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第二百五十八話 一触即発


 シンは暗闇の中で歩き続けた。

 山崎が描いた逃走ルートは、キレイに頭にインプットされている。


 月真院を出てから、普段全く通らない裏道や、人ひとり通るのが精一杯の建物の間を抜け、ひたすら歩き進んだ。


 「おめぇは背がデカ過ぎる・・人波に紛れんのはムリだ」

 山崎の言葉が頭に浮かんだ。


 シンは身長184cmで、江戸時代にあっては超のつく長身のため、服装を変えても変装したことにはおよそならない。


 そこで、山崎が考えたのは、徹底的に人の目を避ける裏道ルートであった。

 コチャコチャとした小道を選んでるので遠回りだが、おかげで屯所を抜けてから誰にも姿を見られていない。


 (・・すげぇな、ほんとに誰とも会わねぇや)

 シンは、山崎のアンダーグラウンドな能力に、つくづく感心した。


 シンは時系列な記憶力より、写真的な記憶力が発達しているので、地図など覚えるのはお手のものである。


 (えーと・・次の長屋の裏を通って・・)

 夜風は冷たいが、歩き続ける身体は熱い。


 (こんなコチャコチャ曲がってると、方向感覚狂うな)

 少し息が上がってきている。


 月真院から天満屋までは大通りを通るルートなら2.5kmほどだが、屯所を出てから、すでに3.5km以上はゆうに歩いた。

 (もう・・そろそろ不動堂村だと思うけど・・)


 山崎が作ったのは、祇園とは逆方向に南下して、新選組の屯所付近から天満屋に入るルートである。

 御陵衛士の隊士も、さすがに新選組の屯所近くを、あからさまに捜索することは出来ないからだ。


 雲で月灯りも遮られ、真っ暗な軒下を歩いていると、時々グニャリと生き物を踏んでいる感覚がある。

 おそらくネズミやネコの死骸を踏んでいるのだと思うが、そんなことも構っていられなかった。


 そうして・・


 月真院を出て40分近く経ってから、シンはやっと目的地・・天満屋の勝手口前に立っていた。


 (ここだよな・・?)

 勝手口には看板が無い。


 シンは少し迷ってから、戸口の横にぶら下がっている木槌でコンコンと板(注:江戸時代の呼び鈴)を叩いてみた。

 

 すると・・


 驚くほどすぐに、中からガタガタと閂を外す音がして、ゆっくり戸口が開いた。

 番頭姿の中年男が蝋燭を手に立っている。


 長身のシンを見上げると、納得したような顔つきでお辞儀をした。

 「山口様でございますね。お待ちしとりました」


 戸を全開にして、シンを手招く。

 「さ・・どうぞ中へ。お連れ様が先に部屋でお待ちどす」


 「あの・・ここ・・天満屋さんですか?」

 念のためシンが訊くと、番頭が頷いた。

 「へぇ、さようでございます。三浦様から山口様のお世話をことづかっとります」


 シンが中に入ると、番頭がすぐに戸口を閉める。

 閂を差す音を聞いて、シンはやっと息をついた。


 「どうぞご安心を・・お部屋にご案内いたします」

 番頭がゆっくり歩き出したので、シンは黙って後に続いた。


 (なんとか・・逃げ切れたってことか)

 両手を握りしめる。


 思った以上に・・汗をかいていたことに気が付いた。






 通された部屋に入ると、薄暗い行燈の灯りの中、窓の桟に片足を上げて座っている斎藤の姿があった。


 「斎藤さん・・」

 シンの声を聞いて、斎藤がゆっくり顔を向ける。

 「よう、無事か」


 面倒臭そうに立ち上がると、部屋の真ん中に敷かれた布団の上に、あぐらを組んで座り直した。


 「おめぇも座れよ」

 入口で立ったままのシンを見上げる。


 「あ?ああ・・はぁ」

 シンは促されるまま、入口近くの壁に背を持たせて体育座りをした。


 「さっきまで山崎さんがいたんだが・・オメェが遅いってんで、様子見に行った」

 斎藤の言葉に、シンが顔を上げる。

 「え?」


 (わざわざオレを探しに?)

