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優しい蛮族  作者: zan
21/48

20

 ヤズマの心に感じ入り、彼女を応援することに決めた冒険者のレイは、ラトフから依頼されたカタロニア周辺の探索依頼を引き受けた。自分もこの町に奉仕したいと考えたからだ。

 また、軟禁されることが決まったヤズマの代わりをしたいと考えたからでもある。

 彼女は迅速に行動を起こし、カタロニア周辺を探索に出向く。

 その数日後に彼女は戻った。ただし、無傷ではなかった。その上、依頼達成ともいかない。

 深夜になってから、血と砂に塗れた格好で転がり込むようにしてギルドへ入ってきた冒険者を、一体誰が一目で彼女だとわかっただろうか。

 書類を片付けていたサフィーが最初に彼女に気づき、その治療をしてくれた。レイは息も荒く、落ち着かない様子で警戒を解かないままだ。


「何があった?」


 サフィーは大丈夫か、という言葉よりも先にまず質問をしてきた。

 カタロニア周辺の探索任務程度で、レイがこれほど傷つくはずがない。何者かに襲撃されたのではないか。

 そのように考えたのだろう。


「少しの間、ここにいてもかまいませんか?」


 質問に答えないまま、レイがそんなことを口にする。何があったかは気になるが、冒険者は秘密も抱えることが多い職業である。もしも話すことで身の危険があるというのなら、無理強いはできない。サフィーは承知して、レイの治療をするだけにとどめる。

 それにしてもいったい何があったのかは気になる。

 ほぼ安全な依頼だったというのに、レイがこれほどの怪我をするとは、どういうことなのか。

 レイは傷の手当てが終わると自分の武器を確認し、武装を始めた。彼女の傷はそれほど深いものではなかったが、手当てをしたサフィーとしては治るまではゆっくりしてもらいたいところだった。


「じっとしてはいられないの。それとも、そこまで危険な情報をつかんだ?」

「依頼はまだ終わってないので、信用できない報告になってしまうのですが」

「かまわないから言って。私も依頼者に伝えなくてはいけないし、緊急性があるなら対策もたてないといけないから」


 ギルド職員としての責務もあり、サフィーはレイを問いただした。彼女の様子から考えてもただごとではない。何かしらの重大な事件があったことはほぼ間違いなかった。

 困ったように下を向いて少し考え、レイは語る。


 彼女の話によれば、カタロニア南東の山中に怪しげな建物が発見されたという。おそらくはギルドや町議会が懸念していたものであろうが、それを確認するよりも先に攻撃されたため、大急ぎで撤退した。

 その途中であまりに急いだため、沢に足を取られて落っこちてしまい、怪我をしたというのだ。その後も散々に追い回されたため、ひとまずカタロニアに戻ってきた。


「たぶんあれは何かのアジトなのではないでしょうか。山賊や、盗賊の」


 近づくだけで攻撃を仕掛けてきたというのだから、レイがそう思うのも無理はない。となれば、ギルドとしてはそれを討伐するクエストを出すことになる。

 しかしそうではない可能性があった。討伐はしなければならないが、冒険者が踏み入って何もかもを叩き壊すということはあまり歓迎されない。サフィーが考える通りのものであるとしたなら、証拠を押さえたかった。


「わかった。レイ、もう依頼は達成でいい。その建物の場所をできるだけ詳しく教えて頂戴。依頼主にも私から伝えるから」


 ギルド職員のサフィーは地図を広げながら、特大のため息を吐いた。

 本当にカタロニアの近くに、そんなものがあるなんて。

 あまり考えたくない事態だけに、精神的に疲労してしまう。凶悪な魔物たちの対策ですら追いついていないというのに、そんなことまでしていられない。なのに、状況は切迫している。放置していてはそれこそカタロニアが完全につぶされてしまうだろう。やるしかない。


