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第二百八十八話 とばっちり


 隊士達の朝餉の準備が終わった炊事場で、環がもうひとつの膳を用意していた。


 すると・・


 「それ・・藤堂さんの分か?」

 炊事場の板の間にシンが現れた。


 板の間に膝をついてお膳をこしらえている環と、一段低い土間で、鍋底を灰湯で洗っている薫が、同時に顔を上げる。


 「シン」

 環が手を止めた。

 「うん。栄養ちゃんと採らないと、傷治らないでしょ」


 お膳には、幹部隊士に出したのと同じ献立が載っている。

 と言っても・・小魚の干物と里いもの煮っ転がし、沢庵と大根葉の味噌汁という、至ってシンプルなメニューだ。


 「必要無いよ」

 シンの言葉に、環が顔を上げる。

 「え?」


 「藤堂さん、もう屯所にはいないから」

 シンが続けた。


 環が真顔になる。


 薫が驚いて振り返った。

 「どうゆうこと?」


 「言ったまま。藤堂さんはここにいない」

 シンがアッサリと答える。


 環の顔が歪む。

 「どこに行ったの?あんな身体で・・」


 シンが黙って首を振った。


 環が立ち上がって、背の高いシンを強い眼差しで見上げる。

 「なんで・・無理したら傷が開くかもしれないのに」


 「これ以上、置いておけないって」

 シンがポツリと言った。

 「もともと・・藤堂さんが生きてることも秘密だったし」


 局中法度の例外は許されない。


 「行く宛てあるのかな?」

 薫がつぶやいた。


 「さぁ・・」

 シンが横を向く。


 環が割烹着の裾を握り締めた。

 (生きてて・・お願いだから。死んだりしないで)







 南部が診療所に戻ったので、ケガ人と病人の世話は医療班が行っている。


 山崎が、沖田の額に手を置いた。

 沖田は目を開いてジッとしている。


 「熱が下がってないね」

 山崎が息をつく。


 沖田は夕方になるとしょっちゅう熱を上げるが、朝は落ち着いてることが多い。


 「昨日、身体を冷やしたかもしれないな。温石を増やそう」

 山崎の言葉に、沖田は目を瞑った。

 「すまねぇ」


 山崎が目をやや見開く。

 「気味が悪いな」


 「あん?」

 「そう素直にされると」


 「ふん」

 沖田がつまらなそうに鼻を鳴らす。


 「・・平助はどうしてる?」

 脈絡無く沖田が訊いた。


 山崎は一瞬無言になったが、すぐにいつも通りの口調で返す。

 「さぁ・・もうここにいないから分からん」


 沖田が目を開いた。


 少ししてしてから、ゆっくり息をつく。

 「そっか」


 山崎が腕を組んで障子の方に目をやった。

 さきほどから降り始めた雪が、薄く影になって映っている。


 「あいつ・・もういねぇな、京には」

 沖田がポツリと言った。


 「え?」

 山崎が訊き返すが、何も返ってこない。


 「眠ったのか」

 山崎は静かに部屋から出た。

 

 廊下で立ち止まる。

 (勘が良いな)


 医療班の責任者である山崎は、ケガや病気で死んでいった隊士を何人も見てきた。


 病が篤くなって、傷が悪化して、死期が近づくと、不思議に彼らはカンが鋭くなる。

 天気を当てたり、予定外の訪問客を当てり、奇をてらった夕餉のオカズを当てたり。


 「どうもな・・」

 山崎がつぶやく。


 咳き込む様子もなく静かに寝ている沖田が、見た目より病気が重いような気がした。







 夜が更けて・・


 薩摩藩邸、奥庭。


 「篠原たちを伏見の藩邸に移したの?」

 茜の明るい声が闇に響く。


 「うぬ?」

 中村半次郎が振り向いた。


 見上げた先の木の枝から、茜が片足をブラつかせている。


 中村は両袖に腕を入れた。

 「あいどん・・きっさね。こがにゃあ置いとけん」


 「ああ・・中村さん、知ってんだぁ?あいつらが娘を攫って人質にしたこと」

 茜が木の上からヒラリと舞い降りる。


 中村は黙ったままで眉を顰めた。

 もともとゴツイ顔つきなので、険しい表情をすると、まるで岩のように見える。


 「中村さん、そーゆーの、嫌いだもんねー」

 茜がクスクス笑う。

 「土佐の御仁は、手段選ばずみたいだけど」


 「おはん、知っちょったのぅ?」

 中村に問われ、茜が首を傾げた。

 「さぁ・・密談なんか、ほとんど丸聞こえみたいなもんだし」


 トボける茜を、中村が不機嫌な表情で睨む。


 「新選組に漏らしたモンがおるっちゅうて・・谷が躍起になっとるわい」

 中村の言葉には、含むような色合いがあった。

 「茜、おはん」


 「中村さん」

 茜が一歩下がると、月灯りを遮る木陰に身体が隠れる。

 「密談なんて水みたいなもんだよ。ダダ漏れ」



 ----------------------------------



 それから二日後。


 七軒町の川原。


 「こりゃあ、ひでぇや」

 廻り方同心の井上大助がつぶやいた。


 しゃがみこむと、目の前の死体をシゲシゲと眺める。

 メッタ差しに切り刻まれた遺骸は、苦痛の表情を浮かべて、目が開いたままだ。


 仏さんの目を閉じさせて、ゆっくり立ち上がる。


 「こんな花街のド真ん中で、辻斬りなんかいるんですかい?」

 弥彦が後ろから訊いてきた。

 寒いので背中を丸めて首を縮こませている。


 「辻斬りじゃねぇよ」

 大助が言った。


 花街の住民がやっと寝静まる夜明け前に血祭りにされたと思われる死体は、刀傷の他にも殴られたような暴行の痕がある。

 通りすがりの人斬りではなく、ハッキリとした殺意と恨みをもった犯行だ。


 すると・・


 「ありゃ、土方の旦那じゃねぇですかぁ?」

 弥彦が声を上げた。


 橋を降りて川原に降りて来たのは、隊士を3人引き連れた新選組の副長だ。


 (そうゆうことか)

 大助が息をつく。


 「大助」

 土方が声をかけると、大助が少し頭を下げた。

 「どうしたんですかい、朝から」


 「こいつを引き取りにきた」

 土方の答えは端的だ。


 「お知り合いですか」

 大助がトボけた口調で訊くと、土方が轟然と答える。

 「ああ、ウチのモンだ。すぐに引き取る」


 「なるほど」

 大助が死体に視線を落とした。

 「しかし、旦那。こいつぁ立派な殺しだ。こっちでもさすがに調べねぇと」


 「それには及ばねぇ」

 土方が大助のセリフにかぶせる。

 「目星はついてる。これは新選組の仕事だ。奉行所の出る幕はねぇよ」


 大助が土方を真っ直ぐに見据える。

 (あ、そーですか)


 2人の間に横たわった遺体の名前は村山謙吉。


 陸援隊に隊士として潜り込んだが、怪しまれて捕縛されていた。

 いったん解放されたと思ったが、泳がされていただけだった。


 薫と環の居所を漏らした犯人が内部にいると睨んだ谷干城が、隊士の素性を徹底的に調べ直して、素性を知られてしまった。

 茜のやったことで、とばっちりを受けた形だ。







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