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優しい蛮族  作者: zan
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 大規模討伐依頼当日。

 ヤズマは前日にドレロの畜産農場を手伝っていたこともあって、少し遅い目覚めとなった。この頃にはさすがのヤズマも馬小屋で寝ることはやめており、普通に寝室を使っている。

 厨房で朝食の準備をするアーシャの前に現れたヤズマは、ひどい寝癖をつけ、寝ぼけ眼をこすっていた。


「おはようございます、ヤズマさま」

「おはよう」


 ヤズマは挨拶しながら椅子に腰かけた。テーブルで摂る食事にも慣れつつある。

 今日は黒パンと干し肉、卵をつけた朝食。アーシャが用意してくれる料理はいつも美味しい。一族の食事とは味付けがちがっていたが、口に合わないということもなかった。


「今日はどうしますか」

「でかけるつもり」


 もう少し眠っていたいところではあるが、一族の未来を背負っているヤズマには一日ずっと休もうという気持ちはなかった。彼女が何もしない日があれば、それだけ一族の移住は遅れてしまうのである。


「でしたらヤズマさま、少し御髪おぐしを整えられた方がいいかと思います」

「おぐし……?」

「髪の毛のことです。寝癖がついていますので」


 そうか、とヤズマは頷く。一族では髪は乱雑になっているほうが好まれた。よほど重大な儀式や祭りでもなければ整えたりはしなかったし、油で固めて逆立たせるようなことまでする者もあったくらいだ。しかしカタロニアではその髪も自然に流したほうがいいということらしい。そうしたところはアーシャに任せた方がいいだろう。

 身なりの一部としてしっかり評価されるのならば、整えたほうがいいに決まっている。


「わかった。やってくれるのか?」

「はい。精いっぱいやらせていただきます」


 アーシャは頼られることがうれしいのか、小さなこぶしを握って気合を入れた。

 小さな世話係はかなり念入りにヤズマの髪を整える。お湯で湿らせ、櫛を入れ、それでもハネてしまう頑固なクセ毛と戦い、どうにか綺麗にしたのだった。

 それなりの時間がかかったものの、見違えるような仕上がりである。


「できました! ヤズマさま、鏡を見てください」

「おっ!」


 言われるままに鏡を覗き込んだヤズマは、びっくりして声を上げてしまう。

 まるで印象が変わっていたからだ。ぼさぼさ頭の蛮族はすでにおらず、きれいなショートカットの淑女がそこにあった。艶のある髪はふわりと匂い立つような美しさであり、ヤズマの印象を完全に作り変えている。

 カタロニアの町に住む者の感覚では、間違いなく美人の範疇だ。もともとヤズマの顔だちは悪くない。一族でも若者がこぞって伴侶に求めるほどなのだ。

 アーシャの手によって生まれ変わったヤズマの髪は、彼女を恐ろしいほどに引き立てていた。よもやフエルストを一撃で倒した蛮人と同一人物だとは思われないだろう。


「この鏡の中の、ヤズマか?」


 当の本人ですら、自分のことを見失いかかっているのである。戦士であるという印象は薄れたが、女であるということはより強調されてきていた。そう悪い気分にはならない。しかし鏡の前に立っているのが自分とは信じられない気持ちもあった。

 間抜けな質問ではあるが、アーシャは笑って答える。


「そうですよ、ヤズマさま。ちゃんとすればこんなに印象が変わるんです」

「ありがとう。アーシャ」

「もしかしたらリットさまでも気づかないかもしれませんね」

「アーシャも髪を切る?」


 ここでヤズマはアーシャにも注目した。

 アーシャは髪を伸ばし、肩にかかるくらいになっている。細く、まっすぐな髪は美しささえある。だが、ヤズマの感覚では少し長すぎた。さっぱりと短くした方がいいのでは、と考える。


「髪の長いのはお嫌いですか?」

「動くのに邪魔じゃないか、心配」


 気を悪くした様子もなく訊き返すアーシャに、ヤズマはそうこたえる。しかしアーシャは使用人の身なのである。勝手に髪を切るのはまずかった。乱雑に鋏を入れてしまって、見た目が悪くなれば客人のもてなしができなくなる。


「では」


 というので、アーシャは髪をリボンでまとめてしまうことにした。これもまた以前とは印象が変わって見える。大きなリボンでまとめたので、かなり目立つ。印象が変わって見えた。

