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第二百九十七話 伝言


 翌朝。

 遅い日の出を、シンは縁側でボンヤリ眺めていた。


 (・・とうとう始まんだな・・)

 寝不足で頭の芯が痺れるような感じがする。


 慶応3年12月9日。

 王政復古の大号令が発せられる歴史的な日。


 (ひと月もしないうちに鳥羽伏見の戦いが始まる・・そしたら)

 ギュッと手を握り締めた。


 幕軍の負けに終わる戊辰戦争の火蓋が切って落とされる。


 (どうすりゃいんだ・・)

 平成から来た薫と環が幕末の戦に巻き込まれることなどあってはならないと思いながらも・・ここまで来てしまった。


 新選組に妙な信頼感を持ったせいかもしれない。

 土方は、薫と環を危険な目に遭わせることは絶対に避けようとするだろう。


 (・・っつってもなぁ)

 頭をグシャグシャ掻きむしる。


 悶々していると・・ザッ、ザッ、と砂利を踏みしめる足音が近付いてきた。


 顔を上げると・・


 「あ、井上さん・・?」

 シンが立ち上がる。


 昼夜を問わず事件があれば新選組にやって来る大助は、今朝も顔パスで門番の前を素通りしてきたのだろう。


 「よー、起きてたのか、鬼っ子。はえーな」

 目の下にクマが出来ている。


 (また事件でもあって寝てないのかな)

 シンは軽く頭を下げた。

 「おはようございます、井上さん。今日はまた随分早いですね」


 「ああ、ちょうど良かった。オメェに用があったんだ」

 大助がシンの目の前で立ち止まる。


 「オレに?」

 シンが首を傾げた。


 「ああ。・・オメェが前に探してた、赤鬼からの言付けだぜ。今夜、鳥居に来いとよ」

 大助の言葉に、シンがポカンとする。


 言葉が出てこない。


 固まったまま動かないシンを、無表情に見据えながら大助が続けた。

 「あと・・環ちゃんと薫ちゃんも連れて来いとさ」


 「なん・で・・」

 乾いた声を振り絞るシンに、大助がすげなく首を振る。

 「知らねぇよ。オレぁ言付かっただけだ」


 「いつ・・会ったんですか」

 声が震えていた。


 大助が顔を反らす。

 「ゆうべ、偶然・・長屋でな」


 「偶然・・?」

 (なわけねーだろ!どこまですっとぼけてんだ)

 シンは本気でイラッとした。


 「あいつぁ・・オメェに会おうとあちこちで姿晒してたらしい。鬼の噂がオメェの耳に入るようにってな」

 大助は声を低める。

 「けどなぁ・・」


 次の言葉をシンは待ったが・・途切れた。


 大助が突如、頭を掻きむしる。

 「いや・・そんだけだ。伝えたぜ。じゃあな」


 踵を返した大助を、シンは呆然と見送った。

 (じゃあ・・元の時代に戻れんのか。戊辰戦争の前に?)






