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優しい蛮族  作者: zan
25/48

24

 情報を得たギルドは町議会への報告を飛ばすと同時に、キアーネの確保へ動く。一刻を争うからだ。


「ユマも一緒に来てくれないか」

「おう」


 サフィーの頼みを全く悩まないまま了解し、ヤズマはギルドを飛び出していった。

 ギルドともつながりの深いキアーネがまさかそのようなことをしているとは思わなかったが、話は聞かねばならない。今の時点では重要参考人ということでしかない。だが、もしも本当にキアーネが関与しているのならば、証拠隠滅、あるいは逃亡を図る可能性がある。その身柄を抑えることは必要なことだった。

 もちろん、これにリットも同行しなければならない。彼女を見張る必要がある。無理にもついていく。

 ではアーシャはどうする。ギルドでお留守番というわけにはいかない。今、ギルドに彼女を守る余裕のあるものはない。レイも施療院に運び込まれている。

 そういうわけで、連れていく必要があった。危険ではあるが、ほかに手段がない。今からリットの屋敷に連れていくような時間もなかったからだ。


「キアーネ!」


 サフィーは一直線に走って、キアーネの経営する商店に踏み込む。

 扉を開けて驚く。もうすでに、中は荒らされていた。

 まるで嵐が通り抜けたように、棚は倒れ、商品は棚から落ちて砕けている。強盗が入ったのかと思われるほどに。


「しまった、キアーネは?」


 誰一人底に残ってはいなかった。サフィーが周囲を見回すも、手がかりらしいものはない。彼女は舌打ちをして、外に飛び出した。


「ここが襲われたのは、つい今しがたのはず。キアーネを探そう」

「わかった」


 ヤズマもこれを了解したが、どこを探せばいいのかはわからない。馬車の一つも走っていればそれだとわかるが、このカタロニアでは馬車自体がそうそう見かけるものではなかった。

 サフィーは町の出入り口に向かって走っていく。一時的に閉鎖してでもキアーネの身柄を抑えたいのだろう。

 しかしながら、ヤズマはそれについてはいかなかった。


「くすりのにおい、する」


 彼女の嗅覚は何かをとらえたらしい。


「ヤズマさま、何か見つかりましたか」

「たぶん、こっち」


 アーシャの言葉に頷き、ヤズマはさっさと歩いて行ってしまう。サフィーの走り去った方向とまるで反対側、ドレロの農場のある側へ足を向けていた。

 ヤズマは慎重に何かを嗅ぎながら足をすすめる。その先にはやはり、ドレロの経営する牧場その他が見えてきた。リットも何か嗅ぎ分けられないかと鼻を鳴らしてみたが、風に動物の体臭が混じり、とても匂いなど嗅いでいられない。

 しかしヤズマは平然としている。彼女が顔を向けているその先に、数名の男女が見えた。

 明らかに農場で働いているような者たちではない。それなりに身なりがよかった。


「あれか?」


 本当にかぎ分けてしまうとは。リットは困惑しながらも目を凝らした。だが、御曹司であるとはいえリットも全ての町会議員を把握しているわけではない。出資者の商人ともなればなおさらだ。

 確かに身なりのよい女性が男たちに囲まれているようではあったが、それがキアーネという商人なのかは全く分からない。

 しかし、彼の隣にいるヤズマはそうしたことを一切気にしている様子もなく、弓をとって、矢をつがえた。驚いたリットが声をかける。


「ヤズマさま、何を!」

「助ける」


 彼の制止は丁重に無視され、矢が放たれて飛んだ。ほとんど一直線にかっ飛んだ矢が男の肩に突き刺さり、彼の手から刃物が落ちる。

 その直後、あっけにとられるリットを横目に蛮人は男たちに躍りかかった。いつの間にか手に握られた小剣は次々と男たちの血を吸っていく。的確に急所を外していたが、男たちはその場に倒れ伏し、身動きが取れなくなってしまった。

 身なりのよい女性一人だけがその場に残り、ヤズマは彼女の手をとった。


「お前、キアーネか?」

「あ、はい」


 呆然としている。助け出された女性は、ぼんやりとした表情のまま、状況についていけてはいなかった。

 彼女の身から考えれば、至極当然である。

 商人であるキアーネは突然拉致されて殺されかかった。かと思えばまるで物語のようなタイミングで助け出されたのだ。ヤズマの矢がわずかでも遅ければ、キアーネは卑劣者の握った刃によって命を失っていたはずだ。


