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第三百話 醒ヶ井


 「センセイ」

 シンが抑揚の無い声を出した。

 「・・こいつが目ぇ覚ますまでダンマリ?」


 赤城の視線は薫に固定されている。

 「・・もう覚ましたようだ」


 シンと環が反射的に振り返った。


 狭いお社の奥に赤城が座っている。

 向かい合わせにシンと環が座っており、後ろに薫が寝ていた。


 「薫、おい」

 シンが中腰になって薫を覗き込む。


 「大丈夫?」

 環が額を撫でると、薫が目を開けた。


 横を向いた薫の視線が、真っ直ぐ赤城に注がれる。


 ムクリと上半身を起こして、お社の中を見渡すと、ボソリと言った。

 「あたし、どんくらい寝てた?」


 「5分・・くらいだと思うけど」

 シンが答えると、薫が息をつく。

 「そっか・・」


 さして時間が経っていないことに安堵した。


 「まだ時間があるなら・・教えて。アンタ・・誰なの?」

 薫が再び赤城に顔を向ける。

 「あたしの・・あたし達のいったい何なの?」


 シンと環も赤城を見た。


 「そうだな」

 赤城の声は穏やかだ。

 「どこから話そうか、どうやって話そうか・・と、まだ思案しているが」


 「はじめから全部」

 環が言った。

 「知る権利ありますよね、わたし達。自分のことなんですから」


 赤城が答える。

 「もちろん」


 シンが身体をずらしたので、薫が2人の間に座った。


 「・・どこまで覚えている?わたしのことを」

 赤城が見つめると、薫が首を振った。 

 「なにも・・」


 ポツンとつぶやく。

 「あの時、神社で・・振り返った顔だけ。あとは、なんにも・・」


 薫が手を強く握りしめた。

 置き去りにされた感覚が蘇る・・。


 いつの間にか流れ出した涙に気づいてないように、目を大きく見開いた。


 「少し長くなるが・・いいか?」

 赤城の問いに3人が頷く。






 涙を拭おうとした時に、薫は腕に貼られた透明のテープに気付いた。


 見ると、腕や足のあちこちに貼られている。

 そこから暖かさが全身に伝わってきていた。


 「・・これは?」

 薫がテープに視線を落とすと、シンが答える。

 「ウォームバンだよ。平成でいう『貼るカイロ』がセロハンに変身したと思えばいい」


 「へぇ・・すご」

 いつのまにか首の後ろまでウォームバンが貼られていた。


 薫がさらに視線を落とす。


 「これも・・未来のもの?」

 お社の中央で真昼のような光をたたえている石を指差した。


 「それは・・蓄光石だ。陽の光を溜め込む性質を持っている」

 赤城が答えると、薫が顔を上げる。

 「へぇ・・すごい。何でもできちゃうんだ、未来だと。タイムマシンなんて、はた迷惑なモノまで作っちゃうし」


 赤城が横を向いた。

 「気付かなかった・・あってはいけないモノだと。まだ若くて愚かだった私は・・己れのルーツを探ることにばかり熱中していたからね」


 「・・ルーツ?」

 シンが眉を顰める。


 「ああ・・私の家系は、もとは赤鬼と書いてアカギと読ませていた。意味が不吉だったので、いつの間にか鬼という字が消されたらしい。私の顔は、身内からは先祖返りと言われたよ。外見で判断する人間には必ず敬遠されたし・・それでも、整形して偽って見せるのはイヤだった」


 少し間を置いて、赤城が話を続ける。

 「私は・・自分の血の元を確かめたいという欲求に駆られ、時を遡る方法を探した。大学の研究室に残り、ワームホール理論の検証を繰り返すうちに・・見つけたんだ。座標の計算式を」


 「不安定解、のだろ?」

 シンがフゥッと息をつくと、赤城が首を振った。

 「いや・・実用に耐えうる、絶対的計量を導くことができた」


 「え・・?」

 シンが真顔になる。

 「だっ・・て、最新のワームホールですら、いつ狂いが生じるか分からない危険なシロモノじゃないか」

 

