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優しい蛮族  作者: zan
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 デモニック・オーガをわずかな間に倒してのけた蛮族を恐れないというのは、リットには難しい。が、アーシャにはそれが簡単だった。

 どこで何をしていたのか乾いた泥にまみれ、派手な戦化粧をしたままのヤズマ。おそらくカタロニアにいる誰に見せても町を襲撃に来た蛮族だという認識は覆らないだろう。

 しかしながら、アーシャはその蛮族に何のためらいもなく駆け寄り、その足にすがる。


「心配しました、ヤズマさま」

「勝った」

「勝ちましたけど!」


 確かにデモニック・オーガの死体が足元に転がっている。勝利は間違いない。

 アーシャとしてはヤズマの無事が一番だったのだ。敵を倒したことはおそらくどうでもいいのだろう。 

 リットは何とか気を落ち着かせて、思い出す。護衛としてやってきてくれた冒険者を回収しなければならない。

 そのための手順を考えている彼に、蛮族はこんなことを言ったのだ。


「リット、オーガの死体、もうひとつある」

「倒したのですか!」

「うん」


 御曹司は卒倒しかかった。まさか二体とも蛮族によって討伐されていたとは。

 するとヤズマが泥まみれなのはそのせいだろう。話には信憑性がある。何より彼女がオーガを殺せるだけの実力があることは目の前で実証されているのだ。

 町議会やギルドが対策を講じていたのは一体なんだったのか。そして破格の討伐報酬はおそらくこの蛮族のヤズマが一人で握ることになってしまう! それを許していいものか、彼には判断がつきかねた。

 仕方がないので今日は一度戻りましょうと提言する。


 一行は苦労してオーガの首をとり、それを包んで持ち帰った。リットの護衛をしてくれた冒険者もしっかり回収する。

 ギルドへ報告に行くのは明日にして、邸宅で休むことにした。そのままの姿でギルドに行くのも避けさせたかったからだ。ヤズマとアーシャは一仕事終えたという感じで安眠したことだろう。


 しかし田舎貴族のリットとしてみれば、とても眠れない状況だ。蛮族はオーガを殺してしまったのだ。

 その大金を元手に、彼女がさらなる力をつけてしまうことが予見された。そこまでの知恵はないかもしれないが、蛮族がこのカタロニアに大金をばらまいて根を張るとなれば、いよいよもってただの襲撃よりも恐ろしい何かとなる。

 まさか最初からこれが狙いだったのではとさえ思えるのだ。

 暴力によるただの一方的な殺戮よりも、大金をもって町の暗部に食い込み、じわじわとカタロニアの秩序と平和を蚕食していく計画なのか。あるいは、その財力で軍隊や自警団をだまらせて堂々と横暴な振る舞いをするつもりなのか。

 リットはヤズマが襲撃にきたと信じている為、こうした考えしか出なかった。ゆえに彼は、ひたすら杞憂によって心を乱していく。彼にとっては長い夜となった。


 こうした具合で、翌日の昼頃にヤズマたちはギルドへ向かった。

 ヤズマは前日と同じように髪を整えてマントを羽織っており、特に怪訝な目は向けられない。

 ギルドに近づいたとき、サフィーというあのギルド職員がこちらに近づいてきた。彼女はちょうどここへ出勤してくるところだったのかもしれない。こちらに気づいた様子でやってきて、ヤズマの手をとる。

 どうやら礼をいいにきたらしい。


「そのせつはすまなかった。おかげで生き延びられたんだ。ありがとう」

「問題ない」


 ヤズマも握られた手をぐっと握り返してこたえた。サフィーはにっこり笑った。


「あのオーガを射った弓も素晴らしいものだった。名前をうかがってもいいだろうか」

「うん、これか。ユマという」


 話のつなぎ方からして、ヤズマは弓の名を聞かれているものと完全に誤解していた。

 ギルド職員ならヤズマが登録しているのは知っていると思っていたのだ。まさか今更自分の名前をたずねているとは思いもしない。そのため、ヤズマはその弓を作った専属の名をこたえた。

 サフィーはこれを全く疑わない。彼女としても目の前にいる女が、フエルストを叩きのめした蛮族と同一人物であるとは考えもしていないのだ。


「そうか。たいへんお世話になったな」

「うん」


 奇妙な誤解を抱えたまま、話は進んでいく。


「ところで私が救助された後も調査に残ったと聞いたが、その結果を聞いてもいいかな。敵はどのあたりにいるんだい?」

「もういない、討伐した」

「討伐した?」


 ヤズマは持っている包みをほどき、オーガの首を見せた。生々しいが、サフィーもギルド職員なので問題ないだろう。


「た、確かに。あなた一人でこれをやったのか」

「リットとアーシャの協力ある。とどめは私が」


 サフィーはこれを聞いてしばらく何か考えていたようだが、やがてほぼ全てヤズマ一人がやったと結論したらしい。リットは御曹司ということで知られているし、アーシャという名はおそらく、過日に連れていた少女の名だろうと予想したのだ。つまり、戦力になるような二人ではない。


