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一片の羽根  作者: 白桔梗
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 前編

冬の童話祭、および、ありま氷炎先生の聖夜企画参加作品です。




 その日、お弁当を忘れた僕はお昼休みのチャイムと同時に教室からそっと抜け出した。行く当てがあったからだ。小学校の裏手には図書室顧問の孝道たかみち先生のお家がある。図書係の僕は孝道先生と仲良しだ。


 うん、先生の家へ行こう! 


 お弁当を忘れたと気づいた時、すぐ思いついたんだ。

 先生の家へ行けば先生の奥さんがいるはずで、毎日曜日遊びに行く僕を「いらっしゃい」って迎えてくれるはず。事情を話せば菓子パンかおそうめんくらいは食べさせてくれるはず、と。


 グラウンドを突っ切って道路を挟んだ芝生の先に向かう。先生方のお家はちょこんちょこんと三軒並んで建っていた。その右端っこが孝道先生のお家だ。

 いつものように呼び鈴を鳴らす。古い玄関ドアにはインターフォンがついていない。孝道先生は宵宮で買ったまあるい輪っかに、大きな鈴をつけて呼び鈴代わりにしていた。輪っかはドリームキャッチャーというそうだ。中には紐でクモの巣模様が編みこまれている。輪っかの下半分に、インディアンが頭に飾るような大きな羽根が五枚ついていた。


 丈夫そうな輪っかを振ると羽根の根元についている五個の鈴がじゃらんじゃらんと鳴った。

 いつもなら「は~い」という奥さんのヤワラかい声が聞こえるはずなんだけど。今日は足音さえ聞こえない。

 念のためもう一回じゃらんじゃらん、最後は両手で掴んでじゃらじゃらじゃらじゃら~ん……返事はない。どうやら奥さんは留守らしく。僕の当てははずれた。

 そうなってみて僕は、自分のあほさ加減に泣けてきた。平日のお昼時、奥さんが居ない。そんな可能性を完全に失念していた。失念とはうっかりさんのことだと孝道先生が教えてくれた。


 うん、僕はうっかりさんなんだ。先生も奥さんも僕のことをよくそう言う。


 今朝、止めた目覚ましを抱いて、あと五分が三十分になったのも、玄関までは手に持っていたお弁当を運動靴の紐を結び終えた途端、置きっぱなしにして来ちゃったのも――僕がうっかりさんだから。

 僕のうっかりさんはなかなか手ごわい。

 今日母ちゃんは僕が起きるより先に家を出て、お弁当を届ける助っ人にはなれないというのに。

 お弁当を取りに家へ行こうか? お昼休みは一時間もない。家まで走ったら往復出来るかもだけど、食べるのは無理っぽい。

 

 うん……どうしよう? 

 

 考えたって今日のお昼なしは決定だ。僕は、とほほ……と来た道を戻ることにした。

 戻るのがかったるくて、気づいたら芝生を靴底で踏みしめるように歩きながら。

『芝だって手入れしないと荒れちゃうのよ』

 孝道先生の奥さんが、こまめに水やりをしていた姿を思い出してしまった。


 う……ん、あっ、芝を荒らしたらまずいかも……。


 その時だった。目の前をタンポポの綿毛が過ぎっていったんだ。

 

 あれれ? タンポポの綿毛にしてはちょっと大きい。まるで白い繭玉だ。羽がないのに飛んでいる姿はどう見たって虫じゃぁない。ためしに掴んでみようと手を伸ばす。繭玉は手が届きそうになるとふわっと上に避けた。手を引っ込めるとまた目の高さに降りてきて、ゆっくり前に、横に、と飛んでいく。まるで鬼ごっこをしてるみたいに、だ。

 僕は繭玉を追いかけて、気づいたらキリンソウに囲まれた原っぱに立っていた。


 うん!? 今、何時だろ? って、ここはどこ?


