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優しい蛮族  作者: zan
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 これはよくない、とヤズマは考える。

 デモニック・オーガを足止めするサフィーは体力がもう限界だ。この上さらに追加で一体を相手にするのはどう考えても不可能である。

 冒険者たちはもう班分けなど関係なく、各自の判断で撤退をした。残っているのはヤズマとサフィーだけだ。

 足止め班を見殺しにできず、ヤズマはその場に残っていた。サフィーも責任感から最後まで現地に残って役目を果たした。

 弓を引っ張り出し、ヤズマは思い切り矢をつがえて引く。狙いは敵の肩。


「がぁぅっ!」


 狙いすました一撃は風を切り裂いて飛び、見事にデモニック・オーガの肩を突き刺した。痛みに敵の動きがやや鈍る。

 オーガはそれでも武器をサフィーに向けて振り下ろしたものの、一瞬早くヤズマが彼女の背後にまわり、その襟首を引っ張っていた。


「ぐっ!」


 サフィーは思いがけない方向からの力に、後ろ向きに倒れかかった。それで敵の攻撃は空を切り、彼女は命をつなぐ。

 ヤズマが彼女を引き込まなければ、サフィーは真っ二つにされていただろう。


「た、たすかった。ありがとう」


 サフィーも助けられたということはわかったので、礼を言う。とはいえ、危機を脱したわけではない。

 すでに目の前には合流を果たした二体のデモニック・オーガがいるのだ。

 ヤズマはサフィーを助けなければと考える。彼女は既に疲労困憊で、走れるはずもない。ならば、運ぶしかないだろう。

 結論を出し、ヤズマは有無をも言わさずサフィーを抱え上げた。それから、すぐに後ろを向いて走り出す。


「うっ?」


 突然のことに、サフィーは戸惑った。

 ヤズマは委細かまわず森の中を突っ切る。オーガたちはもちろん逃げ出したヤズマを追いかけてきたものの、その巨体ゆえに木々に邪魔をされてうまく追いかけることがかなわない。

 一方幼いころから薮の中を走り回ってきたヤズマにとって、このような森の中を走り抜けることはたやすい。

 彼女は体力が尽きるまで森の中を走った。


 デモニック・オーガを振り切ったのは、30分近く走った末のことだ。さすがのヤズマもこれ以上は足が動かない。

 ヤズマとサフィーは小川の近くに座り込んでしまった。


「もう動けない」


 抱えていたサフィーを河原に横たえ、その隣に自分も転がる。

 汗が顎の先からしたたり落ち、完全に息があがっていた。休まなければこれ以上戦えない。今、魔物に発見されでもしたら完全に終わりだ。

 薮の中を走り抜け、下り坂を抜け、沢を滑り、小川を飛び越え、とるに足らない小さな魔物たちを蹴散らしてきたのだ。それも、サフィーを抱えながら。いかなヤズマといえども、無限の体力をもっているわけではない。全力で動き回れば、疲労もする。言葉通り、彼女は動けない。


「私のことを、助けてくれたわけね」


 サフィーがのろのろとした動きで起き上がる。30分間、ヤズマにしがみつきながらも休むことができたので、彼女は少しばかり動きを回復していた。

 しかしヤズマは動けない。限界まで走った。もう足は動かない。

 口を開くことも億劫だったので、どうにか体を起こしたものの何も言えなかった。


「ギルドに戻らなかったのは賢明ね。彼らが私たちを追いかけてカタロニアに入ることが懸念されたでしょう」

「そうか」


 相槌こそ打ったものの、他には言いようがない。そもそも、今のヤズマにはサフィーの言葉を聞く余裕さえもない。


「そのまま休んでいてください、私が周囲を見ていますから」


 その言葉が聞こえたとき、もうヤズマは意識を手放していた。短く深く眠り、一気に体力の回復をはかるのだ。

 ヤズマは泥のような眠りに落ちた。おそらく、剣で切り付けられても目覚めないほどの。


「汗を」


 拭いておきましょうか、とサフィーが声をかける。もちろんヤズマは返事をしない。寝ているからだ。

 それに気づいたサフィーは、自分の傷を確かめることにした。デモニック・オーガを相手取って粘った彼女も、無傷ではない。あちこちの関節に違和感がある。

 オーガの持っている武器は非常に重い上に、なまくらではない。サフィーは磨き抜かれた技術でもって直撃を防いだが、それでも傷を負うのは避けられなかった。

 戦えないほどのケガではないものの、人間一人を抱えてギルドに戻れるほどでもない。ここで傷の処置をして体力の回復を待つしかないだろう。ベルトにつけておいた小さなカバンを探り、傷薬と包帯を取り出す。

