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優しい蛮族  作者: zan
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19

 朝、ヤズマが出かけようとした矢先、リットが邸宅にやってきた。

 彼はヤズマの顔を見た瞬間驚いていたが、すぐに元の表情を取り戻した。腰に剣を差していて、少し真面目な顔をしている。何か真面目な話があるらしい。


「朝から押しかけてすみませんが、伝えておかなくてはいけないことがあります」

「そうか、何か依頼がきたか?」


 アーシャにお茶を淹れてもらいながら、要件を聞く。ヤズマはもうほとんど、アーシャを家族の一員だと認識していた。実際には彼女もリットに命じられてヤズマの世話をしているだけの使用人なのだが、ヤズマの感覚では長いこと生活を共にしているので、そうはみられなくなっている。

 さらにいえば、アーシャのほうでもほぼ同じ認識だった。幼い彼女はこれほど近くで他人の世話をしつづけたことがなかったため、ヤズマに対してかなりの親近感を抱いている。いまやこの蛮族と離れることは考えられないくらいだった。非常に強い腕っぷしがあり、ギルドに頼られながらもカタロニアの常識に疎いヤズマの近くにいて、お世話をしなくてはという使命感すらある。


 そうした二人の信頼関係を、リットは早々に察した。

 彼のヤズマを懐柔せんとするたくらみは成功していたことになる。作戦が無駄にならず、彼は安堵して話をつづけた。


「依頼というより、要請です。町議会から、しばらく外出を控えるようにと」


 軟禁という言い方を避け、リットは要件を伝える。とりあえず、ヤズマが外に出なければそれでいいのである。その間、魔物たちに動きがあれば彼女の疑いは晴れる。


「問題なし。ただ、糧はどうすればいいなり。アーシャに買いに行かせるのは危険。レイもいないのに」

「そのくらいは届けますから、ご安心ください。とにかく外には出ないでください」


 言いながら、笑うヤズマの顔に見惚れる。蛮族であったはずの彼女は、髪を整えて服をかえただけで驚くほど魅力的に見えていた。少なくとも、この姿の女性が自分の屋敷で働いていたなら、よこしまな気持ちを抑えられる自信がない。それほどに。

 リットは彼女が蛮族であり、フエルストを一撃で倒した暴力的な存在であることを思い出してどうにか自分を戒める。

 彼の気持ちを知らず、ヤズマが目を細めて「ふっ」と小さく笑った。


「やりたいこと、あった。少しの間くらいなら家の中にいてもよい。

 そのかわり、食べ物以外にも届けてほしいものある。リットは、忙しいか?」

「いえ、そういうわけでは」


 困ってしまう。リットは要件を伝えればすぐに帰るつもりであった。暴力的で破壊的な蛮族と一緒にいれば、それだけ危険だからだ。

 そう思い込みたいが、彼はヤズマの魅力にとらわれかけていた。蛮人であるというくくりを外して考えれば、ヤズマは間違いなく魅力的であった。

 凍り付いた瞳は、いまやどこか冷静に情勢をとらえる知的な輝きを放って見える。鍛えられた肉体は弱弱しさを全く感じさせず、力強さをたたえ、均整の取れた健康美にあふれているではないか。

 これまで欠点と思われてきたことが、反転して見えていた。

 ヤズマの話しぶりも朴訥で、素直であるように感じられてしまう。つたないカタロニアの言葉でたどたどしく話す彼女の姿をどうして貶すことができようか。その裏に、どれほどの努力があるかを考えずにはいられない。


「リット、忙しくない。お茶、のむといい。ドレロからもらってきたので、たくさんある」

「お茶が入りましたよ、ヤズマさま。リットさま」


 アーシャが小さな両手でトレイを抱えてきた。ティーカップが二つ乗っている。ヤズマは礼を言いながらそれを受け取り、片方を自分のものとして、もう片方をリットへとお茶を差し出す。

 もちろん礼儀などは知らないだろう。ヤズマが早速自分のお茶に口をつけている。

 リットもそれに続いた。悪くない味だ。


「アーシャ、いい淹れ方をする。いいにおいがする」


 蛮人のヤズマも、お茶の味はわかるらしい。カタロニアの文化になじもうと努力しているのだろうか?


「そのようですね。腕を上げているようです」


 他愛もない話をしばらくした後、リットは聞いておかねばならないことを訊いた。


「食べ物の他に、何が必要ですか?」

「矢、砥石、鉄、炭、皮」

「そんなに? 鍛冶でもされるのですか」

「ちがう。手入れと鍛錬」


 武器の手入れ、それに弓の鍛錬に必要な物らしい。

 用意できないものではない。リットは承諾して、お茶を飲みほした。少し甘いが、うまかった。


「ところでレイはいつ頃戻ってくる?」

「レイ?」


 知らない名前が出て、リットは困惑する。少しばかり不安な気持ちがこみ上げた。

 自分以外に誰か、知り合いがこのカタロニアにできたのだろうか。この蛮族に。


「ああ、冒険者。私がギルドの依頼にいくあいだ、アーシャのことをたのんだ」


 そうか。ギルドで知り合ったんだな。

 納得はしたものの、なぜか気分を害されたように感じる。甘美なひと時に、余計な水を差されたようだ。

 どうしてそのように感じたのか、リットは深く考えなかった。


「レイさんはとてもお優しい方でした。彼女はひいきにするべきです」


 アーシャがそう言ったので、リットは幾分か気分を戻す。

 そうか、女か。それならまだマシか。

 何がマシなのか、彼自身にもよくわからない。


「次があったらまたレイに頼む。友達になった」

「かしこまりました。レイという冒険者には私からもよろしく伝えておきましょう」


 それから少しだけ雑談し、リットはヤズマの要望に応えるために席を立った。鉄や砥石を分けてもらうために鍛冶屋を訪ねなければならない。

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