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第二百七十六話 矢


 うつ伏せて寝息を立てていた藤堂の頭の上に、声が降った。

 「起きろ、平助・・薫と環が攫われた」


 ピクリと頭が動いて、藤堂が顔を上げると・・


 布団の周りが男3人に囲まれている。


 土方がしゃがみ込み、低い声で言った。

 「御陵衛士と繋がってる商家や寺はどこだ」


 藤堂がユックリ身体を起こす。

 「薫と環が・・?」


 「平助」

 永倉もしゃがみ込んだ。


 「教えろ、平助」

 原田が立ったままでつぶやく。


 「まさか・・篠原さん達が?」

 藤堂が疑わしげに顔を歪めた。


 女子供を攫うような真似を、篠原達がするだろうか・・?

 藤堂の表情からは、そんな疑問が読み取れる。


 すると・・


 入口付近で突っ立っていた沖田が板の間に上がり込んで、藤堂の目の前にしゃがみ込んだ。

 「早く答えろってば」


 目の奥に殺意が宿る。

 それが、自分に向けられたものなのか、2人を攫った犯人に向けられたものなのか、藤堂にも分からなかった。


 だが・・

 薫と環が危険に晒されているのは・・事実だと分かる。


 「本当に・・連れ去ったのは、篠原さん達か?」

 藤堂が睨み返すと、沖田が眉根を寄せた。

 「知らねーよ・・だから調べてんだろーが」


 藤堂が黙り込むと、沖田がいきなり胸倉を掴み、藤堂の顔が歪む。

 背中を反らすと傷が引き攣れるのだ。


 「おい・・総司」

 原田がたしなめる声を出すが、沖田は意に介さない。


 痛みに顔を歪める藤堂に顔を寄せる。

 「連中のケツ持ちしてる藩はどこだ・・薩摩か、長州か、それとも・・土佐か?」


 藤堂は口を開かない。


 すると・・


 沖田が掴んでいた藤堂の衿をパッと放して、立ち上がった。


 「チッ」

 舌打ちして踵を返すと、板の間を降りて戸に手をかける。

 開く直前に、いきなり目の前で戸が開いた。


 驚いた顔をしている沖田の前に立っているのは・・山崎だ。


 「お」

 向こうも驚いたように身体を引いた。


 「山崎さん、なんか分かったんですか?」

 沖田の問いに、山崎が曖昧な表情をする。

 「いや、分かったってゆうか」


 沖田の横をすり抜けて部屋に入ると、手に持っていた紙を土方に手渡した。

 「さきほど門番が文を受け取りました」


 土方がハラリと開くと、墨で書かれた文字が見える。


 『亡骸を在りかに戻せ。さすれば娘たちは無事返す。事成らず時には即刻殺す。期限は今宵丑の刻』


 土方は無表情のままだ。

 「平助・・連れ去ったのは篠原達だ。伊東達の死体を返さなきゃ、あいつらを殺すとよ」


 藤堂の目に苦痛の色が滲む。


 「平助」

 永倉が声をかけると、藤堂が低い声を出した。

 「篠原さん達を手助けするとしたら・・薩摩の中村だ」


 「中村半次郎か・・」

 土方は書状を握り締めた。


 そのまま踵を返すと、山崎と永倉と原田が続く。


 沖田は・・とっくに部屋から姿を消していた。






 ヒュンッ

 トスッ


 廊下を早足で戻っていた沖田が、いきなり止まった。


 ・・足元に矢が突き刺さっている。


 飛んできた方向を見ると、すでに誰もいない。

 どうやら、奥庭の塀の上から矢を射かけて来たと思われる。


 「チッ」

 舌打ちすると、足元の矢を引き抜いた。


 結び文が着けられている。


 パラパラと開くと・・


 『雲居の雁もわがごとや』


 ・・それだけである。


 沖田は黙って薄墨の文字を眺めた。

 かなり薄い墨で書かれているソレは、何かの暗号のように見える。


 考え込んでから、ボソリとつぶやいた。

 「ぜんっぜん、意味わかんねー・・」


 そこに・・


 「どうした、総司」

 後ろから土方が声をかけてきた。


 「沖田くん、ソレなに?」

 山崎がヒョイと覗き込む。


 「結び文の着いた矢が飛んできた」

 沖田の答えに土方が険しい声を出した。

 「なんだとうっ」


 「これは・・源氏物語の"少女"の巻に出て来る台詞だな」

 山崎は博識である。


 「少女?」

 原田がつぶやく。


 「もしかして・・薫と環のことか?」

 永倉の言葉に、全員が顔を上げた。


 「これ・・2人の居場所を指しているのかもしれない」

 山崎が沖田の手から文を取る。


 「いったい誰が・・」

 永倉のつぶやきに、沖田がアッサリ答えた。

 「この際、誰でもいーや」


 「山崎。"雲居"や"雁”と名のついた寺や蔵を片っ端から調べろ」

 土方が命じると、山崎が小さく頭を下げてすぐに廊下を駆け出した。


 沖田は息をつくと、さっき見た塀の方に顔を向けた。

 (敵の中に味方がいんのか?)