 自分の傷を処理し、大きく息を吐く。

 不意に気が遠くなり、頭がふらついた。サフィーは磨き抜かれた剣術でならした元冒険者であるが、彼女が思っているよりもギルド職員としての日々は彼女の身体をなまらせている。

 こんなところで倒れている場合ではない、となんとか持ちこたえようとするが、それも無駄な努力だった。体力はわずかに回復していたが、ずっと張り詰めていた緊張感がゆるんでしまっている。

 サフィーの気力はそこで全くなくなってしまったのだ。


「周囲……」


 いつ敵が来るかわからないというのに、森の中でサフィーは完全な眠りに落ちた。意識を失ったと表現してもよいほどの、唐突な眠りだった。

 デモニック・オーガとたった一人で戦うという無謀をしたのだ。これは仕方のないことでもある。

 30分ほど二人は無防備極まりないままに眠っていたが、先にヤズマが目覚めた。

 彼女はすぐに状況を見て、サフィーが寝息をたてていることを確認する。死んではいないし、重篤な怪我もしていない。

 日暮れまではまだ時間がありそうだった。ヤズマは太陽の傾き具合を見てから、川で汗を流した。冷たい水で体を洗うと、疲労はかなり落ちた。


 デモニック・オーガは非常に手強い魔物だった。ヤズマとて正面から戦った場合は死ぬかもしれない。

 あのような魔物が町の人々がいうように暴れているのなら、あれほど恐れられるのも頷けるというものである。それだけに、いきなり敵が二体に増えたことは衝撃的だった。

 これ以上、放置するわけにはいかない。ここで彼らを完全に殺しておかなければ、自分たちが移住するべきカタロニアがなくなってしまう可能性があった。

 ヤズマはオーガたちを狩ると決めた。

 そのための準備としてまずはサフィーの近くで虫よけの香を焚いておく。今のところ周りには危険な動物も魔物もいないはずだ。サフィーのことはこれでいい。


 弓と、矢。それに毒をとった。小剣は腰につけたままで、出番がないことを祈る。

 いけるか? いや、ここで倒さなければまずい。

 すでに何十人もカタロニアの住人が殺されているというのだ。いつ、アーシャが巻き込まれても不思議でない。

 それに一族の集落を襲うかもしれない魔物。万一奇襲を受ければ一族の戦士たちとてただではすまないだろう。だから、彼らはここで完全に狩る必要がある。

 二体か。

 一日で終わればいいが。


 そう考えたとき、ガサガサと物音が聞こえた。小動物かと思ったが、違う。

 人間だ!

 支援班の連中が帰らないサフィーを探してきたのかもしれない。ヤズマはすぐに香の火を少し強めて煙を出した。

 その煙はすぐに発見されたらしく、人間らしい気配はまっすぐにこちらへ向かってきた。予想した通り、支援班に入っていた冒険者たちだ。


「サフィーちゃん! 無事か」

「あんたも、逃げ延びていたか」


 彼らは4人でやってきていたが、すぐにサフィーを救護してくれた。

 ヤズマも色々と聞かれたが、適当にこたえておいた。彼らは緊急のためか早口で、言葉がよくわからなかったからだ。


「あんたはどうする、一緒に戻るのか?」

「いいえ、情報集める」

「そうか。なら気をつけてな、いつデモニック・オーガとでくわすかわからんぜ」


 支援班の連中はサフィーの救出が最重要目標だったらしく、すぐに戻って行ってしまった。

 ヤズマは帰るわけにいかないので、その場に残る。敵を殲滅しなければならない。

 サフィーたちを見送った後、ヤズマは再度武器を確認する。

 その後、土と塗料を混ぜ合わせたものを指につけて、顔に塗る。気合を入れるための戦化粧だ。今回は相手を殺すための狩りである。最も野蛮で、最も勇敢で、最も誇り高い塗り方をする。

 青と赤の筋がヤズマの顔を彩る。一族最高の狩人として、ヤズマは動く。

 まずは獲物を探し出すところからだ。

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