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第二百七十五話 報復


 「バカか、テメェは」

 土方が一刀両断した。

 「正当な理由なく隊を抜けるのは許されてねーんだよ」


 「はぁ・・」

 シンは力無く頷いた。

 (あ~・・局中法度かぁ)


 「さっさと隊務に戻れ」

 立ち上がりかけた土方を、シンが呼び止める。

 「斎藤さんが戦闘不能になったのオレのせいなんです。藤堂さんもそのせいで斬られた」


 土方が振り向いた。

 「・・どうゆう意味だ?」


 「斎藤さんを気絶させたの・・オレです」

 シンは真面目この上ない。


 「はぁ?」

 土方は声を上げると、人差し指を自分の頭上でクルクル回転させた。

 シンの頭がおかしいと言いたいのだろう。


 「口から出まかせ言ってんじゃねぇよ。斎藤を狙った白い光は・・おそらく忍びの妖術だ」

 土方が突飛でも無いことを言いだした。


 永倉からの報告で、御陵衛士の残党以外に現場に助っ人らしき影がいたことは聞いている。

 白い閃光は、助っ人に来た忍びの術だろうということで、なんとなく辻褄を合わせたのだ。


 「いいか。今度オレにバカげた作り話なんぞしやがったら、その場でたたっ斬るぞ」

 言い捨てて部屋から出ようとした土方の目の前で、いきなり障子が開いた。


 「トシ、大変だ!」

 井上源三郎である。


 「どうした?源さん」

 土方が眉を寄せた。

 いつも穏やかな源三郎が大声を上げるのは珍しい。


 「南部先生と環ちゃんと薫ちゃんが・・連れ去られた。薬屋を装った男達に」

 源三郎の言葉を聞いて、土方の眉が吊り上がる。

 「なんだとう!?」


 土方が源三郎に食ってかかった。

 「どこの藩のもんだ、そいつらぁっ!」


 「分からんよ、トシ。どうやら大和屋にいた内通者が手引きしたようだが」

 源三郎が慌てて答えるが、五里霧中という感じだ。


 「ちっくしょう・・」

 土方がつぶやくと、その後ろでシンが立ち上がった。

 「薫・・環・・」


 「どうして護衛をつけなかった、源さん」

 土方の声には責めるような響きが滲んでいる。


 「すまん」

 源三郎が頭を垂れた。

 「同行した用心棒が・・手練れに見えたもんでな。大丈夫だろうと思った」


 声を発することも無く廊下に控えていただけだが、眼光の鋭さや立ち居振る舞いから、それなりの武芸者であると推測できたのだ。


 「大和屋の焼印の入った薬箱を持ってたもんで、信用しちまった。すまん!」

 源三郎はうなだれている。


 「目的はなんなんだ・・」

 土方がつぶやく。


 考えを巡らせるが、心当たりが多すぎて的がしぼれない。


 拳を握った。

 「とにかく・・しらみつぶしに当たって、連中の足取りを追うんだ」


 源三郎が頷く。

 「分かった。みなに報せてくる」


 足早に廊下を戻って行った。


 その後を追うように部屋を出ようとしたシンに、土方が声をかける。

 「どこに行く?」


 「・・あいつらを探します」

 振り返ったシンに、土方が言った。

 「一人で探し回ったって、たかが知れてる。他の連中と一緒に聞き込みに回れ」


 「・・分かりました」

 低い声で答えると、シンは廊下を駆け出した。


 (薫・・環・・)

