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第二百九十四話 ヘタレ


 「早く来てくれ・・センセイ」

 斎藤がつぶやく。


 梅戸勝之進が低いうめき声を上げていた。

 出血は多いが、まだ息がある。


 シンが南部を呼びに走っていた。

 山崎の金創術では手に余る。


 すると・・


 「おい」

 玄関の方から声がかかった。

 天満屋の人間は逃げ出して誰もいない。


 「おーい」

 声が近づいてきた。

 中に入って来る足音が聞こえる。


 「センセイ!」

 斎藤が勇んで立ち上がった。

 部屋の障子を勢いよく開けると、廊下を歩いて来た男とかちあう。


 「お?」

 驚いた顔をしているのは、廻り方同心の井上大助だ。

 後ろに弥彦が立っている。


 「斎藤か。まーた騒ぎ起こしてくれたな。いい加減・・」

 最後まで言うことが出来なかった。


 「うっせぇーっ!!てめぇなんざお呼びじゃねぇ!!」

 斎藤の剣幕に大助が鼻白む。

 「はぁ?」


 すると・・


 「南部先生、到着しましたーっ」

 玄関の方から大声が聞こえた。


 「どけっ」

 斎藤が大助と弥彦を突き飛ばして、脱兎のごとく走り出す。


 「ってぇ~。あい変わらず・・」

 悪態をつく大助の目に部屋の中が見えた。


 山崎が立ったまま大助の方を見ている。

 足元には大男が寝かされていて、その男を挟んで向こう側に永倉が座っていた。


 大男の頭は布でグルグル巻きにされて、畳に血が滲んでいるのが暗闇でも見て取れる。


 大助が諦めたように息ついた。

 「・・待つか」

 ボリボリと頭を掻くと、所在無さげに腕を組む。


 ドヤドヤと足音がして、玄関の方から斎藤が戻ってきた。

 「早く、センセイ。とにかく血ぃ止めてくれ。でないと死んじまう」


 斎藤に腕を引かれているのは南部精一郎だ。

 後ろからシンもついてきている。


 大助と弥彦が身体を退いた。

 南部が部屋に入ると、山崎が場所を空ける。


 「こりゃ・・」

 南部がつぶやく。


 しゃがみ込むと、梅戸の頭に巻かれた布をユックリ解いた。


 「暗ぇなぁ・・いぐ見えねで」

 南部が忌々しげにつぶやく。


 「弥彦」

 廊下で見ていた大助が振り返った。


 「へぇ」

 弥彦が応えると、大助が親指で差す。

 「客間の行燈、集めて持って来い」


 「へぇ」

 弥彦がすぐ従った。






 屯所の奥庭に面した部屋に沖田が寝ている。

 南向きで風通しも良く、道場からも門からも離れていて静かなこの部屋は、土方が沖田に用意した部屋だ。


 「ゲホッ・・ゲホッ」

 込み上げた咳を手で押さえ、背中を丸めた。


 口にあてた布を見ると・・濡れている。


 「・・なんか、ドンドン増えてんな」

 小声でつぶやいた。


 吐血のことだ。

 ここのところ咳き込みに混ざる血の量が増えている。


 「うぇー」

 ゴロリと仰向けになった。


 「また1枚ダメにしねぇと・・くそっ」

 目の前で布をつまんでヒラヒラさせる。


 咳き込んだ時に使ったサラシは洗って使い回ししていたのだが、最近はもはや面倒になって焼いている。

 そのため、古い肌着や手拭などを切って使い捨てにしていた。


 「ちっ、めんどくせ」

 右手を目の上に載せる。

 不治の病と付き合っていくことに、もはやウンザリしていた。


 「花は桜木か・・」

 つぶやきが漏れる。


 『花は桜木、人は武士』

 花も人も、散り際が潔いのが最も美しいという意味合いである。


 沖田もそう在りたいと思っていたが・・腕が立つせいで、死線をかいくぐっても、大したケガをするでなく、五体満足でいまに至っている。


 『散るなら戦場(いくさば)』という決意も虚しく、病に臥した自分にイヤ気がさしていた。

