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第二百九十三話 北小路


 永倉と数名の隊士とともに、シンも天満屋に向かった。

 夜の町をひた走ると、軒先で連なった提灯の灯りの先に天満屋の看板が見えて来る。


 すると・・


 天満屋の向こうから、同じくひた走る一団があった。


 「・・あいつら」

 永倉はつぶやくと同時に腰の刀を引き抜く。


 (あれって・・敵方の助っ人?)

 シンも腰の鞘に手をかけた。


 手が震えている。

 冷え切った夜気のせいか・・これから起こるであろう戦いへの恐怖なのか・・おそらく後者だ。


 「うぉぉ~っ!!」

 いきなり永倉が吠えた。


 キン・・ッ


 刀の交わる音が響き渡り、辺りはすぐに乱戦状態になった。

 相手の人数がはるかに凌いでいる。


 「うぉりゃああーっ!!」

 多勢に無勢は、永倉にとって「へ」でもない。

 夜間は特に。


 「ぐっ・・」

 シンは歯を食いしばった。


 斬りつけられた刀をギリギリで受け止めたが、刀の重みに押されて手が痺れる。


 (稽古じゃない・・これは本物の斬り合いだ・・本物の)

 恐怖で腰が引ける。


 思わず目を瞑った。


 (ダメだ・・!目を開けろ・・戦わないと)

 全身の力を振り絞って刀を押し返す。


 ゆっくり目を開くと・・剣を交えている相手の顔が目の前にある。


 (あれ・・この人)

 一瞬、弱まった刀をシンが勢いよく弾くと、相手が一歩退いた。


 「おんしゃ・・山口三郎やないけ?」

 驚いたようにつぶやく男の顔を、シンも見知っている。


 斎藤と一緒に天満屋に身を隠していた時、三浦休太郎とともに何度か訪ねてきたことがある男だ。

 護衛として付き従っていた。


 「・・紀州藩の」

 シンが慌てて辺りを見回すと、新選組と紀州藩士が入り乱れての大乱闘だ。


 「ストップッ!!ストーップッ!!!」

 両手を振り回して声を上げるが、誰も聞いてない。


 「この人たち紀州藩だよーっ!!味方だって」

 シンの声など興奮状態の男たちには届かない。


 すると・・


 「やめんかーっっ!!!」

 凄まじい怒声が響き渡った。


 シンと剣を交えた男である。

 やっと、周囲の男たちの動きが止まった。


 「あ・・?」

 「なんやら」

 「いいとこだってのに」

 「おがっちゃら」


 あちこちから不満気な声が聞こえる。

 

 「やめんかい。新選組やわ、陸援隊でねーわ」

 シンの前にいる男の言葉を聞いて、みな我に返ったように互いを見合わせた。


 (助かった・・)

 シンは思わずヘタレた。






 「あいつら、バカじゃね?」

 拾門が天満屋の屋根を伝って来た。

 「新選組と紀州藩が北の通りでやりあってんぜ」


 「ふーん」

 屋根の天辺に跨っているのは一二三である。


 「まぁ、そのうち気付くんじゃないの。味方だって」

 スルリと立ち上がった。


 一二三と拾門は、毎晩交替で新選組の屯所を見張っている。

 永倉が隊士を率いて急ぎ足で屯所を出たのを見て、一二三が後をつけた。


 一二三が残した目印を追って、数分遅れて拾門も天満屋に現れたのだが、途中、北小路で新選組と紀州藩がやり合ってるのを、若干呆れた目で眺めたところだ。


 「そろそろ・・こっちもお開きにさせないと。助っ人が来る前に」

 一二三がヒラリと跳び下りた。


 「おい」

 拾門が声をかけるが、すでに庭石の上に着地してしまっている。


 音も立てず、気配を殺し、真っ暗な木の影に同化した。

 忍びの技である。


 奥庭のあちらこちらで、新選組と陸援隊が剣を交えているが、さっきより人数が減っていた。

 斎藤が三浦を庇いながら表に行き、狭い路地に入って、一人一人順番に相手をする戦法を取ったためだ。


 これには一二三も感心した。

 (やるじゃん)


