第二百八十六話 埋葬
1
沖田の部屋の障子をスラリと開けると、目に入ったのは・・
布団のそばにうつ伏せて、ガニマタ気味で寝息を立てている薫の姿だった。
「沖田さん・・」
環が近づくと、沖田は目を瞑っている。
「沖田さん」
顔を覗き込んだ。
すると・・
「う~・・」
沖田が首を振る。
眉間に皺を寄せて目を開けると、視線がぶつかった。
「あ~も~・・おちおち寝てらんねぇや」
沖田が忌々しげにつぶやく。
「沖田さん!」
環が喜びの声を上げると、沖田が顔を背けた。
「うわっ、止せ」
「え?」
沖田の拒絶ポーズの意味が分からない。
「いや・・」
沖田が息をつき、目を瞑った。
環は出来るだけ静かな声で問う。
「気分はどうですか」
「あ~・・寝過ぎで頭いてぇ」
薄目を開けた。
「・・あっ、そう」
環が気の抜けた声を出す。
(ただの寝過ぎですか)
すると・・
「う~ん」
うめき声を上げて、薫が伸びをした。
ムクリと起きると、目の前に座る環を見つめる。
「あ、環。沖田さん、目ぇ覚ましたよ」
遅ればせながら報告してきた。
「うん。知ってる」
アッサリ流す。
「そっか」
薫がニコニコ笑って正座をした。
「喉乾いたな」
沖田のつぶやきが響く。
「え?」
何故か薫がはしゃいだ声を出した。
「なにか飲みますか?」
「じゃあ・・甘酒」
「お白湯がいいですよ」
沖田と環の声がかぶる。
「え?」
薫が訊き返す。
「甘酒」
「お白湯」
また、かぶった。
薫は一瞬無言になったが、そのまま黙って部屋から出て、戻った時には、お盆に白湯を載せていた。
2
蔵座敷を後にした土方の目に、井上源三郎の姿が入った。
玄関の前で立ち話をしている。
近づくと・・入口に井上大助が立っていた。
土方に気付いた源三郎が声をかける。
「よぉ、トシ。ちょうど良かった。大助が用があると」
大助が首を伸ばして覗き込んだ。
「邪魔してすみません」
いつものおどけた口調で挨拶する。
「なんだ?」
土方は不機嫌に首を傾げた。
「いやぁ・・昨夜夜更けに、高台寺の辺りで、刀ぶらさげた連中がウロチョロしてたって聞いたもんで」
大助が腕を組む。
「土方さん、なんか知りませんかね」
「知らねぇな」
バッサリ。
大助は平気な顔で続ける。
「何人か、担がれているとこを見たってやつもいたもんで」
雲居寺のケガ人を、月真院の陸援隊が背負って戻ったのだ。
「ふん」
土方は興味無さそうに鼻を鳴らす。
「悪ぃな、大助。今日は忙しい。ほかに当たれ」
土方の愛想の無い返事に、大助が息をついた。
「そうですか」
源三郎は黙ったまま表情を崩さない。
「総司はどうしてるんで?」
大助が源三郎に視線を移す。
「具合が悪くて寝込んでいる」
源三郎が腕を組んだ。
「・・そうか」
大助は少し考え込んで、顔を上げる。
「じゃあ・・また改めるとすっか」
「そうだな」
源三郎が頷いた。
玄関を後にする大助を見送った後で、土方がつぶやく。
「伊東たちの埋葬をすることにした・・段取りしてくれねぇか、源さん」
源三郎が目を開いた。
「・・トシ」
「光縁寺の住職に話をつけといてくれ」
そう言って、土方が歩き出す。
後ろ姿を見ながら、源三郎が息をついた。
「やれやれ」
廊下を真っ直ぐに歩きながら土方は考える。
(伊東たちの死体なんざ、もう利用価値はねぇ)
もともと御陵衛士の残党をおびき出すための人質でしかなかったが、もはや泥沼化して、地雷を抱え込んでいるようなものだ。
(厄介モンは寺に預けんのが一番だ)
土方は、必要なら、いくらでも非人道的になれる。
3
「やっぱ、使えないやー」
茜がつぶやいた。
町外れの廃屋の中で寝転がっている。
手には・・シンから奪ったショックガンが光っていた。
新しもの好きなので、色々と調べてみたが・・どうにも仕組みが分からない。
分解してみようとしたが、どこにもジョイントが無かった。
パーツ毎に分かれてるように見えても、つなぎ目が無い。
ショックガンは、ただ滑らかで幾何学的なカーブを描いている。
そして・・茜がどこを触っても、なんの反応も見られない。
「ふ~ん」
つぶやきながらムクリと起き上がる。
「もうこれ、いらないや」
言いながらショックガンを空中に放り投げた。
クルクルと回転しながら、ショックガンが落下する。
落ちた箇所は藁の中で、そこには他にも武器が隠されていた。
立ち上がって軽くジャンプすると、横柱の上に置かれていた狐のお面を掴む。
「う~んと・・これも借り物だっけ」
狐の面を眺めた。
一二三から借りて、そのままだ。
「こっちは使えるな~」
お面を被った。
「うん」
もはや返す気は無い。
「もらっちゃお」
お面を外すと、結び紐を掴んでクルクルと回した。
狐の面の方は借りパク確定である。