魔術騎士オクト
ダスリア山。
オルド大陸でもウィズダム王国の中でも屈指の深い山である其処は、不気味な叫び声で満ちていた。
飛び回る白い霧状の何か。
見る者が見ればゴーストだと分かるそれが、山の外からでも判別出来るほどに飛び回っている。
「あれ、メイフィア。思ったより早かったじゃない」
ダスリア山の登山口についたクロス達に、地面に座り込んでいた少年がそう声をかける。
ぼさぼさの短い金髪、ちょっと丸っこい顔。
くりくりとした丸い目に、少し丸みを帯びた鼻。
いかにも人の良さそうな笑顔が印象的な少年だ。
服装はメイフィアと違い、厚手の作業着をも連想させる緑色のジャケットとズボン。
分厚いブーツで足元を保護し、よく見るとジャケットにも厚手の手袋が無造作に突っ込んである。
地面に置かれた革のリュックも、少年のものなのだろう。
如何にも登山家といった風体だが、魔術士にはこういう格好の者が多かったりする。
「やあ、僕はオクト。王国騎士団所属の魔術騎士ってやつさ。よろしくね」
そして、その風体に実に見合った優しげな声で、オクトはクロスに声をかける。
ここで、そもそもの話になるのだが……オルド大陸には、三大騎士団と呼ばれる騎士団がある。
一つは、ギアルード帝国の神聖騎士団。
祈祷士と戦士としての技を併せ持つ彼等は、祈祷騎士とも呼ばれている。
皇帝にして教皇たる「神聖皇帝」を主と崇める彼等の忠誠心は、決して揺らぐ事はないとされている。
一つは、オルディア連合のオルディア防衛騎士団。
特に特徴は無く、様々な職で構成されたバランスの良さを持つ。
名前の通り専守防衛を主目的としているが、高い攻撃能力を持つ錬金騎士なる存在も噂されている。
そして最後の一つは、ウィズダム王国の魔法騎士団。
魔導士が任命される魔導騎士と魔術士が任命される魔術騎士。
これを二人一組で運用する方式は、かつての英雄である魔導士ウィズダムと、その相棒であった魔術士のスタイルにならったものであるという。
つまり魔術騎士であると名乗ったオクトは、メイフィアの相方であるということになるのだろう。
「あ、は……はい! クロスです!」
「リオラだ」
「テオだよ。よろしくね」
クロスの背後から、リオラとテオも自己紹介をする。
「うん。早速だけど、状況説明からいいかな」
特に握手などを求めるわけでもなく、オクトはそう言って笑う。
リオラがそれを見て少し目を細めたのと、メイフィアが小さく舌打ちをしただけだった。
「あ、はい! よろしくお願いします!」
クロスが元気良くそう答えると、オクトは満足そうに頷く。
「話が早くていいね。そういうの好きだよ」
「あげないぞ」
オクトがそう言った途端、テオがそう言って混ぜっ返す。
しかも、背後からクロスを抱き寄せるという小芝居付きだ。
「テ、テオさん……」
クロスは困ったような顔でテオを見上げて。
そして、気付いた。
テオの顔は、すなわち兜であり……そこに表情は無い。
しかし、何故かクロスには分かった。
テオは、これ以上ないくらい真剣な顔でオクトを見ているのだ。
クロスがテオを見上げていると、オクトから忌々しげな溜息が漏れてくる。
「あー……いいかな。申し訳ないのだけど、僕としてはサクサクと話を進めていきたいんだ」
「ごめんね、ラブラブで」
その様子を見て、リオラとメイフィアは気付かれぬ程度に笑みを浮かべる。
テオは、オクトをからかっているのだ。
そうして、オクトという人間を測っており……オクトはしっかりとハメられているのだ。
「……たいした相棒だな」
「言い訳はしないわ。でも、ちょっといい気味」
リオラの皮肉に、メイフィアはそう答える。
それがメイフィアとオクトの間の仲間意識のレベルだと、暗に告げているのだ。
「まあ、実力は確かだから」
「そう願いたいな」
そう言うと、リオラはテオへと声をかける。
「テオ、そろそろ話を進めようじゃないか」
「そだね」
テオはあっさり頷くと、クロスから手を離してひょいと離れる。
その様子を見てオクトが眉をピクピクさせているのと、クロスが青くなっているのが印象的だった。
「あ、あのぅ……」
「ともかく!」
何かしらのフォローを入れようとしたらしいクロスの言葉を遮ると、オクトは苛立たしげに手を横へ振るう。
「僕が用意した魔術術式が、この山の周りに張り巡らされているわけさ」
「そうね。ダスリア山の魔力を瞬間的に解放する大規模術式。あとは発動するだけなんでしょ?」
「ああ、僕の術式は完璧さ」
メイフィアの言葉に、オクトは少し機嫌を直したようだ。
あるいは、オクトはメイフィアに好意を持っているのかもしれない。
しかしメイフィアの先程の言動から判断する限り、メイフィアの方はオクトにあまり好意を持っているようにも見えない。
溜息をつくリオラに、メイフィアはオクトに気付かれぬような自然な動作で肩をぶつけてくる。
何事かと視線を向けるリオラに、メイフィアは視線だけを合わせながら小さく呟く。
「才能は認めてるのよ。それ以外は一切認めてないけどね」
「……そうか」
何とも歪な関係に眩暈がしそうなリオラだったが、それに全く気付かぬオクトは意気揚々と説明を続けている。
瞬間的な魔力の解放による聖地化。
それは、理論だけは提唱されていたものなのだという。
しかし土地に与える影響をどう軽減するか。
そもそも考えられる影響とは何か。
そういったリスクの議論が先行し、ほとんど進んでいないのが実情でもあった。
「愚かしい話だよね。いくら魔術が理論の技といっても、実践なくして理論もないというのに」
「ん? つまり、試すのは初めてなのかい?」
テオの疑問に、オクトは大仰に頷く。
「ああ。この華々しい成果をもって、聖地化の術式理論は大きく発展する。事件も解決するし、いい事ずくめさ」
本当にそうだろうか、とテオとリオラは思う。
クロスは素直に感動しているようだが、原因の分からない状況に対するには、少々危険すぎないだろうか。
二人がメイフィアの方へと視線を向けると、メイフィアは肩をすくめてみせる。
「オクトの言い方はアレだけど。聖地化が正しく実行された場合、ゴーストやエレメンタル以外への影響はない、というのが定説らしいわ。で、オクトは腕は確かよ」
「……そうか。まあ、本業がそう言うのならそうなのかも、な」
リオラが頷き、テオは黙り込む。
何かを、見落としている気がする。
しかし、その何かとは何なのか、テオには分からなかったのだ。