 ヤズマは軽く顔を洗い、マントを着こむ。いつもの暗色マントではなく、明るい土色のマントだ。

 ドレロの依頼を受ける傍ら乗馬を習って昨日一日を過ごしたのだが、その際にマントはかなり汚れてしまった。そこでドレロが予備に使ってくれとばかり、譲ったのである。タダでもらうのは悪いと思ったのだが、ドレロはヤズマのことを気に入ったらしくそこは対価を絶対にもらわないと言われてしまった。

 ありがたく受け取る以外になく、こうしてヤズマは二枚目のマントを手に入れたのだ。頃合いもいいので、髪形も変わった心機一転の今、これを着ることとする。


 さらには靴も悪くなっていたので、新調した。自分の足に合うものを素材から作ったのである。

 ドレロの手伝いよりもむしろこの靴の作成こそが夜更かしの原因であったが、その甲斐あって新しい靴はヤズマの足によくなじんだ。軽く飛び跳ねてみるが、ずれるようなこともなく、調子はいい。


 ヤズマの服装が変わっているので、アーシャも合わせて余所行きの服を着てみることにした。とはいっても使用人の娘であるアーシャにさほどの豪奢な服はないので、いつもの衣服と色が少し変わったくらいになる。それでもかなり印象は違ってみえた。

 二人は昼前に家を出る。少し浮かれた気分になっていた。おしゃれをしたという気分がそうさせたかもしれない。


 慣れた調子でウェスタンドアを開けて、ギルドへ入る。

 いつものようにヤズマはそこにいる冒険者たちの注目を浴びた。が、彼らはなぜか物珍し気にヤズマをじろじろと見続ける。

 すでにここには何度も出入りしているので、それほど珍しがられることはないと思ったのだが、そうではないようだ。


「今日はたくさんの人がいますね」


 少し声をおさえて、アーシャがいう。

 確かに今日はギルドに随分と人がいる。まるでこれから皆で大物を狩りにでもいくようだ。と、そこまで考えて思い出す。今日は、大規模討伐依頼とやらの日ではないだろうか。

 アーシャは明後日と言っていたので、今日がその日だ。自分ではすっかり忘れていたが、冒険者たちは参加するべくここに集まったのだろう。


「ば……と思ったが違ったな。新人か」

「奴ならこんなところに来るまい。日ごとに新しい被害が聞こえている……」


 ギルドに集まる大勢の冒険者たちは、何やらこそこそと話している。耳の良いヤズマは、その会話に聞き耳を立ててみることにした。はしたないことではあったが、何か有益な情報があるかもしれない。


「ああ……もう何十人も殺されているらしい。森で多数の血だまりを見たとか」

「冒険者もまとめてだぞ……俺たちではもう無理かもしれん」


 なんと。デモニック・オーガがそこまでの被害を出していたとは。

 ヤズマは驚いた。確かに人々はデモニック・オーガをやたらに恐れてはいたが、実際に死人まで出ていたとは知らなかったのである。

 これはもう、人々の仕事を奪ってはいけないなどという理屈を言っている場合ではないだろう。

 集まった冒険者たちのほとんどが、敵に対して恐れをなしているのだから。

 ヤズマもこの大規模討伐に参加して、人々の不安を削がなくてはならない。彼女は決意を固めて、参加を決めた。


「失礼、お嬢さん」


 ヤズマのところに、一人の冒険者らしい男が近づいてきた。

 どうかしたのかと振り返ってみると、彼はヤズマが口を開く前に何やら言い立てる。


「あなたも冒険者ですか? 今日の大規模討伐に参加するつもりでいらっしゃったのでしょう。

 よろしければ俺とパーティを組んで参加しませんか。個人で参加するよりも、パーティで参加した方が功績を数えられやすく、報酬を得やすいのです」

「いや、結構」


 決まり文句をつかって、ヤズマは誘いを断る。こうした誘いは受けておいた方が親密にはなれるだろうが、冒険者たちはどうせ流れ者が多い。それに、こういう話し方をする男はたいていろくなことを考えていないという経験則もあったのだ。