 ----------------------------------------



 沖田に向けて矢を射かけた後、すぐさま茜は駆け出した。

 あっという間に屯所から遠ざかる。


 「あっぶなかったぁ~・・沖田けっこう目ざといなー」

 茜がつぶやく。


 そのまま太い木の根元に座り込んだ。


 「なーんか・・余計なことしちゃったなぁ」

 膝を抱えて首を傾げる。

 「そもそも、あれでイミ分かるヤツいんのかな?」


 新選組の教養には期待出来ないので若干心配だ。

 だが、物語の台詞ひとつなら万一バレても言い逃れが出来る。


 「悪いね・・中村さん」

 茜はすでに暮れている西の空を見上げた。


 御陵衛士に力を貸しているのは土佐の谷干城だ。

 薩摩の中村半次郎は女子供を攫うような真似をする男ではない。


 しかし・・薩摩藩邸内で谷が密談しているということは、中村が見て見ぬふりをしているのだろう。


 実は・・環が掴まったと知っても、茜は助ける気はなかった。

 環が殺されたとしても、それを気に掛ける理由は茜には無い。


 はずなのだが・・


 「なーんか・・後味悪いんだよね~」

 親指を噛んだ。






 薫が目を覚ますと、薄暗がりの中にいた。


 「う・・」

 両腕と両手首に食い込むような痛みを感じる。


 どうやら自分が縛り上げられているのだと分かった。

 しかも後ろ手である。


 「環・・南部先生・・どこ?」

 闇に声が響くが、応えは帰って来ない。


 「うんしょ・・」

 なんとか上半身を起こして座る体勢を取る。


 そのままなんとか立ち上がると、暗闇の中歩き出した。


 すると・・


 「いっ・・」

 足元で声がした。


 薫の足の下で柔らかいものが踏んづけられている。


 「環!」

 薫が声を上げた。


 そのまましゃがみ込むと、さらに声をかける。

 「環、起きて!」


 「うーん・・」

 うめき声とともに、薫の目の前で何か動く気配がする。


 声が聞こえた。

 「やだ・・縛られてるの?・・薫、そこにいるの?」


 「うん、いるよ」

 薫が答えると、環が上半身を起こす。


 そこに・・隠れていた月が姿を現し、窓から月灯りが差し込んできた。


 薫と環が辺りを見渡すと、がらんどうとした広い部屋が見えてくる。

 なんとなく・・お寺の本堂ではないかと思うが、仏像も仏具も見当たらない。


 「ここ、どこだろ?」

 「分かんない」


 「南部先生は?」

 「分かんない」


 「誰に捕まったの?」

 「分かんない・・でも、大和屋って名乗った2人がニセ者だったのは分かる」


 薫は立ち上がった。

 両手は動かせないが足は自由だ。


 正面の出入り口の前に立つ。

 足で引き戸を開けようとするが外からつっかえ棒をかわれているらしくビクともしない。


 「こうなったら・・」

 薫は横向きで戸口に体当たりした。

 開かないなら壊すまでである。


 古い木造の引き戸なら衝撃を与えれば外れるかもしれない。

 ガシャンッ、ガシャンッ、と戸口が激しい音を立てる。


 「薫・・」

 環が半ば唖然と見ていた。


 しかし何度体当たりしても戸は壊れる気配は無い。

 民家と違い、寺は宮造りと同じく頑丈だ。


 「はぁ・・はぁ・・」

 薫はヘタリ込んでしまった。

 身体が軽度の打撲でヒリヒリする。


 「薫・・」

 環が近付いてきた。


 「大丈夫?」

 薫のそばにしゃがみこむ。


 「うん・・」

 膝を立てて座り込んだ姿勢で、薫は引き戸を見上げた。


 (逃げないきゃ・・ここから)

 もっと悪いことがこれから起きる・・そんな予感が胸をよぎった。







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