放して、アスクナッド議員にはなんらかのペナルティを負っていただきたい」
「そうか」
無論、その件はラトフも知っている。事後報告ではあったが、サタニック・サイクロプス襲撃の直後であっただけにそれを責めることもできなかった。
民衆の不安の種となり、また多くの命が奪われているという噂もある。蛮族は恐ろしい敵であったのだ。それが一人で外をウロウロしており、挙句に武器を振り回していたというのだから、確かにとらえられても仕方がない。
ラトフとしてはこうした事態を防ぐために息子であるリットに蛮族を軟禁するように命じていたはずだが、若いリットにはおさえられなかったのだろう。
どうあれ、議長としては蛮族をとらえたアスクナッドの判断を間違いであると非難できない。恐ろしい敵に襲撃されたカタロニアを再生するためには、わずかな不安分子も取り除いておきたいと考えるのは自然なことだ。しかし一方でその恐ろしい敵を退治してくれた英雄を捕えるとは何事か、と怒るサフィーの気持ちもわからないではない。
どちらが悪いとも言えないように思えた。ラトフからすれば、そのように感じられる。
このまま放置することもできない。彼はどちらかを捨てねばならなかった。アスクナッドか、サフィーのどちらに与するかを決める必要があった。
「アスクナッドのことは報告を受けている。住民を不安にする蛮族をとらえて、皆を落ち着かせるという名目もあった。だから私は彼を非難することはしていない。
だが彼の報告には抜けがあったようだ。サタニック・サイクロプスを直接打倒したのがかの蛮族であるというなら、彼女はまさしくもって、この町を救った英雄であるといえるだろう。そしてその意見はいまやこのような大人数に支持されていると。
私としては町議会をあずかるものとして、アスクナッド議員のことも守らねばならないのだろうが、君たちは今や強引にその理屈を突破する手段を持ち得ているようだ。
さて、英雄を獄にいれているわけにはいかない。ここに至っては皆も納得するだろう、私の名で彼女を解放するように緊急命令書を書こう」
「これで彼女は解放できるので?」
「無論だ。こちらでしてもいいが、君たちは一刻も早い解放を望むだろう。一緒に行くとしよう、私も英雄に詫びねばならぬ」
議長のラトフは、アスクナッドを切り捨てた。
目の前にサフィーたちがいるから、という理由も大きかったが、それだけで彼女らに与するほど愚かでもない。ちゃんと考えた末の決断だった。どうせ与するのなら徹底的にやっておいた方がいい、という判断を下し、ラトフは完全にアスクナッドを切ったのだった。
いかなる理由にせよ、この迅速な判断はサフィーたちにとっては非常にありがたいし、果断だったといえる。
幼いアーシャは鉄格子の向こう側にいるヤズマに何かをしてあげたいと考えていたが、とりえる手段がなかった。
番兵たちは特にやる気がないらしく、そんなアーシャを完全に放置している。おかげで引き離されるということもなかったが、ヤズマはまだ目覚めない。
このまま一晩でもヤズマを見守っていようと考えるアーシャだったが、にわかに外が騒がしくなった。
誰かがここへやってくるようだ。それも、少人数ではなく大多数でだ。
祭りのパレードでもここまで人数は集まらないだろうというくらいの足音が聞こえてきた。心なしか地面まで揺れているような気さえする。いったい誰が、何をしにこんなところへ来るのか。アーシャにはわからない。不安が彼女を襲った。
異常に気づいた番兵たちがあわただしく動き始める。彼らは武器を構えて外に出るが、ふと一人が鉄格子をつかむアーシャに気づいた。
「あの子はどうする?」
「面倒だ、一緒に中に入れておけ。あとで出してやればいいだろ」
そんな短い会話ののち、アーシャにとっては望み通りのことが起きた!
番兵の一人がヤズマの牢を開けたのだ。そして、アーシャをその中に押し込んでしまった。
当然その後は再びカギがかけられてしまったので外に出ることはできない。足音の正体も知れないままだ。
しかしそれでもアーシャは嬉しかった。何しろ、ようやくヤズマに触れることができる。尊敬する主人のお世話をすることができるのだ。
番兵たちは忙しそうに出て行ってしまい、誰も牢を見張るものはない。
ヤズマさまの汗をお拭きして、髪を整えて。
アーシャにとってはやることがたくさんあった。全く苦ではなく、むしろ楽しく嬉しい労働である。多少強引に牢の中へ押し込まれたことなど、ヤズマと一緒にいるということに比べれば瑣末だった。気にかけるはずもない。
しかし牢獄の外ではアーシャが全く思いもしないような事態が起こっていた。