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第二百五十六話 密談


 「おう、薫」

 原田が炊事場に続く板の間に姿を現した。


 朝起きて、顔を洗ったばかりらしい。

 前髪が濡れている。


 「それ総司のか?」

 原田が指さしたのは、お盆に載せた小さな土鍋だ。


 「あ、はい」

 白粥と梅干し、沖田の朝食だ。


 結局、昨日は熱が上がって、あのまま寝込んだ。

 夜中は激しく咳き込んでいた。


 「そっか」

 原田が息をついた。

 「しばらく休ませた方がいいなー」


 土方の留守中は、永倉と原田が隊士の面倒を見ている。


 「うーん・・しっかし」

 原田が柱に寄りかかって腕を組んだ。

 「あいつが大人しく寝てるってぇのは・・まさか、もうお迎えが」


 「原田さんっ!」

 薫と環が絶叫した。


 「冗談でも止めてください!」

 環に叱られて、原田は首をすくめる。

 「わぁーった、わぁーった」


 そのまま炊事場を後にする原田の背中を、2人は黙って見送った。


 環の前には、数種類の乾燥葉が散らばっている。

 全て漢方の原料だ。


 「このまま・・沖田さん、寝込んだきりなんて・・ならないよね」

 薫が不安気につぶやく。


 2人は言いきかせていた。

 だが・・どうしても不安が頭を離れない。


 『新選組の沖田総司は結核で早逝する』


 有名な話ではあるが、それがいつなのか、2人は分かってない。

 これに関してはシンもよく知らないようだった。


 (いつ、なんだろ・・?)


 今までずっと目を背けて、頭の中から追い出していた不安が、リアルに迫ってきている。

 ぬるい時間が終わりを告げるのは、もう間もないのかもしれない。


 「ねぇ・・」

 薫がつぶやく。

 「もし・・赤鬼の教授を見つけることができたら」


 「え?」

 環が顔を上げた。


 「例えば・・シンの時代に沖田さんを連れて行けば、すごい治療を受けられるのかな」

 薫の言葉を、環は驚いた顔で聞いていた。


 確かに・・平成よりさらに100年先なら、医療技術は格段に進歩しているだろう。

 重症化した結核の特効薬も開発されているかもしれない。


 環は薫から視線を外すと、ゆっくり首を振った。

 「ムリだよ、そんなの・・できっこない」


 「環」


 「薫も私も、シンも・・江戸時代に捨てられたんだよ。理由は分からないけど・・この時代に置き去りにされたんだから」

 環は薫を真っ直ぐに見据えた。

 「薫だってそう思ってるんでしょ。・・もう戻れないって」


 「あたしは・・」

 薫は土鍋の蓋に手を置いた。


 (わかんないよ・・)


 鍋はもう冷めていた。






 「沖田さーん、入りますよー」

 声をかけたが返事が無いので、薫は待たずに障子を開けた。


 中を覗くと、沖田がスヤスヤと寝入っている。


 (まだ寝てたかー・・)

 極力、物音を立てないように部屋に入った。


 お盆を置いて布団のそばに座る。

 (夕べも咳き込んでたな)


 寝顔をマジマジと覗き込むと、いきなりパチリと沖田が目を覚ました。

 「目の前に子豚が・・」


 (憎ったらしーっ!)

 薫は慌てて顔を離す。


 沖田が左手で頭を押さえながら半身を起こした。

 「うー・・」


 「目、覚めました?」

 薫が訊くと、沖田が頭をグシャグシャ掻きむしる。

 「ああ・・」


 (なんか二日酔いの人みたい)

 昨日より、やや顔色が良くなったように見えてホッとした。


 「朝ごはん持ってきました」

 薫は温め直した土鍋の蓋を開ける。


 白粥が美味そうな湯気を立てていた。

 小皿には、梅干しと浅漬けが載っている。


 「ふーん・・」

 沖田がボサボサ頭のままで、顔をお盆に向けた。

 「マトモな朝メシだな・・どうせまた、内臓だと思ったけど」


 「今日は消化の良いものにしたんです」

 薫は御粥を茶碗によそって沖田に差し出す。


 「はぁ、消火ぁ?」

 沖田がおかしな表情で受け取った。

 「消火の良いものって、なにそれ?」


 「あの・・そっちの消火じゃなくて、お腹に優しいって意味です」

 薫が慌てて言い直す。


 蕎麦を喉越しで飲み込む江戸っ子に、消化の概念なぞ無い。

 箸を受け取った沖田は、すぐに粥をすすり始めた。


 (良かった・・食欲はあるみたい)

