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第二百五十四話 偶然の事故


 伊東は篠原を伴って名古屋に出立したが、10日後には帰京した。


 (たったの10日で戻ってきたよ・・あのオッサン)

 シンはガックリした。


 伊東に京にいられると、いつ油小路の変が起きるかと、神経が休まらない。

 考えても仕方ないと思っても、伊東が脳天気に笑ってるところを見ると腹立たしくなってくる。


 (クッソーッ)

 縁側に座り込んで、グシャグシャと頭を掻きむしった。


 すると・・


 「シンくん」

 当の伊東が練習場の方からやって来る。


 「伊東さん」

 シンが立ち上がると、伊東がにこやかに話しかけてきた。

 「藤堂くんと斎藤くんは、また祇園に行ったのかな」


 「はぁ」

 「このところ隊務から上がるとしょっちゅうだねぇ」

 伊東が苦笑する。


 「はぁ」

 シンは曖昧な相槌を打つだけだが、空気を読まない伊東は全く気にしない。

 「まぁ、2人とも若いからなぁ」


 御陵衛士の隊士たちは、斎藤と藤堂の祇園通いを、若さに任せた風俗通いと思っているが・・斎藤は山崎と密談、藤堂は鈴に焼き芋を食べさせてるだけである。


 (どっちも女遊びはしてないみたいだけどな)

 シンは口に出さずに考えた。


 「しかし・・そろそろ気を引き締めてもらわないと」

 伊東は真面目な顔つきで腕を組み直す。

 「いま佐幕派と討幕派は一触即発の状態だからね」


 (一触即発か・・)

 心の中でつぶやいた。


 史実では、来月10月15日に大政奉還が勅許される。


 (その前に討幕派の動きが極端になるんだよな・・薩摩と長州のラスボス2人が暗躍しまくって)

 シンは幕末の年表を頭の中で時系列に並べた。


 (油小路の変はいつなんだ・・)

 何度考えても自分の中に答えは無い。


 「あの・・伊東さん」

 「ん?なんだい」

 伊東がにこやかに応える。


 シンは無意識で拳を握りしめた。

 (日付は分からないけど・・新選組に呼び出されて、呑まされて酔っぱらったところを襲われる筈だ)


 「新選組から招ばれても絶対に・・」

 シンが言いかけた瞬間、もの凄い力で伊東に腕を引かれた。


 ガラ・・ガシャンッ


 凄まじい音がして・・気が付くと、シンは腕を引かれた勢いで地べたに倒れ込んでいる。

 そして、つい今立っていた場所には、黒い重い瓦がコナゴナになって積み上がっていた。


 半身を起こして振り返ったシンはゾッとした。

 (あそこに立ってたら脳天に激突・・)


 伊東がノンビリと縁側の屋根を見上げる。

 「ここも古い寺だからなぁ・・そろそろ補修が必要だねぇ」


 座り込んで土に後ろ手を付いた姿勢のまま、シンが大きく息を吐いた。

 (あっぶねぇー・・)






