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優しい蛮族  作者: zan
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 サフィーはギルドで出立準備をする冒険者たちを何とか説得しようと試みていた。

 ギルドにとっては、冒険者たちこそが手足であり、戦力である。だというのに彼らがカタロニアからいち早く離れてしまっては、打つ手がなくなってしまう。なんとしてもこれを食い止めなければならなかった。

 だが言葉を並べたくらいでは、どうにも効果がないらしい。一応は聞いてくれているようだが、心には響かないのだろう。


「このままでは、カタロニアという町が完全に消えてしまうことになる。最悪、犯罪者の巣窟になって、誰も手が付けられなくなる。

 少しでもここに愛着を感じているのなら、もうしばらくとどまらないか。魔物に追い出されていい気はしないだろう」


 こう言って聞かせても、冒険者たちは申し訳なさそうな顔をするだけだった。

 彼らの事情はわかる。何をおいても、自分たちの命が最優先なのだ。無理をしてはいけない、なんていうのは冒険者に限らず当然のことである。誰が好き好んで、サタニック・サイクロプスが襲撃するような田舎の町に留まっていようか。いくら仕事があるとはいえ、命の危険を冒してまで稼ぎ続けることなどできない。

 だが、それでもサフィーは彼らに残ってもらわねばならないのだ。

 このまま放っておいては、おそらく三日以内にカタロニアに残る冒険者がケネルを筆頭とした怪我人ばかりになってしまう。そうなった場合、ギルドの機能を保てない。


「サフィーちゃんのためにも残りたいけどよ、そりゃ無理だぜ。こっちの命にもかかわらぁ。

 もうこの際だからサフィーちゃんもギルド職員なんかやめて、俺と一緒に都会に出ねえか?」


 付き合いの長い、馴染みの冒険者たちはそんなことまで口にする始末だった。サフィーは苦笑するしかない。今の彼女は、ギルド職員どうのという以前に、一人の住人としてなんとかカタロニアを救おうとしているのだ。こう言われても承知する気にはなれなかった。


「ありがたい申し出だけど、やめとくよ。何より今逃げていったんじゃ、ヤズマを見捨てたことになるから」

「そうね」


 と、予想外の方向から相槌が聞こえる。サフィーが振り返ると、ウェスタンドアにもたれかかるような格好のレイが見えた。サタニック・サイクロプスの襲撃以来、ようやくギルドへ姿を見せたことになる。


「レイ、今までどこにいたのさ?」

「ちょっとね。私がヤズマさまを放り出して、自分だけ逃げるなんてことをするはずないでしょう」


 言いながらごそごそと荷物の中をまさぐって、取り出したのは何束かの草だった。見分けのつかない者には、ただの雑草に見えたかもしれない。だがサフィーはその草の価値を知っている。


「それっ! どこで見つけたんだ」


 大声を出し、レイに詰め寄った。その草木こそ、ずいぶん探していた決定的な証拠なのだ。カタロニアを汚す薬物の材料となる植物なのだった。

 それを見つけたともなれば、サフィーが身を乗り出すのも当然といえた。


「それは、以前入れなかった畑の周辺から摘んできました。本丸には入れなくても、そこから種が飛んでる。周辺には間引ききれない作物がなるんじゃないか、とそう考えまして」

「で、考えがあたっていたわけだ。やったじゃないか!」


 確定的な証拠ではないが、状況証拠にはなる。少なくとも、その施設をこじ開けて中を調査する大義名分は成る!


「これで堂々とあの施設を調査できる、ということにはなりませんか」

「なる! というより、強引に押し通そう。そうしないと今後永久に調査する機会がなくなりそうだしね。

 さぁ、みんな! カタロニアがなくなるかどうかの瀬戸際だ。

 施設を調査しに行こうじゃないか。そこでほんの少しでも町議会にかかわるようなのが出てきたらもう、こっちのもんさ」

「サフィー!」


 ばん、とレイが強く両手を叩きつける。

 あまりにも大きな音がしたので、ギルド内にいる全員がレイに注目した。いったい何があったのかと。


「それも大事ですが、我々は同時にヤズマさまをお助けしなければなりません」

「順番があるだろ、レイ。敵は町議会なんだ。その内部に押し入るには、大義名分が必要だ」

「そんなものは後からいくらでも取り返しがつくとは思われないですか?」

「というと」


 言いながら、サフィーは察していた。レイはヤズマのことを心配しているのだと。

 その心身に一生残るような傷をつけられてしまってからでは、遅いのだ。そうなる前に多少強引でも彼女を奪い返したいのである。その性急な行動を咎められるかもしれないが、あとからいくらでも理由はつけられる。そういうとっておきを、レイ自身が手に入れてきていたのだ。


