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優しい蛮族  作者: zan
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 御曹司のリットによって外出を制限されたヤズマは、討伐依頼を受けることができない。

 そこで、彼女はそれまで受けていたような街中の雑用依頼などを受けていた。彼女が依頼を受けたと聞けば、雑用依頼を出していた多くの依頼者は歓喜する。

 弓使いのユマは、それほどの信頼を得ていたのである。


 薬物騒動はカタロニアの町を騒がせたものの、それとは無関係に日々の生活は絶え間なく続く。そうした中で起こる問題を解決してくれる弓使いのユマを、誰もが歓迎し敬愛した。

 アーシャとリットは弓使いのユマに同行し、彼女の活躍を最も間近に見ていくこととなる。


「やはり、ヤズマさまはカタロニアのことを真に考えてくださっている。このお方こそ、まことの英雄だ」


 幼いアーシャはそのように考える。疑いも何もなく、ヤズマのやっていることをそのまま解釈している結果だ。

 しかし彼女と同じ光景を見ているはずのリットは考えを異にする。


「これはおそらく、カタロニアの内情を完全に知りうるための偵察活動だ。一人としてこの町から逃がさず恐怖で縛るために、民の交友関係まで知り尽くすつもりに違いない」


 彼は疑いの目でヤズマを見て、そのように判断する。日々の依頼をどれだけこなし、彼女がカタロニアの人々に受け入れられているところを見ているはずだが、それでもこの考えは変わらなかった。

 雑用依頼をこなし始めて数日が経った頃、彼女たちが依頼完了の報告をするべくギルドへ戻ったときのことだった。昼間だというのに、並列の酒場から悲鳴が上がったのである。


「何事だい?」


 ギルドの奥から、寝不足そうなサフィーが出てくる。ヤズマたちもいったい何があったのかと目を向ける。

 しかしそれで得られたのは、


「な、なんでもありません……」


 厨房の奥から出てきた気弱そうな女性の一言だけだった。


「なんでもないはずあるかい、あんな大声を出しておいて。皿でも割ったのかい?」


 それで納得しないサフィーがため息を吐き、ズケズケと厨房に押し入ろうとする。彼女なりに、気を遣ってのことである。割れた皿を片付け、「しっかりしな」と彼女の背中を叩けばそれで終わりのはずだった。

 だが、サフィーはすぐに厨房から出てきた。


「サフィー、どうした?」


 ヤズマが思わず声をかけるほど、彼女の顔面は蒼白だった。何か恐ろしいものを見たらしい。

 さては倉庫の奥から腐った食材でも見つけてしまったのか。それなら、あの表情も納得がいく。が、自らデモニック・オーガとも戦いに出向くような勇敢なサフィーにしてはおかしい。

 アーシャもリットも、そのように感じた。


「ちょっと様子がおかしいですね」

「ああ、そうだな」


 そこで彼らも厨房を覗いてみることにした。普段ならこんなことは許されないが、料理人らしき女性もサフィーも、アーシャたちを咎めない。

 少し遅れてヤズマも歩いてくるが、アーシャたちは先に調理場を見てみる。

 瞬間、アーシャは叫びだしそうになった。その口を咄嗟に、リットがおさえる。


「ん、むぐうぅ! ふぐっ!」


 彼らはその場からすぐさま逃げ出す。

 料理人、サフィー、リット、アーシャ。四人ともが正視に耐えない何かがそこにあるようだ。

 ヤズマが厨房を覗くと、もぞもぞと何か黒いものがうごめいているのが見えた。目を凝らしてみれば、虫だった。家の中にエサを求める害虫が繁殖し、群れとなっているのだ。

 その姿はごく自然に不快感を催させる。サフィーやリットも、かの虫を見たことがないわけではないだろうが、あまりにもその数が常識から逸脱しすぎている。

 どうやらその虫たちはギルド内部の酒場にエサを求めて、食べ残しなどの上質なものにありつけたのだろう。結果として数が増えて、このようなことになったのだ。


「なんでこんなになるまで気づかなかったんだ!」


 厨房の外ではサフィーが声を荒らげ、料理人を問い詰めている。当然であろう。

 何しろ酒場とギルドは建物が一体続きになっている。放置していれば、ギルドにまでこの害虫が出没することは間違いない。そうなっては、業務に支障が出るだろう。サフィーが怒るのも当然である。

 料理人の女性は頭を下げたが、それで解決するわけではない。駆除する必要があった。

 放置していて冒険者たちが病気になってしまってからでは、遅いのだ。しかし誰が駆除をするというのだろうか? あのように気味の悪い害虫を。


「この虫、殺せばいいのか?」


 ヤズマがそんな声をかけてきた。

 その場にいた全員が、彼女を見る。まさか恐れていないのか、あの恐ろしい害虫を。

 まさかという目で見られても気にもせず、彼女はこともなげに、ガサガサと逃げ回るその虫たちを素手で捕獲した。それをそのまま麻袋に放り込んでいく。


「なんと」


 豪胆すぎる。リットは恐ろしさから一歩後ろに下がった。

 蛮族のヤズマは、黒い虫たちをまるでバッタでもとるようにつかみとり、次々と捕獲していってしまう。

 この様子を見た料理人の女性は何も言わずにその場に倒れ込んだ。気絶したのである。あまりといえば、あまりな光景だったので無理もない。サフィーも目を見開いたまま動けない。


「なんで、そんなに動けるんだい、あんた。汚いとか思わないのか」


 普段魔物と戦っている冒険者に何を言っているのかという質問であるが、冒険者にも虫が苦手なものは多い。外で見る虫と、家の中で見る害虫は違うという意見もある。元冒険者のサフィーから見ても、ヤズマの動きは異常だった。

 彼女は手を止めずにこう答えた。


「わたしたち、行商人から魚を買ったことがある。保存の仕方わからず、腐らせて虫が湧いた。そのときに比べたら、こんなものは簡単」

「そ、そうかい」


 聞かなければよかった、とサフィーは後悔した。

 しかし誰もが動けぬ間にヤズマは虫たちをさっさと捕まえて終わり、彼らがたかっていた残飯などもきれいに処分してしまった。


「あいつら、水があるとわいてくる。水の処理をしっかりするのが、見ないコツ」

「そうなのか。ところでその袋はどうするつもりなんだ」


 厨房から害虫を追い出すコツまで教えてもらってしまう。しかしサフィーとしてはヤズマが手に持っている麻袋の方が気になる。それがもしも破れてしまえば、悲劇は再来することになるだろう。


「火にくべる」

「そうだな。中庭で焚き上げよう」


 まともな答えが返ってきたことに安堵し、サフィーとヤズマはウェスタンドアをくぐってギルドから出て行ってしまう。

 アーシャはその背を見送って、こうつぶやいた。


「ああいうことが躊躇なくできる方をこそ、英雄というのではないですか」


 リットはその声を聞き届けてはいたが、認められない。彼は、蛮族がどうあっても敵であると信じているのだ。

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