第二百八十話 本堂
1
「さっぶいのう・・」
「冷えるわ・・」
「はようあっためてもらわにゃ~」
「おう!おなごの柔肌でのう」
「順番じゃ、順番」
石段の前に座り込んでいる男たちが、下品な嗤いを滲ませて会話に花を咲かせていると・・
「順番って、なんの順番?」
参道の暗闇に人影が見える。
「な、なんじゃぁ、ぬしゃあ!?」
「誰ぞ?」
「斬れ、斬れ!」
男達の驚く声とともに、ワラワラと砂利を踏みしめる音が暗闇に響き渡った。
「邪魔」
沖田が、つぶやくと同時に斬り込む。
あっという間に乱戦状態になった。
石段に置かれた手燭も、蹴り飛ばされて火が消えている。
「うぉーっ」
「ぐ・・っ」
「来んなぁー、こっち来んなぁー!」
「あ、あわわ・・」
ドカッ
ザシュッ・・
キィン・・
ギリギリ・・
ドスッ
ヒュンッ
暗闇に、罵声とともに破壊音がひとしきり響き・・そして静寂になった。
雲が流れて、月が姿を現す。
参道を挟んだ砂利の上には・・さっき石段に座っていた男達が横たわっていた。
あちこちに血が飛び散っている。
「沖田くん・・殺してないよね?」
山崎の問いに、沖田が心外そうな顔をした。
「致命傷は与えてねぇですよ・・信用ねぇなぁ」
3人が本堂を見上げる。
「さーて・・と」
おもむろに沖田が石段に向かって進むと、斎藤と山崎がそれに続いた。
2
環の袴の帯に手をかけていた男の動作が止まった。
表の方で物音がする。
すると・・
「ギャッ」「うぉー」と、野太い吠え声が遠く聞こえた。
さらに・・砂利を踏みしめる音と混ざって、剣を交える音が聞こえる。
「・・なんじゃあ?」
環の上に跨っていた男が立ち上がると、歯を食いしばっていた環が薄目を開いた。
男は戸口に身体を寄せ、耳をピタリとつける。
「うぬ?」
耳を離すと、慌てた顔で閂を戸に差した。
「まさか・・」
ひきつった表情を浮かべると、上半身を起こしていた環の腕を引き掴む。
「立つんじゃ」
「いやっ」
環が身をよじらせ抵抗するが、男は無理矢理引っ張り上げる。
「ほれっ」
すると・・
扉がドンドンと凄まじい音を立てて揺れる。
表から体当たりされているらしい。
「あ・・あわわ」
男が慌てふためき、ますます環を掴む手に力が籠る。
揺れる扉の閂は硬い木材なので折れる気配は無い。
だが・・閂を取り付けている留め金がだんだん壊れて外れかけてきた。
薫が目をつむって叫ぶ。
「沖田さん・・ここにいます!助けて・・助けてー!!」
すると・・
男が環を突き飛ばして、薫の前に立ち、毛むくじゃらの手で口を押えこんだ。
「静かにせい!」
男が耳元で怒声を発した時・・
ガチャン・・・バン・・!!
留め金が壊れる音とともに、外の冷たい風が屋内に吹き込んだ。
薫の前に立っていた男が振り返った時・・
「う」
男の脇腹に沖田の剣が突き刺さった。
45度えぐった後にゆっくり刀を引き抜くと、男が脇腹を押さえてヨロヨロと後ずさる。
「間に合った?」
沖田の呑気な声が聞こえた。
薫は涙でグシャグシャになりながら目を見開く。
脇腹を押さえた男が真っ赤に染まった手を見て不思議そうな表情を浮かべた。
「ちゃがまったぁ・・」
そうつぶやいて腰を下ろすと、床に突っ伏す。
男の脇腹からはジワジワと血が流れていた。
3
沖田は踵を返して、座り込んでいる環の方に進んだ。
後ろ手に縛られたままの環が、肌蹴られた上半身を隠すために膝を立てる。
沖田が見下ろすと、環が顔を伏せた。
「間一髪か」
アッケラカンとした沖田のつぶやきに、環がキッと顔を上げる。
「ほら、立てよ」
沖田が手を伸ばした瞬間・・
「ひっ」
小さな悲鳴を上げて、環が身を固くする。
沖田が怪訝な表情を浮かべた。
環の反応はごく生理的なものだった。
沖田だと分かっていても、自分の方に伸ばされてくる男の手が怖い。
言いようのない恐怖感で、環の身体は小さく震えていた。
沖田は一瞬眉をひそめたが、しゃがみ込んで、環の後ろ手の縛りを刀で斬った。
そして、そのままヒョイと抱き上げる。
「きゃあ!」
抱き上げられた環が小さな悲鳴を上げた。
「総司」
薫の縛りを刀で斬っていた斎藤が咎める口調で声をかけるが、沖田は構わず歩き出そうとする。
すると・・
「降ろして」
環が声を漏らす。
「自分で歩けます」
沖田が腕の中の環を見た。
身体が小刻みに震えている。
沖田が環の身体を下ろすと、そのまま座り込んで動かない。
「・・腰抜けてんじゃねーか」
沖田が息をつくと、山崎が声をかける。
「大丈夫かい?環ちゃん。駕籠でも用意させようか?」
「大丈夫です・・少し休めば・・」
環が首を振った。
「・・オレは副長に報せに行く。月真院には行く必要が無くなったってな」
山崎がそのまま階段を下りて姿を消す。
「オレは寺の中、調べてくるぜ」
斎藤も階段を下りて暗闇に消えた。
薫が環の肩を抱き、顔を埋める。
「良かった・・」
「薫・・」
環も薫の頭に自分の頭をもたせた。
沖田が脇腹を刺された男のそばにしゃがみ込む。
すると・・
男が沖田の腕を掴んで必死につぶやいた。
「い、医者ぁ~・・医者ぁ~」
「・・うるせ」
沖田が男の腕を逆に掴むと、そのまま戸口までズルズルと引っ張る。
「外出てろ」
沖田が手を離すが、男の方は身体を丸めたまま動かない。
「死ぬぅ~・・死ぬぅ~・・ううう」
薫が立ち上がった。
ゆっくり近付いて沖田の後ろに止まると、男を見下ろす。
「こんなヤツ・・あたしが殺せれば良かったのに・・そしたら環は」
薫の口から漏れる言葉に、沖田が振り返った。
「薫」