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優しい蛮族  作者: zan
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 ギルド職員のサフィーはヤズマからもたらされた情報があまりにもあまりなものであったため、完全に動転している。


「デモニック・オーガの群れですって?」


 石になってしまったように、その場に固まっている。思考が停止したようだ。

 しばらくの間彼女はそのまま動かなかったが、手癖の悪い冒険者の一人がその胸元を触ろうとしたときには素早く痴漢を殴り倒した。それからヤズマの両肩をつかみ、さらに詳しい情報を求める。当たり前だった。

 一体だけでもカタロニアの存亡にかかわるような魔物が、群れを成している。となるとギルドは非情な決断も視野に入れて動かざるを得ない。情報が必要だった。


「最近は本当に、どうなってるのかと思うくらいに強い魔物がでるね。こんなんじゃどれだけ予算があったって足りやしないよ」


 ヤズマが話し疲れてぐったりする頃、ようやくサフィーは彼女を解放してそんなことを言い出した。

 確かに、強い魔物が出たときに討伐報酬を設定するのはギルドだ。その報酬を支払うのもまた、ギルドである。そうしなければ治安が守れないからだ。このため、町議会はある程度の資金をギルドに融通してはいるものの、その額も無限ではない。次々と魔物が出てきてしまっては、予算が尽きてしまう。

 そして、予算が尽きては冒険者たちも討伐にいけなくなる。ひいては、カタロニアの軍隊にすべてがかかることになってしまう。

 現実的に10年前はそうしたことが起こったのだ。当時はデモニック・オーガの討伐にかかれるほどの冒険者が集まらなかったため、軍隊で討伐を試みた。その結果が兵士の半数が死傷するという惨事である。

 カタロニアは強い冒険者を必要としていた。

 今日ヤズマがもってきた戦果は素晴らしいものであったが、それでも足りない。


「お困りのようだな」


 と、ギルドに何者かが気障ったらしい言葉を吐きながら入ってくる。目を向けると、寒色のマントを着こみ、長剣を背負った冒険者らしい男がいる。

 黒髪、黒い瞳。かなり若い。

 彼はブーツを踏みしめながら歩き、疲れた顔をしているサフィーの近くに立った。


「僭越ながら、この俺が魔物の討伐を引き受けてもよい」


 自信たっぷりに言う。まるでサフィーを口説こうとしているような態度だった。実際にそうなのかもしれない。

 しかし口説かれなれているのか、ギルド職員のサフィーはうるさげな眼を向けて問い返す。


「あなたは?」

「俺はロウライク。これでも名の知れた冒険者なんだがな」


 彼が誇らしげにそう告げた途端、ギルド内にいた冒険者たちが目を向ける。


「今、なんだって。ロウライク、だと?」

「あいつがか!」

「こんなところにいやがったのか」


 尊敬の目が半分、軽蔑の目が半分といったところだ。どうやらロウライクという冒険者は良くも悪くも有名であるようだ。


「へえ、あなたがあの有名なロウライク。話は聞いてるよ、あっちこっちの戦場を荒らす傭兵まがいとして、泣かせた女の数の知れない女たらしとして、実力の確かな冒険者としてね」

「わかっているなら話が早い。困っているんじゃないか? 俺が必要だろう」


 受けてやってもいいんだぜ、という態度でロウライクはふんぞり返った。交渉権があると信じて疑っていないらしい。

 ギルド職員のサフィーは少し考える仕草をした。顎先に指を当て、うつむいて目線を左上に向ける。

 確かにロウライクのような実力のある冒険者は、不足している。新たに発見されたデモニック・オーガの群れだけではなく、今回「弓使いのユマ」が討伐しきれなかった魔物も多いのだ。

 だが素行の悪い冒険者に頼るのは、今がよくても後後から問題になることがある。報酬が少ないだの、何だのとゴネてはギルドから何かしらを奪っていくことになる。

 サフィーは「弓使いのユマ」をちらりと見やった。彼女は話し疲れて、ぐったりしている。いや、ただ話し疲れただけではないだろう。何日も魔物と戦うために神経を張り詰めていたに違いない。今、ようやくカタロニアに戻ってきたところなのである。休息が必要だろう。


「あんたら、こんなのに言わせておいていいのかい? 一人くらい魔物の討伐に行こうって威勢のいいのはいないわけ」


 ギルド内にいる他の連中に誘いかけてみる。彼らとて大規模討伐に参加した冒険者たちである。普段は行商団の護衛や害虫の駆除で食っているようなのもいるが、戦えないわけではない。

 しかし残念ながらこの場にはサイクロプスを単独で討伐できるような猛者はいない。フエルストはカタロニアから去ったし、実力は足りないが威勢のいいケネルは負傷中。女性冒険者の代表格であるレイはまだ護衛依頼から戻らない。

 「弓使いのユマ」とロウライク以外には頼れそうな冒険者がいなかった。


「お姉さん、あんたが今夜俺とつきあってくれるんなら。そいつらを討伐にいってもいい」


 サフィーの肩に、ロウライクは気安く手を置いてそんなことを言い放つ。


「そんなのは断る」


 その提案を即座に突っぱねたサフィーではあるが、いずれ魔物たちがカタロニア近くに迫った場合には手段を選んでいられないかもしれないと不安を覚えた。

 だが今はまだ、魔物たちも町から遠い。差し迫った危険はない。

 彼らが近づいてくるまでの間にフエルストが戻ってくるかもしれないし、レイの依頼も終わるだろう。ロウライクの手を借りるまでもないはずだ、と信じたかった。

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