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第二百七十八話 出発


 土佐藩邸の奥庭。

 屋根の軒先からブラブラと草履を編み上げた足がぶら下がっている。


 表門の方から廊下を進んできた谷干城が足を止めた。


 「遅かったね、谷さん。毎晩、薩摩藩邸に入り浸ってんだ」

 屋根からヒョイと顔が見えた。


 軒先に座った姿勢で一二三が頭を下げている。


 ストンと・・軽く庭に降り立った。


 廊下で立ち止まっている谷を見上げる。

 「人攫いまでやっちゃうなんて・・かなり煮詰まってんのかな」


 谷が眉をひそめた。

 「人攫い?・・なんのことぜよ」


 その返答をスルーして一二三が続ける。

 「保馬さんと曽和さんが、新選組の屯所に入り込んだらしいね・・大胆だなぁ。ま、京に来てまだ三月(みつき)だし。顔知られてないんだろうけど」


 「おんしゃぁ、なにゆうちょるがかえ」

 谷の表情が険しくなった。


 一歩前に出る。

 「分をわきまえぃ」


 目を見開いて、轟然とした視線を投げた。


 谷からすれば一二三は使い捨ての駒である。

 その「駒ふぜい」が、どこか侮蔑を含んだ言い方を自分にしたことが許せない。


 「おぼこいの」

 谷の声は低く口調は鋭い。

 「おんしの仕事ぁ・・新選組を見張ることちや。忘れたんか、のう」


 「だね」

 一二三はアッサリ白旗を上げた。

 谷の気質は良く分かっている。


 「うん。見張ってて異変あったから報せに来たんだけど。必要なかったね」

 一二三は諦めたように横を向くと頭を掻いた。

 (土方達を追った方が早いや)


 「今日はこれで退散するよ。またね、谷さん」

 踵を返すと、軽く地面を蹴って塀の上の夜闇に姿を消した。


 廊下にひとり残った谷がつぶやく。

 「小生意気なネズミやき」






 新選組の庭、表門手前に死体が4体並べられている。

 そのうちの1体は顔の判別がつかないほど斬りつけられ、1体は身体中刀傷だらけでズタズタだ。


 そして・・4体すべて皮膚が凍りついて表面は霜に覆われ真っ白だった。


 「駕籠に入れろ」

 土方が指示すると、死体を囲むように立っていた平隊士が手分けして駕籠に載せようと作業を開始した。


 ところが・・死後硬直で硬くなった死体を駕籠に入れることは予想以上に難しかった。

 凍っているせいで更に硬くなっている。


 どうしてもとなると、力任せに関節からへし折るしか無いのだが・・


 「駕籠は止めだ。板に載っけてムシロを被せろ」

 土方が指示を変えた。

 (丑時なら通りに人は出てねぇだろう)


