表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/53

第二百五十七話 遁走


 その日、シンは朝から斎藤と行動を共にしていた。


 斎藤の部下だった新選組隊士が、御陵衛士への加入を希望して、間諜として新選組内部を探ってもいいと言っていると、嘘の報告をして出て来た。


 蕎麦屋の屋台の前で、斎藤は袖からジャラジャラと何かを取り出した。

 シンの前にぶらさげて見せる。


 「鍵・・?」

 蕎麦を立ち食いしていたシンが箸を止める。


 「ああ、山崎さんから借りた。大抵の箪笥ならこれで開くとさ」

 斎藤の手には、沢山の鍵が下がった輪っかが掛けられていた。


 この当時、貴重品を保管する場所として、鍵付きの箪笥が使われていた。


 「今夜・・隊の軍資金を盗み出して、御陵衛士を抜ける」

 斎藤はそう言って、鍵を袖にしまい込む。


 「・・新選組は、御陵衛士を潰すんですか?」

 シンの質問を、斎藤はまるで聞こえないかのようにスルーする。

 「陽が落ちたら、オレはいつも通り祇園に繰り出すフリして屯所を出る。門限まで戻らねぇとなったら騒ぎになるから、その前に・・おめぇはオレを迎えに出るフリして、抜けろ」


 「・・・」

 シンは黙ったままだ。


 この期に及んでも、まだ迷っている。

 (オレは・・)


 「天満屋(てんまや)は知ってるな」

 斎藤の言葉を、シンがオウム返す。

 「天満屋って・・油小路の旅籠の?」


 西本願寺の目と鼻の先だ。


 「紀州藩の常宿だ。しばらくそこに身を潜める」

 斎藤は無表情に言葉を続ける。

 「山口次郎って名前で、すでに宿を取ってあるから」


 「山口次郎?」

 シンが訝しげな声を出すと、斎藤が蕎麦をすすりながら答えた。

 「偽名だよ。本名じゃ、さすがに宿帳にゃ書けねぇだろ」


 「・・ああ」

 逃亡中に名を変えるのは、当たり前である。


 「んで、オメェはオレの弟の山口三郎だ」

 斎藤は簡単にシンの偽名を決めた。


 「はぁ・・」

 シンはただ相槌だけ打つ。

 頭の中で別のことを考えていた。


 (天満屋って・・あの、天満屋事件の?)

 シンの頭に思い浮かんだのは、近江屋事件の後に起きる、歴史上の事件だった。


 (確か・・海援隊と陸援隊が、坂本龍馬を暗殺したのが紀州藩だと思い込んで、油小路の旅籠にいる紀州藩士を襲撃するんだったよな)

 頭の中の引き出しを必死で開けるが、入ってる情報はこれだけだ。


 (でも、天満屋事件が起きるのはまだ先だし。油小路の旅籠にいれば・・伊東さんを助ける手立てがあるかも)

 あやふやだったシンの気持ちは決まった。


 「・・わかりました。手はず通りに動きます」

 シンが頷くと、蕎麦を食い終えた斎藤が楊枝をくわえる。

 「下手踏むなよ」


 天満屋に潜伏する斎藤とシンを保護するのは、紀州藩公用方・三浦休太郎。


 三浦は、これから先に起きる近江屋事件の主犯として、陸奥陽之助(※紀州藩士だが強烈な尊攘派で海援隊に入隊)に嫌疑をかけられ、天満屋事件で命を狙われる人物だ。







 その夜、計画通り斎藤は祇園に繰り出した。(※フリをした)

 部屋に残ったシンは、ひとりマンジリとしている。


 すると・・


 スラリと障子が開いた。

 声もかけずに障子を開けたのは藤堂である。


 新選組の時と同じく、藤堂と斎藤とシンは3人で一部屋を使っているのだ。


 「斎藤は~・・妓(おんな)んとこか?」

 部屋を軽く見渡して、藤堂が言った。


 「はぁ、多分・・」

 シンは曖昧に答える。


 藤堂はコキコキと肩を鳴らし、シンが敷いた布団に座り込んだ。


 「ふぁぁ~」

 大あくびをしている。

 前髪が濡れているので、顔を洗ってきたばかりらしい。


 「藤堂さんは出かけないんですか?」

 シンは、藤堂も飲みに出てくれることを期待している。


 「あー・・昨日、あんま寝てねぇからなー」

 藤堂は頭をグシャグシャと掻きむしった。


 (え・・いるの?ここに)

 あからさまにガッカリする。


 (門限が来るまで、誰も軍資金が盗まれていることに気付きませんように・・)

 心の中で祈った。


 隊の金は、伊東が毎朝毎晩チェックしているが、今日はもう、夜のチェックは済んでいるので、朝まではバレないと思われる。


 シンは布団の上で膝をかかえた。

 目の前で涅槃のポーズを取る藤堂を眺める。


 (油小路の変で・・藤堂さんはどうなるんだ?)