 冒険者は断られるとは思っていなかったのか、食い下がってきた。


「い、いえ。俺はこのカタロニアで仕事をして長い。きっとお役に立ちますよ。

 それでもダメなら名義だけでもいいのです。パーティ登録だけでもしてくれませんか。他に組んでいらっしゃる方はいないのでしょう?」


 面倒になったヤズマは首を横に振るだけですませた。


「本当に報酬は上がるのですよ!」


 なおも冒険者はしつこかったが、彼は突然横から突き飛ばされて、壁に激突する。そのまま気絶してしまったようで、動かない。

 突き飛ばした犯人は彼よりもずいぶん大柄な戦士で、大斧を肩にかけていた。見るからに筋骨隆々で、その力で突き飛ばされた先の男が気絶したのも無理はないと納得できる。

 だが彼もどうやら善意からヤズマを助けたのではないようだ。


「なああんた。あんな軟弱野郎よりも俺と組んだ方がいい。そっちのお嬢さんも面倒見てやるから」

「いや、結構」


 同じように誘いをかけてきたので、ヤズマは同じように断りを入れる。


「なんだと、こいつ」


 短絡的なタイプなのか、彼は激昂してつかみかかってくる。折角もらったばかりのマントが台無しにされるのは嫌なので、ヤズマはひょいと後ろに下がって彼をかわす。


「このおっ!」


 それが気に入らないらしい彼はますます怒ってしまった。

 この騒ぎはすぐに、ギルドに集まっている冒険者たちの注目を集める。


「おっ、なんだなんだ?」

「ケネルのやつがあの美人の新人に絡んだらしいな」

「よし、俺はケネルに20銀貨かける」

「サフィーちゃんが出てきてケネルを止めるのに15銀貨!」

「なら新人の子に30銀貨だ」


 何やら盛り上がっているようだが、ヤズマを助けに来るものはいないようだ。

 ケネルというらしい冒険者は狭いギルドの中で両手を振り回してヤズマをとらえようとしてくる。闇雲に振り回しているだけだが、体の大きい彼の繰り出すそれは十分な脅威だといえる。

 だが、薮の多い森の中を駆け巡って育ったヤズマにとってはこのくらいの攻撃をかわすことは簡単だ。


「くそお!」


 ケネルは悪態をついて、それからすぐにヤズマの近くにいる小さな女の子に気づいた。

 こいつを人質にすれば!

 という外道な案が彼の頭に浮かんだ。ためらわずにそれを実行しようと、ケネルはその両足をアーシャに向けた。

 連れらしいこの娘の襟首をつまみあげて、確保すればあとは小生意気な女をどうにでもできる。

 そして彼が一歩踏み出したその刹那。

 絶妙なタイミングでその出足が払われた。それも強烈な威力でだ。

 体重の支えどころを失ったケネルの身体が前のめりに倒れる。反射的に両手を床につこうとするが、その前に彼の目の前に星が散り、激痛が走った。


「おおっ!」


 ヤズマはアーシャを目標にしたこの男を許さなかった。

 即座にその出足を払い、倒れこんできたところに頭突きを見舞った。ヤズマの石頭はこのくらいではなんともないが、相手の冒険者はそうでもなかったらしい。あまりの痛みに白目をむいている。


「何やってんだい、あんたたち!」


 ケネルが倒れたことで再び冒険者たちがざわつきだしたが、すぐにギルド職員が姿を見せた。


「サフィーちゃん!」

「お、俺たちはなにもしてねえよ」


 なぜか冒険者たちは弁解を始めた。

 が、ギルド職員はそれを聞かずにヤズマとその足元に倒れる男をみて深いため息を吐く。

 大体何があったのか、彼女は理解したようだ。


「とりあえず、あんたらでそこのでかいのを外に放り出しな。あと、壁で気絶してる奴も。

 始まる前から怪我をしてるような奴は討伐に連れていけないよ!」


 彼女の言葉に従い、数人の冒険者が動いた。たちどころにしてケネルと彼に突き飛ばされた男はギルドから放逐されてしまう。

 ヤズマにはなぜか何のお咎めもなかった。


「とにかく、もう時間だから説明始めるよ。

 もう知ってるって連中もおとなしく聞きな、それができない奴は参加を認めないからね!」


 サフィーというらしいギルド職員は集まっている冒険者たちを鋭い目つきで見回した。


「あんたも参加するんなら、こっちで聞きなよ」

「わかった」


 声をかけられたのでヤズマもサフィーの説明を聞きやすい位置に移動した。アーシャは端にある椅子に座ってじっとしている。


「さて、今回は大規模討伐への参加、感謝いたします。

 言っていた通り、今回の目標はカタロニア周辺のデモニック・オーガの討伐です。非常に手ごわい相手なので、討伐が無理だと判断されればその場で切り上げ、撤退することになるでしょう」


 ふむ。これだけの人数が集まっても倒せないかもしれないのか。

 ヤズマはちらりと周囲を見回すが、集まった冒険者の数は30人近い。これで倒せないというのはにわかに信じられなかった。

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