 ついさっき・・新選組を脱退すると言っていたことが頭をよぎったが、そのまま振り切った。







 薩摩藩邸の一室。


 井上源三郎が"手練れ"と評した男。

 曽和伝左衛門(通称:慎八郎)が、あぐらを組んで座っている。


 曽和は、坂本と中岡が襲われた夜、最初に近江屋に駆けつけた土佐の郷士である。

 陸援隊の一員であり、壊滅した土佐勤王党発足時のメンバーでもあった。


 その奥には・・谷干城が座っている。


 「おなごを盾に取るとぁ・・げにわりことしじゃ」

 曽和のこの言葉は、入口近くで堅苦しげに正座している御陵衛士の残党・篠原泰之進に向けられていた。


 「しょうがなか。あの外道らぁ遺体ば辻に晒して・・仏ば冒涜しとうばい」

 篠原はギリギリと歯ぎしりする。


 目は落ちくぼんで憔悴しきっていた。

 膝の上で握りしめた拳が震えている。


 「けんど・・あがぁな小娘くらいで、新選組が動くんかいのう」

 つぶやいたのは、曽和の隣りに座っている谷保馬。

 大和屋の見習いのフリをして、屯所を訪れた若い男である。


 「おんちゃんに頼まれたき、引き受けたち。あがぁなへごな真似ぁ好かんぜよ」

 谷保馬は迷惑そうに言った。


 『おんちゃん』とは叔父さんのこと。

 谷保馬は谷干城の腹心の甥だ。


 「保馬」

 干城がたしなめると、保馬がブスッとした顔で黙り込む。


 「篠原さん」

 干城が声をかけた。

 「まっこと・・上手くいくんかいのう」


 篠原が顔を上げる。

 「あいがとさげもした。・・あのむめ、土方らぁばかいがっちょるけんのう・・見捨てるたぁ考えられんたい」


 「ふん」

 干城が鼻を鳴らした。


 御陵衛士の残党は、現在、薩摩藩の中村半次郎の保護下にいる。

 土佐藩に保護を求めた隊士もいたが、留守居役が受け入れなかった。


 ところが・・小目付役の谷干城はわざわざ薩摩藩邸に足を運び御陵衛士をねぎらって、新選組に報復する力添えを約束したのだ。


 「土方め・・伊藤さんを殺したんが土佐藩士じゃと?ふざけちょうき・・たいがいにせい」

 谷干城の新選組に対する憎しみは、尋常でない域に達している。


 「捕らえた娘は?」

 干城が訊くと、保馬が冷めた口調で答えた。

 「雲居寺(くもいでら)に」


 高台寺の近くにある古い廃寺である。


 「むめば殺すつもりば無かね・・仲間の遺体と交換すっとね」

 篠原がつぶやいた。


 薫と環は、伊藤たちの遺体引き渡しのための交換材料なのだ。


 この密談を・・真上の屋根裏に潜んで聴いている姿があった。


 茜である。


 「って・・もしかして環ちゃん?」

 小声でつぶやいた。







 「南部先生を見つけました」

 廊下から山崎が低い声で告げた。

 「ご無事です」


 部屋の中には、土方、井上、永倉、原田が丸く座を囲んでいる。


 土方が立ち上がる。

 無言で部屋から出ると、ワラワラと永倉たちも後に続いた。


 山崎が先導した先は奥の病室だ。


 中に入ると・・布団の上に南部が寝かされている。


 「ケガは?」

 入口で足を止めた土方に、山崎が首を振る。

 「いえ、気を失ってるだけです」


 「どこで見つけた?」

 「町外れの神社の境内で」


 すると・・


 「う~ん・・」

 南部がうなる。


 「先生」

 源三郎が枕元に座ると、南部が薄く目を開けた。

 「こごぁ・・?」


 「屯所です」

 源三郎の答えに、南部は天井や壁を見回しながら納得したように目を瞑る。


 息をつくと、苦悶の表情を浮かべた。

 「すまねがった・・ワシのせいで環ちゃんだぢが」


 「謝るのはこちらです、先生。ワシがもっと気を付けていれば」

 源三郎が頭を垂れる。


 「先生」

 イライラしたように土方が枕元を覗き込んだ。

 「あいつらを連れ去った野郎の、身元が分かるようなもん、見てねぇか?」


 南部が黙って首を振る。


 土方が息をついた。


 すると・・


 入口の方から声がかかる。

 「平助に聞いてみれば?」


 土方たちが振り向くと、いつの間にか沖田が立っていた。


 戸口の柱に寄りかかって腕を組んでいる。

 肩に薄物を羽織っていた。


 紙のように白い顔の沖田は、眼だけ妙に底光りしている。

 体調を崩して寝込んでいたはずなのに、騒ぎを聞いて起きて来たらしい。


 病室に入って来ると、ブルリと肩を震わせた。

 「御陵衛士の報復なら・・ヤツらのケツ持ちしてる藩がどこなのか・・平助が知ってるかもしんねぇ」


 土方は考え込んだ。


 確かに・・このタイミングなら御陵衛士の報復の可能性が一番高い。

 他にも、坂本と中岡の殺害犯を新選組と決めつけた連中の復讐という線も捨て切れないのだが。


 「平助んとこ行ってみるか」

 土方が歩き出す。


 通り過ぎる時、沖田に声をかけた。

 「おめぇは部屋に戻って寝てろ」


 「いやです」

 予想通りの答えが返って来る。


 「あいつらはオレが見っけます」

 羽織を右肩に引っ掛けた。


 妙に間延びした声でつぶやく。

 「連れ去った連中も・・オレが殺す」






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