第三百一話 わからん
1
「鬼か。人ならぬ者・・そうかもしれないな。人の感情などを持っていては厳格なタイムワープができなくなる」
赤城が顎の前で手を組んだ。
「だから、適正検査があるんだよ」
シンが後を続ける。
「適正検査?」
環が眉を顰めた。
「ああ。体力知力と・・診断方法が公表されないメンタルテスト」
シンがポツリと答える。
「噂じゃ・・受かってんのは非共感気質のサイコパスばっかだってさ」
「サイコパス・・」
環が眉を顰めた。
「シンも・・受けたの?そのメンタルテスト」
「受かったから・・被験体になってる」
アッケラカンと答えが返ってくる。
すると・・
「お前の適正検査は『不可』だった。私が結果を改竄した」
赤城の言葉に、シンが振り返った。
「っ・・なんで?」
「お前を被験体にしてタイムワープさせるためだ」
赤城が当然のように答える。
「・・」
シンが腰を伸ばした。
「じゃあ、わざわざオレを江戸時代に飛ばして、こいつらを見張らせた理由はなに?・・薫と環が生まれたのは平成なのか?ひょっとして天昌時代だったりすんじゃねーの?さすがに江戸時代はねーよな、まさか」
赤城が目を上げた。
「そのまさかだ」
「・・え」
シンが固まる。
「薫と環、それからシンお前も・・江戸時代で生まれた」
赤城の答えに3人が口をポカンと開けた。
「は?」
「なに?」
「はぁ・・?」
2
「よろしいでっか?沖田さま」
お福は背筋をピンと伸ばして正座している。
向かいに座っている沖田は、一応正座はしているが、気抜けしたように身体が斜めに傾いていた。
「しゃんとしなはれ!」
お福が声を高くしたので、沖田が慌てて姿勢を正す。
「は、はい」
「ええでっか?この屋敷に来はりましたんや。あてのいうこと聞いてもらいますよって」
お福がメリハリの効いた口調で諭した。
(・・ここの主って、近藤さんのはずなんだけどなー)
沖田がポリポリと頬を掻く。
しかし、お福に言い返す気は毛頭ない。
言い負かされるに決まってるからだ。
「はぁ・・」
沖田の気のない返事に、お福の眉がピクリと上がる。
「まったく、相変わらずフニャフニャしてからに」
もはや沖田は相槌をつくのも辞めた。
どう返事しても小言を言われてしまうだろう。
「ともかく、あてがお預かりするんや。けったいな病なんぞ、すぐ治してみせますよって」
キリリと顔を引き締めるお福を見て、沖田がやや首を傾げた。
(ものっすげー怒りっぽいけど、その実けっこう優しいとか・・)
「近藤さまからも、よぉよぉ頼まれましたんや」
お福が重々しく頷くと、沖田が軽く息をつく。
「お福さんって、まだ近藤さんのこと好きだったりするの?」
沖田の地雷発言に、お福が思わず目を見開いた。
「なっ、なにゆうてはりますのや?けったいなことゆわんといてくんなはれ」
「あ~、悪ぃ。そうかなぁって思っただけ」
沖田がニッコリ笑う。
お福が苦々しくつぶやた。
「ほんまタチ悪いお弟子さんやわ・・ったく」
沖田はニコニコ笑っている。
(やっぱ醒ヶ井は気ぃ遣わなくていいや)
3
「どういうことだよ」
「なにそれ・・」
「うそ・・!」
シンと環と薫が掠れた声を出した。
赤城は無表情だ。
「どういうことだよ、センセイ!」
シンの声が高くなった。
「私が・・幼かったお前たちを江戸時代から連れ出して、時を超えた」
赤城の言葉を聞いて3人が顔を見合わせる。
薫と環は・・驚き過ぎて言葉が出てこないでいた。
「なんで・・」
シンが無理に平静な声を出す。
「なんで、そんなこと・・」
「すまないことをしたと思っている」
赤城が目を伏せ、ポツリと言った。
「・・オレたち、どこの誰なんだよ。だったら・・江戸時代に身内でもいるっての?」
シンの震える言葉に、赤城が顔を上げる。
「両親は・・亡くなっている」
「3人とも・・孤児(みなしご)ってことか」
シンがまるで安心したかのように息をついた。
「親戚がいるのかもしれんが・・詳しいことは私にもわからん」
赤城が注意深く答える。
「っ・・わからんって」
やっと環が口を開いた。
「こっちはそれこそわからんでしょ!なんなのよ、いったい。最初から・・ちゃんと話してよ」
環の声は震えて、目に静かな怒りが仄見える。
「そうよ・・聞かせて。最初から・・全部」
薫も口を開いた。
環の手を強く握っている。
「そうか。・・なら」
赤城が何かを思い出さすように、目線を上げた。
「18年前・・私はワームループの臨床のために自ら被験体になって時を超えた」