「あなたはもう少しここで休んでいて。私は、少し出かけるから」


 深夜ではあるが、緊急事態だ。懸念が当たってしまったのだから。確証は取れていないが、また頭痛の種が一つ増えた。

 ここはいかねばならない。いくべきだ。すぐにもラトフに伝えて、連携を取らなくては。クエストを出すか、軍隊に任せるか、自警団を応援に出すか。

 相談が必要だった。

 しかしサフィーがギルドのドアをくぐろうとしたとき、その出口を誰かがふさいだ。長身で、すましたような表情をした冒険者。

 わざわざカタロニアにやってきた高名な冒険者、ロウライクだ。この深夜になぜこんなところにいるのだろうか。依頼達成の報告か。


「あんた、こんな時間にどこに出かけるってんだい?」

「どこだっていいじゃないか、野暮なことをきかないでもらいたいね」


 相手をしている余裕がないので、どいてくれとばかりに手を振る。だが、ロウライクはそこをどかなかった。

 ギルドに連なる酒場もすでに営業を終えている時間帯である。ギルドの中にはサフィーとレイ以外には誰もいない。


「緊急の用事があるから町議会に伝言してくるだけ。すぐに戻るけど、そのくらいも我慢できないほどの用事なの」

「ああ、そうだな。あんたに町議会に行かれちゃ困るんだ」

「困る? なにいってんの、あんた」


 口説いているのか、とサフィーは考える。冗談ではない。そんなことにかかわりあっている余裕はないのだ。

 なのでさっさとロウライクの隣の狭い空間を無理にも抜けようとする。瞬間、足を取られて転びかけ、なんとかこらえた。

 何するのか、と叫びかけて彼の顔を見る。

 ロウライクは剣を抜いていた。


「しっ」


 一瞬の殺気とともに振り下ろされる剣を、背中に差していた短剣を引き抜いて止めた。かなりきわどかったが、ギリギリで間に合ったようだ。

 体勢をくずしていたサフィーは、なんとか地面を蹴ってその場を離れる。ギルドから飛び出すような格好になりながら、闇の中に転がった。


「おい、逃げるなよ。中にいる女がどうなっても知らんぜ」


 起き上がって駆け出そうとしたサフィーの足を、その言葉が止める。ロウライクは、レイを人質に取ったのだ。

 そうされてはギルド職員のサフィーは逃げ出せない。

 後々のことを考えれば、まず町議会に知らせるべきだった。レイは殺されるかもしれないが、冒険者一人の命がなくなるのはよくあることだ。さほどの問題にもならない。サフィーが生き延びて情報を伝える方が優先されるべきだろう。

 それにここでサフィーがロウライクと戦ったとしても、相手を倒せるかどうかはわからない。負けた場合には当然ながらロウライクはレイをも殺害していくことが可能だった。どちらにしてもレイが助かる可能性は低い。


「私を見くびってないか」


 それでも、サフィーはレイを見捨てられなかった。短剣を構え直して、闇から抜ける。

 どうやらレイが持ってきた情報は、ロウライクにとっては非常に不都合な物らしい。ここでサフィーたちを亡き者にして、なかったことにするつもりなのだろう。

 ならば、ここはどうしても負けられない。

 とはいえ、デモニック・オーガを相手にしても持ちこたえるだけの実力があるサフィーでも、短剣一つでは不安がある。しかも、相手は名の知られた冒険者なのだ。素行の悪さと同時に高い実力も知られた男。

 倒す必要はない、とサフィーは自分に言い聞かせた。確かに情報は急いで知らせるべきものではあるが、危険を押してまでそうする必要はない。多少遅れてでも、伝えなければ意味がないからだ。つまり、ロウライクがいて町議会に知らせられないのなら、彼がいなくなるのを待てばよい。ここで自分とレイを朝まで守り抜けばそれでもいいのだ。朝になれば、ギルドには冒険者たちがやってくる。その中で剣をふるうほどロウライクも愚かではない。彼がそれでも剣をふるうにしても、逃げ出したにしても、今後の冒険者としての活動もサフィーの権限で封じることが可能だ。

 朝まで耐え抜けば勝ち。サフィーはそう考えることで無理難題を可能だと自分に言い聞かせる。


「甘く見たな」


 だがロウライクの剣はサフィーの想像以上に鋭く、研鑽されていた。

 殺意を込めて迫る彼の剣を、必死になっていなし、かわすものの、体力が削られていく。速く、重い攻撃が連続して襲い掛かってきて、それこそ息つく暇もない。短剣を握る右手がたちまち痺れた。少しでも油断すれば、唯一の武器でさえももぎとられてしまうだろうことは間違いない。

 確かにロウライクの言う通り、彼を少しばかり甘く見すぎていた。

 サフィーは必死に彼の剣をさばきながら逆転の一手を考えていたが、うまい手は都合よくひらめかない。多少の傷を覚悟してでも、奴に一撃を見舞おうと決めた。


「はっ!」


 敵の繰り出した大ぶりな突き込みの一撃。そこに左腕を差し込んだ。

 鎧も何もないので左腕はもうおそらく使えなくなるだろう。一生動かないかもしれないが、それでも死ぬよりはマシだった。サフィーの手首当たりに、敵の剣が食い込む。体の一部に異物が入り込み、鮮血が飛ぶ。

 同時にサフィーは敵の脇腹に短剣を突き出す。骨を避け、内臓を破壊するための死の一撃だ。これでロウライクを仕留め、レイとギルドを守る。

 肉を切らせて骨を断つはずだったが、その思惑は外れた。


「残念」


 ロウライクはニヤリと笑った。彼の脇腹は、着込みで保護されていたのだ。破れた衣服の下からのぞく金属製の何かで、胴回りがすっかり覆われている。これでは短剣の一撃などでは貫くことができない。

 サフィーの左腕は、無駄死にだった。ロウライクは剣を放すと、サフィーの短剣をも軽くたたき落としてしまった。

 右手のしびれが限界に達していたサフィーには、その一撃を耐えられない。地面に武器が転がる。左腕にはロウライクの剣が刺さったままだが、これを引き抜くのはまずいし、片腕で扱えるほど軽い武器でもなかった。

 どうすればいい?

 ギルド職員のサフィーは思わず自問自答したが、答えは出ない。

 レイは怪我をしていて休んでいるので、助けに来てくれるということはない。他の冒険者たちも眠っているか、町の外で依頼をこなしているはずだ。自警団は夜警をしているかもしれないが、ロウライクには勝てそうにない。誰も助けに来てはくれそうにないということだ。

 どうやら自分はここで死ぬらしい。そう結論を出して、サフィーは舌打ちをする。

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