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第二百六十七話 四つ辻


 月真院の本堂。


 御陵衛士の7人が集まっている。

 残りの隊士は鳥撃ちなどに出かけて不在であった。


 篠原、服部、毛内、三樹、富山、加納の6人が円座を描くようにあぐらをかいて座っている。

 藤堂ひとりだけ、壁にもたれて天井を見ていた。


 「・・どうする?」

 「どげんも、こげんも」

 「・・行くしかないやろ」

 「土佐藩士が襲撃したんやて?」

 「ふざけとるわ・・見え見えやんけ」


 順番に意見を述べる。


 篠原が振り返った。

 「藤堂・・どげんすっとか?」


 藤堂は冷めた目を向ける。

 「行くよ。決まってんだろ」


 壁から背を離すと、頭を掻いた。

 「強面(こわもて)のお客さんが待ってんだろ。とっとと行こうぜ」


 「よっ」とつぶやいて立ち上がった藤堂を、6人が怪訝そうに見上げる。


 「われ・・そんナリで行くんか」

 服部が眉をしかめた。


 「刀は持ってるぜ」

 藤堂はアッサリしたものだ。

 隊務と同じ袴姿で防具は身に着けていない。


 「アホ抜かせ。んなナリで突撃するっちゅんかい」

 服部が呆れた声を出す。


 「悪ぃか」

 藤堂の開き直った返事に、服部が息をついた。

 「ったり前やんけ。新選組が暗闇から狙っとるんやで?甲冑でも着込んだらんと、われ、簡単にやられてまうで」


 「甲冑・・」

 「おうっ」

 服部は立ち上がって本堂の隅に向かった。


 胴当てや鉢金や鎖帷子が、かき集められたように積まれている。


 「ほれ!」

 手にした鎖帷子を藤堂に突き出すと、藤堂が迷惑そうな顔をした。

 「・・なんだよ?」


 「こいで身ぃ固めぃ」

 服部が差し出した鎖帷子を、藤堂は受け取る様子も無い。

 「いらねぇよ」


 「藤堂」

 服部が聞き分けのない子どもに言い聞かせるような声音で息をつく。


 藤堂は全員の顔を見渡してから、服部が持っている鎖帷子に視線を止めた。

 「クソダセェ」


 「あん?」

 服部が眉をしかめる。


 「どうせ・・一刻(2時間)もしたら死体になってんだ。んな恰好で道に転がったら邪魔だぜ」

 藤堂は服部を見返した。


 そのまま本堂を後にすると、庭に面した廊下で立ち止まる。

 柱に寄りかかって、赤い月を見上げた。 


 (まぁまぁ・・面白ぇ人生だったな)


 ひとつ・・自分でも不思議でならないことがある。

 伊東のことだ。


 死んだ後まで自分を支配し続ける伊東という男が、それほどの大人物だったのか・・結局、今になっても分からないままなのだ。


 (ま、しゃあねぇ)






 本光寺の屋根の上。


 「茜ちゃんも来たんだ?」

 一二三が顔だけ後ろに向けてつぶやく。


 「新選組が派手にブチ切れちゃったみたいねー」

 茜は屋根の端ギリギリに立って、通りに目を向けていた。


 「・・伊東の死体は?」

 茜が訊くと、拾門(ひろと)が北の方角に親指を立てる。

 「大石が引きずってったぜ」


 「死体を囮にしておびき出すとはねぇ・・土方って、つくづく悪趣味」

 茜はポリポリとオデコを掻いた。


 御陵衛士が新選組の使いを帰した後で、薩摩藩邸の中村に事の経緯を報せたのだ。

 伊東は中村と親交があった。


 報せを受けた時、ちょうど薩摩藩邸の屋根の上にいた茜が庭に降り立った。


 「茜ちゃん。もしかして・・御陵衛士に加勢すんの?」

 一二三が、からかう声を出す。


 「さぁー、中村さんから頼まれたけど・・」

 茜が頭の後ろに両手を回した。


 「ほっとけ、ほっとけ」

 拾門が手をヒラヒラさせる。


 「拾門たちは?土佐藩から言われて来たんじゃないのー?」

 茜が面白そうに訊き返すと、拾門が肩をすくめる。


 「オレらはもともと新選組見張ってたんだ。居合わせだけださ」

 拾門が首を傾げると、茜が笑った。

 「へー・・殺戮現場で高見の見物かぁー。血も涙も無いねぇ」


 「茜ちゃんに言われたくないってば」

 一二三がアホらしそうな声を出す。


 「もうすぐ御陵衛士がやってくる」

 茜が低い声でつぶやいた。


 「・・来るんだ?」

 「バッカじゃね」

 一二三が小馬鹿にしたように訊くと、拾門がせせら笑った。


 「どうみても多勢に無勢だ。来れば・・肉の塊にされるだけだねー」

 茜が、音も無く屋根瓦を進む。

 「一二三。そのお面、貸して」


 手を伸ばして、一二三のオデコに着けていた狐の面をヒョイと獲った。

 「後で返すからさー」


 「茜ちゃん。口より手が早い」

 一二三が息をつく。


 茜がヒラリと屋根から塀に飛び移った。


 「茜ちゃん・・殺しは止めたとか言ってなかった?」

 一二三が明るい声で訊いた。


 「うん、止めたよぉー」

 塀の上で茜が明るく答える。

 「まぁ、でも・・半殺しくらいならやってもいいかな」


 軽く笑って、暗闇に姿を消した。






 「う・・」

 腹部に手を当て、背中を丸めた格好で、シンがトボトボと暗闇を進む。


 斎藤に打ち身を食らい廊下でもんどり打っていたが、なんとか起き上がれるようになって通りに出てきた。

 提灯もないので、月明かりを頼りに歩を進める。


 (あれから・・けっこう時間経ってるよな)

 斎藤とのとしりとり勝負を中断して30分近く経過した体感だ。


 「う・・」

 今だに腹が差し込むようにズキズキと痛む。

 胃液が上がって吐き気がしていた。


 (伊東さん・・どうなったんだ・・?)


 ヨロヨロと道を進みながら、頭の芯は冷えていた。


 (まさか・・もう)


 頭を振った。

 冷えた夜気が足先を凍らせる。


 (油小路の変は、伊東さんが殺された後で新選組と御陵衛士が全面抗争になるけど・・伊東さんが死ななきゃ、そもそも起こらない)


 七条から月真院に向かう道を歩いて行くと、最初の四つ辻に辿り着いた。

 ここを左に曲がると本光寺である。


 (多分・・こっちだ)


 シンが本光寺の方に歩を進めると、人影は無いのに人の気配がする。

 思わず周囲を見渡した。


 道の端に身体を寄せ、恐る恐るそのまま進むと、更に先の方にある四つ辻が月灯りに照らされている。

 真ん中に・・人が倒れていた。


 「・・え?」

 シンが立ち止まる。


 (あれは・・)

 擦るように進むと、倒れている男の顔がほんの少し見えた。


 (伊東さん・・?)

 シンは、その場に膝を折ってしまった。


 「う・・」

 声を上げそうになった時、四つ辻の先に近付いて来る人影を見付けて思わず飲み込む。


 首を伸ばして、目を細めると・・。


 (あれは・・)


 やって来たのは・・藤堂を含む御陵衛士の7人だった。






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