 この問いの答えをシンは持っていない。


 (まさか、殺されたりしないよな・・近藤さんだって土方さんだって、藤堂さんのことは特別扱いしてたし)

 どうしても甘い期待が頭に浮かぶ。


 (でも・・もしも・・)

 シンがイヤな考えを振り払おうとした時、とつぜん藤堂に声をかけられた。

 「おめぇさぁ・・なんで新選組を抜けたんだ」


 驚いたシンが顔を上げると、いつの間にか藤堂は布団の上に仰向けに寝転がっていた。

 「え?」


 「おめぇら3人いっつも一緒だったじゃねぇか。なのになんで、あいつらから離れた」

 藤堂は両手を頭の後ろに組んで、目を瞑っている。


 あいつらとは、薫と環のことだろう。


 「べつに・・元々一緒だったわけじゃないし・・なんとなく連れになっただけで」

 シンは藤堂の突然の問いに、面喰いながらもシドロモドロに答える。


 (珍しいな・・藤堂さんが、んなこと訊くなんて)


 藤堂は基本的に突っ込まないタイプだ。

 カラッとシンプルな気質で、小難しいことや複雑なことは好きではない。


 「じゃあ、訊き方変えるか」

 藤堂がムクリと身体を横に起こして、また涅槃のポーズに戻った。

 「おめぇ、なんのために御陵衛士に入った?」


 シンは片膝を抱えたままで固まる。

 「え・・」


 「おめぇ、佐幕も倒幕も興味ねぇっつってたろ」

 藤堂は世間話の顔だ。

 「ここにいる理由なんざ、なーんもねぇだろが」


 シンは素早く頭を巡らせた。

 ここで疑われたら、斎藤が危なくなるかもしれない。


 「あの・・オレ・・伊東さんに、危ないとこ助けてもらったことあるから」

 シンはようよう言葉を絞り出す。


 順序が逆転しているが『嘘をつく時には真実を混ぜた方が良い』という鉄則を元に、とっさに理由をデッチ上げた。


 「へぇ、んなことあったのか」

 藤堂は意外そうな顔を見せたが、疑ってはいないようだ。


 「あの・・オレちょっと、斎藤さん、迎えに行ってきます」

 シンは立ち上がった。

 「なんか遅いから・・門限破ったらヤバイし」


 「ったく・・おめぇ、斎藤の世話女房だな」

 藤堂が呆れた声を出す。


 「・・やめてください、キモチワリィ」

 そう言って、シンは部屋を後にした。






 そのまま夜が更けても戻らない2人を、御陵衛士の隊士たちが捜索に出た。

 伊東の部屋には、篠原と藤堂が呼び出されている。


 「軍資金が持ち出されていた」

 伊東は腕を組んで正座したままつぶやいた。


 「なんぼたいね」

 篠原が訊くと、伊東が左手をパーにする。


 「50両かね」

 篠原が息をついた。

 「藤堂さんは、なーんも気づかんかったと?」


 「ああ・・すまねぇ」

 藤堂はアッサリと謝る。


 「金を持ち出したのは斎藤くんだとしても、何故シンくんまで姿をくらます」

 伊東が藤堂に顔を向けた。


 「ああ、シンのやつぁ斎藤の弟分・・ってゆーか、子分だからだろ」

 藤堂は首を傾げる。

 「斎藤にゃ、逆らえねぇように仕込まれてっから」


 「・・ったく、色里のおなごに入れあげちょるたぁ、聞いっちょたがのう」

 篠原がグシャグシャと頭を掻きむしった。

 「隊の銭に手ぇば付けて、遁走たぁ・・呆れたもんたい」


 「新選組に通じた可能性は?」

 伊東が藤堂に問いかける。


 「戻りたくても戻れねぇだろ」

 藤堂は、伊東の疑惑を簡単に否定した。


 「さぁ、どうかな・・」

 伊東がつぶやくと、そのまま部屋が静まり返る。


 「とりあえず・・祇園からシラミ潰しに探すしかなかとね」

 篠原が立ち上がった。

 「銭と情報・・どっちゃも取り戻さんとあかんけん」


 「祇園はねぇだろ。姿くらますんなら、もっと遠くに逃げんだろーが」

 藤堂は立ち上がると、ムッとする篠原を尻目に、先に部屋を後にした。


 そうして・・


 部屋に戻ると、立ち止まって入口の柱に寄りかかる。

 そのまま、ロウソクが灯された部屋の中を見渡した。


 「行っちまったか・・」

 部屋の真ん中まで入ると、「よ」とつぶやきながら座り込んだ。


 片膝立てると、ゆっくり部屋を眺める。 

 「ひとりだと、けっこう広ぇんだよなー・・この部屋」


 前髪をクシャクシャと掻いた。

 「まぁ・・長ぇ付き合いだったかなぁ」


 奇妙に明るい声でつぶやく。

 「うまく逃げ切ろよ・・2人とも」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