表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/53

第二百六十一話 容疑


 「知らねぇなぁ、下駄なんざ」

 原田は呑気なものだ。


 ガッチガチのアリバイがあったからだ。

 新選組の主だった面々は、坂本が暗殺された時刻に角屋で会合を開いていたのだ。


 斎藤とシンが間諜として御陵衛士に潜入していたことと、御陵衛士と新選組が全面抗争になるかもしれないことを、土方が幹部の面々に伝えていた。


 「瓢亭(ひょうてい)で下駄借りて帰ったことぁあるけどなぁ」

 原田が間延びした声でつぶやく。


 当時は、店先で脱いだ草履や下駄を、他の客が履いて帰ってしまうことが良くあった。

 そのため、料理屋は大抵、貸し下駄を用意してある。


 「鞘は・・どっかに置いたり、盗まれたりしてねぇか」

 土方の声が低く響いた。


 「ねぇなぁ~」

 原田はヒラヒラと手を振る。


 暗殺犯に仕立て上げられようとしているのに、全く動じていない。


 土方が息をつく。

 「ったく・・良いようにデッチ上げやがって」


 「ホントは・・殺っちまったんじゃねぇの、左之さん」

 沖田がクスクス笑った。


 「うるせー、総司」

 原田が不貞腐れた声を出す。


 「どーするよ、左之。オメェが下手人つーことんなったら」

 隣りの永倉が茶々を入れると、原田が永倉の頬を掴んで押し戻す。

 「るっせー。てか、殺ってねーよ」


 「土方さん。なんか、良いように作られちまうんじゃねぇですか?」

 あぐらを組んだ沖田が、身体を横に曲げて膝の上に頬杖をついた。

 顔は笑ってるが、目が笑ってない。


 「させるか」

 土方がボソリと返す。


 「にしても・・」

 永倉が忌々しげにつぶやいた。

 「伊東のヤロー・・ふざけたこと抜かしやがって」


 「落とし前はつける」

 土方がそう言ったすぐ後に、廊下から声がした。

 「副長」


 山崎の声だ。


 「入れ」

 土方が応えると、スラリと障子が開く。


 足音も立てずに山崎がスルリと入って来る。


 「どうだった?」

 土方の問いに、山崎が低い声で答えた。

 「土佐の谷干城(たにたてき)が、中岡から聞いた話だと・・刺客は十津川郷士を名乗っていたそうです」


 「後は?」

 土方の催促に、山崎が首を振る。

 「腕が立つのと複数人だって以外、下手人に繋がるような話はありません。あと・・谷の言うこともアテになりませんね。ヤツは思い込みの激しい男だと聞いてますから」


 「そうか」

 土方は息をついた。


 「刺客の狙いが坂本だったのか中岡だったのかによって、下手人の目星が変わってきます。坂本なら・・薩摩や長州も容疑者だ」

 山崎が低い声で続ける。


 「山崎さん、伊東さん元気だった?」

 沖田が明るい声で訊いた。


 「そう見えたな。中村半次郎と一緒にいたよ」

 山崎が答えると、沖田がニコニコ笑う。

 「へぇ・・お元気そうでなにより」


 「総司。こんな時にふざけんな」

 土方がたしなめると、沖田が肩をすくめた。

 「はい、はい」


 「だが、これで伊東がオレたちをハメようとしてることはハッキリした」

 土方が部屋の中を見渡す。


 「伊東を・・殺す」

 部屋に声が響いた。






 翌日、朝から町は大騒ぎだ。

 瓦版の号外が出され、土佐の中岡慎太郎と坂本龍馬が襲われたニュースが駆け巡っていた。


 幕府や薩長の上層部では坂本を危険人物とマークしていたが、一般には陸援隊の中岡が名を知られており、その中岡が瀕死の重症とあって巷は大騒ぎだ。


 そして・・不動堂村の屯所はすでに臨戦ムードである。


 門前の警備は強化され、稽古の時間を削って市中見廻りの人数を倍に増やした。

 幹部は、夜が明けてからやっと仮眠を取り始めている。


 薫と環は外出禁止を申し渡され、必要以外は屯所の部屋から出るなと釘を刺された。


 「・・・」

 環はずっと無言だ。


 昨日、薫と環はほとんど眠っていない。

 夜中の騒ぎで目を覚まして、それ以降は部屋の中でまんじりと過ごした。


 「坂本龍馬・・本当に暗殺されたんだ」

 薫がつぶやくと、環が顔を上げた。

 「・・史実だもん」


 2人、顔を見合わせる。


 「京都はこれからどうなるんだろ」

 薫は膝を抱えた。


 「確か・・大政奉還の後に王政復古の大号令、その後に戊辰戦争、廃藩置県・・こんな順番だったと思うけど」

 環は授業で覚えた年表を連ねる。


 正直、余り役立つ情報は無い。

 高校1年の教科書に龍馬暗殺や新選組のことは載っていない。


 環は2年からの選択授業では世界史を選ぶつもりでいたし、NHKの大河ドラマも、女性が主人公の時は見ていたが、男性が主人公の時は興味が無かった。


 坂本龍馬についても、薩長同盟と大政奉還の立役者くらいしか思い浮かばない。

 あとは・・TV番組に出て来る坂本龍馬の立ち姿の写真くらいだ。


 (でも・・どうして殺されなきゃいけないんだろ)

