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sweet-sorrow  作者: Benjamin
10/16

day4 横浜編 Sec.1 良き日に、良き旅を。

ご無沙汰してしまい申し訳ないです。

最後までお付き合い頂ければ幸いです。

駅に溢れるラッシュアワーの様相から切り取られた静かな店内。

彼女が待ち合わせ場所に指定したターミナル駅に幾文か早く着いた僕は、構内のカフェに立ち寄った。

テーブルに置かれたモーニングを食べる切っ掛けを何だか逃してしまった僕の視線は、逃げ場を求める様にオシボリの袋に向いた。『カフェ・アルコ スタツィオーネ』ここがそんなお洒落な名前だったなんて初めて気づいたかもしれない。そんな事を考えていた僕は、ようやくトーストを頬張った。


****


その日の朝は、驚くほど目覚めが良かった。

普段はあんなに憎い朝なのに、今日に限っては特別な時間だった。

なるべく誰にも気づかれないように、そっと旅支度を終えた僕は玄関へと向かう。

「……葵」

下駄箱から靴を取り出した僕を不意に呼び止めたのは、父さんだった。

「行くのか?」

「……うん」

「駅まででいいか?」

父さんの手には、既に車の鍵が握られている。

この人は、昔からこうだ。どこまでも僕の事を考えてくれていて、その判断は大抵が僕の助けになる。

「ありがとう」

傍から見れば、素っ気ないやり取りかもしれない。でも、僕と父さんにとってはそれだけで十分なんだ。

走り出した車は、唯ひたすらに駅へと向かう。

車中での会話は、凡そ会話と呼べるそれではなかった。やれ、晴れて良かったなとか、熱中症には気をつけろとか、そんな具合だ。

多分、父さんは意図して相手の事を聞いてこないのだと思う。

だから僕は、父さんの気遣いとその曖昧な会話に感謝を込め、曖昧な相槌で応えていた。

そんな空気が変わったのは茶屋街を通り過ぎた時だった。無機質に車の進行を遮る赤信号を、少し恨めしげに眺めている父さんが僕にふと尋ねる。

「なぁ。お前、その人の事好きか?」

どんな人だ? とか、同い年か? とか、そんな有り体な言葉ではなく、たったそれだけの言葉。でも、どんな言葉よりも僕には重く、真っ直ぐに突き刺さった。

父さんの言葉の真意は分からない。けれど、どんな誤魔化しも嘘も言いたくは無かった。

だからこそ僕は、父さんに向かい、しっかりと頷く。

「うん。大好きなんだ。きっとこの気持ちはどんな事があっても変わらない」

僕の勢いに反して、父さんは『そうか』と答えると再び信号に目を向けている。

素っ気なく会話を打ち切った父さんは、それでも何処か嬉しげに見えた。

そんな僕らを見届けた信号が、まるで役目は終えたと言いたげに青色を灯す。

周りに合わせる様に、ゆっくりと走り出した車は、再び駅へと向かった。



こうして、予定よりも早く駅に着いた僕は、カフェでトーストを頬張るに至ったわけだ。

空になったプレートをテーブルの隅に追いやり、冷めかけたコーヒーに口をつける。



――僕が、どんな気持ちであの質問に答えたか、父さんは知らない。

『どんな事があっても』の言葉に込めた、僕なりの想いを。



――それは、あの日。

彼女と初めて会ったあの日に手渡されたメモ帳に起因する。



メモ帳の最後のページに書かれていた言葉。

『叶えられない願い』と題したページに書かれていた言葉。

例えば、『雪を降らせる』とか『宝くじを当てる』なんて誰もが考えるであろう願いとはハッキリと違う願い。


それは、こうだった。


『私の能力の消滅』、『私の呪い』

そして、一層に強く書かれていた願い。



『私の命』



それらに込められた意味とは一体――。