「私は皆に言いたいことがあります。外に出てください」

「外に?」

「外に! 今、すぐにです!」


 血を吐くような叫び声をあげて、レイが命じた。

 その場にいる誰よりも威厳と自信をもって、彼女は確かに命令を下している。逆らえる者はなかった。


「お、おい……出よう」


 ただならぬ雰囲気を感じ取ったギルド内の冒険者たちは、おずおずと外へと出た。冒険者がすっかりいなくなってしまうと、レイはギルド職員たちへもギロリと目を向けたので、彼らも逆らえない。結局全員が外に出ることになってしまった。

 ギルドの外からさらに少し歩いて、レイは広場に出た。施療院に近いこともあって、人通りもそれなりにあるというのに、彼女はそこの真ん中に陣取って構える。冒険者たちは彼女を見やり、説教じみた何かが始まるのだろうかと考えていた。サフィーですらも、レイはヤズマを取り戻すために冒険者たちの感情に訴えるものと確信していたほどだ。

 ところが発せられたレイの言葉はそのような生易しいものではなかった。


「お前たちはクズだ!」


 地も響き、空まで振るわせるような大音声でこう切り出したのだ。


「今までさんざん、人のやさしさにつけこんでぬくぬくと暮らしておいて、その恩をあっさりと見捨てられるカスだ!

 お前たちがやってるのはそういうことだ、人間としてお前たちと同族であることは私の恥だ!」


 説教などではなく、ただの恫喝に近い罵倒。レイの怒りがそのまま切り裂くような声となって、広場に轟いている。

 激情がほとばしるこの怒号が、冒険者だけでなくただの通行人の足をも止めた。何事かと、彼らはレイに注目する。

 視線を集めたレイは臆しなかった。堂々と身振り手振りを交えて本題に入る。


「お前たちは、むやみに蛮族の被害を恐れていた。日々報告される被害の増え方を恐ろしく思っていた者がいるはずだ!

 それがどれほど無為なことかもわからずにだ。

 冒険者たちが、中身のない噂話に踊らされているとは全く! 考えてもみろ、お前たちの中で、近しい者が蛮族に殺されたという者はあるか! 実際に死体を見たという者はあるか! 殺害現場を見たという者は、襲われたという者は!

 それがなければ、報告されていた被害はただのデマにすぎん」

「む」


 何か言いたげな者は数名あった。しかしレイはその口が開くことを許さない。

 大多数の者は、レイのいうことを素直に聞きつつある。なるほど、言われてみればそうなのだ。実際に蛮族に襲われているところを見たものは皆無である。また聞きか、ただの噂話にすぎない。真実味をもって語られはしていたが、死体を見たものもない。

 これではレイのいうことに反論ができなかった。

 何か言いかけた者たちも、物証があるわけではない。単にヤズマの姿を見かけた、あるいはフエルストと戦ったところを見たというだけだ。


「一方でお前たちはあのヤズマさまがデモニック・オーガを打ち倒したのを認めている。敵の死体もあがっているし、敵の傷とヤズマさまの武器の切り口も一致した! 間違いなく彼女が敵を倒したのだ。

 そして、先ほどはあの恐ろしいサタニック・サイクロプスもだ。

 それなのにお前たちは手のひらを返し、彼女一人を犠牲にして自分一人だけ逃げ延びようというのだ。

 これが裏切りでなくてなんだ!」


 裏切りという言葉を強調して、レイが叫ぶ。カタロニアの冒険者たちも、汚名をうけて平然としていられるほど心が広くはなかった。突然裏切り者と蔑まれていい気分にはならない。

 冒険者たちは反駁したい気持ちになったが、その材料がなかった。

 レイのいうことは正論であり、自分たちはヤズマ一人を町議会に差し出して逃げ出そうとしていたのである。確かに彼女を見捨てた。

 だが、裏切りとまではいえないのではないか。そこまで言われる筋合いはないのではないか、と。彼らは考えた。

 そんな彼らの考えを読んだかのようにレイは話を進めた。まるで、逃げ道をふさぐように。


「お前たちは、ヤズマさまがデモニック・オーガやサタニック・サイクロプスを倒してくださらねば、自分たちがそれらと戦うことになっていたということを忘れているのではないか。

 ぬくぬくとそれを当然のことのように受け止めて、感謝ということさえもしてこなかったのか。もしそうだとするなら、お前たちは裏切り者ではない。この点については訂正しておこうじゃないか」


