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優しい蛮族  作者: zan
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 御曹司のリットは牢獄へと近づいていた。

 その傍らには赤い目をしたアーシャもいる。彼女は頑なに同行を申し出て、受け入れられなければ一人でも町議会に殴り込みをかけんばかりだった。そこで仕方なくリットは折れ、彼女を連れているのだ。

 アーシャを連れていくこと自体はそれほど悪い選択ではない。ヤズマも安心させるだろうし、町議会にも暴れるつもりがないということを認知させられるだろう。

 そうした思惑は当たった。

 蛮族に対する面会を申し出ても、力任せに取り返すということがないと判断される。リット自身がそれほど武勇に優れないということもあるが、アーシャを連れているのが大きかった。

 あっけなく面会許可は出され、リットたちはヤズマの無事を確認することができた。

 ヤズマは小さな独房の床に寝かされていた。頑丈な檻ではあったが、快適とは言えないだろう。

 汗をかいたままの姿で、ヤズマは倒れている。おそらく、サタニック・サイクロプスと戦ってからまだ目覚めていないのだろう。それも仕方がない、あれほどの苦闘だったのだ。


 衣服をはぎ取られたり、乱暴をされたりした気配はない。リットは安堵し、番兵たちに「ヤズマを不当に傷つけることがあれば容赦しない」と告げて一旦その場を引きさがった。

 今度は面会ではなく、監視をしなければならない。そのための手続きが必要だ。

 リットが町議会や軍隊との話し合いを続ける中、アーシャはヤズマの独房前に居座った。幼いアーシャには難しいことがあまり理解できなかったが、必死に頑張ってきたヤズマが不当な扱いを受けているということだけはわかっている。

 それに対して、激しい憤りを感じているのだ。

 幼いゆえに、あまりの出来事に憔悴していると判断されていたが、実のところそうではない。アーシャは憤っている。激怒していた。理不尽なカタロニアの「偉い人たち」に対して、また何の手立てもない自分の無力さに対して、怒っている。


「ヤズマさま」


 床に転がされたままのヤズマを見つめて、アーシャは鉄格子を握りしめた。傍に行ってお世話をしなければと思う。あのままでは風邪をお召しになってしまうのでは、と心配する。

 アーシャはぼろぼろと涙を流し、鉄格子の間から手を伸ばす。

 それはヤズマの身体に届かない。



 しばらくのち、サタニック・サイクロプスの死体を片付けている軍隊が出動する事態が何度かおこった。

 再度、カタロニアが魔物の襲撃を受けたのである。とはいえデモニック・オーガなどに比べれば大したことのない強さであり、冒険者たちでも問題なく対処可能であった。

 無事に討伐され、軍隊らは特段の被害もなく死体掃除に戻ることになったが、その規模はさほど重要でなかった。再度の侵攻があったという事実だけで、カタロニアの住民は恐怖を強くしたのである。

 またいつ、デモニック・オーガやサタニック・サイクロプスが襲い掛かってくるかわからないのではないか、という恐怖が住民の間に広がった。何度かの襲撃でこの恐怖は既に根深く住民の間に植え込まれているが、最悪の魔物が襲い掛かった直後であるだけに、頻繁な襲撃がこれからあるものと予想する住民が多くなっている。


「あれからまだ一晩も経たないのに、また襲撃があったのかい」


 頭痛をこらえるように頭を押さえながら、サフィーが呻く。

 本当に、カタロニアを完全に放棄して離散するという選択肢が現実的なものとなっている。

 一体どうすればいいのかまるでわからないし、根本的な解決策が全く思いつかない。どうしようもなかった。完全に流れが離散の方向に向いている。

 冒険者などは実際に宿などから撤退を始めているようだし、旅の準備をしているのか、雑貨店がたいへんな繁盛をしていると聞く。大半の住民も似たようなことになっており、これに落胆しているのは畜産農場を抱えるドレロなどごく一部だけだ。