 砂利を踏みながら、大助は昨夜の赤城との会話を思い出していた。


 「シンって野郎は、オメェに捨てられたとか言ってたぜ。迎えに来たんだな」

 大助がふざけた口調で訊くと、赤城が黙ったまま目を落とす。


 「違うのか」

 大助がさらに訊くと、赤城が重い口を開いた。

 「・・私は過ちを犯しました。これ以上、間違いを重ねないよう肝に銘じています」


 「・・?」

 意味が分からない。


 しかし大助は問い質すことはしなかった。

 その後、赤城と短い会話を終えて、あっさり長屋を後にした。


 自分の出番はここまでだ。

 これ以上、出る幕は無い。


 赤鬼の正体・・新選組の居候の正体・・興味は沸くし、知りたくないわけではない。

 だが、お門違いなお節介は野暮というものだ。


 「あの鬼と会うこたぁ、もうねぇだろうな」

 なんだか少し可笑しかった。


 シンと分かれた大助が、砂利を踏みしめ門に向かうと、玄関の方から声が聞こえる。

 「副長、お待ちください!」


 大助が顔を向けると・・ガラリと玄関の戸が開いて、土方が鬼の形相で出てきた。

 後ろに山崎が続いて出て来る。


 大助とバッタリかち合うや、土方が足を止めた。

 「オメェ・・何やってんだ、こんなとこで。随分悠長じゃねぇか。ああ?」


 「は?」

 大助が訊き返す。


 土方は、大助が屯所にいることに怒っているのではなく、どうも、切羽詰まった状況を知らないでいることにイラついているらしい。


 「どうしたんです。なんか事件でも・・」

 大助の呑気な問いが、土方を更にイラつかせた。

 「どうもこうもねぇよ。ゆうべからの朝議で、幕府のお取り潰しが決まったんだとよ。所司代も守護職も・・テメェら御役所も、お役御免の召し上げだ」


 大助がポカンと口を開ける。


 土方がズンズンと門に向かって歩き出した。


 山崎が通り過ぎまに声をかける。

 「大助くん、すぐ戻った方がいい。役所はすでに大騒ぎだよ」


 大助は振り返ると、すぐに自分も門に向かって走り出した。


 玄関から井上源三郎が出てくる。

 「いったい、どうなるんじゃ・・これから」


 玄関の板の間には、沖田が片足を載せてダラリと腰掛けていた。


 首をボリボリと掻きながら、表の源三郎に声をかける。

 「源さん」


 「・・なんじゃ」

 源三郎は門の方を向いたまま応えた。


 「こないだの醒ヶ井のことだけどさ・・行くことにしたから」

 沖田がノッソリ立ち上がる。


 「総司・・」

 源三郎が振り返った。


 「そうと決まりゃ・・善は急げだな」

 沖田がクルリと背を向けて、ヒラヒラ手を振った。






 「環、手拭取ってくれる?」

 ぬるま湯で顔を洗いながら、薫が声をかけた。


 冬の朝はことに寒いので、湯に手を浸すだけでも生き返る気がする。


 「はい」

 環が背後からヒョイと、薫の目の前に手拭をぶら下げた。


 受け取った薫が顔を拭いていると、ガラリと勝手口の戸が開いて、冷たい風が入り込む。


 「あれ、シン。早いねー」

 環が声をかけた。


 シンは返事をせずに立ったままだ。


 「ちょっと、早く戸閉めてよ。寒いじゃない」

 環に小言を言われて、シンは後ろ手で戸を閉めた。

 

 「どうしたの、ボーッとして」

 薫が首を傾げる。


 「今日、なんの日か知ってるか」

 シンが唐突に訊いた。


 薫と環が目を合わせて首を振る。


 シンが息をついた。

 「王政復古の大号令って・・知ってるだろ」


 「知ってるに決まって・・って・・え?もしかして今日・・」

 環が言いかけると、シンが頷く。

 「うん」


 薫は呑気なものだ。

 「王政復古のナントカって、この前の大政奉還となんか違うの」


 「全然違う。大政奉還は、政権を朝廷に返したってだけだった。幕府は残ってたし体制も変わって無かったけど。王政復古の大号令は全く違う。幕府を解体するために徳川を潰す・・薩長が起こしたクーデターだ」

 シンはサラサラと説明した。


 「クーデター・・」

 薫がオウム返しにつぶやく。


 「戦争が始まる」

 シンの声が低くなる。


 薫と環は固まっていた。


 シンが深く息をつく。

 「・・その前にさ。もし元の時代に戻れるとしたら・・どうする?」


 「え?」

 薫と環が異口同音に反応した。


 「元の時代に・・戻りたい?戻りたくない?」

 シンが畳みかけるのを、環が遮る。

 「ちょ・・ちょっと待ってよ。そんなこと・・考えたって」


 「もし戻れるとしたら?」

 シンが顔を上げた。


 「え?」

 環が目を開く。


 「井上さんが伝言を持って来たんだ」

 シンが右手を握りしめた。


 「伝言?」

 薫が眉を顰める。


 何故か・・シンは辛そうだ。

 「"鳥居で赤鬼が待ってる"・・って。赤城教授が来てる、今ここに。・・鳥居でオレたちを待ってる」


 「うそ・・」

 環が引き攣った声を出す。


 薫の手から手拭がスルリと落ちた。






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