今考えたところで、答えが出ない事は分かりきっている。

それでも、分かっていても僕の心を正体の見えない恐怖が激しく揺さぶり続けるのだ。

彼女は何故、能力の消滅を祈ったのか。

そして、『私の命』に込められた願い。

彼女は自ら死を願ったのか、それとも逃れようと望んだのか。

僕は、その言葉をみたあの日から、いつかその意味を、真意を、彼女に尋ねる日がくると”覚悟“していた。

そして、これは唯の直感ではあるのだけれど、多分その時はそう遠くない。

今僕が、心の奥で感じていること。

それは、小説の残り少ないページをめくるような、試験の合格発表を見届けるような。

それは、簡単に言うなら、物語の終わり。

どんなに目を背けても、確かにその時が近づいている。そんな不安が拭えなかった。

その時を迎えた僕達は、どんな表情で、どんな未来を手にするのだろうか。

「笑っていたいな」

誰に言うでも無く呟いた僕は、時計に目を向けた。彼女が来るまであと少し。さぁ、悲しい思考とはお別れだ。どんなに悲観したところでこれは唯、僕の憶測に過ぎない。それでも、もし本当に終わりが来るのだとしたら。

それがどうしようもなく、避けられない未来なのだとしたら。

その時が来るまで今を存分に楽しもう。


✳︎✳︎✳︎✳︎


「ごめんね? おまたせ」

彼女の、透き通った声が僕の耳に届く。

急いで来てくれたのだろう。

イスに座るなり、髪の乱れを直す彼女をみていると、なんだか申し訳なく思えた。

「大丈夫。そんなに待ってないから。……コーヒーも飲みたかったし」

――とりあえず、何か飲む? とメニューを渡すも彼女は首を振る。

「ゆっくりしている時間はないよ? 葵くん。さぁ、行きましょ?」

真っ白なワンピースの上に羽織った水色のカーディガン。手に持ったアンティーク調のバック。

その全てが彼女の魅力を際立たせていた。

少し薄暗い店内で彼女の姿はまるで、スポットライトを浴びた人形の様みたいだ。

「まずは、切符を買わなくちゃね?」

映画のワンシーンよろしく、慌てて彼女を追う僕は、せめて映画の登場人物にはなれているのだろうか。



手慣れた様子で切符を購入した彼女に連れられるままプラットホームに登りきった僕を、まるで待ってましたとばかりに新幹線が出迎える。

八の字眉毛で電光掲示板と切符を見比べていた彼女が、僕の手を引いた。

「うん。この電車だね! えーっと……3号車はもうちょっと前か……」

すっかりヒロインのペースでは、主役のオーディションを受ける僕が益々、燻ってしまう。

「えーっと、水月さん? お弁当とか買っていく?」

せめてもの抵抗。その言葉を待ってましたとばかりに彼女は笑った。

「大丈夫! 実はね……サンドイッチ、作ってきたの。良かったら、食べよ?」

「……コ―ヒーは僕が奢るよ」

どうやら、やっぱり僕は登場人物止まりらしい。


****


広く取られたシートピッチが開放感と高級感を与える車内は、それに合わせた様に静かだった。

「列車はまもなく、南アルプスの山脈を抜け――」

聞こえてくるのは、レールを跨ぐ『ガタンゴトン』でお馴染みの音と、丁寧な車内アナウンスだ。

トンネルを抜ける度に変わっていく景色を眺め、自分の旅の始まりを見届けて安心した乗客が次々と眠りに落ちていく中、僕達はサンドイッチを片手に日陰茶屋の様相で、声を潜め会話を重ねていた。

まるで、遅くなった自己紹介の様に、見逃したドラマのあらすじを読む様に、時に刑事の尋問の様に、僕達はお互いの知らなかった事を補足していった。

例えば、彼女の意外な一面をみた。とか、例えば、驚愕の事実を知った。とか、そんな事は勿論なかったけれど、僕は彼女の事を知れて嬉しかったし、彼女も僕の話しを大切そうに頷き、聞いてくれた。