 薫はホッと息をつく。


 「晩ごはん、何食べたいですか?好きなもの作りますよ」

 出血大サービスである。


 「あ?今から晩メシの話かよ」

 沖田が顔を上げた。


 少し考え込むような顔をしてから、ボソリとつぶやく。

 「・・シチュー」


 「え?」

 薫がやや驚いた顔をした。


 (意外・・カレーって言うかと思ったのに)

 体力が落ちているせいで、自然に身体が胃に優しいものを要求しているのかもしれない。


 「わかりました、シチューですね」

 薫はニッコリ笑った。


 (よし。根菜類タップリ入れて、柔らか~く煮込んじゃおう)

 沖田に食欲があるのが嬉しくて、俄然ヤル気になっている。


 顔色も良くなってるので、少し落ち着いたのかもしれない。


 「それと、土方さんから手紙・・じゃなくて、文が届きましたよ。もうすぐ京に戻るって」

 ついさっき飛脚が報せを運んできたのだ。


 「あそ」

 沖田は愛想の無い返事だ。


 「新しい人が沢山入ってきますね。沖田さん撃剣師範だから、また稽古つけなきゃ」

 薫が明るい声を出すと、沖田が味噌汁を啜りながらボソリとつぶやいた。

 「・・かったりぃ」


 (ったく・・昼行燈なんだから)

 薫は「しょうもない」という顔で沖田を眺める。 


 この日、暦が11月に変わった。

 坂本龍馬暗殺と伊東甲子太郎暗殺、2つの事件が起きる11月に。







 土方と井上源三郎が京に戻った翌々日、祇園の茶屋『千本』の一室で、山崎と斎藤とシンが密談をしていた。


 (なんでオレまで呼ばれたんだ?)

 シンが首を傾げる。


 斎藤が山崎と会っているのは知っていたが、シンが呼ばれたことは無かったのだ。


 「時期が迫って来た」

 山崎が口を開く。


 薄暗がりの中、蝋燭の灯りに照らされた顔は、普段より厳しい顔つきになっている。


 シンが顔を上げた。

 (時期?)


 「副長からの指示だ。潜入捜査は終了、2人には御陵衛士から抜けてもらう」

 山崎はあぐらをかいて腕組みをし、淡々と言葉を続ける。

 「紀州藩の三浦休太郎に渡りをつけてあるから、しばらくそこに匿ってもらえ」


 「しばらくって?」

 斎藤が訊き返す。


 「御陵衛士に入隊したら、新選組には戻ることは出来ん。そうゆう取り決めになってるからな」

 山崎の言葉が部屋に響く。

 「戻るのは・・御陵衛士を殲滅してからだ」


 シンは思わず息を飲んだ。

 (油小路の変が起きるのか・・?)


 「抜けるにゃ、理由がいんだろ」

 斎藤は冷めた顔つきだ。


 「隊の金を持ち出せ。横領して姿をくらますって筋書だ」

 山崎が言い放つ。

 「後は・・やつらが勝手に理由をアレコレ想像してくれるだろうさ」


 斎藤は、ここのところ祇園の女に入れ込んで通っているという風聞になっていた。


 「2人一緒に抜けたら怪しまれんじゃねーか」

 斎藤がシンの方をチラリと見る。


 「シンは共犯だ。斎藤が抜けた後、時間稼ぎするんだ。その後に、シンも姿をくらます」

 山崎が、シンの方を見た。

 「おめぇは、斎藤のパシリと思われてるからな。不自然じゃねぇだろ」


 シンはムッとした。

 パシリは自覚しているが、人から言われると、なんか腹が立つ。


 「後から抜ける方が難しくねぇか?」

 斎藤は眉をひそめた。

 どうやらシンの心配をしているらしい。


 「逃亡経路はオレが確保しとく」

 山崎がアッサリ言った。


 斎藤は息をついた。

 山崎がサポートするなら間違い無い。


 「尊攘派が近藤局長の暗殺を企てているらしい。伊東がそいつらと繋がってるのは間違いない。場合によっては、御陵衛士が新選組を襲撃する可能性がある。・・その前に」

 山崎は言いかけた言葉を止めた。


 『御陵衛士を殲滅』

 山崎が言った言葉が、シンの頭にこびりついている。


 (伊東さんが・・殺される)

 シンは、怖れていたことが現実となることをハッキリ肌で感じていた。





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