「大変な戦果だ。あなたには報酬を支払わなければ」

「報酬……?」

「知ってのとおり、デモニック・オーガを討伐したものはクエスト達成報酬として2000金貨を与えられる。まさかいらないとは言わないだろう」

「不要なり。わたし、カタロニアに危険なすものを倒したのみ。

 それより、町に被害がたくさんでたと聞いている。報酬あるなら、怪我をした人やなくなった人にあたえてほしい」

「なんと」


 サフィーは両目を見開き、ヤズマの目を見た。今日一番の驚きだった。

 この冒険者は自分の命を救ったばかりでなく、デモニック・オーガを二体も討伐してのけ、さらには報酬まで投げうって被害者の救済にあててほしいというのだ。このような清廉な人物が今の時代にどこを探せばでてくるというのか。

 もしや、何かたくらみがあるのではと邪推しなかったわけではない。それを疑わないのではギルド職員として名折れである。

 だがこの冒険者の目はどこまでも澄んでおり、2000金貨以上の富や名声を求めているのではないというのがわかる。何より、ここで報酬を受け取らない場合、称賛の声こそあるだろうが、それ以上のものはおそらく望めない。どう考えても悪だくみにつながるようなことにはならないと思われた。


「本当にいいのか。ぜいたくをしなければ一生食っていくに困らないだけのお金なのだが」


 確認するサフィーの声色は、心配そうなものとなっている。一度報酬を辞退してしまえば、おそらく二度と受け取ることはかなわない。ゆえにもしもここでヤズマの気が変わったとしても、サフィーは彼女の印象を悪くするようなことはない。

 ヤズマにくっついているアーシャもここでは何も言わない。お金に関してはサイクロプス討伐の件だけで十分に生活していけるほどの額があった。また、リットがヤズマのことを邸宅に住まわせているからには、生活費などというものを心配する必要などない。さらにいえば、アーシャも富を簡単に手放して被害者の救済を頼むヤズマに感激すらしていたのである。


 ヤズマさまは、なんと無欲な方なのだろう。この方は心底、カタロニアのことを考えてくださっているのだ。


 このようにアーシャの忠誠心はぐんぐん上昇していたが、当のヤズマにはそれほど大したことをしているという認識がなかった。ヤズマの一族は少数であるため、貨幣文化の介入する余地がほとんどなかった。一族全体で働き、一族全体で糧を得て、分配するという生活だったのだ。はっきりいってしまえば、ヤズマには蓄財という考えが抜けている。お金をたくさん持っていても、あまりいいことにはならないだろうと思えたのである。

 一族の考えに従い、ヤズマは大金を得ることを拒否したのである。再度確認されてもその考えは変わらなかった。


「問題ない。その首も自由にしてもらってよい」

「そうか。では、そのようにしよう。討伐報酬はギルドが責任をもって、被害者の救済とカタロニアの復興に充てると約束する」


 深く、サフィーが頭を下げた。最敬礼である。

 ヤズマとしては厄介払いのような感覚であったのでこれに困惑する。今日はギルドに近づかない方がいいかもしれないと判断し、彼女はドレロの畜産農場で仕事がないか直接訪ねることにした。

 蛮族のヤズマはアーシャを連れて、ギルド前から立ち去る。

 彼女たちを見送り、ギルド職員のサフィーは建物の中に駆け込んだ。中には昨日の大規模討伐に参加していた冒険者たちがいる。二体ものオーガたちにどう挑むべきか、大規模討伐が再開されるのかを確かめるために情報を得ようとここにたむろしているのだ。

 彼らに向かって、サフィーが力強く叫んだ。


「みんな聞きな! デモニック・オーガは討伐されたよ。

 私を助けてくれた弓の名手・ユマの手でね! 信じられないかもしれないけど、ここにオーガの首がある!」


 そうして、その場に二つの首を掲げてみせる。

 動かぬ証拠であった。


「げげぇっ!」


 何人かの冒険者が驚きのあまりに声をあげ、どよめきがおこる。その日のうちに、カタロニアの町にいる冒険者で「弓使いのユマ」を知らぬものはいなくなった。

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