第二百七十九話 雲居寺
1
「表に2人か・・」
建物の影に潜んで様子を伺う。
雲居寺の塀の中は真っ暗に見えるが、門の前に小さな灯りが燈されていた。
見張りの男たちの足元に手燭が置かれている。
「どうする?」
斎藤の問いに、沖田が答えた。
「外にいる見張り全部倒してから入った方が楽だな」
すると・・
「裏門は1人だけだったよ」
声をかけたのは山崎だ。
裏道ルートを来たというのに、先に到着している。
背の高いシンを連れていると目立つので、隠密時は表通りを歩けない。
「早いですね・・シンは?」
斎藤が振り向く。
「裏門を見張ってる」
山崎は腰をかがめて門の方を伺った。
「って・・もう片付けちゃったんですか?」
斎藤が驚いた声を出すと、山崎がサラリと答える。
「ああ」
「んじゃー、こっちも行きますか」
沖田が言うと、山崎がかがめてた腰を伸ばした。
「中にもおそらく何人かいるぞ」
「10人でも20人でも・・どっからでもどうぞ」
斎藤が大きな口を叩く。
すると・・
沖田がいきなり走り出した。
手前にいた見張りの男が気付いて驚きの表情を見せた。
次の瞬間・・沖田の腰から抜かれた刀が闇を斬る。
「う」
うめき声ととも、手前の男が腕の付け根を押さえて前屈みに倒れ込んだ。
「なんやっ、お前!」
奥の男が慌てて刀を抜こうとした瞬間、前を塞がれた。
「ぬ?」
見上げる男の目の前に斎藤が立っている。
ザシュッ・・
袈裟懸けに刀を振り下ろすと、声も無く男がドサリと倒れた。
暗闇に山崎の声が響く。
「どこのモンか知らんが、薩摩が後ろについてるとしたら・・殺すと面倒なことになる」
「転がしとくさ」
斎藤が刀を鞘に収めた。
「助かっても、剣はもう使えねぇけどな」
沖田が冷めた目で足元の男を見下ろす。
「さて・・」
門を見上げた。
廃寺とは言え、門は堅い造りである。
「こっちだ」
山崎がすぐ横の通用門に手をかけた。
ギギ・・
通用門が開く。
中の様子を伺ってから、振り返り頷いた。
人はいない。
山崎に続いて、沖田と斎藤がスルリと身体を滑り込ませた。
廃寺の中は、剪定されてないため、木の枝があちこち伸び放題である。
「幽霊屋敷みてぇだなぁ」
沖田がつぶやくと、斎藤が顔をしかめた。
「寺でそーゆーこと言うな・・ホントに出たらどうすんだ」
灯りひとつない砂利の上を、様子を伺いながら進んでいくと、すぐ参道に出る。
本堂が見えた。
「ん?」
斎藤が慌てたように身を引く。
本堂の前に、男が数人座り込んでいるのが見える。
石段の真ん中に手燭が置かれ、寒そうに肩を丸めて座っていた。
「あそこか・・」
「ホントにいるのかよ」
山崎と斎藤がつぶやく
沖田は黙ったままだ。
(いる・・絶対)
あの矢文は本物だと、なぜだか確信していた。
2
「いやぁっ!」
環が絶叫した。
必死にもがくが、男が足の上に跨ってのしかかって来る。
「いやぁっ!!」
足をバタつかせようとするが、ビクともしない。
「おう、おう。わめけ、わめけ」
中年男は楽しんでいるような声だ。
環の上に跨ったまま、帯に手をかける。
男物の着物なので、帯は簡単に解かれていく。
「いや!!」
環が身体をのけぞらせると、男が環の衿を引っ張った。
肩がむき出しになる。
「可愛がっちゃるきに・・大人しゅうせい」
男が自分の袴の帯を解こうとした時・・突然、前のめりに倒れこんだ。
「うぐっ」
後ろに薫が立っている。
背中に蹴りを入れたのだ。
「環に・・環に触るなっ、この下衆!!」
涙でグショグショの顔で叫ぶ。
「なんじゃあ・・」
怒りに顔を歪めた男が立ち上がった。
刀を収めた鞘を振り上げ、そのまま振り下ろす。
ピシャリッと音がして、薫が倒れた。
「きゃあ!」
首の付け根を肩で押さえて、背中を丸める。
「薫!」
環が身体を起こそうとした。
「ふん」
男は気を取り直すように振り返る。
環と目が合うと、笑いを浮かべて、また腰の上に跨った。
「いやあっ!」
環が必死にもがくが、乱暴に上半身をはだけられる。
サラシを巻いた胸を見て、男が顔をしかめた。
「だらしぃのう」
「環・・」
薫が切羽詰まった声を漏らす。
動きたくても、激痛の余り、頭の芯がしびれている。
痛みをこらえて首を上げると・・環と目が合った。
「環・・」
環が顔を上げて、薫を見つめている。
懇願するような声を漏らした。
「ダメ・・見ないで・・薫」
「環」
「こっち見ないで」
「環・・」
「こんなの・・」
環は歯を食いしばるように力を籠める。
目尻から涙が滑り落ちた。
「こんなの、なんでもないんだから!」
3
「出発だ」
土方が声をかけると、部屋の全員が頷いた。
土方、永倉、原田を先頭に、全部で12人である。
向こうが何人で待ち伏せしているのか分からないが少数精鋭にした。
月真院の造りや夜闇を考慮して、自由に動き回れる人数の方が有利に運ぶと踏んだのだ。
(・・あの矢文が、ガセかワナだったら)
土方が目をつむる。
色々な事態を想定し、常に最悪のケースを考えて行動しなければ戦に勝つことは出来ない。
『想定外』などと、どこかの政治家のようなことを言ったが最期、死につながる。
月真院への誘いが、実は陽動作戦で、手薄になった隙に屯所を襲撃される可能性もある。
手練れの隊士をみな引き連れて出向くことは出来ない。
源三郎と島田と大石に屯所の守備を任せ、黒づくめの一団が屯所の門をくぐったのは、子の刻を回ってからだった。
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「おかしいな」
屯所の屋根の上から、土方たちを眺めているのは一二三だ。
(沖田がいない)
「拾門、起きてよ」
振り返って声をかけると、拾門がアクビをしながら身体を起こす。
「あー・・寝ちまってたなー」
「よくこんな寒空で寝られるね」
「あー?・・お前が交代しねーでいなくなっちまったせいだろ。こっちは丸一日寝てねんだよ」
拾門が頭を掻く。
冬に外で見張りをする時には、全身に動物の油脂を塗って体温を保つ。
おかげで凍死はせずにいられるが、それでも寒いことには変わりない。
「沖田がいないけど・・ひょっとして寝込んでんのかな?」
一二三の問いに、拾門が首を傾げる。
「さぁなー、オレ寝てたし知らねーよ」
「・・ふうん」
一二三が屋根から塀に飛び降りた。
「追っかけんのか?」
声をかけるが、返事は帰ってこない。
「・・ったく」
拾門が舌打ちした。
「よ」
立ち上がって、目を凝らす。
土方の一団と、それを追いかける一二三の姿が遠く小さく見えた。
「ゴン太に似てる・・か」
息をつく。
「ま・・あの犬・・親方に殺されちまったからなぁー」
腕を組んで、夜風にブルリと身体を震わせた。