prologue
初投稿です。
拙い文章ですが、ご容赦下さい。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。
「貴方は優しい子だ……でも、沢山の苦労をしてきた」
―遠い昔の記憶。今もこれからも忘れる事のない記憶。
「安心しなさい。暗い思い出はもう、お終い。さぁ、目を閉じて……」
絵本に出てくるような、黒いローブを纏った老婆は優しく囁いた。
「貴方に、『力』を与えようね……」
****
「今日も一段と暑いな」
遠くで聞こえるセミの鳴き声と、例年通りの梅雨が訪れていたことを忘れたように輝く太陽が、
ヒリヒリと暑さを思い出させる。まだ午前中だと言うことに絶望して僕は、空を睨んだ。
新幹線の開通で沸くターミナル駅から、電車とバスを乗り継いでおよそ2時間。
縁もゆかりもない人たちには忘れられた、いや、存在すら知られていないような田舎町。
温泉街とスキー場だけがかつての繁栄を記憶している、良く言えば自然に囲まれた、正直に話すなら何もない。ゆっくりとした時間が流れる場所、朝加屋町。
そんな町で生まれ育った僕からすれば、自分の通う高校に向かうのにバスで30分掛かる事も、そのバスが30分に1本しかないことも当然で、日常だった。
その日、唯一つの非日常を挙げるなら、僕が寝坊したこと位だろう。
「参ったな。修業式には間に合わないか」
一人でポツポツと歩く寂しさを誤魔化す為か、誰に言うでもなく、僕は一人、呟いた。
早歩き、或いは走れば登校時間に間に合わないこともない。
しかし、相も変わらず降り注ぐ灼熱の日差しがその決断を鈍らせていった。
僕の歩く道の横では、町のシンボルとも言える浅野川が、そうそうとせせらぎを響かせている。
まるで、僕を誘うように。
「こんなに頑張って歩いたし、少しだけ休もうかな。そう、ちょっと休むだけ」
そう自分に言い聞かせるように呟きつつ、僕の足は河川敷へと向いていった。
寝坊した代償として灼熱の炎天下のなかを黙々と歩く僕にとって、この浅野川の水は正に砂漠の中のオアシスだった。
どうせ着く頃には乾いていると頭から浴びた水が、茹で上がった僕の体温と疲れを奪い去っていく。
「くーっ!生き返るな!よし、あと半分だ」
気が付けば10分以上、時折吹く風と、辺りに響くせせらぎに身を任せていた。
疲れを癒した自然の大いなる力に感謝しつつ、僕は再び遙かなる目的地を目指し、立ち上がった。
『芝原高校』
見慣れた校門に掲げられた、これまた見慣れた校名が地獄の旅の終わりを静かに祝っていた。
浴びた水はすっかり乾き、代わりに自分の汗が更に制服を濡らしていた。
結局、校門に着いた頃には登校時間を30分以上も過ぎていた。
****
「おかしいな。誰もいない」
まるで、映画に出てくるスパイの気分で学校に忍び込んだ僕は、肩透かしを喰らっていた。
静まり返った校内で、唯一音を出し続ける廊下の時計は、9時丁度を指している。
昨日のホームルームの記憶を辿れば、修業式は9時15分からのはずだった。
田舎特有の広大な学区が故に、かなりの生徒数を抱えたこの高校でこれだけ早く生徒の
移動が終わっているのは正直、異常事態といえる程だ。
「しまったな……」
移動のゴタゴタに紛れて、遅刻を誤魔化そうとした僕の計画は失敗に終わったのだった。
ところで、僕は比較的、物事を計画的に考えるタイプだと自負している。
人は目の前で自分の計画が崩れた時に、どういった行動をするのだろうか。
僕の一番キライなタイプは、悩みぬいた挙句に好機を逃すタイプだ。
即ち、今出来ることを直ぐに行動に移す。それが最善だと僕は信じている。
「教室に行こう」
一人遅れて体育館に入り、無駄に目立つ必要も、それを先生に怒られる必要もない。
今出来る最善の策、それは一刻も早く教室に行き、汗で濡れた服を着替える事だった。
誰も居ない廊下を抜け、勿論誰も居ない教室で僕は、自分の席に向け鞄を放ろうと教室の奥に目を向ける。
締め忘れられた窓からはかなり強く風が吹き込み、窓辺のカーテンが大きく揺れていた。
山腹に建つこの高校では珍しい光景では無く、教室を最後に出る生徒が窓を閉め切るのが暗黙の了解
となっているほどだ。
「まったく、誰だよ締め忘れたのは」
どうせ誰にも聞こえることは無いと、悪態をつきながら窓辺に近づこうとしたその刹那、不意に風が止み、思ってもない光景が僕の目に飛び込んだ。