 深く息を吸い込むと、一二三の声とはかけ離れた野太い中年男の声が響き渡る。

 「三浦、討ち取ったりーっ!」


 しかも、どういう腹話術を使っているのか、一二三が発する男の声は、斎藤と三浦がいる路地の辺りから聞こえてくるように、辺りに大きく響いた。


 すると・・


 「まっこと・・?」

 「やったちあ!」

 「弔いじゃあーっ」

 「やったぜよ」


 あちこちから陸援隊の歓声が上がる。


 そして・・


 「引けーっ!」

 一二三がひときわ大きな声が出すと、それに応えるように陸援隊が戦闘中止してワラワラと引き揚げ始めた。


 それまで路地で奮戦していた斎藤がキツネにつままれた顔をして振り返ると、斬られた右頬を手で押さえた三浦がポカンとしている。

 「な・・なんや?」


 そこに・・


 「三浦はん!おっちゃるかい」

 「斎藤、生きてるかぁ!」


 ついさっき、北小路で勘違いの斬り合いをした新選組と紀州藩がワラワラと到着した。


 「新八っつぁん・・」

 斎藤が息をつく。

 「ああ・・三浦さんも無事だ」


 「そうか」

 永倉が息をつくと、すぐに斎藤が走り出した。


 「え?おい、斎藤」

 永倉が後を追いかける。


 奥庭に入ると斎藤が膝をついた。

 腕に抱えたのは・・梅戸勝之進である。


 顔面が血まみれで、それが誰なのか永倉はすぐには分からなかったくらいだ。


 「梅戸さん、しっかりしてくれ」

 斎藤は羽織を脱ぐと、梅戸の顔面上部をグルグル巻きにする。


 「おい、手を貸せ」

 永倉が声を上げると、シンがすぐに駆けつけた。


 「足持て」

 永倉が梅戸の腰を、斎藤が頭を、シンが足を持って、3人で巨体を持ち上げた。


 「中に運べ。早く手当しねぇと」

 永倉が指示を出すと、3人とも慎重に歩調を合わせて進む。


 「オレをかばって斬られたんだ」

 斎藤がボソリとつぶやいた。






 屯所の病室では、薫と環が忙しく動いていた。

 指示されたわけではないが、薫も環も自分たちがすべきことを知っている。


 環は傷薬を調合し、サラシを適当な大きさに切っていた。

 薫は環に指示され、器具の煮沸消毒と消毒用のお酒の準備だ。


 湯気を上げるお湯の釜を眺めながら、薫の頭に沖田のことが思い浮かぶ。

 天満屋が襲撃されたと聞いても、まるで他人事のように興味を示さなかった。


 (沖田さん、なんか変わった)

 湯気を眺める。

 (でも・・)


 「環・・」


 「うん?」

 薬研でゴリゴリと生薬を砕いていた環が振り返った。


 「あたしたちって、うるさいかな・・?」

 「へ?」


 「ううん、なんでもない」

 薫が小さく首を振る。


 (環はうるさくないもん・・。うるさいのは・・あたしだけだよね)

 小さくため息をついた。


 環は、薫が落ち込んでいることに気付いたが、今は突っ込んでるヒマがない。


 「あ~、もうダメダメ」

 薫がブンブン頭を振った。


 環が怪訝な顔つきで見上げる。


 (シンやみんなが戦いに出てるのに・・なに考えてんだろ、あたし。集中集中)

 持っていた菜箸を握り直した。


 頭にある沖田の姿をかき消しても、言葉だけがつい思い出されてくる。


 "おめぇにゃ関係ねぇよ"

 "オレが土方さんに頼んだんだけど。おめぇと環を部屋に近付けんなって"

 "うるせーもん"


 眉間に皺が寄る。

 (沖田さんのイジワルなんか、いつものことだもん)


 菜箸で乱暴に鍋をかき混ぜた。

 (沖田さんなんか・・口悪いし、ヒネくれてるし、ワガママだし、見栄っ張りだし、いくつだよって感じだし、中二病こじらせてるし)


 沖田の悪口を頭に箇条書きしていくと、どんどん眉間に皺が刻まれる。

 (それから、えーと・・)


 「・・・」


 ポツン・・

 鍋に滴がポトリと落ちた。


 頬から滑り落ちたのは涙だった。


 「薫・・」

 様子を見ていた環が驚いて立ち上がる。


 「な、なんでもない。ちょっと・・湯気が目に染みて」

 薫が慌てて袖で目をこすった。

 (うっそ・・こんなことくらいで)


 腹立たしいような、悔しいような、さびしいような・・

 ごちゃまぜになった気持ちが、薫自身を落ち着かなくさせた。






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