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調べはついた。
意外なほどに早く、調べられてしまったのである。
その内容が問題であった。
「……レイでも無理なことを調べなければならないときたか」
片腕を負傷している今の自分では、全く無理だろう。サフィーはため息を吐いた。
ロウライクに負わされた傷は治療師のジョフィに処置してもらったが、それでもまだ痺れるような感覚が残る。また以前のように動くとは思われなかった。
それだけ彼女の実力は落ちたことになる。冒険者のレイをして、追い回されて逃げてきたという場所を調べに行く必要が生じているのに、それでは無理だ。
サフィーは、カタロニア周辺にある謎の施設を調べるため、冒険者を雇わねばならなかった。
ケネルはどうか。奴はダメだ。なりは大きいがここ一番の度胸がない。デモニック・オーガ討伐の時はその引き際のよさを見込んでいたが、それだけでは今回不適任だ。
ロウライクほどの実力があるならあるいはいけるかもしれない。だが奴は捕縛されているし、奴を使うつもりもない。
となれば、頼れるものはただ一人しかいない。弓使いのユマだ。他に適任はない。
「何をため息を吐いているんだ、サフィー」
嘆息しているとそんな声をかけられ、あわてて背筋を伸ばす。振り返ってみれば、少し年のいった男がすらりと背を伸ばして立っていた。髪はすでに白くなり、その顔にも深いしわが刻まれているが、それでも口元にたたえた微笑みは若々しさを残している。
彼は、ギルドマスターである。サフィーの上司だ。
こうしてギルドに詰めている姿を見るのは、非常にまれである。彼は何しろ面倒なことを好まず、人にやらせる傾向が強い。そうした結果、自分などいなくてもいいだろうといっては自宅にこもってしまうのだ。
ただしそれはギルドマスターとしての職務を放棄しているということに直結しない。サフィーたち若い人材を育てるために必要なことだと判断したうえで、そうしているのである。ただの怠惰とは違っている。
サフィーたちギルド職員がギルドマスターを咎めないのも、そうした事情を分かっているからなのだ。
こうして珍しく様子見に来たということは、今現在、こうしてサフィーが悩んでいることをどこかで知ったからであろう。そういうところで気を利かせられる人物であるから、サフィーも彼のことは信頼している。
「バリュクさん。厄介な問題が出てきたんですよ。聞きますか?」
「聞かせてもらおうか?」
微笑を消さないままで、彼はサフィーの向かいに腰を下ろした。
そうされては、お茶を入れないわけにはいかない。立ち上がりながら、サフィーは話し始めた。
「実は違法薬物を取り扱う商人が出没していまして、薬の出所を探っています。
どこで製造されているかという目星はついているのですが、何しろあちらも相当な防衛をしているようでして」
「へえ、初耳だね」
ギルドマスター・バリュクはそうこたえて、話の続きを促した。
その様子からサフィーは彼がこの事件をすでに察知していたと確信したものの、問いただすことはせずに彼の望み通りにする。
「今カタロニアにいる冒険者では、任せられそうなのが一名だけ。ですが、デモニック・オーガの討伐でも多大な貢献をもらっている相手なので、頼りきりになってしまうのが」
「ああ、なるほど。公平であるべきギルドのあり方に違反しないかということか」
「そうですね」
サフィーは嘘を吐いた。そんなことはまったく気にしていない。
重大事であるから、公平どうのこうのよりもまず事件を片付けてしまうことが求められている。ユマを酷使しようが、他の冒険者から文句を言われようが、そんなことは些事に過ぎない。
しかしバリュクがどのくらいまで事態を把握しているのか見てみようとして、こんな嘘をついているのだ。
「よかろう。私が君の疑問に答えようじゃないか」
バリュクはサフィーの入れてきたお茶に軽く口をつけ、それから人懐っこい目で彼女を見た。
「まず、君は安全を確保すべきだ。これからも何者かに襲われないという保証はない」
「うっ」
痛いところを突かれた。しかも、サフィーはロウライクに襲われたという件をまだ限られた人員にしか話していない。どこから情報を得てきているのか、彼女にはわからなかった。
「それと、冒険者のほうで対応が難しいなら町議会にもちかけなさい。そのくらいはしてきているだろう。
今回に限ってできないということはないのではないかな」
「いいえ、それが。その、関係者ということでキアーネを捕縛しました。町議会では対応が難しいのではないかと」
「君も余計な気を回したもんだ!
だったら余計に、町議会に投げるべきだ。彼らは喜んで協力するんじゃないか? 自分がそんなことにかかわっているとは思われたくないだろうからね!」
バリュクが笑った。なるほど、言われてみるとそのとおりかもしれない。
こちらの疑義を回避するという意味でも町議会へは通達しておくべきとも考えられる。悩んでいる暇はなさそうだ。
「ご賢察。さすがだと思います。さっそく、私は町議会に持ち込んでまいります」
こうしてサフィーはすぐさま町議会へと足を向ける。ギルドマスターはそれを変わらない笑みで見送った。