「なら、こい。サフィーがよんでる」


 有無をも言わさず、ヤズマはキアーネの手を引っ張った。なすすべもなく、彼女はついてくる。逃げるということも考えられないでいるらしい。

 彼女の身を憐れむことのできる者はこの場にリットしかいなかったが、その彼も今は蛮人ヤズマの行動についていけていなかった。完全に惚けている。

 それほどにヤズマの行動は、抜けていた。正確で、素早かったのだ。あっという間だった。

 彼女がいなければおそらくキアーネは連れ去られてしまったか、あるいは殺されていただろう。救出の機会はわずかしかなく、リットがそれを生かせたとは思えない。

 なんとためらいのない暴力だったのか。逡巡なく弓を構えて敵を射抜くということが、どれほど恐ろしいことか。

 リットからすればそれは恐ろしく野蛮な行動であり、過激な行動である。これ以上この蛮族の好きにさせていていいのかという思いがこみ上げる。なんといっても、リットはカタロニアを愛しているからだ。

 少しでも被害を小さくするべく、リットはヤズマに対して近づいてはいるが、このような血を好む人間にカタロニアをどう統治させていいものか。もはや考えつかない。

 一番いいのはヤズマをどうにかして亡き者にして、それですべてを解決することである。だがそれは無理だ。

 考えにふけるリットを引き戻すような、鋭い声がかかったのはその時だ。


「おっと、待ちな! そいつには先約がある」


 建物の影から何やら怪しい人物が顔を出し、こちらにナイフを向けていた。斬りつける構えではなく、投げる構えである。


「お前、そんなところでなにをしてる」


 首だけで振り返ったヤズマは、あまり大したこととはとらえていない。彼女の目から見て、そのナイフの構えはまるで洗練されていなかったからだ。投げつけたところで、誰かを傷つけることができるとは思えなかった。

 だが、彼には何か引けない事情があるらしく、必死に脅しをかけてくる。


「動いてみろ、俺のナイフがお前の背中に刺さるぞ。わきに退いて、その女をこちらによこしてもらおう!」

「お前、わたしにそれを投げてあたると思っているか?」

「なめるなよ」


 建物の影に隠れた人物は、わずかに指先を震えさせながらも狙いを定めている。

 ヤズマはそれを睥睨していた。実力以上に自分を見せようとしている姿があまりにも滑稽だったからだ。彼にはそうしなければいけない事情があるのだろうが、潔く撤退することも必要なことである。彼はそれがわかっていない。

 つまり、それは憐れみを含んだ目線ですらあったが、横でそれを見たリットは背中に氷水を流しいれられたような感覚を味わう。


 あの目はまずい!

 蛮族を怒らせてしまった!


 フエルストを惨殺したときのような悲劇が、いままた繰り返されるのではないか? いや、どう見ても彼は敵なので殺害することには問題がない。だが、その後が問題だ。

 もしも蛮族が、あの個人に対して怒っているのならまだ大丈夫だ。彼は死に絶え、ドレロの農場は血みどろになるだろうが、それで終わりである。だが、このカタロニア全体を怒りの対象とされてしまった場合はどうなるだろうか。

 御曹司であるリットは、馬鹿ではない。おおよそギルドが追っている事件の黒幕に、おおよそのあたりがついている。キアーネがかかわっている以上、町議会も無関係ではないだろう。となれば、カタロニアの政治にかかわるもの全てが、ヤズマにとって敵意を向けたととられてしまう可能性がある。

 そうなったならば、もはやヤズマの計画は変更されるだろう。じわじわと恐怖を植え付け、カタロニアを掌握するというやや遠大な計画であったはずだが、あの目はどうだ。あのナイフがもしもヒョロヒョロとした勢いででもヤズマに投げつけられれば、怒髪天を衝くのは間違いない。即座に、このカタロニアが血の海になる!

 デモニック・オーガ討伐の際に軍が半壊したという話は聞いているが、この蛮族はそのデモニック・オーガを二体も殺しているのだ。カタロニアにいる人間が一人も生き残らないという事態も十分に考えられた。

 御曹司のリットはそこまで思いつめる。ここはどうあっても、怒りを鎮めなければならない。あの愚か者をどうにかしなければならない。


 彼は一歩踏み出し、叫んだ。


「馬鹿野郎! そんなナイフでこの人が殺せるものか。俺が相手になってやる、ヤズマさまには指一本触れさせん!」


 半ば混乱し、息もつまりかかった状態でこれだけ言えた。

 内容は勢い任せの支離滅裂であるが、とにかく愚か者を成敗し、蛮族を遠ざけるということは言えているはずだ。リットはなんとかそう分析し、さらに前に進んだ。

 そうしながらちらりとヤズマの様子を見る。彼女は、目を見開いていた。

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