 すると・・


 玄関から、山崎と斎藤と沖田が出て来た。

 黒い着物に黒い羽織をはおって鉢がねを額に巻いている。


 「副長、オレたちもう行きます」

 斎藤が声をかけた。


 「ああ・・気を付けて行け」

 土方が頷く。


 「シンを連れていきます」

 山崎の言葉に、土方が顔を上げた。


 少し離れた場所で、シンが所在無さげに立っている。

 板に載せられた死体が目に入らないよう顔を逸らしていた。


 「アイツは足が早いんで」

 山崎が付け足す。


 「そうか」

 土方が肩をすくめた。


 「丑時になったら、こっちも月真院に向かう。それまでアイツらが見付からなけりゃ・・全面交戦だ」

 土方の言葉に、死体を覗き込んでいた永倉と原田が顔を上げる。


 「上等、上等」

 「こい、こい」


 なんだか楽しそうだ。

 薫と環が心配なのは確かだが「敵を倒す」という本能に駆り立てられているらしい。


 「お先に」

 山崎は軽く頭を下げると、振り返ってシンに目で合図した。


 シンが慌てて近寄ると、山崎はそれを待たずに走り出す。

 開けられた表門をくぐり、姿を消した。


 「んじゃ、行くか」

 斎藤がつぶやくと、沖田がコクリと頷く。

 「うん。いってきまーす」


 腕を組んで歩き出す。

 夜の散歩に出るような呑気さだ。


 「なぁ、総司。しり取りやんねーか?」

 「やだ。ダルい」

 2人の遣り取りが、夜の風に紛れて小さく聞こえる。


 土方が息をついた。

 「ぶっ倒れるんじゃねぇぞ・・」


 「総司・・大丈夫かぁ?」

 「まぁ・・行くなっつってもムダだしなぁ」

 永倉と原田がつぶやく。


 土方が中に戻ろうと踵を返すが、すぐに足を止めた。


 死体の前で源三郎がしゃがみこんで手を合わせている。

 ブツブツと漏れ聞こえるのは、源三郎が覚えている簡単な念仏だ。


 「源さん」

 土方が声をかけると、源三郎が顔を上げた。

 よっこらしょ、という感じで立ち上がる。


 遺体に軽く会釈してから、土方の方に近付くと小声でつぶやいた。

 「・・総司を行かせたのか」


 源三郎の問いに、土方が目を逸らす。

 「ああ」


 「そっか。トシ・・相変わらず総司にゃ甘いのう」

 源三郎が諦めたような表情でつぶやくと、土方が眉をひそめる。

 「勘弁してくれ・・気色悪ぃ」







 こちらは・・『ゴン太に似てる』と一二三に称された薫。


 ひっくり返って、両足を本堂の内扉に立てていた。

 お行儀の悪いポーズだが、何度も扉にアタックしてヘロヘロなのだ。


 「ダメだ・・ビクともしないよー」

 ゼェゼェつぶやく。


 「うんしょっ・・」

 足を扉から下ろして座り直した。


 「薫・・無理だよ。ここから出られたとしても、絶対見張りついてるし」

 環が暗がりでつぶやく。


 「じゃあ・・助けが来るの黙って待ってるの?・・そんなのヤダよ」

 薫が切羽詰まった声を出すと、環は黙り込んでしまった。


 もともと2人とも自立心旺盛だが、施設育ちの薫は特に「自分の面倒は出来るだけ自分でみる」という考えが刷り込まれている。


 そのせいか、昔から、ドラマや映画や小説のヒロインがお荷物になるストーリーが嫌いだった。


 ひとつ、『迷惑かけて盛り上げる』


 ふたつ、『足引っ張って盛り上げる』


 みっつ、『人質なって盛り上げる』


 白痴美のヒロインが上記3パターンを駆使しストーリー展開するのが体質的に受け付けない。

 「こんな女子いるわけない」が薫の感想だ。


 ところが・・


 いままさに自分がその『人質なって盛り上げる』を実践してしまっている。


 (冗談じゃない・・)

 薫は焦っていた。


 おそらく・・新選組はきっと助けに来てくれるだろう。

 しかし待ち伏せされていたら、ケガ人が出るかもしれない。


 男が自分を守るために身体を張ってくれることに快感を覚えるようなヒロイン気質は薫も環も持ち合わせていないのだ。


 (絶対、逃げ出さなきゃ・・)


 縄抜けにも挑戦したが、手首が頑丈にグルグル巻きにされていて解けない。

 足が自由なのが不思議だが「オシッコの時のためかな?」と薫は解釈していた。


 すると・・


 外から砂利を踏みしめる足音が聞こえる。

 咄嗟に2人は本堂の奥で身を寄せ合った。


 足音は、本堂前の木の階段をギシギシと登り、扉の前で止まった。


 ガチャガチャ・・ギゴゴ・・

 木や金具が擦り合う音が聞こえ・・扉が開く。


 腰に刀を佩いた男が月光を背に立っている。


 その顔は・・


 (誰?)

 (知らないよ、こんなオヤジ)


 見たことのない中年男だった。

 月光に照らされた頬には、どこか下卑た笑いが浮かんでいる。


 「・・こりゃ、かあいげなぁ。新選組におなごがおるたぁ驚いたがよ」

 男は刀に手をかけながら、ゆっくり中に入って来た。


 「もうじき刻ぜよ。ほんじゃが・・死体と交換すっとか、勿体ないちや」

 男はニヤニヤ笑いながら、奥に進んでくる。


 2人の前にしゃがみこむと、環の顎に手をかけ上向かせた。

 「ごっつ上玉やき」


 「いやっ!」

 環が抵抗するも、男は腕を掴んで、ズルズルと環を本堂の角に引きずって行く。


 「環っ!」

 慌てて追おうとした薫は、男が腰から抜いた刀の鞘で、したたかにスネを打たれた。


 「痛っ!」

 薫がバランスを崩して倒れると、上から男の声が降って来る。

 「こっちゃあ、おぼこいのう。次に可愛いがっちゃるぜよ。順番やき、そこで大人しゅう待っちょれ」


 この男・・陸援隊の超下っ端である。

 主力は御陵衛士とともに月真院に行っていた。


 娘2人の居場所が割れる可能性はゼロだと思っている谷干城は、雲居寺には下っ端ばかりを配置した。

 その結果がコレである。


 もともと陸援隊は、商売っ気の強い海援隊と違い、入隊規定が『勤王討幕の志を持っている』というゴリゴリの武力集団だ。

 従って、隊士の質も玉石混交であり、中には婦女暴行など平気の平左という浪士崩れもいた。


 「う~・・っ」

 痛さの余り、向う脛を押さえたまま薫がうめき声を出す。


 環は・・

 声を出さず、顔をひきつらせていた。

 (いやだ・・絶対にいやだ。・・誰か)






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