 『カレーは腐るとウンコに変わる』という薫の嘘を半信半疑のままで、土方は井上源三郎とともに江戸に下った。

 新入隊士の募集のためである。


 「なんか、さみしそうだね」

 環がクスリと笑うと、薫がブンブン首を横に振った。

 「ううん、全然」


 しかしその実、けっこう残念である。

 薫はカレーの次にカルボナーラに挑戦しようと目論んでいた。


 パスタの替わりに饂飩の麺で代用してみようと意気込んでいたのだが、新しもの好きの土方がいなくなると非常に張り合いが無い。


 今日は洗濯場で足踏み洗濯をしながら2人で井戸端会議だ。


 洗っているのは自分たちの着物である。

 隊士たちの洗濯は新入りの平隊士の仕事になっていた。


 「あのさ・・」

 環が声をひそめる。


 「ん?」

 薫が顔を向けると、環が足踏みを止めた。

 「1867年、つまり慶応3年の10月には大政奉還が、12月には王政復古の大号令があるんだよね」


 和暦と西暦については、以前シンから教えてもらっていた。


 「大政奉還と王政復古・・聞いたことある」

 薫が首を傾げると、環が息をつく。

 「そりゃ教科書に載ってるもん。幕府が終わる歴史的事件だから」


 「それって」

 薫の足踏みも止まった。

 「・・来月じゃない」


 「うん、そう。徳川が政権を朝廷に返上して幕府は終わり」

 環のことさら淡々とした説明に、薫が困惑顔でつぶやく。

 「・・ってことは、新選組はどうなるの?」


 「わかんない」

 環がポツンと答えると、そのまま2人は無言になった。


 すると・・


 「ちょうど良かったぜ」

 洗濯場の入口に沖田が立っている。


 薄手の羽織を手に、洗濯場に入って来た。

 「辛ぇ(カレー)のシミが落ちねぇんだ」


 言いながら、バサリと羽織を薫と環の頭にかぶせる。


 「うぷっ・・もう」

 2人がかぶせられた羽織を手で引っ張った。


 見ると・・羽織の胸元辺りに液体が垂れたような黄色い跡が残っている。


 「これ多分もう落ちませんよ」

 環が冷酷に言い放つ。


 「えっ」

 沖田は困ったような声をあげると、真面目な顔で腕を組んだ。

 「なんとかしろ。簡単に諦めんな」


 2人は顔を見合わせる。


 「カレーのシミは頑固だもん」

 薫は端(はな)からヤル気無しだ。

 「これ若草色だから、黄色はそんなに目立たないですよ」


 我慢して着ろ、と言う意味だ。


 「ええ?」

 沖田のうなり声を聞いて、仕方なく薫が提案する。

 「だったらいっそ、この羽織、黄色に染めちゃったらいんじゃないですか?」


 「はぁ?黄色の羽織なんか着れるか、バカかよ」

 沖田が露骨に顔をしかめた。


 確かに・・真っ黄色の羽織を着たりしたら、落語の師匠か、カレー好きの和風キレンジャーである。


 「黄色じゃなくて黒は?」

 今度は環が提案した。

 「黒だったらいんじゃないですか。隊務でも使えるし」


 「黒か・・」

 沖田がつぶやく。


 2人の手から羽織を取り返すと「ふーん」と首を傾げて戸口に引き返す。


 そのまま沖田がいなくなると、2人が息をついた。


 「大政奉還も王政復古も・・沖田さんには興味無さそうだよね」

 環の問いかけに、薫が頷く。

 「うん」


 「極楽とんぼ」

 「昼行燈」

 2人同時に沖田が消えた戸口を眺めてつぶやいた。







 シンは部屋の中で考え込んでいる。

 藤堂と斎藤が祇園に行ってるので、部屋にはシン1人だ。


 (あのタイミングで屋根の瓦が落ちてくるってのは・・)

 寝転がり、頭の後ろに手を組む。


 「オレ・・消されかけたのかな」

 つぶやいた。


 (歴史を変えようとする者は、歴史に抹殺されるってことか?)

 ムクリと半身を起こす。


 シンは身体を伸ばして、自分の荷物を入れた風呂敷包みを引っ張った。


 着替えの間に乳白色のショックガンが鈍く光っている。

 それと・・ウェラブル端末の腕時計。


 時々・・引っ張り出しては、自分がこの時代の人間でないことを己に認識させていた。


 『歴史ヲ改変スルベカラズ』

 気が緩むとつい犯しそうになるタイムトラベラーの禁忌を肝に銘じるためである。


 ふぅーっと息をついて頭を掻きむしる。

 「バカだな・・」


 激動の幕末で、死ぬ運命の人間を助けていたらキリが無い。

 それによって違う人間が死ぬことになってしまう可能性もある。


 自分の周りの人間だけはなんとしても助かって欲しいと思うのは、自己中心的かつ甘えた感傷であり、許されないことなのだ。

 そう自分に言い聞かせてはいるのだが・・。


 「どうも出来ないよな・・」

 つぶやきが漏れる。


 (些細な変化は修復出来るけど、修復出来ない程の変化は、起きる前に元凶を消すってことか)


 伊東は油小路で斬殺される。

 その未来を変えることは出来ないだろう。


 だが・・さっきシンは伊東に助けてもらった。

 伊東が腕を引いてくれなかったら、落ちた瓦がシンの頭蓋骨を陥没させていた筈だ。


 (死んだことにして助け出すとか出来ないのかな)

 諦めきれず、つい考えてしまう。


 (にしても・・)

 シンはふと気付いた。


 (久しぶりだな・・ああゆう目に逢うの)

 唐突に、元の時代のことを思い出す。


 シンにとっての元の時代・・平成のさらに100年先。

 天昌時代でシンは良く事故に逢っていた。


 安全管理も道路整備も、インフラが格段に進歩した未来で、何故かシンは日常的にごく低い確率で起きる事故の巻き添えを食っていた。


 『ただ単に運が悪い』『無自覚の自殺願望』『ありえないけど呪い』等々・・周囲から興味半分で噂されていた。


 だが、いつもギリギリで助かるので『メチャクチャ悪運強いだろ』という評価も同時に得ていたのだが・・。


 それが、江戸時代に来てから事故に遭遇することがパッタリ無くなった。

 江戸時代の方が遥かに事故の頻度は高い筈なのに、だ。


 (分かんねーなー・・いくら考えても)


 自分の中には答えは無い。

 それだけはハッキリしている。





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