 天満屋が襲撃されたと聞いた時は、心配より、出撃する隊士が羨ましく感じたほどだ。


 「もう・・使いモンになんねぇかなぁ」

 自問するが・・それ以上は考えたくない。


 「くそ・・」

 拳を握り締める。


 ふと・・さっきの薫の様子が思い浮かんだ。


 沖田の袖を掴んで金魚みたいに口をパクパクさせた顔。

 冷たい言葉を聞いて、酸欠の金魚みたいに身動きしなくなっていた。


 「あ~あ・・守るくれぇはできると思ってたけどなぁ・・」

 自嘲気味につぶやく。


 「それももうダメか」

 息をついた。






 「痛っ、あいたたた・・っ!」

 腕に切り傷を負った隊士が声を上げた。


 「はいはい」

 薫がテキトーな相槌を打ちながら包帯を巻いていく。


 病室の中はてんやわんやの騒ぎになっていた。

 天満屋から引き揚げた隊士たちが一挙に押し寄せたからだ。


 環を含む医療班が重症のケガ人の手当を受け持ち、薫と若手隊士が軽傷者を対応した。

 薫の手当はやや荒っぽいので、元気なケガ人ばかり回されてくる。


 「できましたよ」

 巻き上げた包帯をポンと叩く。


 「痛いっちゅうねや!」

 オジサン隊士がやや切れ気味に文句を言った。


 「はーい、次の人」

 薫は完全スルーで作業を進める。


 集中している薫の作業は効率的だ。


 ついさっき不覚の涙を零してしまったが、すでに頭を切り替え作業に没頭していた。

 根っから働き者なので、見る見るうちに並んでいたケガ人が減っていく。


 「はい、次の人・・・あり?」

 すでに並んでいた隊士の姿はなくなっていた。


 「え~と・・」

 振り返ると・・病室の奥で、環と医療班の隊士たちが手元を蝋燭で照らしながら今だ作業をしている。

 布団が血でドス黒く染まっていた。


 (・・あたしが手伝っても邪魔になるだけだよね)

 薫が立ち上がる。


 廊下に出ると、冬の夜気に身を震わせた。

 炊事場に戻って甘酒でも作ろうと歩を進めると・・廊下の向こうからひょろ長い人影が近づいてくるのが見えた。


 「シン・・!」

 薫が駆け出す。


 「良かった・・無事だったんだ」

 安堵した声を出すと、シンが忙しない様子で答えた。

 「オレは大丈夫。それより、傷薬とサラシをくれ。天満屋に持ってく」


 「・・天満屋はどうなってるの?」

 薫の問いに、シンが声を低める。

 「梅津さんが顔を斬られて重症だ・・南部先生が手当に当たってるけど。あと・・宮川さんと舟津さんが死んだ」


 薫は一瞬固まったが・・すぐに無言で病室に戻った。

 薬と布地をかき集めて風呂敷にまとめると、廊下で待つシンの前に急ぎ戻る。


 「はい。足りないものあったら言って。届けに行くから」

 差し出された風呂敷を受け取ると、シンが顔を上げた。

 「オレ・・後悔してるよ」


 「え?」

 「ここに残ったこと」


 薫が困惑したように見つめると、シンが目を逸らす。

 「・・すげぇ怖かったから」


 薫が目を見開いた。


 「刀で戦うって・・当たり前だけど、殺し合いなんだよ。オレ、憎んでるわけでもない人間を殺したくないし・・殺されたくない。どっちもいやだ」

 シンが俯いて言葉を続ける。

 「ここじゃ、オレみたいなヤツはヘタレの役立たずだし。・・薫と環のこと守るって思ったけど・・なんか」


 「シン」

 薫がシンの両腕を掴んだ。


 「あ・・わりぃ、忘れてくれ」

 シンがハッとしたように顔を上げる。

 「これ持ってかねぇと」


 踵を返して玄関に戻って行くシンの後姿を、薫は見送った。

 (ヘタレの役立たずなんかじゃないよ)


 「シンは逃げないじゃない・・逃げられるくせに」

 両手を握りしめる。






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