会話が一段落した頃だった。彼女は徐ろに立ち上がり、イタズラっぽい笑顔を僕に向ける。

「そうだ! 葵くん? 探検しようよ? まだ時間はあるし!」

「探検?」

「そう。探検! グリーン車とか行ってみたくない? いこうよ!」

言い出した彼女を止める事はどうやったって出来ない事は良く分かっている。

こんな時、僕に出来ることは簡単だ。

「分かった。どこから行こうか?」



デッキにトイレ、洗面台と充実のアメニティを堪能した彼女は、ようやく念願のグリーン車へと”侵入“した。

「すごーい! やっぱりグリーン車は広いんだねぇ!」

「あ! ダメだよ! 勝手に座ったら。怒られるよ?」

「大丈夫だよ。少しなら……あ!」

彼女が満面の笑みで指差す先には、見慣れない表示があった。

「ねぇ? 葵くん! グランクラスだって!」

なんだも、この列車にはグリーン車の更に上のクラスがあるらしい。

そして、厄介なことに、その存在に彼女が気づいてしまったらしい。

となると、次の行動は1つ。

「ちょっと見てくるね!」

止める間もなく走りだした彼女が戻ってくるまで、そう時間は掛からなかった。

膨れっ面で戻った彼女に一応声をかけてみる。

「どうしたの? 早かったね?」

「どうもこうも無いよ! チケットが無いと入れないんだって!」

まるで子供が駄々を捏ねる様な姿の彼女を見て思わず笑ってしまう。

「あー! 笑ったなぁ! もう、知らない!」

さて、どうしたものか。どんどん歩いて行く彼女の後ろ姿を僕には見つめるしか術はなく、機嫌を直すために出来ることなど無いに……いや、1つ頭に浮かぶ名案。

「これに賭けてみよう」


****


水月さんは、いや、女の子って意外と単純なのかもしれない。

ワゴンサービスから買ったアイスと格闘する彼女はすっかりご機嫌だ。

「もぉー! 新幹線のアイスって何でこんなに硬いの!」

プラスチックのスプーンを手に戦う彼女を横目に、僕は車窓へと目を向ける。

なんでも、この席はアイスを買うという大手柄をした僕に与えられたご褒美とのことだ。

折角譲り受けた有り難い席を、僕は堪能することにしよう。

まるで空を飛んでいるとも錯覚するような高さを走る列車から見えるのは、どこまでも広がる民家と大小様々なビル群。その光景をコンクリートジャングルなんて否定的な言葉では表現したく無かった。

体のいい表現は思いつかないけれど、兎に角、都心と呼ばれる場所まで徐々に近づいている事は明白で、降りる支度を始める他の乗客の動きも手伝い、何とも言えない緊張感が僕を襲う。

「さぁ! もう直ぐ着くよ! 葵くん! 支度して!」

ぺろりとアイスを平らげた彼女が僕に言う。

さっきまでの曇り空はどこ吹く風、すっかり降りる準備を済ませているのだから参ってしまう。

並走する電車のペースを合わせる様に、その速度を落とした新幹線が完全に停車するのを待って彼女は席を立った。この先、何処に向かっていいのかすら分からない僕は唯、彼女の後ろに付いて歩いて行く事しか出来ず、恐らくここで逸れるような事があれば、この巨大なターミナルで僕は野垂れ死んでしまうことだろう。

「よかったー! 座れたよ!」

ほんの少しの移動だったと思う。それでも僕のシャツは汗で濡れていた。

乗り込んだ緑とオレンジの帯を纏った電車の冷房が気持ちいい。

「葵くん? これは東海道線だよ。これに乗れば帰りは東京まで来られるからね?」

正面に座った彼女が、まるで幼い子どもに言い聞かせるように繰り返す。

「え?いきなりだね。覚えられないよ? 帰りも水月さんに任せるよ」

その言葉を聞いた刹那、彼女の顔が曇ったような気がした。

「ダメだよ―。こういう時は男子がちゃんとエスコートしなきゃ? しっかり覚えてよね」

「えー!? それ本気!? もう一回教えて!」

「ざんねんでしたー。さっきのが最後のチャンスです!」

僕のおでこをコツンと指で弾いた彼女が笑いかける。

『こういう時』、その言葉の真意を聞くより先に、けたたましい発車ベルが車内にも響く。

『東海道線、緑とオレンジの電車』とりあえず、携帯にはメモしておこう。


****


乗り込んでから大体、30分位だろうか。降り立ったホームの空気は、乗り換えで使った東京よりも湿気があり、暑さが一層肌に纏わりつく様だった。

東京駅から並走していた線路は、結局ここまで一緒に来ている。

次々に滑りこむ電車には、もれなく沢山の人が乗っている。一体、これだけの人は何処に向かうのだろう。兎に角、地元から続いた大移動はようやく終わりの時を迎えたらしい。

先を歩く彼女がぐるりと大きく駅を見渡すと、僕の方に向き直った。

重たそうな鞄を床に下ろすと、改まった表情でペコリと頭を下げる。

「ようこそ! 私の地元、横浜へ!」







最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

次回もよろしくお願い致します。



twitter始めました。投稿状況はそちらでも呟いています。

@Benjamin151112

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