表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/53

第二百九十八話 選択


 屯所は朝から大騒ぎだ。


 幕府が無くなるというのだから「我々はこれからどうなるのか?」という様相である。


 薫と環とシンの3人は・・言葉数少なく、ひたすら仕事に没頭した。

 いや・・没頭しているフリをしていたのだ。


 お昼までは、自分たちが何をしていたのか、ほとんど覚えていない。

 ただ機械的に身体を動かしていた。


 頭の中にあるのは、新選組のことよりも・・今夜、自分たちの身の上に起きるであろう、何か・・。


 (ほんとに元の時代に戻れるの?)


 (戻ったら、もう二度と江戸時代には来れない?)


 (今夜を逃せば、もう戻るチャンスは来ないの?)


 薫と環の頭の中は、同じ自問自答がグルグル繰り返されている。


 これは、シンが言った言葉のせいだ。

 「教授に会う前に、気持ちの整理はつけておけよ。元の時代に戻る機会は、もう来ないかもしれないからさ」


 そのシンは・・屯所の裏の林の中で、考え込んでいた。


 細い立木に寄りかかって、白い花弁のような雪をボンヤリと眺めている。


 ブルリと身体と震わせると、寒そうに腕を組んだ。

 白い息が漏れる。


 (つい・・嘘言っちまった)

 薫と環に「元の時代に戻るか戻らないか決めろ」と言ったことだ。


 (多分・・選択権なんて無い)

 カンのようなものだが、不思議と確信もしている。

 (元の時代に戻るのか、このまま江戸時代に残るのか・・オレたちにはおそらく選ぶ権利なんて無い。多分、告げられるだけだ・・あの人に。最初から"織り込み済"の決められた未来を)





 薫が障子の隙間から覗きこむと、敷かれた布団だけが部屋の中央にあった。

 部屋の住人はいない。


 (厠にでも行ってるのかな・・?)

 首を傾げると、背後に気配を感じる。


 「ん?」

 振り返ると・・後ろに沖田が立っていた。


 「ぎゃっ」

 薫が驚いた声を上げると、沖田が眉を顰めて見下ろす。

 「オメェ・・なに出歯亀やってんだ」


 「ごっ、ごめんなさい」

 薫はアワアワと言い訳した。

 「あの、その・・元気にしてるかなって」


 「は?」

 沖田が訝しげに顔を傾げる。


 薫は手旗信号のように必死に両手をバタつかせた。

 「いやっ、じゃなくて・・お昼ゴハンちゃんと食べたかなって」


 「・・食った」

 沖田が一言で片づけると、薫ももう言葉が出てこない。


 すると・・大広間の方から、数人が怒鳴り合あってる声が聞こえた。


 「あ~・・なんか、すげぇ騒ぎだな」

 沖田が顔を後ろに向ける。


 「え?ああ・・」

 薫が息をついた。

 (確かに・・昼ゴハンの時も、やたら大声で怒鳴り合ったり、小声でヒソヒソ話し込んだりしてたけど)


 見上げると・・沖田の顎のラインが目に入る。

 「沖田さんは・・いつもと変わんないですね」


 「あ?」

 沖田が薫を見下ろした。


 「やっぱ・・会えなくなったら、やだな」

 薫がポツリとつぶやく。


 「・・源さんから聞いたのか?」

 沖田が眉を顰めると、薫が目を開いた。

 「え、なんですか?」


 「・・いや、なんでもねぇ」

 沖田が拍子抜けしたような顔をすると、薫がポツンと言葉を落とす。

 「ここから離れたくないな・・」


 すると・・


 沖田が薫の頭に手を置いた。


 「だったら、いりゃあいいだろ」

 ポンと薫の頭をはたく。


 薫は無意識に、沖田の着物の袖を握りしめた。


 コクンと頷く。

 (どこにも行かない)


 それでも・・育ててくれた園長先生や施設の子ども達の顔が、どうしようもなく頭に浮かんでいた。





 「新遊撃隊御雇・・ねぇ」

 原田が、手にした紙の上の墨文字を読み上げた。


 「・・ったく、舌噛みそうだぜ」

 永倉はパチのそばにしゃがんでいる。


 「なぁ、環」

 原田が振り返った。


 「・・・」

 環は木に寄りかかってボンヤリしている。


 「・・環?」

 永倉が見上げた。


 「えっ、あっ・・ごめんなさい。・・ボンヤリしてた」

 環が我に返ったように慌てて身体を伸ばす。


 「いや・・無理ねぇよな。オレたちだって信じらんねぇ。幕府を無くすなんてよ」

 永倉が立ち上がって腕を組んだ。


 「役人全員解雇するってんじゃねーだろなー」

 原田が手にした紙を丸める。


 永倉が不機嫌そうに頭を掻いた。

 「そりゃ、シャレんなんねーだろ。んなことしたら町中しっちゃかめっちゃかだ」


 環は・・別のことを考えていた。

 (どうしよう・・戻りたいけど・・気持ちが定まらない)


 「どうした?環」

 永倉が覗き込む。


 「えっ、いや、ちょっと・・色々考えちゃって」

 環が慌てて手を振った。


 原田が首を傾げる。

 「心配すんなって。お嬢と薫はオレたちが守ってやっから。あの下っ端はどうでもいいけど」


 「おう、安心しろよ」

 永倉が明るく応える。


 ・・環は恥ずかしくなってしまった。

 (やだ。私・・新選組が大変な時に、元の時代に戻れるかどうかって、そればっかり考えてる)


 「・・ごめんなさい」

 ポツリとつぶやく。


 「あん?」

 永倉が首を傾げた。


 「どーしたんだよ、お嬢。似合わねーぞ、んな暗ぇ顔。元気出せよ、ほら~」

 原田が唇を突き出して、環のホッペにチューしようと身体を傾けた。


 すると・・


 いつもはすぐに、ビンタをかますか、蹴りを入れるか、肘鉄を食らわす環が、動かずにジッとしている。


 「ん?」

 原田が唇を突き出したままで、背を伸ばす。


 「どうした、環」

 永倉が声を掛けると、環が顔を上げた。


 ・・目に涙が浮かんでいる。


 「え、おい・・ちょっと」

 「やべぇ・・すぐ目医者に行ってこい、環」


 見慣れない光景に、永倉と原田は困惑顔だ。


 「う・・ふぐっ・・」

 環が口を手の甲で押さえて小さく嗚咽した。


 (どうしよう・・ここから離れたくない、私。・・お父さん、お母さん)






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