 シンが意外そうな顔をしていると、斎藤がそれに答えるように言った。

 「オメェが捕まって、連中に下手なこと喋られちゃ、元も子もねぇからな」


 (あー・・そう)

 納得。


 「伊東を討つまで、身を潜めることになった」

 世間話のように斎藤が続ける。


 「えっ?」

 シンが思わず声を上げた。

 「その日が・・決まったんですか」


 「いや・・」

 斎藤は冷めた目線で空(くう)を見ている。


 その時・・スラリと障子が開いた。

 山崎が廊下に立っている。


 「山崎さん」

 シンが慌てて腰を浮かすと、山崎が部屋に入って後ろ手で障子をピシャリと閉めた。

 「無事に着いてたんだな」


 「すみません、遅くなって」

 シンが殊勝な言葉を吐くと、山崎が畳に腰を降ろした。

 「遅い。全力疾走しなかったな」


 (全力疾走って・・)

 シンの顔が微妙に強張る。

 「暗かったし・・道、間違えないようにって思って」


 「下手踏んだかと思って行ってみたら・・御陵衛士が河原町で聞き込みしてたんでな。引き返してきた」

 山崎は腕を組んで、淡々と続けた。


 御陵衛士が捜索中なら、まだ捕まっていないと判断したらしい。


 (山崎さん・・さっき出かけて、河原町まで往復してもう戻ったのか。どんな脚力してんだろ)

 シンはつくづく感心している。


 「長丁場になりそうか?」

 斎藤がボソリとつぶやいた。


 何日間も屋内でジッとするのは、考えるだけで苦痛だ。


 「まだハッキリしてない」

 山崎が息をつく。

 「だが・・そう長くもないだろう。大政奉還の後から局長の機嫌は最悪だ。伊東が、長州に肩入れした建白書を御所に送ってたことが分かってからは不動明王みてぇな顔つきだしな」


 伊東にとって新選組との協力関係は建前でしかなく、ハートはあくまで倒幕派なのだ。


 「一触即発だな。あとは・・きっかけ次第か」

 山崎がポツリとつぶやく。


 そのきっかけが・・5日後に起きる、坂本龍馬暗殺事件(近江屋事件)であった。






 「ほれ、みやげ」

 原田が手渡したのは、大きな丸い桶である。


 「あー、原田さん、卵のお店に行ってきたんですねー」

 薫が歓喜の声を上げた。


 「卵のお店」とは、先斗町(ぽんとちょう)にある『瓢亭(ひょうてい)』のことである。

 (※瓢亭は、日本で初めて「半熟卵」を作ったお店です)


 何度聞いても薫は瓢亭の名を覚えない。

 どこまでも「卵のお店」で通していた。


 瓢亭の本店は南禅寺通りにあり、隣りには湯豆腐で有名な『丹後屋』が並び、東山で人気の二軒だ。

 支店のある先斗町は、原田の十番隊が見廻りの担当地区なので、よく土産に半熟卵を買って来てくれる。


 原田は瓢亭で昼餉を済ませて来たらしい。

 「ああ、うまかったぜー」


 カラカラと笑う原田を、薫はやや恨めし気に見上げた。

 「いいなぁー・・あたしも、卵のお店に行ってみたい」


 薫は、土産にもらう半熟卵しか食べたことがないのだ。


 「ああ?ダーメだって。あっこは遠いし、土佐や薩長の連中も多いし」

 原田にアッサリ言い切られ、薫はガックリうなだれた。

 「ダメ、か・・」


 「そ~よ~、ダメダメ~♪」

 何が可笑しいのか、原田はゲラゲラ笑っている。


 薫は気を取り直して、桶の中を覗いた。

 ピカピカの卵が隙間なく並んでいる。


 (原田さんって気前いいよね)

 薫は原田の顔を眺めた。


 キャラのせいで何かが壊れているが、原田は土方と張る男前である。


 (顔は二の線で性格は三の線。背も高いし強いし、気前も良いし・・そりゃモテるよな)

 永倉が言っていた、原田は遊女にモテるという話を思い出した。


 すると・・


 「薫、その桶なに?」

 板の間にいつの間にか環が立っていて、土間を見下ろしていた。


 手に持った汚れ物のサラシを足元に置くと、炊事場に降りて来る。


 「原田さんのお土産。ホラ、環の好きな半熟卵」

 薫が桶の中を見せると、環が歓声を上げた。

 「きゃあ、おいしそー。たまんなーい」


 「おーい、お嬢。男の前で"たまんなーい"とか言うと、誘ってるって思われんぞー」

 環の背後から、原田も首を伸ばして桶を覗き込む。


 すると・・


 「うごっ」

 原田が、いきなり身体を丸めた。


 環が思いきり肘鉄をお見舞いしたのだ。


 (原田さんってセクハラさえ無かったらカッコイイんだけどなー)

 薫はゲホゲホと咳き込む原田を、勿体ない様子で眺めていた。




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