 辺りを見回しても僕より背の高いキリンソウに囲まれちゃっている。 

 時計は持っていないけど、お昼休みは終わっているかもだ。繭玉に夢中になってまたうっかりさんになってしまったらしい。


 頭上から聞こえてきた名前を知らない鳥の甲高い泣き声に、はっとした。


 うん、少し心細い。ううん、だいぶ不安な気分。


 そんな僕の前で繭玉が浮かんだまま止まっている。上下にふわふわと揺れ僕が歩き出すのを待ってでもいるように。

 鳥の声も聞こえなくなり辺りがし~んとなった。

 背の高いキリンソウのせいで建物が見えないけど。うっかりさんになってしまったけど。そんな遠くまで来るほど歩いていたはずもなく。近くに誰かがいるかもしれない。そう思ったらもうがむしゃらに叫び出していた。


「誰かいますかー! 誰かいませんかぁー!」


 うっかりさん迷子になってしまった僕は、キリンソウをかき分け叫びながら走った。だけどキリンソウはどこまでも果てなく生えていて、視界が開ける場所に出ることが出来ない。服や顔にボソボソした粉が降りかかり、叫んでいる口や鼻に入り込んで咽てくる。目をゴシゴシ擦ったらちょっと痛い。咳と涙が止まらなくなり、僕はとうとうしゃがみこんでしまったんだ。


 ふわ~りふわ~りと繭玉が目の前を飛んでいた。すっかり忘れていたけれど、僕をここに連れてきたのはこいつだ。

 

 だから!


「帰せ! 先生ン家か学校まで僕を連れていけ!」


 自分でもびっくりするような大きな声が出た。

 とたんに繭玉がぴょこん! と上下に大きく揺れ、僕の周りを猛スピードでグルグルと周りはじめたんだ。眼にもとまらぬってこういうもんか。

 

 うん、でも、負けるもんか!


 僕はごろりと寝そべり薄目を開けてじっと息をつめ――死んだふりをした。


 どれくらい経っただろう? 繭玉は僕の顔の下辺りで停止している。僕はゆっくりゆっくり、気づかれないくらいにゆっくりと両手を胸の前まで持ってきて。そして……素早く繭玉を両掌でばちんと挟んだ。


 うん! よぉし、とうとう繭玉を捕まえた。


 感触はほつれた毛糸玉。必死だったから思ったより勢いがついて、つぶれてしまったかな? と、心配になったけど。掌の中がむずむずするから、大丈夫みたい。僕はほぉーっと息を吐いた。そして念じたんだ。


 繭玉、繭玉、僕を帰してよ。僕はうっかりさんだけど、家に帰んなきゃいけないんだよ。

 

 父ちゃんの手術日がもうすぐで、母ちゃんは朝のバスで病院へ行っている。バスは僕が学校へ行く時間より早いんだ。本数も少なくて、次のだとお昼を過ぎちゃって母ちゃんの帰りも遅くなる。

 病気の父ちゃんとうっかりさんの僕。最近母ちゃんは心配事が増えて疲れている。

 だから僕は、朝一人で起きるって母ちゃんと約束した。土曜は母ちゃんと一緒に病院へ行って父ちゃんを安心させて、日曜は孝道先生のお家でお留守番もしてる。母ちゃんが帰った時僕が家に居なかったら。お昼を境に学校から消えてしまったと知ったら――。

 お願い、繭玉、僕を帰してちょうだい。でないと、僕を心配する人が僕にはたくさんいるんだよ。


 そのうち、掌の中で繭玉がビコンビコンと暴れ出した。


 閉じこめられて怒っているのかな? 


 逃げ出せないくらいにちょっとだけ隙間を作って、息を吹き込んでみる。そしたら、繭玉はストッと親指の付け根あたりに沈みこんで。繭玉が触れている部分がほんの少しだけほわっと温かくなった。

 怒ってはいないみたい。そんな感じが伝わってくる。僕のお願いが通じたのかもしれない。そんな気がして、思い切って両手を開いた。繭玉が自由になれるように――だったのだけど。

 すぐに飛び出すだろうと思った繭玉は掌の上でじっとしている。僕は黙ってそんな繭玉を見ていた。繭玉を頼らないとキリンソウ野原から抜け出せそうにないからだ。それなのに繭玉はぴくりともしない。掌の中で眠ってしまったかのように。


 うん? もしかして……。


 この繭玉は僕みたいなうっかりさん、なんじゃないだろうか。本当の迷子は繭玉の方なんじゃ……。迷子で不安でたまたま見かけた僕に近づいてきたのかもしれない。遊び相手が出来たと安心して鬼ごっこ気分になったのかもしれない。


 だとしたら――。


 僕は孝道先生の言葉を思い出した。


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