 暗殺やテロが日常的に横行する幕末の倫理観は、平成育ちの2人と大きく掛け離れている。


 坂本龍馬が殺されたことも、土方以下、幹部の面々は「どっかのバカがフライングしやがって」ぐらいのものだった。


 「怖いよね・・幕末って」

 環がポツリとつぶやく。


 「え?」

 「人がさ・・簡単に死ぬじゃない?すごく簡単に殺されるし・・なんかちょっと、狂ってるっていうか・・」


 環のつぶやきを聞いて、薫の顔が歪んだ。

 「環、後悔してる?屯所に残ったこと」


 「してないよ、だって・・」

 環は奇妙に明るい声を出す。

 「他に行くとこないじゃない。それに・・きっと、変わらないよ。どこに行っても」


 薫は、立ち上がって環のそばに座ると手を取った。

 「もうすぐシンが帰ってくるよ」


 土方から斎藤とシンが帰隊すると聞いたのだ。

 2人は最初から間諜として御陵衛士に潜り込んだのだと。


 「そしたら・・また一緒に頑張ろう。3人で」

 そう言って握りしめる薫の手を、環が強く握り返す。


 「薫・・」

 「うん?」

 「もうすぐ始まるよ・・戦争が」







 その夜・・土佐藩邸の奥庭は下弦の月に照らされていた。


 縁側に立っているのは、土佐藩小目付役、谷干城だ。

 手に篭目手裏剣を持っている。


 「ひさにこんかったのぅ」

 谷が声をかけると、一番奥の庭木が揺れた。


 木の影から現れたのは・・一二三だ。


 「ひさしぶり、谷さん」

 一二三が薄笑いを浮かべる。


 黒い着物が夜闇に溶けるようだ。


 「おぼこいの、ひさにこんかったじゃが。そん、めんこはなんじゃ?」

 谷が自分の頭を指差す。


 一二三の額にはキツネのお面が着けられていた。


 「これ?こないだ、夜祭りで買ったんだよ。顔隠すのにもってこいだから」

 一二三の声は、夜風に吹かれるように違う方向から響いて来る。


 「もう一人は?」

 谷が問いかけると、庭木の後ろから振り返るように拾門(ひろと)が現れた。

 「いるぜ」


 「谷さん・・中岡さんどうなの?」

 一二三の問いに、谷は黙り込んだ。


 「まさか、もう死んだのか?」

 拾門が訊くと、谷がカッと目を見開く。

 「死ぬるかぁっ!」


 絶叫するような声だった。


 「中岡はがいぞね・・死ぬるなんちゃ・・許さんぜよ」

 ブツブツと言いながら、手裏剣を握り締めている。


 手から血が流れ出していた。


 「坂本を殺した刺客・・中岡さんは見たんでしょ?」

 一二三が視線を送った。


 「・・知らんツラやったき、誰がっちゅうんは中岡も分からんちや」

 谷は瞼が腫れ上がっている。

 泣き続けたせいだろう。


 「じゃが・・残った鞘の持ち主ぁ新選組の原田左之助やき。高台寺党の伊東がゆうたが。ヤツが・・坂本を殺ったが」

 谷の肩は怒りで震えている。


 すると・・


 「原田は違うでしょ?」

 一二三が頓狂な声を出した。


 「あ?」

 谷が顔を上げると、拾門もしゃがんで手を振っている。

 「ない、ない。原田はねーよ」


 「なんでじゃっ?」

 谷が声を荒げるが、一二三も拾門も「当たり前でしょ」という表情(かお)だ。

 「なんでもなにも」

 「すぐ分かんだろ?」


 「・・・」

 2人の態度が勘に触ったのか、谷が持っていた篭目をいきなり放り投げた。


 拾門はしゃがんだまま手を伸ばしキャッチする。

 「あっぶねぇなー」


 「とにかく、わしゃあ・・新選組ば許さんぜよ」

 谷の言葉には強く堅かった。


 他人から何を言われても、耳を貸す気は微塵も無い真っ直ぐさである。


 「暗殺は、実行犯と黒幕がいるもんだけどね」

 一二三は困ったように首を傾げた。


 「黒幕ぁ分かっちょるきに」

 谷の言葉に、拾門が顔を上げる。

 「いちおう聞くか・・」


 「紀州藩の三浦休太郎ぜよ。やつぁ、いろは丸沈没で坂本に恨みば持っちゅう」

 谷の眼が夜闇の中で鈍く光った。


 「ふーん」

 拾門は立ち上って、ほんの少し前に出る。

 「オレらは興味ねーよ、政治(まつりごと)なんざ」


 今度は・・一二三が歩を進めた。

 拾門より少し前に出て、立ち止まる。


 「興味があるのは小判だけ」

 一二三がニッコリ笑う。


 天使のような笑顔であった。


 吐き出す言葉がそれを汚す。

 「地獄の沙汰も金次第ってね」


 谷は諦めたように息を付くと、迷いの無い声で言った。

 「新選組は潰すき・・三浦も殺すねゃ。銭に糸目はつけんき・・力貸しとうせ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