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第二百九十六話 再会


 「死にますよ」


 冷気の籠った風が、開いた戸から部屋に入り込むと同時に、暗闇に響く声が聞こえる。

 一瞬、眠気に襲われた大助がビクリと顔を上げた。


 入口に顔を向けると・・提灯の火が消えた暗闇の中に人影が見える。


 月灯りで足元だけボンヤリ見てとれるが、膝下を見ただけで、かなりの長身であることが分かった。


 長い人影が身を屈めて戸をくぐる。

 大助が反射的に立ち上がった。


 「こんな寒い夜に、暖の無い部屋で眠りこんだら、凍死してしまいます」

 天井に近い位置から声が降って来る。


 訛りのない流暢な日本語は、地方出の武士達が話す言葉などより、よほど聞き易いものだ。


 驚きは無い。

 赤鬼が言葉を話せることは分かっていた。


 「ひさしぶりだな・・元気だったか」

 大助は、同級生に声でもかけるような口調だ。


 「ひさしぶりです、井上大助さん」

 巨大な影が前に出る。


 「あの節は・・大変お世話になりました」

 90度以上に頭を下げた。

 「あなたは・・命の恩人です」


 大助が頭を掻く。

 「おめぇを助けたのは安斎先生だ。オレじゃねぇ」


 巨大な影が頭を上げた。

 「安斎医師も、あなたも・・沖田さんと弥彦さんも・・私にとっては命の恩人です」


 (・・やっぱりな)

 大助は一人で納得している。


 この鬼には知性と教養がある。

 言葉が分からないふりをしていた時も、仕草や身振り素振りから感じていた。


 「おめぇ、名前はなんてんだ」

 訊きたいことは山程あるが、先ずは呼び方が分からないと会話が不便だ。


 「赤城(あかぎ)、といいます」

 答えた声には、どこか嬉しげな響きがあった。






 「んじゃ・・赤城さん」

 大助が声をかけると、赤城が応える。

 「赤城で結構ですよ。どうぞ呼び捨てで」


 「そうか」

 大助が拍子抜けしたように腰を下ろした。

 「んじゃ、おめぇも座れよ。赤城」


 「はい、失礼します」

 赤城が前に進む。


 「これをどうぞ」

 腰を下ろすと、ヒョイと大助に何か差し出した。


 「?」

 暗くてよく見えない。


 赤城が大助の手を取って、手首の辺りに何か貼り付けた。


 「なんだ?」

 大助が身じろぎする。


 「あ・・?」

 手首に目を凝らすが、やはり暗くて見えない。


 「なんだ・・こりゃ」

 手首からドンドン身体が暖まってくる。


 「足や首の辺りにも貼ってみてください」

 赤城は袖からさらに数枚取り出し、めくり剥がして大助に手渡した。


 言われるままに受け取った大助が、身体のあちこちに貼ると、驚くほど暖かさが広がる。


 「鬼の妖術かなんかか?」

 半ば本気で訊くと、赤城が苦笑する。

 「私は鬼ではありません・・ですが、妖術と思ってもらえば助かります」


 この透明テープはウォームバンと言って、小さいサイズでも広範囲に身体を暖めることができる優れものである。

 皮膚に直接貼ってもカブレや火傷を起こすことのない、天昌時代の冬の定番商品だ。


 「そうだな、鬼じゃねぇ。異人でもねぇ」

 大助が手を握りしめた。


 「おめぇ・・どっから来たんだ?どこに住んで、何やってる?仲間はいんのか?なんだってまた現れた」

 大助が一気に問う。

 「あの鳥居は・・一体なんなんだ」


 赤城は、しばしの沈黙の後で答えた。

 「大変申し訳ありません。あなたの質問のほとんどに答えることができません。ただ一つだけ・・ここに現れた理由は言えます」


 大助が顔を上げる。

 さっきより月灯りが強くなっていた。


 「人を探しています」

 ポツリと答える。


 大助が息をついた。

 「そいつを呼び出すために、あちこちで姿晒してたのか?」


 「ええ・・私がに来ていることを知らせるためです」

 赤城が俯く。


 「そりゃ、宛てが外れて残念だったなぁ。オレが来て拍子抜けしたろ」

 大助が首をすくめた。


 赤城がクスリと笑う。

 「確かに・・私が待っていたのはあなたではありませんが、あなたが来てくれたことは幸運だと思います」


 大助が訝しそうに見ると、窓から差し込む月の光に赤城の顔が照らされる。


 (え・・?)

 眉間に皺を寄せて凝視する。

 (どうゆうこった?)






 大助が驚いたのは、月明りにほの見える赤城の顔だった。


 3年以上は経っている。

 多少、面変わりするのは仕方がない。


 しかし・・赤城の顔はあまりにも老けていた。


 鬼と見まごう厳つい容姿ではあったが、青年と呼べる風貌であったのが、いま目の前にいるのは、どう見ても中年、いや、いっそ初老に見える。


 赤毛には、幾筋もの白髪が混じっていた。


 「おめぇ・・鬼じゃなくて浦島太郎か」

 大助のつぶやきを聞いて、赤城が小さく笑う。

 「ああ・・私が老けたのが不思議なのですね。・・無理もないですが」


 赤城が前髪をクシャリとかき上げた。

 「そのことについても、残念ながらお答えすることはできません」


 大助が諦めたように息をつく。


 シンのことがつい思い出された。

 (あいつも・・何かっちゃ、"かもしれません"ばっか言ってたな)


 「おめぇの探し人ってのは、シンって野郎のことだろ」

 大助の一言が、赤城を驚かせた。

 「・・・」


 ユラリ立ち上がって、中腰になる。


 「不思議なことです・・どうやらあなたは、この時代で私の運命を握ってるらしい」

 暗闇に赤城の低い声が響いた。


 大助が頭を上げる。


 「考えてみれば・・廻り方同心のあなたが、私が必要とする情報を持っているのは、まぁ、あることかもしれませんね」

 赤城が独り言のようにつぶやいた。


 「では、私の探し人が今どこにいるのかも知っているのですか」

 赤城の問いに、大助は簡潔に答える。

 「ああ」


 「そうですか」

 息をつく。

 「実は・・シンの他にもまだ、探している人物がいます」


 「・・ひょっとして・・環ちゃんと薫ちゃんのことか?」

 大助が発した言葉は、面白いくらいに赤城を驚かせた。

 「っ、あなたは一体・・」


 「あいつら3人とも、同じとこにいるぜ」

 大助が両手を後ろについて、身を反らせる。


 「・・どこですか」

 赤城の声は少し震えていた。


 「新選組の屯所だよ」

 大助が簡単に答える。







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