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優しい蛮族  作者: zan
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13

 リットとアーシャの危機を、蛮族の一撃が断ち切った。

 デモニック・オーガをここまで追ってきたヤズマは小剣を構えてオーガに突撃し、敵の手をリットから放させたのだった。

 おかげでリットは助かった。しかしオーガも吹っ飛ばされはしたが、すぐに起き上がってきた。その眼は怒りをたたえている。

 どうやら彼もヤズマを敵と認識したようだ。牙を剥き、うなり声を上げている。


「ご無事でしたか、ヤズマさま」


 そんな中でもアーシャが心底嬉しそうな声を上げた。わずかな月明りしかない森の中でも、彼女はヤズマのことがわかったのだ。


「アーシャ」


 ヤズマもアーシャの方を振り返って声をかけた。戦闘中だが、軽く微笑んで手を振る。

 安心させるためだ。彼女が心配そうにしていたのだから、それを何とかするべきだった。これは当たった。

 アーシャとしてはもう、それですっかり安心したらしい。余裕そうなヤズマを見て、笑ってくれた。いつものとおり、負けるはずなどない。きっとそう思ってくれただろう。


 が、実際にはそうでもない。

 相手はデモニック・オーガ。カタロニアの軍隊を半壊させた魔物なのだ。

 ヤズマとて簡単に倒せるとは考えていなかった。何しろこのオーガには毒矢が通じない。一体目のオーガには毒矢が通用したため二体目にも射かけたのだが、効いているように感じられない。身体が小さいということは、それだけ毒もまわりやすいはずなのだが。

 さらには矢も皮膚に食い込まなかった。一体目の肩をえぐったはずの矢がまるで通じないのだ。

 原因は不明だが、この二体目の小さなデモニック・オーガは一体目のそれよりも強力であるということしか考えられなかった。動きが鈍らなければ、目を狙うということも難しい。


「がっ!」


 唸り声とも掛け声ともわからぬ叫びとともに、オーガが両腕を振り回す。小剣でそれを受けたが、腕が痺れる。

 しかも、刃物で拳をうけたにもかかわらず敵はまるで傷ついていないようだった。頑丈極まる皮膚だ。分厚い。


「むう」


 ヤズマは小剣を投げ捨て、両拳を握り固めた。足を踏み直して、腰を落とす。

 オーガも無手なので、武器はなくなった。弓と矢は腰についているが、役に立たないだろう。

 人間が魔物と戦うというのに、素手。常識外れのことだった。常識外れというよりも問題外だ。力が違いすぎる。

 デモニック・オーガもそう考えたらしく、自分の勝利を疑わぬ笑みを浮かべながらヤズマに躍りかかってきた。平手で軽く彼女を張り倒そうとしたのだ。

 これを軽くかわし、ヤズマは飛び上がって蹴りを打ち込む。的確に頭部を狙って回した足が、見事に突き刺さったはずだ。

 当然まるで通じなかった。

 オーガは考えなしに飛び上がったヤズマをつかもうとする。蹴りなどまるで蚊に刺されたようにしか感じていないらしい。


「ふ!」


 つかまれれば終わりだったが、ヤズマは敵の身体を足場代わりに蹴りつけ、その場をうまく逃れる。

 とはいえ、全く相手にダメージを与えられていない。これはよくない。相手の攻撃の勢いまでも利用して、進展がないとは。

 有利を確信しているデモニック・オーガが再び攻撃をかける。ヤズマはフットワークでこれを避けるが、反撃ができない。したとしても、ダメージにはならないだろう。

 どうすれば倒せるというのか。

 ヤズマにはうまい考えがうかばなかった。視界の端でリットが起き上がるのを見たが、彼が参戦したところで状況は変わらないに違いない。


「ヤズマさま」


 アーシャは状況を見てまた心配になったようだが、その声に応える余裕はなかった。

 オーガは両腕を振り回して迫り、突き出すように右の拳を繰り出す。受けることはできないので、かわすしかない。完全に防御すべきところだった。しかし、瞬間的に天啓を得たヤズマはわずかに身をひねりながら前に飛び込んだ。

 その手に矢を一本つかみ、渾身の力で突き出す。

 相手が慢心しきり、勝利を確信したそのときこそ、最大の好機である。ヤズマは一族で伝わるその言葉を思い出し、まさに実践していた。

 オーガはこれを避けられない。油断していたからだ。驚愕に見開く彼の顔面、それも左目に。確かに矢が突き刺さる。

 さしもののデモニック・オーガもこの攻撃に対応できるはずもなかった。


 決まった。ヤズマの攻撃が、オーガを傷つけた。敵は痛みに暴れたが、それを予見したヤズマはすぐに敵から離れている。

 見事。

 ヤズマはわずかな間も休まず、再び攻撃を仕掛ける。たたみかけるように、敵の左側からひざの裏側を蹴りこんだ。これによってオーガはバランスを崩してしまう。かわいそうに、貫かれた目をおさえていた彼は手をつくことすらかなわない。

 さらにヤズマは素早く逆側に回り込み、足を止めたときにはもう弓を構えていた。すでに狙いは定められ、右手はきっちりと惹かれているではないか。

 弓勢は以前と変わることなく、残った敵の目を穿つ。

 一気呵成。ほぼ敵は無力化され、ヤズマは捨てた小剣を拾って敵にとどめを刺す。


「ヤズマさまっ」


 リットが驚いたような声を上げるが、それも当然だろう。

 護衛として連れてきた冒険者を子ども扱いし、簡単に気絶させた魔物が、蛮族の手によってたちどころに光を失ったのである。

 彼は、ヤズマがオーガの口内に剣を突き立てるさまをただ見守ることしかできない。

 ややもすればカタロニアの町をほろぼしかねなかった魔物が退治されたというのに、彼の心は恐怖に縛られていた。

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