 「ワームホールに狂いが生じた事例は、今まで1件も無い。全て・・計算した通りに時空間を抜けている」

 赤城がごく明瞭な声で答えた。

 「しかし・・実験結果は極秘事項として伏せられている。そうして、極秘にタイムワープが実用化されて、すでに久しい」


 「なんで隠してんの?世紀の大発見じゃないか」

 シンが信じられない顔つきで問うと、赤城が目を伏せる。

 「隠す必要があるからさ」


 乾いた声が低く響いた。

 「一番使われているのは、数日間や数時間前までのタイムワープだ。何百年も前にワープをするのと違って、準備も必要としないし、危険も少ない」


 「たった数時間前にタイムワープって・・なにしに行くの?」

 環が口を開いた。


 「事件や事故の捜査、災害の調査なんかだよ」

 赤城の答えに、シンが反射的に声を上げる。

 「事件・・事故?」


 赤城が顔を上げた。

 「殺人事件や、強姦、傷害事件の捜査や、交通事故の原因調査、自然災害の現状確認などに、ワームループが実際に使われている。要するに・・事件や事故や災害が起きる前に現場に行って、捜査員が生で目撃するんだよ。そうすれば真実が分かるからね」


 シンは固まった。


 確かに・・ワームループを低リスクで有用に活用できている。

 無駄な犯罪捜査や事故調査を必要とせず、冤罪も起きず、犯人の足取りも掴める。


 だが・・


 「・・目の前で人が殺されたり、死んでいくのを・・黙って見てるってこと?」

 環が手を握り締める。

 「女の人が強姦されたり、誰かが事故に遭うのを・・ただ見てるの?」


 「そうだ」

 赤城が無表情に答えた。

 「ほんの数秒前に起きたことでも、歴史を変えることは出来ない」

 

 環は身じろぎしない。


 薫の顔が歪む。

 「鬼・・っ」






 屯所の目と鼻の先、醒ヶ井通りに近藤の休息所がある。

 妾を囲っておく別宅である。


 この別宅は、そのまま「醒ヶ井」と呼ばれていた。


 醒ヶ井には、お孝という大坂曽根崎新地の太夫だった芸妓が、近藤に身請けをされて住んでいる。


 出入りする男は基本的に近藤だけだなのだが・・今夜は違った。


 「うぇ~・・」

 沖田が玄関前でダウンしている。


 屯所のすぐそばだが、姿を見られないよう駕籠に乗せられ、目くらましで島原まで廻り道をして移動したのだ。


 初めて、駕籠なるものに乗ったが、上下に揺れ、左右に揺れ・・揺れに揺れて、やっと休息所についた時には、すっかり気持ち悪くなっていた。


 「あ~・・」

 沖田が口を押える。

 (上げそう・・)


 ムリヤリ立ち上がると、源三郎に着せられた厚手の上着を脱いだ。

 (あ~・・地面、回ってらぁ)


 「・・二度と乗んねぇ」

 つぶやきながら、呼び出しの紐を引っ張ろうとした瞬間、目の前で戸が開く。


 「え、あ?」

 沖田が驚いた声を上げた。


 玄関に行燈を手にした女が立っている。

 「やっとこ、おましたなぁ、沖田さま。えろう遅いご到着でんな。いま何時(なんとき)やと思ぅとりますのや」


 年の頃は30才絡み。

 健康的な肌色で、口紅も差していない。

 背が高く細身だが、何故か腰回りだけ豊かで、なんとなく迫力がある。


 「すみません、お福さん」

 沖田が反射的に謝った。


 (相変わらずだな・・)


 お福は休息所の女中頭のような立場で、中のことを一手に引き受けている。

 お孝が大坂で芸妓をしていた頃、お福は揚屋で女中をしていた。


 もとは武家の出身だとの噂もあり、読み書きや算術にも長けている有能なお福を近藤がスカウトしたのだ。

 今では近藤すらもお福の言うことには逆らえないほどの権力者になっている。


 沖田も醒ヶ井には何度も招ばれているので、お福とは面識があるのだが・・顔を合わせると、なぜか叱り飛ばされ、たわいもないことで小言を言われるので、もはやお福を見ると、反射的に謝るのが身に沁みついてしまった。


 「近藤さまから伺っとりますわ。なんや・・病に罹りはったん聞きましてんで。確かに・・お痩せになられはりましたなぁ。好き嫌いばかりゆうてはるから、しょうもない病に罹るんですわ」

 自分の意見を一方的にまくし立て、勝手に怒っている。

 「さ。早う、中に入りなはれ。身体が冷えてまいますわ」


 せわしなく沖田を急き立てると、玄関の戸に手をかけキョロキョロと辺りを見渡し、静かに戸を閉めた。


 屋根の上に立つ人影には気付かない。


 「なーんだ・・近藤の休息所かぁ。こんな近くじゃ、すぐに屯所から応援が来ちゃうな」

 一二三が首を傾げた。


 屋根の端に立っている。 

 「ま、近藤がいなきゃ、女だけだから・・情報流せば、狙うヤツはいそうかも」


 ニコリと笑った。

 「ここじゃ・・襲ってくれって言ってるようなもんだよ。オニーチャン」







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