――フワリとその舞を止めたカーテンの向こうには、女の子が立っていた。
校庭のスプリンクラーによって乱反射した太陽光が、アッパーライトの様に一人窓辺に佇む彼女を照らしていた。そして、再びゆっくりと吹き出した風が胸まで伸びた黒髪を優雅に揺らし、その透き通るような肌の白さと相まって、互いをより一層に際立たせていた。
もっともらしい表現で言えば、絵画を切り取ったような。僕の直感で言えば、美人が、そこにいた。
恐らく街で見かけたらこっそり見続けていただろう。しかし、そうもいかない。
ばっちり彼女と目があってしまったし、何より彼女の着ている制服は見たこともない。
大方、他校の生徒が夏休みの合宿の下見か何かで職員室を探しているとか、そんなところだろう。
「あの?他校の方ですか?……学校見学とか?」
僕の質問に構わず、彼女はまるで漫画のキャラクターのような大きな瞳を更に大きく開いてる。
それは、何かに驚いているように思えた。
「あら?貴方だったの」
「え?貴方って?僕の事知っているの?」
「いえ、知らないわ。全然」
僕の狼狽を気にも止めず、彼女は一人納得したように頷く。
「そう……貴方だったのね。私ね、ちょっと時間が早かったからここで校庭を眺めていたの。
そうしたら、校門を乗り越えて来る人影が見えてね。そのまま校舎に向かって来たから何となく目で追っていたのよ。……貴方でしょう?」
正直、僕はあまり女性慣れしているほうではない。
「え?う、うん。僕だけど……」
堪らず逸らそうとする僕の目を真っ直ぐ見つめ、彼女は僕に笑いかけた。
「やっぱりそうだったのね。私、今日からここに転校してきた『水月 楓』です。
あ、水月は水に月と書くんだよ。水無月じゃないからね。……よろしくね」
そこまで言われて僕は気付く、多分この子は非情にマイペースだと。
そして、僕はそういったタイプの人間に巻き込まれやすい。
「あの、僕はてんじく、天竹 葵です。名前が女っぽいって言われますが、その、男です」
「葵くんかぁ……確かに女の子っぽいかもね」
『女の子っぽい名前』それは僕が一番に気にしていると言っても大袈裟では無かった。
それでも、無邪気に笑う彼女に嫌悪感は不思議と感じなかった。寧ろ、その笑顔に言葉を失っている僕がいた。
「ところでね、葵君。ちょっとお願いがあるんだけど」
クスクスと一頻り笑い、満足した様子で彼女は僕の目を再び見つめた。
僕の経験上、マイペースな人間の『お願い』はその依頼を受けて貰えることを前提に話している場合が多い。
僕は半ば諦めながら、一応聞いてみることにした。それに、その目を向けられて断れる自信も無かった。
「お願い?どんな内容かにもよるけど……」
「うん。そうだよね。勿論だよ。……今から話す事は到底信じられる事ではないと思う。
それでも、葵君なら……。ううん、なんでもない」
彼女は緊張しているのか、そこまで話すと大きく息を吸った。
「仮にこの後話す事を聞いて、貴方が信じられなかったらそれで構わない。
『変な人間だ』とか『関わりたく無い』とか思われてもしょうがないと思う。
もし、少しでもそう思ったらそこでお終い。これっきりで構わないし、私の事も無視して貰って構わないわ。」
何故だろうか、会って間もない彼女から『お終い、無視』といった言葉を聞くのも、考えるのも、辛く感じた。
僕は、既に現実離れしているシチュエーションに取り込まれていたのかもしれない。
「それじゃあ……いい?」
「……うん」
引いたはずの汗が背中を伝うのを感じていた。
「……私ね。願い事を叶える力があるの。でも、どうしても叶えられない事が何個かあって……。
なんとかしてこの夏にその願いを叶えたいと思っているの。それを葵君に手伝って欲しい」
「……え?」
言葉が、出なかった。
彼女の話しが本当か否かは一旦別として、何か僕の想像を超越した大きな出来事がハッキリと動き出す
気配を僕は感じていた。それは、僕の意思など関係なく歩みを進め、これまた僕の意思とは関係なく僕を
巻き込んでいくのだろう。
―もう後戻りは出来ない。そんな心境だった。
「……だから、よろしくね。葵君?」
ニッコリと微笑む彼女の顔を、僕は唯、呆然と眺めていた。
そうして、僕と彼女の物語は幕を開けた
週1での投稿を目指します。
よろしくお願いします。