第二百七十話 閃光
1
「あり?」
茜が首を傾げる。
トリガーを引こうにも、うんともすんとも動かない。
ショックガンは生体認証されている人間しか使えない。
「うーん・・?」
ハテナ?という感じで首を傾げる。
チラリとシンに目を下ろし、小さくしゃがみ込んだ。
「もしかして・・」
気絶しているシンに話しかける。
「アンタしか使えないの?」
つくづくカンが良い。
茜はシンにショックガンを握らせる。
すると・・
トリガーにシンの人差し指が付いた瞬間、ショックガンが乳白色に光り、銃口に赤いセンサーが輝いた。
「初めて見たな・・」
もはや茜にとって、見慣れた殺し合いよりショックガンが興味深い。
そのままシンの手を持ち上げると、四つ辻にショックガンを向けた。
赤いセンサーの中央の円に照準を当てる。
「やっぱ、こっちかなー」
茜が視線を送った先は・・大石だった。
大石は・・今まさに富山に向かって刀を振り上げている。
「お試しっ♪」
茜がシンの指を使ってショックガンを打った。
真っ白い閃光が夜闇を貫く。
富山の前で、大石が崩れ落ちた。
ポカンとしている富山に、篠原が声をかける。
「来い!」
一瞬、気を取られた永倉が我に返る。
「あ、おい!待て!!」
新選組の隊士が手薄な箇所に向かって、篠原が走り出す。
それに三木と富山が続いた。
「加納!」
篠原が振り向き様に声をかけると、手傷を負いながらも踏ん張っていた加納が脱兎のごとく走り出す。
「追え!!」
永倉の怒号で、閃光に驚いて動きが止まっていた新選組隊士達が慌てて駆け出す。
現場には・・
気絶している斎藤と大石。
両端に立っている原田と永倉。
足元で動かなくなった藤堂。
そして・・無数の傷死体が残された。
2
少し離れた場所で、シンがうめき声を上げる。
「う・・」
「面白いから、借りるね~」の捨てゼリフを残して、茜がショックガンを持ち去ってしまった。
目が霞んで良く見えない上に、首が激痛の余り、また気を失いそうになる。
「う・・」
身体を起こそうとするが、動けない。
すると・・
頭の上で声がした。
「てめぇで歩けよ」
「こっちは手ぇ一杯だ」
シンがようよう顔を上げると、両脇に永倉と原田が立っている。
それぞれ肩に人を担いでいた。
2人が歩き出すと、担がれている人間の顔が見える。
(斎藤さん・・藤堂さん・・)
永倉は斎藤を、原田は藤堂を担いでいた。
ホッと息をついて振り返ると・・さっきの乱闘場に人間が折り重なって倒れている。
(まさか・・全員死んだわけじゃないよな)
シンは激痛を押さえて立ち上がった。
途端に吐き気が込み上げる。
首に、茜がお見舞いした足蹴りの痕が赤黒く残っていた。
ヨロヨロと歩き進むと、なんとか乱闘場まで辿り着く。
見渡すと・・篠原達が用意した駕籠に寄りかかるようにして、伊東が目をつむっている。
死んでいると分かった。
「う・・」
思わず膝をつく。
「~っ・・っ」
知らない間に涙が流れている。
端の方に毛内が横たわっていた。
大石に刺された後に他の隊士達がむらがって刺し貫いたため、無残極まりない肉の塊に変わっている。
余りの凄惨さにシンは泣く事すら静止してしまった。
しばらくそこで身動きせずにいると、後ろから声が聞こえる。
「ん?・・あ?」
ビクッと振り返ると、大石が頭を振りながら半身を起していた。
「うーん・・どうしたんだぁ?」
やたら頭を振っていて、どうやら何が起きたか分かっていないようだ。
大石が、座っているシンに目を止めた。
「なんだ?下っ端。ここで何やってる?頭数じゃねぇだろう」
「えっと・・」
シンが口籠ると、返事を待つこともせず、大石が立ち上がる。
「ったく・・勝手に帰りやがって」
死体を踏みながら歩き出した大石を見て、今更ながら・・この時代の人間にはついていけないと思った。
3
厠に続く渡り廊下の隅で、沖田が足を抱えて座っている。
用を足して戻る時に足がもつれて転んだのだ。
「いって・・」
弁慶の泣き所を思いきり段差の角にぶつけて、スネが青黒く変色している。
微熱と倦怠感で、身体が思うように動かない。
柱に頭をつけて身体を持たせると、息をついた。
「くそ・・」
小声で毒を吐く。
すると・・
「クソなら厠でしろ。ここですんな」
声をかけられた。
いつの間にか土方が廊下に立っていて、思いきり不機嫌な顔でこちらに向かって来る。
その後ろから・・肩に人を担いだ原田が続く。
通り過ぎる時に原田が足を止めた。
沖田の目の前には、担がれている人間の髪が揺れている。
「平助・・」
思わず声が出た。
足の痛みを忘れて立ち上がる。
真っ赤に染まった藤堂の背中に目を止めた。
「血が止まってねんだ」
原田が沖田の視線に答える。
見ると・・廊下に点々と、赤い痕が続いていた。
「総司、環を呼べ。山崎が平助の傷口を縫うから、手伝わせろ」
土方が振り返った。
「ついでに薫もだ。人手が足りねぇ」
言い捨てるように歩き出すと、後ろに原田が続く。
着物は藤堂の血が染みついてドス黒くなっていた。
沖田が渡り廊下を戻ると、玄関前の板の間に永倉と斎藤が難しい顔で立っている。
「・・オレが平助のこと斬ったんですか?」
斎藤は信じられないような表情だ。
屯所に着く前に意識を取り戻していた。
「オメェじゃねぇよ・・新入りの見張り番だ」
永倉が息をつく。
「まさか・・」
斎藤の表情がさらに険しくなった。
新入り隊士なんぞに藤堂が斬られるわけがないと思っている。
「よく分かんねんだよ。変な白い光に当たって、オメェが先に倒れて・・それを平助が見て、一瞬スキが出来た。そこに斬り込まれた」
永倉は腕を組んだ。
沖田がそばまで来ると、2人がやっと気付く。
「お、総司。起きてて大丈夫なのか?」
永倉が訊いてきた。
「大丈夫ですよ・・オレなんぞより、よっぽど重傷なのがいるでしょ?」
沖田が床の血の痕に目を落とす。
「ああ・・ったく、あんのヤロ」
永倉が小さく歯ぎしりする。
藤堂に斬りかかった三浦のことが思い出された。
沖田が目線を落としたまま訊く。
「・・伊東さんは?」
永倉は一瞬、無言になった。
頭をボリボリと掻く。
「死んだ。まぁ・・作戦成功ってこったな」