 ぎくり、と裏切り者の汚名を免れた者がふるえた。代わりに何を言われるのか想像がついたからである。


「裏切り者ではない代わりに、とんだ恩知らずだ! そんなやつは冒険者の名を返上しちまいな、ただの荒くれじゃないか!」


 レイは次々と言葉を繰り出し、冒険者たちの罪悪感をえぐり出していく。そればかりか、この熱弁はその場に居合わせた通行人たちの感情をも激しく揺さぶっていた。


(確かにあの蛮族がいなければ、この町は大変なことになっていたかもしれない。

 それなのに捕まったあの人を放ったらかしにしてしまうのはよくないことだ。見殺しにしているも同じではないか?)


 はげしい言葉で続けられるレイの演説を聞いているうちに、そうした想いが掘り起こされていく。

 それだけですんでいるのはむしろ少数派であり、大半の者はもう一段上の方向へ激情がほとばしっていった。


(そもそも町議会はなぜヤズマを捕えてしまったのか? どう考えても彼女こそは英雄ではないか!

 さては何か、彼女がこの町にいては厄介な事情でもあるのか。いや、そうに違いない、ヤズマを亡き者にしようとしているのだ。

 であるなら、町議会は悪だ、悪を倒して英雄を救わねば!)


 腕一つでやってきた者の多い冒険者は、言ってみれば武人である。彼らの倫理は勧善懲悪のそれであり、金こそ全てというゲスな考えの者も無論いるが、少数派だ。彼らはこうした対立を前にしたとき、どちらが善で悪なのかとまず考えてしまうのだ。そうして彼らなりの考えで善であろうという側に与するのである。でなければ、彼らは誇りを保てない。

 したがって、ギルドが善で町議会が悪という理論をもって納得させることができれば、冒険者たちは全て味方となる。

 もちろん、冒険者たちの思考がそうなるように仕向けているのはレイなのだが、それでも根底には彼らもヤズマを決して悪とは考えていないという前提が必要だった。この点を、ヤズマはクリアしている。


 それほど、誰もが認めるほどの貢献をヤズマがしてきたからだ。

 人の嫌がる仕事をすすんで引き受け、害虫を駆除し、重い荷物を運び、地味で目立たない仕事をやり続けてきたからだ。弓使いのユマとして、尊敬を集めてきたからだ。

 だからこそ、冒険者でもないこのただの通行人たちですら、レイの演説に共感している。


 そうだ! ヤズマさまを救わなければならない!

 もう手段なんか選んでいられない、一刻も早く、お救いしなければ!

 俺なんかの力でよければ、喜んで力を貸そう! たとえ命を失ったとしても、あの方のためになるなら誉れだ!


 レイの罵倒は、すでに演説に変わっていた。

 聴衆はそれに全力で同意した。


「私たちは、蛮族であるからといってあの英雄であるヤズマさまを見捨てていいのか!

 そんなことはないだろう!」

「そうだ、そうだ!」


 拳を振り上げ、冒険者たちが吠えた。その中にはあのケネルさえもいる。怪我もまだ治っていないというのに。

 もはや、この場に町議会への襲撃を反対するものは全くなかった。

 あとはいつ、その号令がだされるかの問題であり、たとえ出されなくとも勝手に暴発して突撃してしまいそうな高まりがある。そんな折、レイはとどめの演説を放った。


「あの方がなぜカタロニアで私たちのために戦っていたのか、そんなことを気にする者がまだいるようだが、もはや無意味だ。

 だが私は知っている、彼女は御曹司のリット・ガディを熱愛しているのだ!

 ヤズマさまは、ただ、彼との結婚を遂げるためにカタロニアに溶け込み、貢献をつんで認められようとしていただけなのだ!

 想い人と結ばれたい乙女の願いのために、彼女は成し遂げたのだっ!

 命を懸けて、私たちを救って、凶悪な魔物たちを!」


 うおおおお!

 聴衆から一斉に叫び声があがり、地鳴りのようにカタロニアをふるわせた。


 いつの間にやら、聴衆は圧倒的にその数を増やしている。冒険者だけでなく、カタロニアの住人もかなり集まっていた。

 その住人たちを解散させようとして、軍隊も集まっていた。死体の片づけを中断してだ。

 町の入り口に軍隊がいないので、カタロニアの住人でない、部外者もこの場に参じて演説を聞いている。


 つまり、この演説をカタロニアに到着したばかりのクルミー族の若者もしっかり聞き届けていた。

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