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一族では敵対したものに対する扱いはこのくらいで普通であった。カタロニアの者からすればあまりにも苛烈であり、情け容赦がないと思われるかもしれない。だが、一族が安心して暮らしていくためには敵対勢力を根こそぎ殺しつくすことが求められるのだ。残虐な刑罰もあれば、異様で気味の悪い呪術に頼ることもある。さらには、無理やりに情報を吐かせるために薬でも脅しでもなんでも使う。
ヤズマがロウライクを痛めつけるのは、当然の処置だった。サフィーを背後から襲い、レイの怪我にもかかわった可能性がある。しかも、あやしい薬を持ち歩いていた。
となれば、何をしてでもしゃべってもらわねばならない。そうしなければまた誰かが傷つくことになる。次はアーシャやリットが怪我をすることにもなりかねない。
「次、ゆびか? わたしなら、爪の先からうちぬける」
「話す、話すからやめろ。やめてくれ。あの薬はギルド前にいるジョフィから買った! 本当だ!」
「ゆびか」
ヤズマが矢を放つ。ロウライクの左親指ぎりぎりをかすめ、床に矢じりがやすやすとめり込んだ。
あわてた収監者は声を張り上げる。
「うそじゃない、これ以上は知らない!」
「おまえ、ロウライク。わたし、うそをついているかどうか、だいたい、わかる」
「だから、うそじゃ」
なおも抗弁しようとしたが、ヤズマは再び弓を引いた。
「ヤズマさま」
ハッとして、リットが声を上げる。この蛮行を止められるのはこの場に自分しかないと思ったからだ。
いかな犯罪者であれ、牢の中に押し込められた状態で矢を射こまれるのはあまりにも無残であると考えたのである。
「そのようなやり方では、彼もかたくなになるのではありませんか」
「リット、おまえやさしいな。でも、こいつはわたしたちの敵」
「犯罪者と言えども、理不尽な扱いをうけるのは」
「犯罪者、ちがう。敵」
ヤズマにとってその二つは完全に切り離されたものであった。
「それに、ころしてもいい。サフィー、いった」
「サフィーがそう言ったのですか?」
「いった」
まさか。リットは驚く。ギルド職員のサフィーは規律に厳しい。そのようなことを許すとは思えなかった。
しかしながら、直接的な被害者である彼女ならば、自分を害したロウライクを殺すことを考えても不思議ではないともいえる。規律には厳しいが、それ以上に彼女のプライドは高いのだ。
「わたしこういうの、とくい。まかせろ」
自信ありそうな顔で、ヤズマは笑う。その笑みはあまりにも恐ろしいものに見える。
本人は楽観的に、敵から情報を引き出して見せるから黙ってみていろ、というくらいの気持ちしかない。リットやロウライクにもそう見えている。珍しくも、認識に齟齬がなかった。しかし、だからこそ、リットたちは恐怖に固まる。
怖いが、このままでは目の前に血の惨劇が繰り広げられる。
勇気を絞り、リットは問いかけた。
「あなたの故郷では、敵に対しての尋問は常にこのような状況で行われるのですか」
「だいたい、そう。一族では、ナイフとあぶらと火をつかう。くすりもつかっていたことがある。わたしはくすりきらいでも、一族はつかう」
「ナイフと、油に火、ですか?」
「うん」
こくりと頷き、ヤズマは血も凍るような拷問の様子を喜々として語って聞かせた。具体的なナイフの使い方にふれたとき、リットは自分が伝え聞いた戦時の拷問処刑よりもはるかに残酷なそのさまに、吐き気をもよおす。
彼女は自分が親しんできた一族の英雄譚なのかもしれないが、魔物との戦いが日常的にあるこのカタロニアに育ったリットはおろか、冒険者として修羅場をくぐってきたロウライクですら戦慄するに十分な内容だ。
「おなじことしたらロウライク、ほんとうのことをいう。けどわたし、そこまではあまりしたくない」
と最後をそんな言葉でしめくくったヤズマに、リットはわずかに安堵する。少なくともこの場が今の話のようになることはないらしいと思えたからである。
ところがヤズマは
「あとしまつが、めんどう」
そんな一言を付け加えてしまった。彼女がその拷問方法をしないのは、単に面倒だからという理由であったのだ。いざともなればしなければならない、と考えているということもである。
もしそうなってしまったら、大変だ。ロウライクは非常に長きにわたって強い苦痛に耐えねばならない。生き延びたとしても、二度と今と同じ生活はできなくなるだろう。敵であるにしても、同情してしまうほどに。
「ロウライク、早く話すんだ! 死にたいのか!」
あまりのことに、リットはロウライクに対して完全降伏をすすめる。牢の中にいる収監者は、すでに顔面蒼白だった。
「いう! いう! 俺の知っていることは全部いう! こ、この薬は俺も一枚かんで精製したものだ!
俺が都で流行ってたやり方を訊いてきたから、キアーネと一緒に作ったんだっ、俺の知る限り間違いない!」
「おう、それで」
ヤズマはつがえた矢をはずさないまま、先を促した。
「俺は情報と金を奴に渡しただけだ。薬と利益の一部はもらったが、それ以上はしらん!」
「そうか、わかった」
ここで、ようやく彼女は弓を下ろす。
キアーネという名前だけしか情報を得られていないのだが、それで彼女は満足したようだ。
「次はキアーネをしめあげればいい」
「ヤズマさま?」
その声の冷たさに、リットはやはり恐怖を抱く。膝が震えかけた。
サフィーに情報を伝えたところ、彼女は盛大なため息を吐いてしまう。やはりあいつか、というような表情をしているところから、大体想像はついていたらしい。
キアーネというのは、町議会に出資している商人の一人だ。女だてらに店を取り仕切り、カタロニアにおいては行商人たちとの取引をほぼ独占するほどの女傑だが、彼女がどうやらカタロニアに害をなそうとしている。放置はできない。