 こうした襲撃の原因は、サフィーらにとっては不明だ。勝手な推理をする者もあるが、確信がもてるわけではない。

 真の原因を知っているのは、カタロニアでもごく一部のものに限られていた。

 大半、というよりほとんどの者は全くそれを知らない。わかるはずもなかった。

 クルミー族の若者たちがカタロニアにとって不利益をもたらす魔物たちを駆逐しながら、この町へ近づいているということなど、誰が想像しようか。誰が知り得ようか。

 彼らはヤズマが行商人に託した手紙を受け取り、ここまで来ている。

 ヤズマがカタロニアにおいて、集落に出入りしていた行商人を発見したときの喜びは言うまでもなく、彼女はこれに手紙を託した。

 内容は自分はカタロニアからあまり離れたくないので、脅威となる魔物たちをどうにか排除する手段がないか、という相談。それと、年若いが聡明な貴族と懇意になったので、目的を遂げることも不可能ではなさそうだ、という進展の報告である。

 だがこの手紙が集落にもたらされたとき、ヤズマのことを心配していた若者たちはたちまち興奮し、我先にと拳を高く突き上げて叫んだのである。


「ヤズマが苦戦している! 救援に行かねば!」


 もちろんこれは早合点である。

 単に、ヤズマは何か手段がないかと相談しただけに過ぎない。助けに来てほしいなどとは一言も書いていない。

 しかし日ごろから我こそがヤズマを伴侶にせんと競ってきたクルミー族の若者たちは、いいところを見せるチャンスであるとふんだのだった。幸いにして手紙を受け取ったのはクルミー族の若者たちであり、一族の長はその手紙の内容を正確に知れなかったのである。

 ここぞとばかり彼らは手紙の内容を大げさに申告した。その結果、「ヤズマは不慣れな土地での戦闘で思うように結果を出せず、苦しんでいる。今すぐにも彼女は救援を必要としている」ということになってしまった。

 そのような報告があがれば、族長とて人の子である。

 特に目をかけていた、それも女であるヤズマが救援を求めているというのだ。放っておけるはずもなかった。自衛のための最小限の戦力だけを集落にとどめ、まわせる人員をすべてヤズマ救援に向ける。

 クルミー族の若者の大半が、このヤズマ救援のために集落を旅立ったのだ。この中にはヤズマの弓を作った専属のユマをはじめ、優秀な技術者もふくまれる。また、ヤズマを慕う者はほとんどこの救援に志願し、集落にとどめられたものは悔しさのあまりに涙を流し、地面を踏み鳴らして悔しがった。

 つまり、このヤズマ救援隊の士気は異常なほど高かった。

 集落の中でいかにヤズマという狩人が信頼されていたかわかるというものだが、彼らは決してカタロニアを救援するものではない。あくまでも、ヤズマを助けるためなのだ。

 ヤズマに害するものがもしあるならば、彼らは全力をもってそれを討ち果たすだろう。徹底的に虐殺するであろう。老若男女の区別なく、抹殺するであろう。

 これは誇張でも勘違いでもなんでもない。

 真に、クルミー族の若者たちはそうした性質を持っている。そうしたことが予想される。たとえ、彼らの言葉が理解できなくとも彼らがそこにいるという事実だけで十分に推測できる。



 カタロニアでほとんど唯一、これに気づいた者は恐怖に背筋を凍らせた。

 抜け目なく魔物たちの動向を探るべく人をやっていたおかげで彼だけはこの情報をついに得ることができたのだ。だが、そのせいで決定的な恐怖がカタロニアに迫っていることを知ってしまった。


「蛮族が徒党を組んでカタロニアに接近中」

 

 彼が得られた情報はこれだけであり、ヤズマが手紙を書いたことやクルミー族の若者たちが鼻息も荒くヤズマにいいところを見せようとしているということは知らない。

 とはいえ、彼を焦らせるにはそうした情報も必要でなかった。

 彼は現在彼が抱える問題をどうにかしていくだけで手いっぱいである。何もする余地がない。

 対策は取れない。逃げるしかなかった。

 しかし逃げられない。

 彼は、町議会議員の一人だ。どこにいっても、何をするにも、目立つ。たった先ほど、堂々と冒険者たちの前に姿を見せたばかりでもある。

 彼、アスクナッドは全身の毛穴から汗が噴き出すのを感じながら、考えをまとめることすらできないでいる。

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